あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

水サミット

 ブログを始めてから、1日がとても忙しくなった。ブログに時間を取られて、他のしなければならない用事にまで食い込むようになった。もっとバランスよく時間を配分しなければ。
 他の人のブログを見る時間もなかなか取れない。見ていると自分のブログが前に進まない。朝から、今日のブログの更新のことを考えている。
 
 「日本農業新聞」はJA(農協)の新聞であるが、今の農業のおかれている現況がよくわかり、とても参考になる。
 自分は地元の農業協同組合に加入しているが、
(1)農協に野菜を出荷したことがない
(2)農協から営農指導を受けたことがない
(3)農協の資材をほとんど買っていない。
 
 ワンパック宅配という、顧客へ直に送る農業形態をスタート時に選択したので、他へ野菜を売る予備はなかった。農協に出荷していないのに、農協から営農指導だけ受けるというわけにはいかなかった。農業資材は農協より民間の方が安いような気がした。

 別に農協が嫌いというわけではなかったが、こういう理由から疎遠だった。自分が農協に加入したわけではなく、親が加入していたので、わざわざ脱退する必要もなかろうと続けている。

 ただ、ライフラインの自動落ちの一部が農協預金からであり、時々打ち込みに行っていた。その時の待ち時間にはたいてい日本農業新聞を手に取っていた。参考になる記事もあるなあと思いながら、購入するという所まではいかなかった。年間で3万円ほどかかるので、定期購読の決断には、ブログネタという強力な動機付けが必要だった。
                             
農村再生
 農村集落は今や「格差社会」から「貧困社会」になり始めているらしい。中山間地域の耕作放棄増加に危機感を募らすJA役員が、「市場原理主義の眼のみで見ないで、そこにすむ人の生活を多方面から見た施策がほしい」と話す。今の農村の共通した願いを代弁したものだと思う。
村で安心して暮らせることへの希求は、生存権にかかわる。さらに、村があってこそ、農地と森が維持でき、国土の荒廃を防げる。この当たり前のことを肝に据え、農村再生に真剣に取り組むべきだ。(日本農業新聞、論説より)
 
 市場原理主義は弱肉強食、環境より経済優先は当然である。それを止めるには、資本主義という政治経済制度自体を見直す必要がある。この政治経済制度と共存しながら、農村再生や国土の荒廃を防ぐ手段があるだろうか。
 
農業用水の削減警戒(アジア・太平洋 水サミット)
 干ばつや開発で河川の水量が不足しがちな現在、水の最大需要者である農業と、環境の利害がぶつかり合う場面が増えている。畑作を中心とした欧米には「安価な水を大量に使うのは、農業に対する隠れた補助金であり、貴重な水を浪費している」と批判する声が根強い。
 食料需給が逼迫する中で、水をめぐる奪い合いは激しさを増すだろう。水田農業が果たす多面的な役割を分かりやすく説明していく努力が欠かせない。(日本農業新聞より)

研究者的態度、芸術家的態度 
 自分は農業本体の技術的追求には熱心ではないが、農業をめぐる情勢には注意をむけるようになった。言うなれば、農業本体は「木」で農業をめぐる情勢は「森」。
 旬のものを旬に少量作って、環境変化(気象変動)の被害の影響を最小限にとどめ、農業技術を高めて2倍収穫するよりも、少し手を加えるだけで作物が本来もっている他力本願で1倍収穫できたらよいというのが、農業にたいする自分の態度である。研究者的態度でなく芸術家的態度。

食農教育
 教えるよりも、人生で行き詰った時「だめでも農業があるさ」という逃げ場を、国や農協には用意して欲しいと思う。農業でも最低限の生活が営めることが、農業再生のキーワードである。

 野菜は、作っているうちに野菜自身が作り方を教えてくれる。ニワトリを飼えばニワトリ自身が飼い方を教えてくれる。そして野菜や卵の安全性とはいかなるものか、続けているうちに知らん間に理解できてくる。農業はこうやって身体で覚えていくものであり、参考書や学校で学ぶものではないように思う。

ハンセン病の島 瀬戸内市邑久町虫明 国立療養所邑久光明園
 らい予防法による国の強制隔離政策の違憲性を問うた岡山地裁の瀬戸内ハンセン病訴訟で原告団長を務めた中山秋夫氏が4日死去した。87才。静岡県出身。
 ハンセン病を理由に1939年、邑久光明園に強制収用され、失明や手足の麻痺など後遺症を患った。国の隔離政策は違憲として提訴した熊本地裁の原告団に参加。99年の瀬戸内訴訟の提訴とともに、同訴訟原告団長となり、法廷闘争をリード。
詩人としても数多くの作品を残した。隔離政策の象徴とも言われる療養所内の火葬場を取り上げ、「死んで骨になっても故郷へ戻れない」と詠んだ作品「責め」は瀬戸内訴訟の訴状冒頭で引用された。(12月5日山陽新聞)

 同じ瀬戸内市にある「長島」が、ハンセン病の人を隔離した「孤島」であると知ったのは、中学生になってからだった。小学校の時の道徳の時間に、先生が顔をこわばらせて、ちらっと、島と病気のことを話されたように思うが、後にも先にも、小学校でその話を聞いたのはそれ1回の気憶しかない。怖い病気にかかった人が連れて行かれる島であると母が話していたのも気億に残っている。
 高校生の頃には新聞でその病気や島のことは理解できるようになっていた。
 まさに「タブーの島」だった。20年ほど前、1度行ったことがある。美しい島だった。後にも先にもこの1回しか渡ったことがない。本土の目と鼻の先にあるのに、橋ができたのはそんなに古くない。それくらい隔離政策が徹底していたのだ。

 数週間前、長島の紅葉をデジカメで取ろうと橋を渡ったら、橋の向こう岸にまだ「守衛」がいて入らせてくれない。あれ~、まだ隔離されているのかなあと思い、守衛さんと押し問答になったが、らちがあかない。
 この島で亡くなった人のお墓にお参りしたり、居住者の絵や詩集や本が置かれている資料室にも行ってみたいが、もちろん、その場所にもいけない。これでは居住者に会うことも話を聞かせてもらうこともできない。まだ隔離された島である。

2007_12082007年12月8日0007

(今日の夕飯)
豚肉の生姜焼き
ダイコンの煮物

あなたの一票が、農業ルポライターへの
道を開いてくれます→
ranking

スポンサーサイト
このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

QRコード

QRコード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。