あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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河内のドン百姓


 次の作文は、「ナニワ金融道」の青木雄二が亡くなって1週間後くらいに書いた作文である。亡くなられたのは2003年だから、もうすぐ4年が来る。青木は1945年生まれ、自分は1953年生まれだから8才しか違わない。生きておられたら現在62才である。同じ大阪の空気を吸っていた時代もあったのだと青木の年譜を見て思った。その後、「ゼニの人間学」、「ゼニの幸福論」という著作を読んだ。


河内のドン百姓

 「ナニワ金融道」の青木雄二が亡くなったと新聞に出ていた。享年58才。なんと彼は岡山県出身で、新聞によると、岡山中北部の久米南中→津山工を卒業後、神戸市の私鉄や久米南町役場に勤務した後、大阪府でキャバレーのボーイやパチンコ店員など、三十数種類の職を転々とした。26才の時、漫画雑誌の懸賞で、佳作になったが、デビューは45才と遅咲き。1990年から7年間、金融業界の舞台裏を描いた「ナニワ金融道」を週刊誌に連載。バブル期の金と欲望にまみれた世界を描いた。

 「ナニワ金融道」はシリーズ化され、発行部数の総計が1350万部というベストセラーとなり、第16回講談社漫画賞を受賞。テレビドラマにもなった。連載終了後は、漫画家廃業を宣言。「ゼニの人間学」「ゼニの幸福論」などの著作や講演で、資本主義を鋭く批判してきた。

 その翌日の新聞で「青木雄二を悼む」で、宮崎学のコラムが出ていた。

『・・・カネに苦労した経験が私といい勝負なら、屈託のなさも同じようなところがあり、お互いに共感を覚えたものである。そんなことを語った初めての共著「土壇場の経済学」で、青木さんは、日本社会の現状を「今後は庶民の間で、資本主義の論理である弱肉強食が進む」と断じ、「難儀な時代ではあるが、前向きに明るく、元気で生きていこうやないか」と語ったのが印象に残っている。すべて彼は予期していたのだった。

さらに大ベストセラーとなった「ナニワ金融道」でも、マチ金やヤミ金の社会問題化をすでに指摘しており「時代」を見抜く感性にあらためて敬服している。

 また青木さんは「組織に属さないマルクス主義者」を貫き、独特の主張を持っていた。日本のマルキストが組織に属することで、マルキストたらなくなった皮肉な状況と異なり、純粋に主義を貫いた人間である。そのことで、いろいろな圧力をかけられたとも聞いているが、全く動じることがなかった点にも頭が下がる思いである。

 ところで、生前の青木さんの口癖は、「日本の国民のダメなところは、何でもすぐに神様に祈ることや。無神論でいかないとあきまへんで」だった。この点についても、私は全く同感である。どんなに苦しくとも、「神様、助けて下さい」とだけは言うまい。そんな気持ちをもう一度深くかみしめている。今、私は気心の知れた同い年の友を失って残念な気持ちでいっぱいであるとともに、自らの見識を貫いた態度を少しでも見習いたいと考えている。

 くだんの共著は、今秋にも上辞の予定だが、こんな形で友の最後を飾れたことは、身に余る光栄である。それにしても、また「神に祈る」ことを拒否した友が逝ってしまった。心から哀悼の意を表したい。』

 

 ボクは漫画は読んだことはないが、スマップの中井が主演してテレビドラマになったのを見た。今でも場面が思い出せるくらいおもしろかった。貸したカネ返せよ・・・と言う歌声がまだ耳に残っている。もうずいぶん前のような気がするが。

 キャバレーのボーイやパチンコ店員など、ずっと裏街道を歩いてきて、40代半ばで漫画家デビューして、それまでの何十年間かの裏街道の経験が、作品に生きたというわけだろう。ボクはずっと表参道を歩いてきて、36才の時に裏街道の「農業」を選択したので、まるであべこべ。「ナニワ金融道」の向こうを張って、自分も、「河内のドン百姓」・・・じゃなくて「カワチの百姓道」で一山当てたい。

 
 これからの日本の資本主義は、社会的弱者にとって、ますます生きづらい社会になると思う。田舎でも自給自足できるものが、100%なくなった。買うよりも自分で作る方がかなり安くつく場合には、自給自足も考えられるが、買った方がはるかに安くつく場合は、自分で農作物などを作ることを自給自足とは言わない。個人的な趣味、あるいは金持ちのアウトドアスポーツと考えるべきである。

 
 すでに家庭電化製品も「買わない自由」という選択肢はなくて、最低限の生活のためにも、「買わざるをえない」というのが現実である。「資本主義」によって「自給自足主義」は滅ぼされ、「買わざるをえない」あるいは「買った方がはるかに安くつく」という状況に追い込まれた。資本主義は、発展すればするほど、それまで自給自足主義で成り立っていた地域や集落共同体の経済システムを、都市に近いところから順番に破壊していった。
 東南アジアやアフリカなどの低開発国でも、同様な形によって、地域固有の伝統や風習、そして自給自足のシステムが壊され、それぞれ、どこの国でも、全国一律で地域特性なしの状況が出現していく。


 東南アジアなどの後進資本主義諸国の間で、ストリートチュルドレンがどんどん増えていくのは、先進資本主義諸国が、輸出(圧倒的安価な輸出)によって、自給自足主義の社会システムを、かたっぱしから、駆逐していることに起因する。

 
 自給自足できなくなった人々(資本主義のシステムに取り込まれた地域やそこに住む人たち)は、資本主義のシステムである、第2次、第3次産業の職業に従事せざるをえない。その世界は常に、使う人と使われる人、上司と部下の関係に二極化された社会である。自給自足主義の社会では見られなかった、新たな「階層社会」が生まれている。つまり、社会的な身分や位置が、長期に渡って、固定化される危険性が高いと思える。そして、立場の弱い側は、その立場から、なかなか脱出できない「悪循環」に陥る。

 
 ソ連や東欧の社会システムが崩壊した時、資本主義の方が、より自由で優れたシステムのように見えた時期もある。しかし、次の世代の子供たちのために、今度は資本主義が崩壊する番である。崩壊しなければ、社会の中で敗れ去った人たち(失業者や貧困層)の住む世界がない。都市のスラム街から、田舎へ移ろうにも、田舎でもすでに自給できるものがない。

 
 たった50年ほどの間に、日本の津々浦々の田舎で成り立っていた、ライフラインと食の「自給自足主義」という社会システムが、「資本主義」によって駆逐されたのだ。

 
 犯罪や自殺の幾何学的増加、子供たちに残る負の遺産、自然環境の限りない悪化・・・これが「資本主義」の近未来の姿である。20才と18才の2人の娘は、このすさまじい社会を無事に生き抜いて行くことができるだろうか。ボクが生きてきた時代より、数段生きづらい時代を生きていくことになるだろう・・・。

 
 都市のホームレスやスラム街、あまり蓄えを持たない小額の年金受給者である高齢者の、唯一の逃げ場と思える「田舎で自給自足しながら、買わない生活をする」という選択肢が、発達した資本主義のもとでは不可能になっている。もちろん、従来からの田舎人も「自給自足という逃げ場がなくなっている」ために、何においても「カネ」が必要である。結局、どこに住んでも、必要なだけのカネを稼げなくなった弱者に活路はない。

 
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コメント

毎度!裕さん。第二次第三次産業…。正にその通りです。だんだん裕さんの本領が出て来ましたね。これだよ!これ!じゃんじゃん書け!

  • 2007/03/28(水) 19:50:11 |
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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


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