あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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柵原鉱山を訪ねて

 今日は家から1時間ほど県北にある鉱山に行ってきた。柵原鉱山といいますが、知っておられますか。

 
柵原鉱山という名前と場所は以前から知っていた。ただ、柵原を通ることはあっても、資料館へ足を運ぶことはなかった。今回訪問のきっかけになったのは「流域紀行 吉井川」という山陽新聞の記事だった。興味を引かれた記事は切り抜きして、時間がとれた時に出かけている。今回は、
(1)流域紀行 吉井川 追憶の「鉱山町」
(2)急騰、肥料原料、塩化カリ鉱山、カナダ
(3)鎌田慧 全記録 炭鉱 現代日本の低賃金の源流
 
この3つの記事から、気持ちも盛り上がっていた。そして驚いたことに、農業と大いに関係があったのだ。柵原鉱山は硫酸を取るための原料となる硫化鉄鋼を採掘していた。そしてこの硫酸の70%は「硫安(窒素肥料)」になったらしい。戦後日本の復興のために食糧の増産が求められ、稲作の肥料として硫安が大量に必要とされたようでる。つまりこの柵原鉱山は、稲作の振興に大いに役立ったわけである。

(1)地下1000メートルに及ぶ、網の目のような坑道が張り巡らされていたらしい。
(2)ケージと呼ばれるエレベーターで、地下600メートルまで降りていた。
(3)昼夜なく、3交代制で掘り続けられた。
(4)硫化鉄鋼では東洋一の生産を誇ったらしい。
(5)昭和30~35年のピーク時には、鉱山従業員数は3000人近くだったらしい。
(6)最盛期には月間7万トンを採掘していた。
(7)事故で亡くなった人も大勢おられると思うが、資料館にはそれに関する内容は皆無だった。
(8)長く鉱山労働に従事していると、特定の疾患を患うこともあっただろうと思うが、そういう職業病に関することも、資料館は一切触れていなかった。
(9)昭和天皇や皇太子が訪問された写真はでかでかと表示してあった。
(10)鉱山主(社長)は、江戸時代の殿様が乗るような「籠」で坑道の見回りをしていたようである。
(11)労働者は真っ黒になるので、坑道を出ると風呂に入ってから帰宅したらしい。
(12)この資料館を何回も訪れていたら、当時の全国の炭鉱の状況も大体想像ができると思う。
(13)劣悪な労働条件でも、それを享受して働かざるを得なかったのだろう。他に生きていく術がなかった・・・。
(14)昭和40年代の後半、石油の精製から硫酸がとれるようになったことと、外国から安い硫酸が入るようになり、急速に採掘が減った。
(15)大正5年(1916年)~平成3年(1991年)の間の75年間が柵原鉱山の採掘の歴史である。
(16)鉱山(家から北へ1時間)とハンセン病の島(家から南へ25分)を訪問したら、近代日本の闇の部分が少しずつ見えてくる。
(17)坑道がアリの巣のように走り、全長は1400キロ。東京と宮崎間の距離になるらしい。

 『1981年北炭夕張・死者93名。84年三井有明・死者83名。85年三菱南大夕張・死者62名。鎌田は高度成長を地底の暗黒からささえたその炭鉱労働者たちの侠気を「熱い労働者集団」と呼び、「わたしが炭鉱に惹かれているのも、この地底で働く仲間意識が感動を与えるから」と吐露している。
 あの炭鉱絶望時代のピンハネやごまかし、生活保護以下の低賃金が、現代日本資本主義のピンハネ「偽装請負」やワーキングプアの派遣労働となって息を吹き返し、日本中に再蔓延し始めているからだ』
「全記録 炭鉱」鎌田慧著 創森社1890円。
<評者>吉田司・ノンフィクション作家


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 毎月第1日曜日には、坑道内の一般公開や列車の運転会があるので、その日を狙って今日行ってきた。朝10時に家を出て、帰ってきたのは5時だった。資料館500円。列車200円。坑道300円。地域のおばちゃんが、おにぎり、カップヌードル、豚汁等を売っていた。お茶も出してくれてとてもおいしかった。昼食代350円。
 また、第1日曜日に行こうと思う。



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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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