あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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草刈機

  昨日はかなり雨が降ったので、今日は田んぼがぬかるんで、農作業ができない。こんな時は草刈が仕事である。草刈機で畦草を刈る。畦草を刈っていると、コオロギやバッタがあわてふためきながら、飛び跳ねて逃げる。バッタは初夏には見るが、コオロギを目にするのは8月の中旬頃から10月末頃までである。コオロギは秋の虫なのだろう。この時期の野菜にかなりの悪さをする。


 草刈機は5~6万円の機械だが、この機械の威力はすごい。いったい、手で刈るカマの何十倍の仕事をしてくれているだろうか。50倍くらいの仕事をしてくれているように思う。ボクが小学校へ行っていた頃の45年ほど前は、まだ、この草刈機という機械は一般に普及していなかった。なぜなら、稲を、一家総出で、カマで刈っていた時代だったから。


 いつ頃から草刈機が集落に普及したのか、定かな記憶がない。でも、せいぜい40年ほどの歴史しかないだろう。始めてこの機械を使った農民は何を感じたのだろう。「とても便利」ただそれだけだっただろうか。確かに、草刈機によって、ハミ(マムシ)に手をかまれたりする危険性はなくなった。用心しいしい草を刈ることもなくなった。でも草刈機は一度エンジンをかけると止まれないし、草刈機のペースというものに従って作業をしなければならない。だから、草刈の途中で、害虫を退治してくれるカエルを草刈機の刃に引っ掛けて殺してしまうこともよくある。カマキリもよく引っ掛けてしまう。逆に、害虫のコオロギやバッタは案外逃げ足が速く、草刈機の刃にかかることは少ない。


 草食動物の牛には、毎朝、かなりの量の草を食べさせる必要があった。竹で編んだ大きな竹かごをチョウタ(一輪車)に乗せて、早朝の草をカマで刈ることが、1世代前の農家の仕事だった。ほとんどの家が、1頭の黒い役牛(農耕用、今のトラクタの変わりをした。その後、飼いかたが肉目的に変わった。ボクが子供の頃にはすでに肉目的に変わっていた。今は、集落や近在で牛を目にすることは全くなくなった)を飼っていたから、多分、草刈は競争になったと思う。というのは、自分の所有地の田んぼの畦草だけでは、牛1頭の胃袋は到底まかなえなかっただろうから。だから、池の土手草などの集落共同の所有地などは、朝、早いもの勝ちになったのではなかろうか。ちょっと遅くなると、もっと遠方に行かないと、刈る草がないというような場合もあったと思う。そして、その時代には、まだ草刈機が普及していなかった。草刈機が普及していったのは、まさに、集落から牛が消えていった時期と、時期を同じくしている。まさにそれは、草が貴重品だった時代から、草が「雑草」に成り下がった、歴史の大転換だった。コペルニクスも真っ青の大転換だった。ちょうど草刈機の出現と時を同じくして、当時のとても貴重品だった「人糞」がまさに「産業廃棄物」へとコペルニクス的転回をした時代でもあった。


 それと時を同じくして、農民の苦難の歴史が始まった。草刈機の出現は、農民の長時間労働からの解放のように、一見思えたが、それは、追いかけっこして、機械を次々に買わなければならない時代の始まりでもあった。儲けたカネのほとんどは、農業機械に投資せざるを得なくなった時代の始まりである。それはまさに、儲けたカネのほとんどを、洗濯機やテレビや冷蔵庫に投資せざるを得なくなった時代とも時を同じくする。


 確かに草刈機は、同じ時間内で、手で刈るカマの50倍の仕事をこなしたかもしれないが、その事によって失われていった、農業者の「精神世界」はいかほどのものだっただろう。青い空にも、田んぼを横切る風にも、小鳥の鳴き声にも、草の上で戯れる虫にも、畦に咲く草花にも、野山の移り変わる景色にも、ちょっとカマを持つ手を休めて見渡してみる余裕を草刈機は与えなくなった。草刈機は止まれない。ただスピードだけを追い求める機械である。その分、早く終われるから、後でゆっくりすればよいと考えることも可能だが、そういうふうにはなっていない。


 草刈機は、他の農業機械に比較すると、衝撃的な安さである。使う頻度も高く、その便利さといったら、これなくしては、農業は成り立たないという代物である。同じく必須のトラクターや軽四に比べても圧倒的に安い。


 草刈機は老若男女、誰でも使える農具である。カマで自分の手を怪我をすることはあっても、草刈機で怪我をすることはほとんどない。石にあたって、顔の方に飛んでくることもあるにはあるが、それもごく少ない。そして、草刈機は頑丈で、壊れたりすることはほとんどない。耐用年数は10年以上である。燃料費もしれている。ちょっと手間なのは、草刈機の刃を交換することくらいである。今は草刈機の刃も使い捨てが主流のようである。何回も研ぎなおして使うようなことは少ないらしい。


 配偶者が亡くなると、70才近い女性でも、必要にせまられて、草刈機を使い始める。それだけ誰でも使える機械ということだろう。草刈機は音が大きいし、けっこう振動もあるし、慣れるまでは、かなり疲れると思う農具であるが、そんなに危ないという農具ではない。。しかし、使い始めの頃はとても危険に感じる農具である。というのは、刃がとても高速な回転をしているので、ちょっと怖いのである。もちろん、回転している刃に触れたら、指などとんでしまう。


 ボクは道具が苦手だったので、農業を始めた頃、この草刈機を使うことが、けっこう負担だった。それに、当時は刃を研いで使っていたが、研ぐのがどうしてもうまくできなかった。刃を研ぐくらいのことは、農業者として最低限できなければならないことだと思ったが、うまくならないことはうまくならないものである。その後、草刈機の刃をセットして、刃を研ぐ道具も買ったが、結局それも使いこなせなかった。数年して刃を研ぐということは自分ではあきらめた。そして、近所の懇意な人にその道具を渡して、使った刃が7~8枚たまったら、まとめて研いでもらうようになった。もう10年以上になる。今でもそうしている。その方は野菜は作っていないので、お礼に、出荷で残った野菜を時々食べてもらっている。


 11月中旬頃から3月末頃までの冬期間は草は伸びないので、草刈機を使うことはほとんどないが、4月頃から11月頃までの8ヶ月間は、使う頻度が多い農具である。


 秋冬野菜の種蒔きや定植が始まる8月中下旬~9月中旬頃は、この草刈機が特に活躍する時である。畦草をきれいに刈っておかないと、ここを隠れ場にしているコオロギやバッタが、夜の間に田んぼに進入して、定植したばかりの若い茎葉を切ってしまう。


 9月中旬過ぎ、田んぼじゅうのあぜ草を刈り終えた頃、ちょうどその時期を待ってましたという風に、田んぼの畦道に彼岸花が頭をもたげてくる。9月のお彼岸に咲くから、彼岸花と呼ばれるこの花は、毎年、ダイコンの種を蒔き終わる頃に芽を出して、10月の体育の日の頃、気がつかないうちに路傍の草むらの谷間に沈んでいく。芽を出してから、色あせるまで、たった3週間ほどが命のこの花は、その短さがゆえに、鮮烈な印象を残して去る

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  • 2010/12/07(火) 22:27:01 |
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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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