あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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帰属意識

 田舎ではすでに方言など使わないし、自給自足できるものがほとんどない。都会に住んでいる場合との違いを探そうにも、あまり思い浮かばない。それくらい、現在の社会システムは全国一律になっている。


(都会)

(1)物価が安い

(2)田舎より働く場所が多い

(3)田舎より給料がよい

(4)交通機関が多いので、車がなくても暮らしていける

(5)人間関係がさほど濃密でない


(田舎)

(1)田舎へいけばいくほど物価が高い

(2)働く場所が少ない

(3)交通機関がないので車は必需品

(4)地域の冠婚葬祭費が欠かせない

(5)人間関係が濃密で、こじれると次の世代に続く

 

 食べ量だけの野菜を作るのなら、買った方がはるかに安くつく。


 イノシシやシカなどの害獣が夜な夜な出没するので、防御する必要があり、野菜作りがとても手間のかかるものになった。

 

 田舎で自給自足が考えられるものと言えば、水代である。田舎では山からの湧き水(清水)を引いている可能性もあるので、田舎移住を考えられている場合は要チェック項目である。水代がいらなければ、年間で5~6万は節約できる。

 

 田舎暮らしがいいと思えるのは、自然が間近にあることと、土が身近にあることの二つくらいである。でも現役世代のサラリーマンは日々の生活に追われていて、家庭菜園どころではないと思う。都会暮らしよりも田舎暮らしの方が余計にカネがかかるのだから、都会の人よりもっと稼がないと生活は苦しい。


 自分は田舎でしか住めない。田舎では「帰属意識」が持てる。故郷が好きとか嫌いにかかわらず、絶対の帰属意識がある。都会ではそれが持てなかった。都会では、住んでいた場所でも、働いていた企業(組織)でも、どうしても「帰属意識」を持つことができなかった。


 次男とか三男だったら、いずれは故郷を出て行く境遇にあるわけだから、自分のように、そんなに故郷に執着など持たないのかも知れない。


 自分の場合は「どこにも属していない」という感覚が強かったから、どこか一つくらいは絶対の「基地」が必要だった。それは「生まれ故郷」しか考えられなかった。やはり故郷は自分の精神の「基地」だと思う。ここから発信して、ここを背にして戦って、夢破れても、自分の拠り所となる故郷があることに救われている。肉体と精神はいつもこの故郷に帰属しているのだと思う。



 属している会社(組織)はないし、信仰することには否定的である(親が極端に信仰していたので、その反動だと思う)し、家族とはくっついたり離れたりするものである。考えてみたら、動かない根っこのようなものは「故郷」しかなかった。



 でもまさか、故郷で百姓を始めるとは思っても見なかった。自分も青雲の志を持って努力した時代もあったが、ことごとく敗れ去った。敗れ去ってなかったら、農業は決してしていない。するとしても定年後だろう。よかったのやら、悪かったのやら。でも現在の日々の充実感から顧みれば、やっぱりよかったのだろう。



 農業は人間の根幹となる職業だと思う。しかし現在では、農業をしたくても、現役世代はできない職業である。農業では生活ができないからである。農業で生活ができている人もいるが、そういう人は「ずば抜けた人」である。我こそは・・・と思って、農業に新規参入しても、農業で生活がまわっていく人は少ない。たいていの人は、3~5年の内に農業界から淘汰されるか、農業に投資した借金だけが残るだろう。



 自分の場合は、農業収入は少なくても、配偶者に定期収入があり、農業を継続できる環境にあった。それがなかったらとっくに、農業界から淘汰されていたはずである。

 
 がむしゃらに農業を続けてきたが、農業の世界でも余り稼ぐことはできなかった。今後も、今までのような農業が続いていくだろう。終止符を打ってもよいと考えることもあるが、その場合には、必要最低限の自分の小遣い(散髪代と田んぼ見学の時の手土産)とライフラインの支払い金額だけは稼ぐ必要がある。

 

 大地(農業)から学んだものと言えば「この世の不条理」くらいである。


教育は企業のための教育である。


教育は農業から離すためのものである。


教育は貧富の差を見せつけるものである。


教育は序列を作るためのシステムである。


教育は軍隊みたいな組織である。


教育は全く面白くない授業でも机についていなければならない。


教育は自分から学びたいと言う意識ではなく、他から命令されて学ぶものである。


教育はサラリーマンという兵隊を作るには特に有効に機能する。


教育は受けれなかった人を差別するものである。


教育は高い学歴の人が賢くて知恵者であると、人に思い込ませるものである。


教育は管理、管理、管理・・・。


教育はスピードと暗記を競うものであり、人間性を無視したものである。


教育を受けてなかったら、いわゆる「いい会社」は受験資格もなく門前払いである。


教育は全く面白くもない授業を12年間、もしくは16年間も受け続けなければならない。


教育は少数のエリートを作るためのものである。


教育で作られたエリートは自分をエリートにしたシステムを防御する。


教育のシステムは、あまりにも強固である。教育のシステム外の世界で生きることは、サラリーマンを止めて農業を始めるようなもの・・・。悲劇かそれとも楽園か。


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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