あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

農業という逃げ場

 山陽新聞の今年の連載小説は、石田衣良さんの「シューカツ」である。また、「私の就職活動記」として、今年4月に入社された人の話が時々新聞に出ている。
 
 この国では、22~23才の時の就職先の決定で一生が決まるみたいな風潮がある。
就職とは、そんなに大事なものか・・・。
60才の定年まで同じ会社に勤め続けるのか・・・。
しかしよく考えてみれば、日本で生きていくには、そういう選択しかないような・・・。
30年余り前の自分の新卒の就職の頃も、今と同じようだった・・・。
 状況はほとんど変わっていないように見える。
 
 学生時代の友人たちは、たいていの人が新卒で入った会社に行き続けている。
自分の20代、30代の頃は高度成長の時代だったので、退職しても、次が比較的早く見つかった。もちろん正社員扱いである。今は、新卒で入った会社を一旦退職すると、次に探そうとしても、正社員の口がなかなか見つからないようである。
 
 多分ほとんどの会社は、新入社員の5割が残ってくれれば十分なのだと思う。半分ほどは3~5年ほどの内に退職するのを見越して採用しているのだろう。
だから企業は退職されても痛くも痒くもない。困るのは退職した本人だけである。今度は新卒で入る時より、はるかに狭い門を突破しないと、自分の希望する会社には入れない。多分、新卒で入った会社を退職したら、それ以上の会社にはもう入れないだろう。世は「転職時代」を告げているが、大多数の人は、そんな言葉にだまされないで、さばりついてでも、同じ会社に勤め続けないと生活が成り立たなくなると思う。転職云々は、「一部の経営者層」や「できる人」だけの話だと思う。
 
 自分は転職を繰り返して、転げ落ちるような人生を歩んでしまったが、30代の半ばに農業がひらめいた。これは農家の2世だったからひらめいたとも言える。
都市生活者の子供だったら、農業がひらめくことはなかっただろう。
 
当時すでに田舎でも農業をしている現役世代は皆無だった。けげんそうな目つきで、遠巻きに見られているような気がして、いい気がしなかった。地域の人も、そして自分も、その状況に「慣れる」のに数ヶ月を費やした。
 とにかく、田舎人の自分には農業という逃げ場があった。都会人にはそれがない。企業という組織に、例え不向きであろうとも、もぐりこまなければ凡人には生きていくすべがない。

 田舎でも、一昔前なら成り立っていた大工さんとか左官さんとか小さな個人商店とかが、成り立たなくなった。個人事業がなくなり、田舎でも総サラリーマン化している。
今はもう、田舎でも都会でもサラリーマンという組織人として生きていくしかない。向き不向きなど関係なく、組織の歯車の一つとして生きていかざるをえない。選択肢の少ない、息苦しい時代である。

 ああ、やはり農業が逃げ場になる必要がある。この逃げ場があれば、中高年の自殺もかなり防げる。
なぜ、農業が逃げ場にならないのか。なぜ、農業で自給自足できなくなってしまったのか。
 理由は、
(1)いくらでも外国から安い農産物が入ってくる。
(2)輸入が途絶えたら、国内産の勝負になるが、野菜の価格は庶民の懐に最も影響するので、低価格に据え置くために、政府はあらゆる手立てを取ってくる。
(3)異常気象等で、一部の野菜が高騰すれば、その時こそ、農家の懐が潤いそうに思えるがそうはならない。2本足の害獣に狙われてしまうだろう。田んぼはセキュリティのきかない空間である。
(4)安い中国産の輸入が途絶えたら、待ってましたと国内の企業が新規参入してくるだろう。しかし残念ながら儲けはかなり低いので、賢い企業は農業に参入してこない。
(5)最低でも60日間もかかるという収穫までの時間効率の悪さと、その間、その設備は他に転用できないという設備効率の悪さに、第2次、第3次産業のような利潤は産み出さないとすぐに悟らされる。

 結局農業は、小さな薄利を求めて、個人がする仕事であり、個人が十分に企業と戦える産業(企業が始めても儲からない)だと思う。

 農業は、多くの資本主義難民の受け皿になる必要がある。ただ、田舎の人は「農業では食べれない」ということを骨の髄まで感じている。自分もそれは感じていたが、ここまでカネにならないとは想像できなかった。
 
消費者に直接届ける斬新な農業・・・
少々外観が悪くて、不揃いでも、市場出荷ではないから出荷できる・・・
値段も自分で決めれる・・・
 しかし、
スーパー価格よりそんなに高くは設定できなかった・・・
顧客は長くは買い続けてくれない。家族構成も5~10年ほどの間に変化してしまう。考えてみれば、ワンパック野菜を月に2回、もしくは月に1回、3年以上買い続けてくれるということ自体が奇跡的である・・・

 ワンパックは少しずつ少しずつ出荷していく形態だから、田んぼに長期間置いているうちに、病気が発生したり、強い霜で傷んだり、天候の状態で「トウ立ち」したり、過熟気味になったり、味が落ちてきたり、外観が次第にわるくなってきたり・・・という、この形態特有の出荷ロスが出る。市場出荷方式より逆に多いかもしれないと思ったりする。

 春夏野菜では、次々に成る果菜類や、次々にわき芽が伸びる葉菜類が主体なので、その時に収穫適期がきていれば、送付ワンパック数にかかわらず、全部収穫する必要がある。顧客数から逆算して定植本数を決めていても、成り始め、最盛期、成り終わりでは、収穫量がかなり違ってくる。最盛期には×2倍入れることもある。が、×3倍は入れることはできない。

 それでもこの農業形態を維持してきたのは、他の農業形態は、自分にはとてもできそうに思えなかった(自信がなかった)からである。ある程度のめどというか、多少の可能性のようなものが見えれば、とにかく経済を最優先にした農業形態に変更したと思う。
 
 どんな農業形態であれ、農業でも最低限生きていける(最低限の生活ができる)という状況を、18年農業をしてきた自分が提示できなければと思うが、農業に未来を見出せていない。それでも、疲れ果てた人にとって、農業しか逃げ場はないと思う。


2007_12272007年12月27日0047

(今日の夕飯)
シチュー・・・ニンジン、カブ、ジャガイモ、ホウレンソウ、ブロッコリー、鶏肉少々
みりん干し
ホウレンソウのおひたし



あなたの一票が、農業ルポライターへの
道を開いてくれます→
ranking
スポンサーサイト
このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

QRコード

QRコード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。