あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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農協とは

 時刻は7時半。すぐそばにストーブがあるが、あまり暖かくない。ホームコタツを机にしているから、コタツの下に敷物をして、コタツに覆いをして電源を入れれば暖かくなるのに、それができない。新聞や郵便物や雑誌が雑然と散らばっているので、これを片付けて、ちょっと掃除してなどと考えると、すぐに1~2時間かかりそうで、そんな時間がとれない。多分、今のままで春がきてしまうだろう。

 ブログネタは新聞3紙から拾っている。3紙読むには1時間ほどかかる。ネタになりそうな記事は、蛍光ペンで印をつけたり、ハサミで切り抜きしたりしておく。

 それでも、日によっては新聞からネタが拾えないこともある。書くことが思い浮かばなくても、とにかくパソコン画面に向かって何か書き始める。
 全く知らなかった作家であるが、朝日新聞に「佐伯泰英」という作家が大きく取り上げられていた。その中に「あらかじめ頭の中にシナリオやコンテが無い時でも、とりあえず何か書いていく・・・書いていくうちに先が浮かんでくるんです」と書かれていて、それが大いに参考になった。

 

 農業新聞には、ほとんど毎日のように害獣に関する記事がある。昨日の新聞に、集落ぐるみでGPS機能付きの携帯電話でサルの侵入をなくした三重県亀山市の事例が紹介されていた。
 サル対策には「モンキードッグ」を導入している地域もあり、徳島県三好市では犬が活躍している。ただ、モンキードッグの育成には一匹あたり20万円近くかかるらしい。サル害対策は防護柵だけでは難しいと言われる。

 自分の場合、農業スタート時点の害獣はカラスとタヌキだけだった。大きな被害は、最初に導入したニワトリがハトほどの大きさの時、トリ小屋の地面の下から侵入され、一晩で36羽のニワトリが全滅した。スイカも30個ほどが全て割られた経験がある。
 
 トリ小屋は周囲の基礎をブロックでやり直してから被害を受けていない。スイカ(自給用)とトマト(自給用)はその後タヌキとカラスの防御をするようになった。トウモロコシ、キンウリ、イチゴは防御が手間で、作ることをまもなく止めた。

 その後、シカが出るようになったが、シカには大きな被害を受けていない。一昨年からイノシシが出るようになった。近所の家庭菜園のサツマイモがやられた翌日、電柵を設置して防いだ。今後ますますイノシシの被害が増えると想像すると、農業が継続できるだろうかと考えてしまう。


 
農協へは一度も出荷したことがない。
農協から一度も農業指導を受けたことが無い。
農協で農業資材を買うことはほとんどない。
農協では、コゴメがなくなったとき飼料を買うくらいである。
農協の火災保険や自動車保険に入っている。
農協の普通預金からの自動落ちも少しある。
農協とは他につきあいはない。


 農協へ出荷しようにも、一種類をたくさん作っていないので、農協の出荷基準に自分の野菜があわない。

 農協に全く出荷していないのに、農協から営農指導を受けるのは気がひけた。というよりも、指導を受けるなら、指導員ではなく、同じ農業者に尋ねようと思った。

 自分が農業を始めた頃、農協以外に、近くに農業資材を売る店が何軒もできた。値段を比較すると農協より安く思えたので、資材はほとんど農協では買わなかった。 ただ、ニワトリの飼料は、農協以外では近くに売っている店がなかった。

 火災保険や自動車保険は随分以前から農協の保険に入っているので、変えるのが面倒だった。

 普通預金の自動落ちの電気代、電話代、新聞代等は他の銀行預金から落ちるような手続きをとった。ただ、農協関連のものもあるので、農協の自動落ちを止めるわけにはいかなかった。

 思えばこの18年間、農協とほとんど付き合いをしてこなかった。ただ、農協はボクの存在はよく知っていたはずである。

 その後、役場の広報誌に載ったり、あめんぼ百姓塾を立ち上げた10年前には、かなり大きく山陽新聞に取り上げてもらったりもしたが、農協から、なんらかの声かけがあったことは1度も無い。 自分も農協職員と親しく話すようなことはなかった。そんな平行線のまま現在に至っている。


 新たな農業者がほとんど増えないのだから、農協もジリ貧である。

 地域にあった農協支所では、食料品や農業資材を売り、ガソリンスタンドも併設していたが、10年ほど前に閉鎖された。

 その後、農協が経営危機に陥り、組合員が各1万円の負担になった時、農協を脱退しようと大分考えたが、手続きが面倒くさくなり、そのままになっていた。その後、岡山市農協に合併された。

 農協が経営していたガソリンスタンドと車両整備は民間に変わった

 食料品などを売っていた店舗は閉鎖された

 残っているのは、農業資材、金融、保険である。

 地域農協の広報誌はJA岡山広報誌に変わった。広報誌には、
 通信販売のカタログ
 メガネのカタログ
 農協ふれあい旅行のカタログ
 シロアリ防除のカタログ
 墓石、掛軸のカタログ
 等、いつも通りの広告がはさげられてくる。

 ほとんど農協に依存していたのは父母の世代である。

 自分が農協に行くのは数ヶ月に1度、通帳の打ち込みだけである。

 農業は完全に衰退してしまった。

 復帰させようにも、復帰できないシステムの中に、今の日本農業はある。
 
 輸入がストップしたら、パニックが起こる。

 ある日突然パニックが起こるまで、農業の衰退に歯止めはかからない。

 パニックが起きてから、いっせいに農業に目が向くが、最短でも1年もしくは2年という復帰までの時間がかかる。

 食糧を半年~1年も待つことはできない。

 農業によってささえられていた第2次、第3次産業は、農業パニックと同時に崩壊する。農業の復帰も困難を伴い、多くの犠牲が出る。

 戦後日本の農業に、農協が果たした役割は何だろうか。



2008_01282008年1月28日0010

(今日の夕飯)
ダイコンの煮物・・・鰯団子、野菜天、シイタケ
ホウレンソウのおひたし
ギョウザ・・・市販の惣菜


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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