あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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入植者と故郷

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 田んぼ訪問をさせてもらっている農業者の大半は、県外から入植されてきた人たちである。彼らは皆、その地に根を張ろうとがんばってきた。それに比べ、元々の農家である自分は、そんな努力を一つもする必要がなかった。しかし彼らは、ボクが元々の農家であることを一度も口にせず、付き合ってくれた。自分も、彼らがずっと昔からそこに住んでいて、そこで農業をしていると思った・・・それくらい短期間で根を生やしていたのだ。

 彼らから見たら、ボクの立場がものすごく恵まれて見えたかも知れない。逆にボクは、彼らが、人知れず、それぞれの地に根をはやす努力を、日夜してきたのだということを、ほとんど気づかずにきた。



 7年ほど前に、岡山ニューファーマーズ(新規就農)支援制度ができてからは、いろんな農業形態の入植者が増えたが、それ以前の入植者は、ほとんどといってよいくらい、「有機農業系」の入植者だった。有機農業は農業をするためにというよりも、ひとつの「生き方」としての田舎移住だった。


 
 自分が農業を始めた頃、すでに、元々の農家の跡取りは、ほとんど農業を継がなくなり、継いでいるのは、大規模酪農家だったり、大きな施設園芸だったりしたので、めざす方向も違うし、人数も少なかったりで、ほとんど顔を合わすことも、話す機会もなかった。それくらい農業がすでに見捨てられていた。
 農業ジャンルが同じだと、一度訪ねて見たいと思うし、参考になったり、勉強になったり、話をしても通じるものが出てくる。その有機農業系の入植者たちで作っていた「くもの会」に誘われて、入ることになった。メンバーは6人だったので、自分を入れて7人になった。月に1度の例会があり、夜6時~9時頃までの3時間にわたって、よもやま話に花をさかせるのだった。最初はとても新鮮だった。しかし、その喫茶店が車で1時間もかかったことなどから、次第に足が遠のいた。例会は行かなくなったが、彼らと疎遠になったわけではなく、いつも気にかかる存在であった。自分より数年早く、農業を始められた方たちであり、年回りも近かったので、忘れた頃にまた訪ねていっても、いつも身近に感じた。


 
 その後、メンバーの中で、行かなくなった人もいるし、新メンバーも加わったりで、まだ続けている。他の地域でも、入植者たちは、このようなネットワークを持ち、よもやま話をしていることだろう。異郷の地で、同じような志を持つ仲間の存在は、とても心強いと思う。


 
 自分も若い時、一時期、家を離れ、異郷の地、大都会で働いていた時期があった。しかし、会社でもふわふわしていたし、住んでいた所も「仮の宿」のような感じで、ふわふわしていた。自分の居場所は、会社にも住居地にも築くことはできなかった。いずれ、会社はやめるだろう、住居地も引き払って、故郷の自分の家に帰るだろうと感じていた。
 
 
 
都会にいた時は、会社でも住居地でも、足が地面から離れて、空を飛んでいるようだった。この感覚は、都会にいる間ずっと続いた。故郷に帰ってから、また新たな会社勤めを何ヶ所かしたが、やっぱり、会社には、自分の居場所を作ることができなかった。農業を始めて1年過ぎたあたりから、やっと、足が地についた感じがした。それまで37年もかかった。


 
 いつも、ふわふわ、ふわふわしていた自分は、農業を始めてからやっと落ちつくことができたが、生まれながらにして、「故郷」を背負っていたので、自分の故郷に関しては、考える余地も必要もなかった。


 
 今、自分が付き合っている仲間たちは、自分とは逆に、それぞれの入植地で、それぞれの故郷作りをしているのだろうか。それとも、しょせん人生も家も住む場所も「仮の宿」として、そんなことに、こだわっていないのだろうか。農業はそんなことを顧みる暇もないくらい過激な職業と思うが、そういうことは尋ねたこともないし、尋ねることでもない。それぞれの人が、意識の中で持っていたり、探そうとしているものだから。


 
 農業という職業は、大地に根をおろさないとできない職業のせいか、不思議と、付き合っていて、入植者という感じがしないし、そんなことに全く気づかされないくらい、彼らはそれぞれの土地の風景にとけこんで見える。


 
 
新しい地で、違和感も多いと思う。元々の地域の農家である自分も、地域でしばしば、違和感を感じるのだから、入植者だと、なおさらと思う。ボクは、地域でも人間でも、半分の人は、生き方や考え方が違うと思っているし、会話が続くのは、半分くらいと思っている。地域(集落)で農業などする人は、現役世代では、皆無に近くなっているのだから、時おり、異邦人のような感覚になることもある。でもしょせん、生活も考え方も違うんだからと、自分は自分の道を進んでいる。農業という職業は、自己を強くしてくれている。


 
 地域にとけこむか、とけこめないかは、各々の性格による。自分はとけこめていない。しかし、地域の行事などには、欠かさず出ている。とけこめないと感じるのは、大きな事業が集落に持ち上がった時や、選挙の時である。集落推薦等があっても、応援をしたり、事務所に顔を出したり、当選祝いに公会堂へ行ったりはしない。自分の考えに近いと思える人なら応援するが、ほとんどが、その地域、その地域を背負って出てきている人ばかりである。地域の道を作ったり、何か事業(カネ)を取って来る力のある人が適任とされる。


 選挙の期間中は、とても違和感が伴う。早く終わってくれと思う。しかし、こんなことで口論もしたくないので、知らん顔をしておく。しばらくして、選挙のほとぼりがさめたら、また普通につきあっている。これは簡単にできることではない。自分の場合、十数年の歳月をかけてやっと、こういう態度が取れるようになった。40代の時はまだできなかった。


 
 ここらあたりでは、まだ集落として機能しているが、ちょっと県北にいくと、すでに、集落の行事が維持できないくらい、若い人がいなくなり、集落そのものも壊れかかっている。そういう所なら、周囲に認められることに、そんなに時間はかからないと思う。もう10年もすれば、この国の山間地の集落は崩壊の危機に立つのではなかろうか。たった1軒になって、その地でがんばるのもしんどいと思う。考えようによっては、地域でまだ、高齢のおじいさん、おばあさんが、がんばってくれているのは、入植者にとっても、反面、とてもありがたいことであると思う。そういうことは渦中にいる時はわからなくて、過ぎてからわかるのかも知れないが・・・。


 
 そのうち、あなたの住んでいる地域の、農業をしてこなかった農家の跡取りが「教えて下さい」と言って、あなたを訪ねてくるのではないでしょうか。

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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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