あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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ポリマルチ・土に戻るマルチ

 農業現場では、農薬や化学肥料のように、作物を直接汚染したり、雨によって地下水を汚染したり、川へ流れ込んだりして、川の生態系を壊すものと、黒マルチやハウスの塩化ビニールのように、産業廃棄物となって、間接的に環境に負荷を与えるものの、二通りある。直接的か間接的かだけの違いで、あまり違わない。


 ボクが子供の頃には、田植え後の梅雨の時分には、おびただしい量の魚が川面を埋め尽くし、顔をそむけたくなるような光景が毎年繰り返されていた。子供心にも、きつい農薬が田植え後の田んぼに撒かれて、梅雨の雨とともに、それが川に流れ込み、魚が死んだんだということが、うすうすわかった。他に考えようがなかったし、子供は何でも、不思議なことや、おかしなことには疑問をもつものだから、他の子供ももちろん同じように思っただろう。当時は多分、ものすごいきつい農薬が使われていたんだろう。あの当時の農薬と比較して、今はどんな農薬が使われているのかよくは知らない。すでにとっくの昔に魚はいなくなってしまったから、どんな農薬が使われようと、川に変化を見つけることはできない。


 今から40年ほど前、川の上流にある山の斜面が牧場に切り開かれた為に、それを境に、川の生態系も激変してしまい、魚は全くいなくなった。もちろん、乱舞していた蛍も姿を消した。


 牧場が誘致されるにあたっては、集落の公会堂でかんかんがくがくの議論がなされただろうが、反対者の意見など踏み潰されてしまっただろう。大体、ゴルフ場等でもなんでも、誘致に当たっては前もって、集落の声高の者、地域出身の議員等に、「根回し」しておき、賛成者が事前に打ち合わせして、準備万端整えてから、集落の公会堂で誘致の話を持ち出すのだから、もうその時はかなり話が進んでいて、集落の会合なんかは事後承認をもらうようなものである。これでは、反対しようにもすでに事は決着がついている。


 学校のクラスでも集落の公会堂でも、同じ社会の構図である。いじめがあっても、大多数の人は見て見ぬふりをするし、自分に関わりがなければ、火事は大きい方がおもしろいみたいな傍観者の態度を取る。いたずらに、いじめに会っている人の味方をしようものなら、今度は自分に火の粉が飛んでくる。そんな正義感のある奴も少ない。大多数の人は、クラスや公会堂での、その場の空気にながされて、反対意見を言うなどの余算のエネルギーなど使おうとはしない。事なかれ主義が一番賢い選択だから。そういう人に限って、だからわしは反対しとったんじゃ、あんな所に牧場ができたりしたら、川がこんなことになるのはわかっとったんじゃ・・・と、現実の結果がそうなってから言いはじめる。もう今言ってもどうしようもないのに。それなら、なぜあの時、公会堂の集会で堂々と発言しなかったのか。発言する勇気もなかったのに。


 実際、クラスや公会堂で、声高な人や、暴力的な人、地域の議員などには、なかなか反対意見など言えないのものである。反論することはかなりエネルギーがいるし、一朝一夕にはいかないものである。例えば、選挙で集落推薦があったりした場合、その人の乗った選挙カーが家の前を1日3~4往復しても、1度も手を振ったりしない・・・などは相当難しいものである。確かに若い時は難しい。しかし経験を積み、常に自分が戦う姿勢を常日頃から持ち続けていれば、ある年齢になった時、それができるようになる。


 川が突然変わったのは、牧場のために山が切り開かれてからである。小学校の間泳いでいた池も泳げなくなった。上流から水が流れていたのに、水量がぐんと減った。我が家のすぐそばにある防火用水(掘り池)には、梅雨時分には、フナやナマズが釣れたし、学校の運動靴を洗ったり、隣の家の人が洗濯に来ていたりしていたのに、以後、洗えなくなった。


 ボクが中学生の頃、この集落の生態系も大きく変わってしまったような気がする。田植え後の農薬による魚の大量死、腐った臭い、川の上流の開発、稲作が手刈りから機械への移行、ダムや池、川の改修、高度成長による乱開発・・・。人心も急激に変わっていっただろう。


