あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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コクシジウム

 農業をスタートした1年後からニワトリを飼い始めた。3月に姫路までヒヨコを買いに行き、家の軒下で飼い始めた。トリ小屋ができたのは2ヵ月後の5月だった。
 
 
 スタートして3年ほどの間に、その人の生涯を通しての「農業の形」というものが大体でき上がるのではないかと思う。

 
 野菜も、ニワトリも、目標とした顧客数(野菜会員)の8割獲得も、3年ほどの内に達成できた。

 
 3年ほどの内に顧客の目標数の8割ほどを獲得できないならば、ワンパック宅配という農業形態には「向いていない」と思う。つまり、形にするには、ある程度のスピードがいるのである。それ以上の年数がかかってしまうのは、その農業形態に適性がないと言える。
 
 
 農業歴が8年目に入った時、「ハーブ」と「ドラムカン炭焼き」をマスターすることを新しい努力目標としたが、ハーブは3年間内に、作ることも、売り先(イタリア料理店)も確保できた。しかし、炭焼きは結局、軌道に乗せることができなかった。炭焼きがあまり得意でなかったのだと思う。炭焼きが得意な人は、一度教えてもらっただけで、一冬でマスターしてしまい、一冬で5~10回ほど焼いている。つまり、一冬でマスターしてしまうくらいのスピードがない人は、炭焼きがあまり好きでないか、あるいは得意でないのである。

 
 何でもですが、形になる時は「猛スピード」で形になる。時間がかかってしまうと、形にできない。

 
 ニワトリを飼い始めて16年と5ヶ月ほどになるが、ニワトリの病気はごく少ないと思う。この間に1回だけ、ニワトリの大病を経験した。それは「コクシジウム」という病気で、ニワトリの病気としては比較的一般的な病気らしかった。1996年7月に発生したので、今からちょうど11年前のことである。その時の様子は今でもくっきりと思い出すことができる。今年のような曇天が長く続いた年だった。その時のことを書いた作文があるので、以下に紹介します。


コクシジウム

 
 
7月21日(3羽)、22日(2羽)、23日(4羽)、24日(3羽)、25日(2羽)、26日(1羽)、メンドリが死んだ。以前、あめんぼ通信で「ボクの鶏舎に鶏病は発生しない」と書いたが、それを、全くくつがえす状況が発生した。梅雨が明けて1週間後、まさに鶏舎がアウシュビッツと化した。あれ、なんかおかしいと気づいてから3日後、最初の3羽が死んだ。
 
 翌日の月曜日、家畜保険衛生所へ電話した。すぐに3人の係員が来てくれた。死にかかったメンドリ1羽と、糞(血便)を持ち帰られた後、夕方、電話をもらった。
「コクシジウム」という鶏病だった。
 
 翌日の火曜日、係員が、水に混ぜて飲ます抗生物質と、鶏舎を消毒するクレハゾール液を持ってきてくれた。今まで産んだタマゴは問題ないが、抗生物質を与えてから1週間内のタマゴは食べないようにと言われた。問題ないと言われたタマゴもちょっと食べる気にはなれなくて、50個ほどのタマゴを捨てようと思い、どこへ捨てようかと考えているうちに、人間でも自分の尿を飲むと健康になるというのを、ふと思い出して、ニワトリにもあてはまると思い、全部のタマゴを割って、ニワトリにやった。タマゴの「カラ」もカキガラのかわりにやった。50個ほどのタマゴを割ると、かなりの量になったが、他のエサはほとんど口にできない状態だったのに、タマゴは翌朝にはきれいにたいらげていた。火、水、木の3日間、水に抗生物質を混ぜ、鶏舎はクレハゾール液で消毒したら、金曜日で死ぬのがピタッと止まった。31羽のメンドリと3羽のオンドリの内、6日間で、16羽のメンドリが死に、生き残ったのは、15羽のメンドリと3羽のオンドリだった。ほとんどのニワトリがエサも食べず、水も飲まず、地面に体を投げ出したような、だらんとした状態で寝そべって、目も、とろんとして、生気が全くなかった。こりゃあもう全部死ぬかもしれないと思ったが、抗生物質が効いたのか、ほぼ半分が死のふちから生還した。

 
 
すぐ上の山に、毎日、3羽、4羽と埋め続けたが、翌日行ってみると、必ず掘り返されていた。多分、タヌキの仕業だろう。はらわたが食いちぎられ、残骨や首があちこちに散らばって、ああ、あと何日埋め続けなければならないのだろう・・・と思ったら、死ぬのが止まった。原因は「水」と「エサ」と「気象」の3つしかないと言われた。


 メンドリが半分になった以上、オンドリが3羽では多すぎると思っていた矢先、電話で経過報告をしていたとき、係員から、オンドリは1羽に減らさないと、メンドリに負担がかかり過ぎると言われた。弱っている今をのがすと、オンドリをつぶす(しめる)チャンスはない・・・、1日のばしにしてはいけない・・・と自分を鼓舞して、2羽のオンドリを鶏舎の外につれだした。左足で押さえつけ、右手はタオルをしぼるように首を4回、5回とまわし続けた。まるでヒットラーのように・・・。

 
 16羽残ったが、病後からちょうど2週間が過ぎて、この間にタマゴは3個しか産んでいない。それだけ重病だったのだろう。しかし、エサの食いは元気なころに戻った。

(1996年、7月)



 原因は「腐ったエサ」だったように思う。コゴメの他に購入エサも与えていたが、20キロ袋入りを1ヶ月半ほどかけて与えていた。7月という高温時に、多分「賞味期限切れ」のエサになっていたのだろう。
 
 
 その後も、コゴメが少なくなったり、なくなったりした時は購入エサを買っているが、夏場には臭いをかいだりしてチェックするようになった。できれば、素性のわかったエサだけにした方がよい。

 
 ニワトリの病気は後にも先にもこの1回だけである。係員が言われた、病気の原因は「水」と「エサ」と「気象」しかないという言葉はずっと記憶に残り、今でもよく思い出している。
 
 
 白装束で来られた時はちょっとびっくりしたが、自分のような少羽数のニワトリ飼いにも、とてもていねいな対応をしてくれた。

 
 普通なら家畜保険所に電話したりしないが、死に方がおかしいというのは、数年飼っていればすぐにわかる。


 あれから11年経過したが、コクシジウムとは縁がない。でも、コクシジウムという病気の発生のおかげで、飼い方が高慢になることを防ぎ、エサにも敏感になっている。

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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


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