あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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除草目的のヤギ

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 手間がかからなければ、休耕田の草取り用にヤギを飼ってもよいと思い、近くのヤギ牧場(ルーラルカプリ農場)を訪問した。半年前にも見学に訪問していた。
 草刈(草取り)用のヤギなら、去勢したオスがよいと言われ、価格は3万円と電話で聞いていた。質問事項を箇条書きにして訪問した。

(1)寿命は→10~14年。
(2)水はどれくらい必要か→草を食べさせるなら水は必要ない。
(3)夜、目は見えるか→見える。夜、昼関係なく、食べては寝、食べては寝る。
(4)病気は多いか少ないか→たまに腰麻痺と言って、腰が立たなくなる病気がある。
(5)外泊する場合、2~3日戸外に放任して置いてもよいか→雨とか雪ならかわいそうだが、晴れていれば問題ない。
(6)1匹だとかわいそうか→すぐに慣れるだろう。
(7)首輪、鎖は→ホームセンター等に売っている犬用の鎖でよい。
(8)オスの場合、角(つの)があぶないことはないか→去勢しているので問題ない。
(9)メスはどうだろうか→毎日必ず「乳搾り」をする必要がある。手作業だと20分ほどかかり、1回に2リットルほど出る。今まで、乳を飲むのが目的でメスを飼われた人で、継続できた人がいない。1日も乳搾りは休めないから。
(10)購入エサは必要か→草刈目的のヤギならいらない。
(11)小屋は必要か→固定式でも移動式でも、ごく簡素で小さいものでよい。
(12)ザーネン種がよいと農業新聞に書いているが→30~35キロほどで、軽四にも簡単に乗せることができる他の品種を紹介してくれた。

 なお、上記画像はペット用のヤギで、下記画像は搾乳用のヤギである。ルーラルカプリ農場では、下記右の画像のように、ヤギ乳でプリン等、いろんな加工品も販売している。


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 ヤギの観光牧場、ペットヤギの販売、ヤギ乳の加工品販売がメインであるが、上の画像のように黒ブタもいた。

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 現在、牛は減っていて25頭ほどになっているらしい。ピーク時は200頭を超えていたようである。徐々にヤギに切り替えられたらしい。

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 酪農家なので、大型機械がそろっている。
右の画像は、堆肥の出荷作業。もうもうと湯気が舞っていた。

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 このあたりはブドウの産地である。なだらかな丘陵にブドウの雨避けハウスがたくさんあった。ブドウはこのような資材が必要なので、、使用後の廃棄ビニールの問題が生じる。


家畜の遺伝的多様性(在来種は絶滅の危機)

 絶滅の危機にある家畜品種のほとんどは、限られた地域で飼養される在来品種だ。乳牛のホルスタイン種に代表される高能力品種に比べて、在来品種は一般に生産性が劣る。そのため、在来品種から高能力品種へ飼養が移行したり、高能力品種の交雑で在来品種が純血性を失いつつあることが、家畜品種の絶滅の最大原因である。

 在来品種は、各地の気候風土や文化・生活様式に合うよう、長い年月をかけて作り上げられてきた品種だ。従って、在来品種は高能力品種が持たない遺伝子を保有している可能性がある。在来品種の絶滅は、家畜種内の遺伝的多様性の低下を意味している(農業新聞2月5日付け)

ヤギの総品種数618の内 、危機なし306 、 絶滅の危機84 、すでに絶滅19 、不明209 



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(今日の夕飯)
ダイコンの煮物
焼き鳥
ロケットのおひたし

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倉敷のMさんを訪問

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 稲作8ヘクタールとニワトリ350羽ほどを飼っているMさん。随分ゆったりした飼い方である。飼い方もエサもきちんと説明してくれる。

一群・・・メン120羽、オン5羽(1年目)
二群・・・メン120羽、オン5羽(2年目)
三群・・・メン120羽、オン5羽(3年目)

 オンドリは20羽に1羽、つまり5%。これは標準である。そして、ヒヨコで導入して、まる3年飼って淘汰する。ヒヨコから卵を産み始めるまでに6ヶ月ほどかかるから、産卵期間は2年半ということになる。これは標準より半年ほど長く飼っているようである。

