あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

ゲマインシャフト

20061027002636.jpg   20061027002712.jpg   20061027002750.jpg

 サラリーマンという組織の中で生きていくのが、誰でも向いているわけではない。でも現在の社会では、サラリーマンになるしか、生活の手段が思い浮かばない。少なくとも凡人にはそうである。独立して何か始めようにも、独立してできる仕事などほとんど思い浮かばない。30年前も同じだった。


 自分はサラリーマンという組織の中で居場所を見つけることができなかった。サラリーマンをしていた14年間はいつも緊張状態にあった。学校という所も、小学校、中学校、高校と、いつも緊張を強いられる場所だった。学校生活もサラリーマン生活も似たような組織である。学校生活が緊張状態であれば、サラリーマン生活も緊張状態が続くであろうことは想像できたはずなのに、深く考えもせずに、サラリーマンになる道を選んだ。独立して何かできるとは想像もできなかったし、サラリーマンという選択肢しかなかった。サラリーマンになって1年ほど経過してから、独立してできる仕事をめざそうと、ある資格試験をめざしはじめたが、時はすでに遅かった。独立開業できるような資格試験をめざすなら、少なくとも学生時代に取ってしまうか、学生時代に合格のボーダーライン近くまで、実力を蓄えておく必要があった。サラリーマンになってから資格試験をめざそうしても、とても無理だということを身をもってわからされた。悪循環の14年を経て、結果的には、独立してできる仕事「農業」に転身できたが、自分の場合は好条件がそろっていたから転身できた。①元々農家であり、田畑も農具もそろっていたし、当時はまだ父が健在で、一通りの家庭菜園くらいの野菜なら父がよく知っていたので教えてもらうこともできた。②農業で食えるだろうか、どんな農業なら自分にもできるだろうかと思案中だったころ、マルミさんがフルタイムの定職についたので、このことが農業への転身の後押しになった。③子供の頃、我が家では葉タバコを作っており、一家総出の田植えや稲刈り、一家総出の葉タバコ栽培で、農業がどういうものであるか大体想像ができた。農業をするのなら、誰をも巻き込まず、自分一人でしようと思った。④今でも我が家の田んぼを気に入っているが、始めて自分の頭に農業がひらめいた時、瞬間に現在の田んぼを思い浮かべた。あそこなら、誰にもじゃまされず、風光明媚で、1人静かな農業ができると思った。猫の額ほどの田畑が一箇所に固まって14枚あり、合計面積は2反ほどだった。スタートしてすぐに、我が家の田んぼに隣接していた4枚の田んぼ(合計面積で2反ほど)を借りることができ、その一帯がすべて自分の田畑になった。総面積は4反ほどになった。


これだけの条件がそろっていたので、農業ができると思った。ただ、どれぐらいの収入になるだろうかは想像ができなかった。手取り200万くらいにはなるだろうか、そんなにはならないかも知れない、150万くらいにはなるだろう、それくらいかも知れない。それは甘い認識だった。この16年半ほどの間、まさに手取り100万の攻防を繰り返してきたから。本来なら、これくらいの収入にしかならないのなら、農業界からとっくに「淘汰」されてしかるべきだった。でもマルミさんが生活費や教育費の多くを負担してくれたので、自分の農業は回っていった。客観的に見て「補助金農業」と言えるかも知れない。しかし、農業に転身してからの自分の努力はかなりなものがあった。しかしどうしても、カネになる農業形態への変更が自分には難しかった。スタートする前に、これなら自分にもできるだろうとイメージした農業形態から、16年半の間、とうとう脱出できなかった。だから結局、マルミさんが定職についていなかったら、自分の農業はとっくに幕切れになっていたかも知れない。いくら「きれい事」を言ってみた所でカネがすべてである。田舎でも自給自足できるものは、何一つない。


どんな職業についても、その世界、その世界で、自分の能力の限界があると思う。努力して身につくものと、努力しても身につかないものがある。結局、自分が農業という現場で稼げる金額はまさに「手取り100万の攻防」でしかなかった。甘い生活をしてきたわけではない。日夜最大限の努力をし続けてきた結果の100万である。だから、誰もが、独立してできる自営業「農業」に転身できるわけではない。したくても農業をすることができない。これが2倍の200万になるのなら、農業人口は現在の10倍くらいにすぐになるであろう。100万にもならないから、誰も選択できないのである。この点で、決してマスコミや識者の論説にだまされないことが肝心である。親が現実に農業をしていても、子供は農業を継げないというのが、今の農業の現実なのである。


