あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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Aさん

 享年60才。Aさんの突然の訃報だった。Aさんは自分のような石頭でなく、頭の柔らかい人だった。そして次のような経歴だった。

NPO瀬戸内理事長
フロムシードットコム株式会社 代表取締役
おさふね街づくり株式会社 代表取締役

 この他、地域のふれあいプラザで

パソコン教室
詩吟
折り紙づくり
 
 の3つの教室で、ボランティアの講師をされていた。

 
 スポーツにも秀でていて、昨年度の瀬戸内市のテニスの試合で、若い人を抑えて2位の成績だったらしい。


 神戸の大学を卒業後、NECに入社。コンピュータを作る仕事に長年携わって来られた。病弱な父親が地元で一人暮らしをされているのを心配して、53才の時NECを早期退職。

 
 Aさんの華々しい活躍は、地元に帰られてからの、たった7年間の間に成し遂げられたものである。自身の知識をボランティアを通して、地元に還元し続けた人だった。


 Aさんのことを、人は「宇宙人」と呼んでいた。自分もその宇宙人ぶりを何度か目にした。

(1)パソコンの合間に詩吟を聞かせてくれたり、オリジナルの折り紙を披露してくれた。

(2)東京の孫とスカイプ(無料のパソコン電話)で話しているところを見せてくれた。そのお孫さんはまだ4才。


 集落は違うが、同じ地域の人であり、Aさんのことも、Aさんがふれあいプラザで無料のパソコン教室を開かれていることも知っていた。
 自分が始めてAさんを訪問したのは去年の3月のことである。そしてパソコン教室へ通わせてもらうようになったが、10月には、他のパソコン指導者に教えてもらうようになったので、半年ほどの出会いで終わった。

 パソコン教室は子供から70才過ぎの高齢者まで年齢層が広かった。マンツーマンで教えてもらえるが、他の人のマンツーマンもあるので、自分があまり必要としていないパソコン学習もあった。そしてブログを始めた7月からは、時間の余裕がなくなり、自分にとって必要なパソコン機能だけをピンポイントで教えてもらう方がいいと思うようになった。


 それでも、3月にAさんとの出会いがなければ、ブログを7月に開設することはできなかったと思う。出版社に送る原稿を横書きから縦書きに変更して打ち出してもらうためにAさんを訪問した。その時に、DELLのノートパソコンなら7万円ほどで買えるからと、ウインドウズXPを勧めてくれた。それまで自分は平成12年12月に買ったウインドウズMEを5年余り使っていた。その頃、頻繁にパソコントラブルが発生して、もう買い替え時かなあと思っていた。そして次に買うならノートパソコンを買いたいと思っていたが、15万もの余裕はなかった。その時に7万円で買えると教えてもらったので、すぐにインターネットで購入してもらうことにした。4年間の無料保障とか、その他のサービスを加えると9万円ほどになったが、それでもノートパソコンがこの価格なら安いと思った。その数日後、プリンターとデジカメは市内の電気店で購入したが、この3点を合計しても15万もかからなかった。自分の収入からいって、この15万はきつかったが、4冊目の自費出版(80冊で8万円ほど)は止めて、パソコン代にまわすことにした。
 
 
 今は、この時に買ったノートパソコンとデジカメが毎日フル回転してくれている。
 
 
 このノートパソコンの他にAさんが勧めてくれたのが、ISDNの電話回線をADSLの電話回線に変更することと、IP電話への加入の2点だった。ADSLに変更することによって、パソコンの画像が数倍早く表示されるようになり、IP電話によって、県外通話も市内通話料金でできるようになった。
 
 
 そして、このノートパソコンは、キーボードの背が低く、今までのに比べて、入力するのがとても楽に感じた。パソコン機能はほとんど理解できなかったが、15年ほど前に、あめんぼ通信を「手書き」から「ワープロ入力」にするために、ワープロ教室へ通い、そこで、10本の指で打つ「フォームポジション」での早打ちの練習があったので、入力に関してだけは、そんなに低レベルではなかった。


 とにかく、Aさんのおかげで、パソコン環境を劇的に変える(ノートパソコン、ADSL回線)ことができた。
 
 
 教室でAさんはしばしば、「困った時の神頼み」ではなく「困った時のグーグル頼み」という言葉をよく使われた。
 
 そのグーグルで、「ブログとは」と検索したのは5月頃だった。だから、その年の5月頃までは、ブログという言葉は知っていても、どこにそのブログが載っているのか皆目わからなかった。その検索で「ブログランキング」というのを知り、すぐに「はまって」しまった。
 
 無料のブログサービスはたくさんあるが、FC2は2度目のブログである。最初のブログは、うまく立ち上げることができなかったが、FC2ブログは画面の指示通りに簡単に進むことができて、自分のレベルでも、ブログを立ち上げることができた。


 1ヶ月ほどもたもたしたが、いつの間にか毎日更新するようになっていた。もたもたした原因は、ボールペンで下書きして清書にパソコンで入力していたからだった。下書き→清書では時間がかかって仕方がなく、これもいつの間にか、下書き無しのいきなりパソコン入力になった。この変化が毎日更新できるようになった原動力である。

 
 始めて画像を入れることができたのは10月9日である。この画像の挿入方法は、次の指導者である高校生に教えてもらった。Aさんには、並々ならぬお世話を受けたが、ボクのわからないことがAさんに理解してもらえず、Aさんの説明がどうもよく理解できなかった。これは自分の頭の固さに起因しているのかも知れない。Aさんの説明をすぐに理解できる人と、なかなか理解できない人と二通りあるようだった。
 
 Aさんはいろんな肩書きがあり、パソコン教室の生徒も多く、何回もマンツーマンで教えてもらえる時間はなかった。Aさんのあいている時間、自分の都合がつく時間はなかなか一致せず、有料でもマンツーマンで個人指導を受けた方がいいと考えるようになった。その時に新聞で見つけたのが高校生だった。

 
 Aさんと出会い、指導を受けた期間は半年ほどだったが、Aさんほど多芸で、マルチ人間である人を他に知らない。冒頭に書いた「宇宙人」と言われるくらい何にでも秀でた人だった。ボクの頭が石ならトーフかコンニャクのような人だった。
 
 
 テニスは大学選手権に出た人と対等に戦えるほどの腕前だったらしいが、テニスをされているのを見たことはない。自分がしばしば見せてもらったのは、パソコン指導の合間の、オリジナルな折り紙である。まさに圧巻の手さばきと早さと出来栄えの折り紙だった。こういう頭の持ち主だからコンピュータを作る仕事ができたんだなあと思った。


 多芸なAさんの才能に近づくには、ブログを続けることだと思った。ブログは、5%のブログ(パソコン)を操作する能力と、95%の鬱屈した自分自身の中に抱え込んだネタだと思う。そして95%の鬱屈したネタは、表街道を歩いてきた人にはなかなか手にすることができないものだと思う。一つでもAさんのレベルに近づくには、それぞれの人が抱え込んでいる、オンリーワンの95%の部分を何らかの形で表現し続ける努力ではないかと思っている。


 いつものテニスが終わった後、自分の車に乗ろうとした時の突然の心臓麻痺。急な訃報でしたが、形式に全くとらわれない今日の葬儀はとてもかっこよかったですよ。そして息子さんの挨拶は、今日の参列者の多くの人の記憶に残るほど素晴らしいものでした。



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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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