あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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田舎の故郷 都会の故郷


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 左の画像は、入り口から身を乗り出して雑草を食べようとしているニワトリです。真ん中の画像は、オクラの足元に蒔いたスナップエンドウです。右の画像はナスビの足元に蒔いたグリンピースです。

学校を出て最初に勤めた会社の経験から、自分はサラリーマンという社会は向かないと思った。しかし、サラリーマンをするしか、稼ぐ手段がなかった。転職の繰り返しになった。まさに悪循環の十数年だった。この挫折の連続が、個人でできる「農業」という仕事につながった。「農業では食えない」ということも見通せたが、サラリーマンは、もうしたくなかった。○○回も転職した自分が、あめんぼ通信は16年間、1度も途切れていない。住む世界が違えばこれだけ変われるものである。

転職を繰り返す人は、サラリーマンが向かないのだと思う。がらりと環境を変えた方がよい。しかし現在、独立して個人でできる仕事は、限りなく少ない。向かなくても、サラリーマンをしなければならないという宿命を人は背負って生きていく。

 農業では、百種類の仕事をしなければならないから「百姓」と言うらしいが、自分のように、不得意なことの多い人間でも、あまり無理せずできる、あるいは苦もなくできるという仕事もかなりある。その無理せずできる部分を強調したり、それを特にアピールすることで、農業を継続することができている。
 
 農業においても、自分の得意な分野、自分の土俵でしか、カネにすることはできない。しかし農業は、あらゆるタイプの人を受け入れてくれる大きな包容力のある職業である。でも農業を継続するとなると、現役世代ではある程度の収入にする必要がある。農業をスタートして3~4年のうちに、農業の世界で当人が稼げる金額が見えてくる。

①50万も稼げない人

②やっと100万前後になる人

③200~400万になる人

④500万以上稼ぐ、農業における才能豊かな人

 仮にあなたが農業の世界に転身したとして、どれくらい稼げるかは数年やってみてわかると思います。やっぱり農業では食べれないからといって、元のサラリーマンの社会に簡単に復帰できるほど現在の社会情勢は甘くありません。だからできれば、農業に新規参入する前に、どれくらいなら自分に稼げるだろうか、見通す必要があります。休日などを利用して、できるだけ多くの農業者の田んぼを訪問してみるとよいと思います。一口に農業といっても、

①野菜

②果樹・・・剪定とか誘引などの技術的要素が高く、棚などが必要な果樹もあるので、「器用さ」が要求されそうです。

③稲作・・・米価があまりに安く、機械に元手がかかりすぎるので新規参入は難しいと思います。

④畜産・・・ニワトリは入りやすい形態だったのですが、鳥インフルエンザの発生以後、敬遠されているようです。ボクがしているような楽しみとしての20~30羽養鶏ならいつでも飼えます。

 ①の野菜は千差万別です。露地で大規模にするか、あるいはハウスで集約栽培にするか、どんな作物を専門作物にするか、あるいは自分のように少量多品目栽培のワンパック形態にするか等ですが、もしワンパック系に進みたいなら、有機農業研究会が発行している「土と健康」誌や「有機農業者マップ」等を見て、自分が進みたい県の農業者を探して、何度も訪問して田んぼを見学させてもらったり、お話を聞かせてもらったりすることです。

 従来型の農業なら、今は各県に「就農支援制度」がかなり整ってきていると思います。岡山県にも「岡山ニューファーマーズ支援制度」があります。

 どういう農業形態を選択するにしても、田んぼ訪問をして、田んぼの前に立った時、あなたのそれまでの人生経験を総動員して、それが自分にできるだろうか、考えて考えて考え抜いてみてください。自分も農業を始める前に、ハウスで花栽培をされていた方を、農業改良普及センターの所長に連れられて訪問したのですが、お話をうかがったり、10分ほどハウスを案内してもらっている間に、自分にはとてもできない農業形態(こんな能力はない)だと感じました。

 楽しみのためにする定年帰農型の農業と違って、作物をカネにしなければならない現役世代の農業は本当にきびしいものがあります。今から17~20年ほど前に、有機農業的生き方や暮らし方を求めて、県外から岡山に入植して来られた、現在52~57才の方を6人知っていますが、現在も農業を生業とされている方は2人しか残っていません。この厳しい現実を、農業をどうしようか迷っているあなたに覚えておいてほしいと思います。

 
 農業を始めてからは、地域で感じていた「疎外感」も、あまり意識しなくなった。別に地域の人と親しくなった、親しく会話するようになった・・・と言うわけではない。この疎外感はどこから生じていたのだろうと考えてみると、やはり「土」と離れ過ぎた生活を続けてきたことにある。他人(人間)からの疎外感ではなくて、土に触れることのなかったことによる疎外感であるということが、少しずつわかってきた。「土着性」というのは、人間の本能であると思う。カネにならないというストレスは相変わらず受け続けているが、毎日、田んぼで、カエルやクモなどの小動物、あぜの草花、木々の緑、小鳥の鳴き声、などに囲まれているので、孤独感もない。疎外感や孤独感は、親しい友人によっても癒されるが、一日のほとんどの時間を過ごす田んぼで癒されることが多い。

 サラリーマンが週末に、自然に触れるために郊外へ繰り出すのは、やはり「土への回帰」を求めてのことだろう。生まれ育った地で農業ができている(農業を継続できる環境にある)ことは、ありがたいものである。36の年まで、結構過激なサラリーマン生活を送ったので、なおさらである。

 都会で生まれ育った人は、「故郷」をどのようにイメージしているのだろうか。生まれ育った場所や、長く住み続けている場所は、それがたとえ大都会のマンションだったとしても、そこが故郷になるのであろうか。都会が故郷としてイメージしづらいのは、その風景や周りの建物が10~15年の周期で一変してしまうからだと思う。イギリスやフランス、ドイツ、イタリアなどのヨーロッパにおいては、都会でも、古くからの町並みや、伝統ある建物が大事に保存されていると聞く。そういう場所なら、大都会でも、そこが故郷と言える人が多いと思えるが、日本のように、取り壊されて一変してしまうと、自分の居場所や自分の存在そのものが、根こそぎにされたような錯覚を覚えるのではなかろうか。

 田舎の集落では、家は新しく建て替えられ、道路は舗装され、池や川は護岸工事が施され、新しい工場ができたりしても、見渡す風景、見慣れた光景は、大体、昔のままである。近所の一代前、二代前に亡くなった人の顔もうっすらと、まだ記憶に残っているというのが、田舎の集落である。人の生き死にがあり、住む人は変わっても、二代前のその家のおじいさんやおばあさんは、どういう歩き方で、どういうしゃべり方をしていたということまで、子供心に覚えている。今から45年ほど前は、集落の半分近くがまだ農業をしていた時代なので、顔を合わすことが多かった。現在は、集落のほとんどの人がサラリーマンをしているので、集落の「出仕事」の時くらいしか、顔を合わすことがない。まだ20代、30代だと、同居している親が、これらの行事に出てくる場合が多いので、すぐ近所なのに「顔もよく知らない」ということが、田舎の集落でも多くなった


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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