こんな収入でしかない自分の農業の経験が、果たして若い農業志願者に役立つだろうかと思うことがある。ボクのような農業形態をとってはいけないという反面教師で役立ててもらってもよいと思っている。


サラリーマンを続ける事が苦痛なら、独立した何かをするしかない。たとえそれが、たった100万にしかならないとしても、あなたの生きる道は独立した何かをする場所である。そこがあなたの居場所である。あなたが1人なら何とか100万でまわっていくかもしれない。農業をしながら農閑期にアルバイトというのは、かなりきついと思えるが、生活がまわらないなら、アルバイトに行くしかない。


学校生活もずっと緊張状態が続き、社会に出てサラリーマンになってからも、自分の居場所はここではないという意識にずっと囚われていた。そして、農業という地域社会の一員になったからと言って、ボクは地域に溶け込んでいるわけではない。別に孤立しているわけでもない。


1世代前の人は、近所の親しい人に対して、「あーさん」とか「おねえさん」という言い方をする人が多い。ボクはとてもそういう言葉は使えない。任侠の世界ではないが、ちょっとどろどろしたものを感じる。例えば70才前後の人が、自分より年上の人に対してそういう言い方をしている。若い人でも使う人がいるが、少なくなったようである。ボクは、嫁いだ姉の夫に対しても、妻の兄に対しても、ちょっと面と向かって、そういう言い方はできない。親しくないわけではない。ある種の照れかもしれない。名前で呼んでいる。まあ、姉の夫や妻の兄に対しては、普通に「あーさん」という言葉が出てもいいのかも知れないが、こういう言葉が自分の口から出ない。


一昔前は地域の多くの人が農業をしていたし、田植えとか稲刈りでは、応援を受けたりされたりも多かったので、自然とこういう呼び名で呼び合ったのかもしれない。親しさを込めて。1対1の時はそういう呼び方でもよいと思うが、他の人がそれを聞いた場合は、どう感じるだろうか。地域社会ではまだこういう呼び方が残っているように思うが、サラリーマン社会ならこういう呼び方はしないだろう。ふと、ゲマインシャフト、ゲゼルシャフトという、昔、学校で習った言葉を思い出したので、グーグルで検索して見た。ゲマインシャフトとは、地縁、血縁などにより自然発生した社会集団のことであり、人間社会が近代化すると共に、地縁や血縁で深く結びついた伝統的社会形態であるゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと・・・。ゲマインシャフトとは、封建主義(親分と子分の関係)→「ご恩と奉公」で食い扶持が確保されるような組織を指すと考えてもらうといいと思います・・・。日本企業は共同体としてゲマインシャフトの系譜に属し・・・。こんな説明がグーグルの検索で出てきた。日本の学校も企業も地域もゲマインシャフトの社会であり、西欧的個人主義がまだ確立されていないのだと思う。しかし現在、「学校社会」でも「企業社会」でも「地域社会」でも、人間関係がどんどん希薄になっているように思う。今、田舎の地域社会は、現役世代では農業をする人が全くいなくなり、企業社会へ出社して、地域社会へは寝るために帰るだけになっている。つまり、地域社会でありながら、都会の団地にすんでいるのと同じ様な感覚になりつつある。


学校社会や企業社会では、異質なものは、一致団結して「排除」もしくは「いじめ」に向かうのである。学校社会のいじめは企業社会のいじめと同じなのである。でも、学校へ行かない自由はほとんどないし、企業へ勤めない自由も全くない。学校は強制的に行かざるをえないし、企業へ勤めなかったら生活していく(生きていく)ことができない。でも地域社会はちょっと違う。学校や企業よりはるかに自由な場所である。学校や企業は一時代前のゲマインシャフト的であり、地域社会は寝るために帰るだけの場所になったために、ある意味ゲゼルシャフト的になった。でも人間は若い時は学校社会に、就職年齢になれば企業社会に属さざるを得ない。いったん組織からドロップアウトして、迷える一匹狼というか迷える子羊になると、とたんに経済的なものが逼迫してくる。今は田舎でも自給自足できるものが何一つないし、自給しようとするとかえって高くついてしまう。生きていくための選択肢が、田舎でも、企業に勤めることしか考えられない時代である。企業とは上司と部下の関係、親分と子分の関係、ご恩と奉公の関係。固定化された関係が定年まで続く。この生きづらい社会を子供たちはどうやって泳いでいくのだろう。



ブログランキング1位を目指して挑戦中!!! クリックお願いします!!!
スポンサーサイト
このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://terayama.blog57.fc2.com/tb.php/76-32be4790
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
このページのトップへ

FC2Ad

プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

QRコード

QRコード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。