 淘汰(廃鶏)料金は1羽50円で、毎年5000円ほど処分料がかかるらしい。鶏は淘汰する頃までに、たいてい1割余りは死ぬので、100羽ほどになる。

 エサは画像の左から
ふすま・・・食パンくずやラーメンくずのようなもの
農協の配合飼料・・・エサ全体の2割ほど
おから・・・近くの豆腐店から、毎週土曜日に軽四に山盛りもらってくる
コゴメ・・・8ヘクタールの稲作から出るコゴメ

 羽数的には自分の10倍であるが、他の養鶏農家から見ると、極小規模である。

 おからがもらえるから、買い続けることができていると言われる。確かにそうだと思う。自分の場合も3軒ほどの稲作農家からコゴメを無料でもらっているので成り立っている。コゴメの在庫が切れたら、月に1袋は配合飼料を買わざるをえない。買えば、その分が赤字になる。老婆であるし、厳寒期だから、1日3個~4個(産卵率1割)しか産まない。それでもエサはきちんと与えないともっと産まない。


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 トリ小屋と隣接して、半分は手作りのログハウスがある。トリ小屋は全て手作りである。何でもできる人である。トリの遊び場の囲いのフェンスの上にも、遊び心で作った鉄製の動物がいる。
 魚粉類を与えていないので、トリ小屋に入ってもほとんど臭わない。

 
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 稲作の農具。左上から、代掻き機、畦塗り機、乗用トラクタ、田植え機、コンバイン
リフト、乾燥機や籾摺り機等。8ヘクタール作っているのだから、このような農具が必要なのだろう。農具の修理も得意で、乾燥機等の設備の一部も自分で作ったらしい。どこまでも才能豊かな人である。ニワトリの所の、おからを天日乾燥している画像のまわりの倉庫も手作りであるが、その倉庫には、ペンキでユニークなデザインが描かれている。いったい前職は何をされていたのだろう。ワンパックな人生に納まり切らなかった人である。
 ただ、米価は現在厳しい状況なので、稲作を継続するためのぎりぎりの攻防になっているらしい。ニワトリは赤字らしい。数字で説明してくれた。

 
 これだけなら、単なる才能豊かな農業人であるが、倉敷オンブズマンの代表をもう10年以上も続けている。これは極めて尊敬に値する。
 
 オンブズマンの代表を引き受けてから、毎日午前2時~午前7時頃までの5時間を、その勉強にあてているという激しい生き様。それでも午後8時頃には寝ているので6時間は十分寝ていると言われる。オンドリの一番鳴きで、目覚ましがなくても目が覚めるらしい。

 自分と同世代であり、農業に転身したのも同じ頃であり、「百姓天国」という雑誌で知り合った。Mさんの生き様を間近に見ると、自分も、ブログで発信し続けなければと思う。



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(今日の夕飯)
お好み焼き・・・キャベツ、豚肉
ロケットのソテー・・・ニンジン、ハム

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備前市 吉永町のNさんを訪問

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 今日は、家から33キロの備前市 吉永町のNさん方へ行った。いつもとコースを変えて、津田永忠の墓地と、その近くにある奴久谷大滝へ寄り道した。
 津田永忠は備前藩主、池田光政、綱政の2代に仕え、治水事業や教育に偉業を残し、池田藩200年の礎を築いた人と言われる。今から300年ほど前の人である。この墓地は県指定文化財になっている。
 墓地から徒歩で20分ほどの所にあるこの大滝は、数日前の新聞で見て行く気になった。


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 大滝に行く山道沿いで見かけた物置小屋。田舎では、田んぼの片隅に建てられた、こんなコンパクトな物置を時々目にする。
 簡単に建てれそうに見えるが、自分には難しい。これが建てれたら、周囲に金網を張れば、ニワトリ小屋になる。
 田舎暮らしや田舎移住を希望する人は、こんなちょっとした大工仕事ができると大いに役立つ




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 牛や豚を見かけることは、ほとんどなくなったが、今日通ったコースでは、道沿いでこんな風景を見た。



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 Nさんはニワトリに関していつもきちんとした対応と細心の注意を払っている。1000羽余りのニワトリの卵が経営の柱である。


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 物置にしているこのワラ屋根は雨漏りが激しく、この冬、トタンを張るらしい。だから、今回がこのワラ屋根の見納めである。
 「百姓になるための手引き」という本を読んで、農業を始める1年前、当地を始めて訪れた19年前にも、このワラ屋根に感動を覚えた。


