あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ

形にできなかったこと

20070305193530.jpg   20070305193557.jpg   20070305193623.jpg

 この画像は、今まで写してこなかった。池の土手下の2本の梅の木ばかり写して、そのすぐ下の田んぼにあった「ドラムカン窯2基」は1枚も写さなかった。というのは、ドラムカン窯2基が、草に埋もれて見え隠れしていた状態だったので、ちょっと写したくなかった。右の画像は、イベントの時に、マツボックリやツバキの鑑賞炭を作る時に使った半割りのドラムカンである。

 一時期、ドラムカン窯で焼く竹炭に夢中になっていた時期があった。でもそれは長くは続かなかった。2~3年、合計で10回ほど焼いただけですぐに放置してしまった。


 理由はいろいろあり、


(1)あまり得意でない作業が多く出てきた


(2)売ることができなかった


(3)炭を自分の生活の中で使うことができなかった


(4)材料を準備して焼く時に時間がかかりすぎて、採算が合わないと思った。


 でも一番大きな理由は(1)の理由であり、続かなかった理由の95%をそれが占める。


 竹を切ったり割ったりするのが、どうも上手にならず、一人でやっていると、なんでこんなことをしているんだろう・・・、こんなことをやっていていいのだろうか・・・と考えるともう続かなかった。


 最初の頃にしようと思ったのは、炭焼きがとても面白そうに感じたからである。今からちょうど9年前、美星町で1泊2日の炭焼きイベントがあるから行ってみないかと声をかけられたのが始まりだった。その時にもらったパンフレットに「かんたん、焼けたん、もう焼けたん」というキャッチフレーズが太字で書かれていて、面白いキャッチフレーズだなあと思って、どうしても行きたいと思った。


 その頃がちょうど「ドラムカン方式の炭焼きの出始めの頃」だったように思う。それまで、ドラムカン方式の炭焼きがあるというのは知っていたが、実際に焼いている人は知らなかった。


 
 その炭焼きイベントの1ヶ月ほど前、農業歴が丸8年になった3月に「あめんぼ百姓塾」という看板を、道沿いにある軽四の車庫に掲げたが、その百姓塾の4本柱の一つは「ドラムカン炭焼き」だったので、一通りの知識だけはどうしても必要だった。他の3本柱は説明できると思った。つまり、「野菜」、「ハーブ」、「ニワトリ」である。


 
 このうち「ハーブ」は1年前に始めたばかりだったが、なんとかなるのではないかと思った。だから、百姓塾の看板上、問題になるのは「炭焼き」だけだった。覚えながら、並行していけばいいと思った。


 
 でも、その炭焼きは結局、上記のような理由で、形になってはくれなかった。そして、百姓塾の塾生も、かなり広告も出したが、数人しか来られなかったし、来られだしても1~2ヶ月で来られなくなった。だから、炭焼きを教えるということは、数回しかなかった。炭焼きイベントも何回かしたが、それっきりになった。


 
 農業歴が8~10年の頃、自分の農業に大きな転機が訪れていたが、結局「百姓塾」をビジネスにすることはできなかったし、他の展開もできなかった。しかし、8年目に入った時に始めたハーブのおかげで多くのイタリア料理店の顧客を得ることができ、イタリア料理店が個人客に代わって、ワンパックを支えてくれるようになった。


 
 8~10年目の頃に、作物をしぼって専門作物のようなものを4~5種類持ち、それを多めに作付することも考えられたし、あるいは、ハウスを1~2棟持ち、集約栽培をすることも考えられたはずであるが、自分はこの二つの方向のどちらにも、目が向かなかった。つまり、より深めたり、より専門性を高めたりする方向が得意ではなかったからだと思う。それまでに7年も農業をやってきているのだから、自分に何が得意で、何だったらできるくらいは、わかってきているはずである。


 自分が向いた先は、


(1)ハーブであったり


(2)百姓塾であったり


(3)ドラムカン炭焼きであったり


(4)アルバイトを探すことであったり


(5)イベント収入であったり


(6)家庭菜園、花壇ヘルパーであったり


(7)パソコン習得願望であったり


(8)いつか本を出版したい願望であったり


 した。


 どんな場合でも、「形にすること」は簡単ではない。でも「形になりそうなもの」は自分でなんとなくわかる。1~2年は無理でも3年後には形になっているだろうという、ある種の予感のようなものがある。ハーブの時がそうだった。


 
 百姓塾に関しては、パンフレットをこしらえて、一冬の農閑期を「ビラ配り作戦(団地のポスト投函)」に費やしたが、これは需要がなかった。


 
 ドラムカン炭焼きは瞬く間に熱が冷めた。ドラムカン炭焼きには、竹引き鋸、炭焼きイベントの参加費、炭焼き窯の煙突代くらいで、そんなに投資しなかったから、身一つ引けばそれですんだ。


 
 農業も同じである。市場出荷であっても、ワンパック宅配であっても、果樹などの直販であっても、2~3年のうちに「形にできなければ」、その後、何年費やしても形になりにくい。そのあたりの引き時を誤り、ただずるずると続けても、いいことにはならない。自分で期限を定めても定めなくても、2年ほどのうちに「形にできる」、もしくは「形にできる予感」がなければ、、その農業形態は「あなたには、あまり向いていない」と言える。他の農業形態、あるいは、農業を主体にしない田舎暮らしに方向変換することが、早晩せまられる。


 
 自分は、炭焼きを何回焼いても、何年費やしても形にならなかったが、形になる人は、一度見せてもらっただけで、たった一冬で、炭焼きの勘所を自分で体感してしまうのである。形にできる人はそれくらいのスピードがある。


 
 形にできる人が優秀だとか、できない人が劣っているとかいうのではない。人にはそれぞれ、まだ気づいていないオンリーワンが、一つくらいはあるものだから、できれば早くそれに気づいて、その方向にシフトできた方が、本人にも本人の家族にもやすらぎになる。それがカネにつながれば、それにこしたことはないが、カネに結びつかない場合も多い。それでも仕方がないと思う。その方向にしか適性が見出せないのだから。


 
 自分は、広く、浅く、少量、多品種しか作ることができなかった。そして、農業本体であまり稼ぐことができなかったので、農業に付随する何かで稼ごうと、そればっかりを考え続けていた時期もある。


 
 「自分には、何のとりえもない」と40代の末頃までずっと思っていたが、必要に迫られて続けていたあめんぼ通信が、13年目の農閑期に初めて1冊の小冊子になった頃から、徐々にオンリーワンらしくなっていった。




あなたの一票が、農業ルポライターへの
道を開いてくれます→
ranking
スポンサーサイト
このページのトップへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://terayama.blog57.fc2.com/tb.php/209-d0384a46
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
このページのトップへ

FC2Ad

プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

QRコード

QRコード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。