あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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変わる社会、変わらぬ社会

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 田んぼのすぐ上にある「ため池」で、小学校を卒業するまで、夏休みには泳いでいた。今はもう、その面影すらない。3度も池の改修工事が行われた。たった45年ほど前のことなのに、あまりに変わってしまった。世の中も、このため池のように変わっていったのだろう。



 江戸時代に生まれていたら、世の中は、生まれてから死ぬまで、あまり変化はなかっただろう。

義務教育というものはなかった。

平均寿命は40才くらいだったのだろう。

電気はなかったから、夜が明けたら起きて、日が沈んだら寝る用意をしたんだろう。

貨幣はほとんど流通せず、多くは物々交換だった。

だから、お金を出して買うということはなかった。お金は「流通の手段」ではなく、物と物の交換、もしくは手伝ったり、手伝われたりが「流通の手段」だった。

家も手作りの簡素なものだった。家人や親戚や地域の人の応援を受けて作った藁小屋だったのだろう。


 
 とにかく、食べ物を確保する必要があった。

食べ物は米のように長く保存できても2年だった。

天日乾燥をしたり、魚を燻製にしたりしても、長くて1年ほどしか保存できなかった。

漬物も半年ほどしか保存できなかった。

店などはなかったので、自分や家族が食べる物を用意することが、1日の大半の仕事だった。

でも、その仕事は意外と楽しい仕事だった。


 
 江戸時代でも、天候不順で米のできない年はあった。

そんな時は、前年の備蓄を少しずつ食いつぶしながら、日々をしのいだ。しかし、そんなにひもじい思いをすることはなかった。

里の物は不作でも、山の物、川の物が、何らかの恵みをもたらしてくれた。


 山に行けば、

春はタケノコ、ワラビ、イタドリ、その他の山菜

夏はあまりなかったが、

秋になると、山栗、山ぶどう、山芋、マツタケやシメジ

冬には、鳥やシカやウサギの猟をして、肉類にありつけた。


 川には春夏秋冬、川魚がいなくなることはなかった。コイ、フナ、ナマズ、ドジョウ、川エビ、川ガニ、シジミ。特に、梅雨の雨とともに、下流から上流へと上ってくるウナギなどはご馳走だった。


 里の幸、山の幸、川の幸。腹はふくれなかったかも知れないが、自然はいつも、生きていくための最小限の食べ物は提供してくれたのだった。


 生まれて死ぬまで

変わらぬ里の風景

変わらぬ山の風景

変わらぬ川の風景


 
 死んだら魂は、

里や山や川に戻って行く

自然の中で生きて、自然の中へ還っていく


 
 未来永劫

変わらぬ風景

変わらぬ家族

変わらぬ地域社会

 


 今、我々は、変わり続ける社会の中で生きている。
変わらないのは、

22才で行く会社が決まり、

60才まで勤め続けなければ、生活ができない。

22才で失敗したら、チャンスは35才までしかない。

35才までに正社員になれなければ、

もうほとんど絶望的。

そんな社会を生きている。

よそ見をせず、疑問を持たず、野心を持たず、

60才まで、属している組織にしがみついていくしか、

生きていく手段がなくなった社会。

固まってしまった社会を生きるには、

固まった生き方しかできない。




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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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