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 家の左側に鶏舎がある。300羽ほど収容できる鶏舎が4棟あり、棟上げの時に大工さんに手伝ってもらった以外は、ほとんど自分で建てている。段々畑に建てているので、どの鶏舎も日当たりと風通しがよい。ニワトリにとって、日当たりと風通しは特に大切な項目である。



  
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 すでに廃村になっていた集落全体(5軒ほどあったらしい)の土地家屋を購入して、21年前にこの地に入植した。誰からも資金援助を受けず、自分たちで稼いだ資金で購入されたらしい。30代前半の入植である。
 田んぼ訪問をした時、自分はよく「墓」が気になる。墓を見ると、その地の歴史がわかる。ここの墓石には「文政○○年」が多い。1800年代の初頭である。今からちょうど200年ほど前の墓。
 右の墓は元和3年と書いている。グーグルで検索すると、元和時代は1615年~1624年。今から400年ほど前。
 


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(今日の夕飯)
地元産ベカの煮物
ロケットのソテーとホタテ貝の照り焼き
ダイコンの煮物・・・昨晩の残り




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農家民宿 (2)

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 猫の額のような田んぼとは、画像のような田んぼを言う。この田んぼも、この秋きちんと稲穂が収穫された形跡があった。


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 北庄の棚田を12枚の画像にアップした。一番下の左は棚田交流館である。この北庄の棚田は面積では日本一らしい。看板にそう書いている。





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 この高い一本杉がある場所は、昔の一里塚(峠)のような場所だった。この地点から幾重にも道が分かれていた。
(1)津山方面へ
(2)建部町方面へ
(3)大併和西の棚田へ
(4)北庄の棚田へ
(5)上籾の棚田へ
と、まさに5方面へ分岐する地点だった。古い一本杉の意味がわかった。すぐそばに神社があった。左右の格子戸?の中に、右の画像のような人が鎮座していた。木造だった。ひょっとして鎌倉時代?。
 この後、1泊2日の最終コースである大併和西の棚田へ。
 


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 大併和西の棚田を10枚の画像にアップした。今まで見てきた棚田では、最も手入れが行き届いていて、休耕田はないようだった。県下で最も有名な棚田だけある。
 確か、この棚田には補助金が出ている。補助金が出ないと、ここまで管理できないと思う。
 この棚田は、見学コースの矢印の標識が道の分かれ道には必ずあって、道に迷うことなく、車で30分ほどでゆっくり一巡できるようになっていた。


 
 別に棚田が好きというわけではない。気分転換に家を出るには
(1)友人や知人の田んぼをみせてもらう
(2)ふら~っと、知らない田舎をドライブする
(3)近場の観光名所、旧跡を訪ねてドライブする
(4)紅葉名所、棚田、農村型リゾートを訪ねてドライブする
 
 どこまでも農業用軽四で行く。車はこれしか持っていない。たいてい1人で行く。1人で行かないと、いきあたりばったりに方向変換できないから。
 出かける目的の半分はブログ取材なので、デジカメを持っていく。家に帰ってパソコンに取り込み、スライドショーを見ると、二度楽しめる。
 田んぼ訪問記でも何でも、ブログは画像が簡単に載せれるので、書籍に比べてカラフルで、内容をより詳細に伝えることができる。書籍よりかなり優れた媒体である。
 ただ、最近、ガソリン代が高過ぎる。


 
 昨日の農家民宿・・・
ご主人は熊本県の田舎出身で、定年後は田舎に住みたいと思っていたらしい。そして奥さんは料理が好きで、神戸で友人たちと料理店をしていたと言われる。田舎暮らしと料理がドッキングして農家民宿。


 ご主人の田舎はここより、もっと田舎だったと聞いた。ここも、たいそう不便な、深い山の中であるが。


 築140年ほどの母屋と築83年ほどの隠居部屋、そして、屋敷周りの1ヘクタールほどの田畑を購入して移って来られた。そして、民宿用にかなり家の中を改造、模様替えしているわけだから、退職金の大半を投資されたのではなかろうか。
 それでも、毎月確実に年金が入ってくる・・・。
 農業では、
(1)ボーナスなし
(2)定期収入なし
(3)退職金なし
(4)年金は厚生年金の3分の1~4分の1

 まさにトリプルパンチにワンパンチ+。でもこれは自己責任。


 自分だったら、こんなに投資して民宿など始めずに、貯金にまわし、毎月の年金の範囲内で趣味ワールドの世界で生きると思うが、そんな金額、手にすることはないだろうから未知との遭遇。