 時は流れて20年、中学生だった自分は30代半ばにさしかかっていた。幾度となく転職を繰り返した後、35の春、突然、頭に農業がひらめいた。最初はハウスで花を作るつもりだったが、2年間の試行錯誤の過程で、「百姓になるための手引き」、「都市生活者のためのほどほどに食っていける百姓入門」、「自然食通信(雑誌)」「土と健康(有機農研の会誌)」等に導かれて有機農業を始めた。37が目前だった。


 スタートしてからの3年間は完全無農薬だった。それまでずっと稲を作っていて、畑作はめずらしかったせいか、野菜がよくできた。害虫が少なく病気もなく、無農薬は簡単だった。今でも無農薬で簡単にできる野菜の方が多い。難しいのは自分の場合は4種類(アブラナ科野菜、ジャガイモ、タマネギ、ナンキン)である。化学肥料はスタート時から時々使っていた。肥料全体の1~2割ほどは使っていた。化学肥料を使わなくなったのは、鶏糞から液肥に切り替えてからである。


 黒マルチもスタートして3年間ほどは全く使っていなかった。何かグロテスクに感じたし、自然に還らないものは使いたくなかった。しかし、黒マルチはいったん使い始めると年々使う量が増える。とても便利であるし、肉体的にも楽だから。


 黒マルチは0.02ミリあるいは0.03ミリの黒色のポリの素材である。定植のための畝立てをした後、このポリで土の表面を覆う。最大の欠点は使用後は自然に還らず、産業廃棄物になるという点である。


逆に長所は次のごとくである。


(1)黒色のポリで覆うので草が全く生えない。


(2)雨水が入らないので肥料が流亡しない。


(3)雨は植え穴からしか入らないが、地中の水分も蒸発しないので、保水力はこの方がかなり高い。


(4)黒マルチをすることによって地温が上がるので、10日ほど早く収穫が始まり、10日ほど遅くまで収穫ができる。つまり、前後で20日ほど収穫期間が長くなる。


(5)雨による泥はねがないので、収穫物の葉に泥がつかず、収穫後、洗う必要がない。


(6)雨による泥はねがないので、病気の発生が少なく、多少の虫除けにもなっている。


(7)雨にたたかれないので、マルチの下の土はやわらかく、、後作が不耕起でできる。


(8)1年、黒マルチをしておけば、草の種が落ちないので、翌年の草の生える量が大分少ない。


(9)植え付けが1ヶ月後でも、手の空いた時にいつでも黒マルチをして準備しておける。黒マルチをしないで露地の場合、2週間も早く準備すれば、雨にたたかれて土の表面が固くなるし、草も生えるので、もう一度畝立てのやり直しになることが多い。


10)液肥の場合、雨で流亡しやすいので、液肥と黒マルチはセットみたいに自分は考えている。


(11)黒マルチをしていると、かなりの雨量があった場合でも、作物の植え穴からしか雨が入らないので、翌日にはサツマイモ等が掘れる。


(12)ハーブなどの葉物は、泥はねがあると洗わざるをえなくなる。ハーブのほとんどは黒マルチなしでは考えられない。


(13)黒マルチをしていると、露地に比べて、作物の収量が15~25%ほど上がる。


(14)敷き藁より安価で、敷き藁ほど敷く手間がかからず、敷き藁より除草は完璧で、敷き藁より作物のできがよい。


(15)地温が上がるので、少々定植が遅れても、露地物に追いつく。


 黒マルチは毎年、購入した農業資材店か、産業廃棄物処理業者に有料で引き取ってもらっている。キロ単価はどちらも50円であり、毎年70キロほど廃棄黒マルチが出る。処分料金は3500円ほどである。


 土に戻るマルチ、つまり生分解性マルチ(トウモロコシ等が原料)も使ったことがあるが、ポリの黒マルチの4倍ほどの価格であり、破れやすく、1年で使うことをやめた。


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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