あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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地図にない村

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 2月20日の新聞に「2641集落消滅の恐れ」と一面に大きく出ていた。今後も増え続けると思う。というのは、大都会で住むよりも、山村の過疎地で住む方が、生活費が多くかかるという、まったくおかしな、でも現実はそうである事態だからである。


 野菜や米は、たとえ消費税が10%を超えても、作るより買った方が安くつく。種代、苗代、肥料代、資材代等を計算したら、食べ量を作るならかえって高くつく。もちろん、自分の労賃など入れないでの計算である。それでも作るのは、


(1)田舎人の場合、昔からの習慣。


(2)自分で作った方が安全であるし、おいしいから。


(3)買いに行くのが遠いから。


(4)家の前の畑に食料が植わっていると思うと、何か安心する。


(5)お年寄りのひまつぶし。


 


 そして、ライフラインに関しては


(1)電気代、電話代、新聞代、テレビの受信料、


(2)ガス代、灯油代、上水道代、下水道代(汲み取り料)


(3)国民健康保険料、国民年金保険料、火災保険料、生命保険料


(4)固定資産税、自動車関連費、冠婚葬祭費、その他雑費


 大都会も山村の過疎地も同じと思ったら、これも自動車関連費や冠婚葬祭費で、過疎地の方が高くつく。



 つまり、田舎は住みやすいのではなくて、都会より高くつく場合の方が多いし、逆に、働く場所は少ないので、生きていくために、過疎の山村を出て行くしか仕方がなくなっているのである。



 田舎には田舎のシステムがあり、都会には都会のシステムがあり、その間を行ったりきたりするシステムができていればよいのだが、資本主義は、発達すればするほど、全国一律のシステムに統一してしまった。自給自足主義のシステムなんかやられたのでは、資本主義にとっては脅威なのである。



 発達した資本主義のもとでは、消滅を余儀なくされている、山深い山村集落。そんな山村集落を訪ねると、「日本の昔話」のような世界に出くわすことがある。



 今、自分が出会っている人たちは、もし自分が農業を始めていなかったら、永遠に出会うことはなかったであろう人たちである。そして、自分が農業を始めたのも、第1の人生でつまづいたからである。サラリーマンの世界で、それなりの居場所を確保できていたら、農業など思いつかなかったはずである。定年になってから始めたと思う。サラリーマンに挫折したとき、もつれてしまった脳みその中を、ほどいていたら、農業という、ひとかけらの切れた糸が見つかった。そこから農業への道ができていった。



 都市生活者と違って、元々の田舎人であり、家つき、田んぼつき、指導者(父)つきだったので、農業をしようと思いつきさえすれば、農業を始めることは困難な道ではなかった。でも手取り200万には届かない世界だろうとは想像できた。しかし、その半分にしかならないとは、想像できなかった。でも配偶者が定職を持っていたので、我が家の生活はまわっていった。その農業人生も3月から18年目に入る。そろそろ集大成の時期である。



 今現在、自分が形作っているものが、農業の世界で表現することができた自分のすべてである。春夏秋冬の畑をみれば、その人の性格や、めざしてきた方向や、得意な作業、不得意な作業や、稼いでいる大体の金額や、今後の展開や、どれくらいの安全性か、どれくらい環境にこだわっているかなど、だいたいのことがわかる。



 もう農業はこれくらいでいいかなと思う。14年間のサラリーマン生活と決別して農業に転身したように、17年間の農業生活の間に新たに自分の中に形作られた、自分のこれからの目標に向かって、少しずつ準備をしていこうと思う。



 その目標の一つは、安っぽいデジカメ一つと、コンビニで買った缶コーヒーと480円弁当を携えて、農業用軽四でドライブしながら山村の過疎地を訪ねて、その地に住む人々の話を聞かせてもらったり、古びた家や、崩れ去ろうとしている集落や、まだ残っている田畑の風景を写したい。

 そして、「地図にない村」、「地図から消えた村」、「地図から消えようとしている村」をブログ写真集としてアップしたい。
 地図から消えようしている村、実際はすでに集落として機能していない村は、家から1時間で行ける範囲にいくらでもある。現実は新聞の数字よりかなり先を行っていると思う。



 山村の過疎集落にぽつんぽつんと入植している友人たちを訪ねるとき、地図から消えようとしているような村を通過することも多い。そんな時、ちょっと時間の余裕があれば、軽四を止めて、じいっと、周りの風景を眺めてみる。そうしたら、明治時代、江戸時代へと、時代は1900年、1800年、1700年、1600年とさかのぼっていく。徳川300年の時代へとタイムスリップして、自分の中にかすかに受け継がれてきた十数世代前(いや、たった2世代前)の遺伝子が突然騒ぎ出して、川で魚をとったり、山で狩をしたり、山菜をとったり、木の実やきのこをとったり、里で稲穂を刈ったりしたDNAがめざめてくる。



 現在65才~80才の人がまだ健在な今写しておかないと、農業風景が残せない可能性もある。「農の風景(原風景)」が、55才以下の世代では欠落してきている。農業は特殊な世界、農業は他人がする世界、農業は賢くないものがする世界、農業は一線をしりぞいてからする世界になっている。そして次第に、金持ちしかできない世界になりつつある。



 幸い自分にはまだ少し時間が残っているし、農繁期でも、ちょっと無理をすれば、週に1度の農休日が取れないことはない。



 深い山の中で、通りすがりに見かけた「ひなびた集落」に、江戸時代300年の栄華の残り香をかいで、たとえ時代は移り変わろうとも、人間の中にある、大地を耕し、山中に遊びたいという遺伝子(DNA)ともいえる欲望は、心の奥深くに留めておくことはできないのだと思った。



 あてもなくドライブしようと思う地域は、車で片道1時間ほどで行ける範囲で、吉井川の東岸水系の山村。これなら日帰りで、あまりカネを使わず、時間を使わず、山深い集落を舞台にしたブログ写真集と短い作文ができそうに思う。ターゲットの地域は、和気町北部、吉永町北部、佐伯町、英田町、美作町南部、作東町南部、県境を越えて兵庫県上月町。



(追記)


 可能か不可能か定かでない、おぼろげな目標は、公言しておいたほうが、がんばれるし、何度も思い出せるし、目標を自分に再確認する作業を常にしていかないと、安きに流れてしまう。


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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