 1日1家族(1グループ)しか受け入れていないという、ていねいな接待をされている。平日はお客が少ないだろうと思った自分の考えは杞憂だった。年中無休。生活と民宿と農作業がまさにごっちゃになった生活で、それを楽しんでおられるようだった。


 田舎風景が好きならお薦めです。1泊2食付き5500円。
民宿名・・・園田ファーム
住所・・・・・久米南町 上籾 359
☎・・・・・・・0867-28-4808



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(昨日の夕飯)
トリ雑炊・・・鶏肉少々
2日前の煮豆
湯でたキャベツ
 



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(今日の夕飯)
サワラ
ハクサイの水炊き・・・ユズ酢醤油で食べた
目玉焼き
ブロッコリー
 


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農家民宿 (1)

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 昨晩は久米南町、上籾の農家民宿「園田ファーム」に泊まっていた。楽しみにしていた初めての農家民宿だった。
 
 泊まった部屋は左の画像の部屋。これは一昔前によく見かけた「隠居部屋」で、昭和の初期に建てられたらしい、風情のある隠居部屋だった。外は「雨戸」になっていて、廊下があり、廊下の内側に障子がある。
 夏はいいが、冬はすきま風が入るのではと思ったが、すきま風は感じなかった。ただ、昨晩は風が強かったのか、雨戸ががたごと音がしていた。
 昭和20年代、30年代に建てられた田舎の家には、どこにもこんな雨戸と、雨戸を収納する、雨戸の数だけの出っ張り(上の画像の右隅)があった。

(1)定年2年前に退職して、西は山口県から、広島県、島根県、鳥取県、岡山県と、農家民宿ができそうな物件を探して歩かれたらしい。
(2)この物件が気に入って、民宿を開いてすでに5年。60代半ばのご夫婦である。
(3)1泊2食付5500円という驚異的安さ。


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 本宅を前から写すのを忘れた。三方からの画像があるので、農家民宿の大体はわかってもらえると思います。
 
 本宅(母屋)の右隣に、白壁の「蔵」がある。今は白壁はかなり崩れ落ちているが、こういう蔵がある家はたいてい、一昔前の「庄屋」である。
 
 蔵の前には見事な庭があった。随分昔にできた庭のようだった。なお、本宅は明治4年頃に建てられていて、築140年ほどになるらしい。黒い大黒柱と梁に年月の重みを感じた。
 
 庭を隔てて「隠居部屋」がある。つまり、蔵と隠居部屋の間に庭がある。
 
 そして、庭の間を小川が流れている。下の右の画像の石積みの間の長方形の形をした個所から水が流れ落ちる。
 
 つまり小川は「庭」の中を通り、「母屋と隠居部屋の間」を急勾配に落下して、下に流れている。
 
 家は、かなり急峻な段々畑の一角に建てられているので、家の後ろも前も、かなり高い石垣が組んである。
 
 水の出口を長方形に高くしているのは、多分「鉄砲水」が流れてきた場合に、狭く小さい出口では、水がさばけなくなるので、画像のような長方形の大きな出口にしているのだろう。
 
 上の画像の右の、網で囲っているのが家庭菜園である。家庭菜園で取りたての野菜を料理に使うというのも「売り」の一つである。



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 夕食は母屋の囲炉裏端でいただいた。昔この場所に囲炉裏があったらしいが、現在の囲炉裏は大工さんに頼んで作り直したものらしい。
 
 右の画像のような、なつかしい「クド」も撤去せずに、使われている。
 
 囲炉裏の画像が不鮮明で申し訳ない。ここで「鍋料理」と「刺身や天ぷらの和食」をいただいたが、画像が残っていない。



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 朝はこんなご馳走だった。
 風呂はどこの家庭にもあるような普通の風呂だったが、これで1泊2食付5500円は安いと思った。


 自分の収入では7500円というのは、一つの壁。これより高ければ、あまり行く気にならないと思う。5500円なら、度々来れるような気がする。


 この地区には有名な棚田が3箇所かたまってある。
(1)上籾の棚田
(2)北庄の棚田
(3)大併和西の棚田

  家からこの農家民宿まで1時間45~2時間ほどかかるので、日帰りではちょっときつい。3箇所の棚田をゆっくり見てまわろうと思ったら、どこか泊まれる拠点がいる。




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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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