あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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横井庄一さん

 「アメショッス(猫ブログ)」や「Mのランチ(飲食店ブログ)」などを見て、自分のブログに入る前のウオーミングアップをしていると、自分のブログに入るのが嫌になることがある。そうしているうちに時間は刻々と過ぎていく。自分の場合、12時前後がタイムリミットなので、多くても少なくても、それまでに書けたものをアップしている。
 自分のブログへ進みたくなくても、とにかく身体(10本の指)を動かしていくようにすると、5行ほど書き進んだら、いつの間にか自分の空間に入れるようになる。

 
 朝日新聞の「記者風伝」に横井庄一さんのことが載っていた。横井庄一さん・・・知っておられますか。グアム島で見つかり「横井庄一、恥ずかしながら帰って参りました」と、羽田空港、特別便のタラップの車椅子で叫んだ、あの横井庄一さんです。ボクはあの日の横井庄一さんをテレビに釘付けになって見ていた。だから、今でもよく覚えている。あの第一声は、なかなかの「名文句」だったと思う。

 横井庄一さんがグアム島で見つかったのは1972年1月だから、今からもう36年も前の20才の頃。あれからもう36年もたっているのか! 自分の脳みそが、あの頃から全然、進歩していないような気がする。
 
 横井庄一さんは戦争が終わってからも27年間一人で隠れ住んでいたわけだから、まるで龍宮城の浦島太郎。でも楽しい一人暮らしだったのではなかろうか。周りには豊かな自然があり、木の実、魚、食用になる植物やイモ類を食べていたのだろうから、とてもリッチな生活。
 
 あくせく働く必要はなく、腹が減ったら、身近にあるものを採取や狩猟すればよかった。春夏秋冬、一人分の食べ量くらいなら、いくらでも収穫できたのだと思う。
 
 小鳥の声や水の音や、太陽や、美しい自然に囲まれて、「孤独」など、あまり意識することはなかったのではなかろうか。大都会の孤独の方が深いと思う。

 ただ、人に見つかることを何より恐れて暮らしていた横井さんは、人の気配というものを何より欲していたらしい。それは、横井さんの隠れ住んだ穴のあった竹やぶから、団地のような人家が見えていたらしいから。

 あの年代の人は、山中に一人取り残されても、十分に生きながらえて行くだけの、生きる知恵があったのだと思う。つまり、戦争に徴兵されるまで自給自足的な生活をしていただろうから、それを引き続けてグアム島ですればよかった。

 現代人はそんな自給自足の経験がないから、無人島に一人取り残されたら、生き残れないかも知れない。自分もそうである。

(1)火の起こし方を知らない
(2)足に履く「ワラジ」のような物が作れない
(3)釣り針が作れない
(4)釣り針に結ぶ糸が作れない
(5)魚を取る網や銛(モリ)が作れない。

(6)鳥を捕まえる網が作れない
(7)鳥を捕まえる「ひっつきもち」が作れない
(8)鋸(のこ)や鎌(かま)や鍬(くわ)の代用となるものが作れない
(9)魚の燻製や保存食の作り方を知らない
(10)下着や服が作れない→横井さんは戦前は服飾の職人だった

 1世代前までの人は、幼い時から親の自給自足的な生活を間近に見ていたので、生活に必要な物は、人に依存したり、購入したりすることなく、自分で手作りすることができた。
 現代人は、教科書の知識はあっても、現場の知識はないから、無人島などに取り残されると、生きていくことができない。カエルやバッタやヘビを食べるのも、生き残る条件である。


 食糧危機が生じた場合、

(1)野菜は作れる
(2)主食の米は作れない→放棄
(3)この場合、サツマイモ、ジャガイモ、サトイモのイモ類が主食の代用となる
(4)イノシシやシカを捕まえる技術はないが、ニワトリを飼えば、肉と卵は自給できる
(5)牛乳はほとんど飲まないので不必要
(6)汚染が進んで魚も遠くない将来、食べれなくなるだろう
(7)茸類は取れなくなったが、シイタケは栽培して食することができる

そして、

(1)水は山水を利用できる。
(2)煮炊きは、戸外で薪を利用して炊くことができる。
(3)風呂も薪で沸かすことができる。

(4)下肥は田んぼに施せばよい。

 都会では無理でも、田舎では何とか食糧危機は回避できる。


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 水曜日の10時頃からぽつぽつ降り始め、昨日は1日中降り、深夜にも強い雨が降った。1日半ほど降り続いた雨で、また田んぼが水浸しになった。4月に入ってから雨量の多い雨がよく降る。右の画像は液肥を担ぐタゴであるが、空っぽだったのが1日半で、5リットルの目盛りをを越えるほど降っている。
 
 ナンキンを雨の前に植えていたのが、良かったのやら、悪かったのやら。早く水が引いてくれないと「根腐れ」を起こす。ナンキンの田んぼと、その上の田んぼは、どうも排水が悪い。まわりの細い水路も点検したが、落ち葉で「堰止め」になっている箇所はなく、水はスムーズに流れている。
 
 去年の秋に集落で、墓に水が流れ込まないよう、墓の上に排水路を作ったので、水の道がちょっと変わったのかも知れない。それ以前は、こんなに水浸しになることはなかったように思う。



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 今日のタンポポ。強い雨にもめげず、元気に復活。

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 タマネギの通路に植えている、ハーブの「ジャーマンカモミール」が咲き始めた。このカモミールは定植したものでなく、こぼれ種から自然に生えたもの。これから5月中旬頃までの1ヶ月、この花が楽しめる。
 この花を10個ほど摘んで湯のみに入れ、沸騰した湯を注げば、ほのかなリンゴの香りのカモミールティの出来上がり。


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 大森園芸さんで育苗してもらった、手前からイタリアンパセリ、スイートバジル、ニガウリ・トウガン、キュウリ、ナンキン、購入したトマト。
 
 真ん中は昨日、義兄にもらったナスビ、ピーマン、スイカ。
 スイートバジルは日曜日に5センチポットに鉢上げ予定。他は、もう少しこのままの状態で管理。


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(今日の夕飯)
カレー
春キャベツ


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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