あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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柿の木は見ていた

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 今年は柿がほとんどなっていない。6月には鈴なりだったのに、虫害で大半が落下してしまった。今までも虫害は度々あったが、全部落下することはなく、少なくとも3~4割は残って食べることができた。

 
 
 柿が食べれることは、10月中旬~12月中旬の2ヶ月間の大いなる楽しみの一つなのに、今年はそれができない。
 
 
 少し色づいた10月中旬頃から食べ始め、毎日3~5個、農作業の合間にちょっとちぎっては口に入れるのが、毎年、至福のひと時だったのに・・・。
 
 
 手が届く場所を食べつくしたら、高い所の柿は、竹のハサミ棒を利用して取る。そうやって毎日3~5個ずつ食べ続けても一向に減らない。熟したらカラスが狙うが、赤みをおびたくらいでは固いのか、カラスが食べない。熟すのは初霜(当地では毎年、勤労感謝の日前後に初霜が降りる)の時期からだが、初霜の頃には残りの柿を全部ちぎる。初霜の前にちぎってしまった方が、保存した時に長持ちがする。田んぼの物置において、それをまた3個ほどずつ食べ続ける。いったい1シーズンに何個の柿を食べているだろう。

10月・・・3個平均×15日=45個

11月・・・5個平均×30日=150個

12月・・・3個平均×15日=45個

 合計・・・240個ほどの柿を食べていると思う。それぐらい好きな柿である。老木が1本あるだけだが、毎年300個余りの柿を成らしてくれた。その柿が食べれない今年は、この時期の楽しみが奪われてしまった。


 1度も農薬を使ったことはないが、ここ数年落下が多く、柿の成りが少なくなっていることは感じていた。それでも十分口にすることができたので、余り気にならなかったが、今年はちょっとショックである。農薬で確実に防げるのであれば、来年は6月に農薬散布をしようと思う。

 
 父と農業が重なり合ったのは、スタートした3年間だけだったが、父は柿に農薬散布をしていたようだ。1度だけ見たことがある。ということは、毎年していたのだろうと思う。父の死後は1度もしていないが、それでも柿は成り続けた。隔年結果もあり、豊作とそうでない年もあったが、それでも毎年十分口に入れることができた。豊作の年はワンパックに入れたこともあるし、我が家だけでは食べきれず、人にあげたこともある。

 
 近くの集落に柿をたくさん植えている人がいるので、いつどんな農薬を使っているのか聞いてみようと思う。


 田んぼで、のどをうるおす果樹が食べれるのはうれしいものである。スモモ、イチジク、柿、キンカン。果樹ではないが、同じく田んぼで食べるスイカ、トマト。

 
 我が家には果樹は柿しかなかった。他の果樹は、自分が農業を始めてから、少しずつ植えたものである。その中では、キーウイとハッサクが毎年たくさん成るが、キーウイとハッサクは収穫後、追熟させる必要があり、成っているのをちぎって、のどをうるおす果樹とは違う。

 
 カラスが狙ったり、作る難易度が高い、モモ、ナシ、リンゴ、ブドウ等は作っていない。


 田舎育ちの高齢の人にとって、柿は特に思い出深い果樹ではないかと思う。この時期のおやつと言えば、柿か「ふかし芋」くらいしかなかった。稲刈りのおやつも柿だった。どこの家にも柿の木はあった。他の果樹は余り見かけなかったが、柿の木だけはよく見かけた。柿は放任栽培でもよく成ったのだろう。

 
 農作業の手をちょっと休めた時に、どこからでも、熟した柿の木が見えるというのは、無上の喜びでもある。天高く馬肥ゆる秋。深まり行く秋の空に映える熟した柿の木は、まさに絵になる光景である。田んぼの傍らの山も、少しずつ色づいていく季節を迎える。

 
 柿の木に興味を示すのは、柿が色づき始める10月中旬以降~柿が木に成っている間だけで、他の時期は目にも留めなかったが、デジカメを購入してからは、春夏秋冬の柿の木を写すことが多くなった。柿の葉が全部落ちて、枯れ枝のようになった柿の木など、それまでは歯牙にもかけなかったのに、デジカメで写すと、冬枯れの柿の木が、なんともいえず美しい。デジカメのおかげで、冬の柿の木も独特の風情があるとわかってから、以前よりずっと柿の木が気になり始めた。

 
 柿の木も人間といっしょで、いい時期は短く、柿の実がなくなると、たいていは見向きもされない。人間も、いい時期というのは、一生のうちのほんの一時期のように思う。他のほとんどの時期は、下積みの苦労で終わり、今年の柿のように、結局、一生下積みで終わる人生も多いのではなかろうか。
 

 突然農業を始めた自分の一挙手一投足を、柿の木はずっと見ていた。祖父母の代から、父母の代へ、そして自分の代へと三代の農業を老木は見続けてきたのだ。長らく、稲作と葉タバコを見てきて、その後は稲作を見てきて、17年前からは野菜を見続けてきた。老木はいつまで生き続けるのだろう。果たして四代目を目にすることはあるだろうか・・・。


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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