あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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さまよえるアイデンティティ

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 定年になってから、時々縁農に来てくださっていたIさんは岡山県北の出身であり、3人の男兄弟の長男であり、実家は末の弟さんが継がれているらしい。卒業すると同時に3人とも県外へ出られたが、末の弟さんだけは、都会は性に合わないと言って、5年後にUターンされたらしい。誰が家を継ぐなどとは兄弟間で一度も相談をしたことなどないのに、成り行きでこうなったと言われる。最後の勤務先は兵庫県であり、十数年前に瀬戸内市に土地を購入して家を新築された。7年ほど前に、都会の人を対象に神戸近郊で百姓塾を開きたいと思って、町内の友人に相談した時にIさんを紹介されたのがお会いしたきっかけである。その後お会いしていなかったが定年前にメールをもらっていた。


 土地を買い、家を新築されたわけだから、経済力もそなわっていたのだろう。子供さんはすでに独立されて夫婦2人で住んでおられる。Iさんは著名な所へお勤めだったが、同期卒業の方もそれぞれ安定した職業生活を送られた世代であるらしい。それぞれの方の努力もさることながら「良い時代」を生き抜いて来られた世代の人たちだと思う。自分の場合も転職してもすぐ次の会社が見つかった時代だから、今よりかなり生きやすい時代を生きてきたが、転職ばかりしていたので、経済的には超低空飛行だった。だから、「家を建てる」とか「ローン」などは論外だった。「家賃を払う」も考えられなかった。自分が生まれるちょっと前に建った家があったので、家のことを考える必要がなかったのはありがたかった。

 ボクはIさんの末の弟さんの意識に近い。都会には自分の居場所を見つけることができず7年後に地元に戻ってきた。都会では浮き草みたいな浮遊感が続いていた。地元に帰って岡山市内の会社に勤め始めたが、何回も転職を繰り返した後、突然ひらめいた農業に転身して3~5年ほど経過してからやっと、足が地についたように感じた。40才を過ぎた頃だった。「40にして惑わず」という言葉があるが、自分の場合はやっと40才にして、自分の職業らしきものに出会えた。つまり40才頃がいうなればスタート地点だった。

 地元で農業を始めたからといって、「こよなく愛した故郷・・・」などという意識は全くない。逆に自分の故郷はあまり好きな場所ではない。でも仕方がない。そんなことを言っていたらどこにも住む場所がない。ほどほどに妥協しなければ、アイデンティティを持つ場所も定まらないままに人生が終わってしまう。

 農業を始めたことで、それまでの浮遊感はなくなった。土着と言うのかも知れない。やっと人並みに自我が保てれるようになった。
 自分の農業形態の収入的限界を感じていた8~10年目の頃、ハーブ、炭焼き、百姓塾、イベント収入(ハーブティ、ゆで卵、1斗缶で作る鑑賞炭)、家庭菜園ヘルパー、他のアルバイト等、いろいろ模索したが、うまくいったのはハーブだけだった。一時、百姓塾をサイドビジネスにしようと、かなりの営業活動をしたが、全くもってだめだった。当時、兵庫県に勤められていたIさんを紹介してもらったのはこの時期である。

 子供が働くようになり、自分の年令も古希まで16年ほどしかないと強く意識するようになった去年あたりから、農業以外の収入の道も、農業形態の変更もあまり考えなくなった。自分のアイデンティティが形成できていったのは作文のおかげである。都市生活者に届けるワンパックには、野菜以外に何らかのメッセージが必要と思って始めたあめんぼ通信が、今は確実に自分の農業をささえてくれている。

 分家して4代目の我家、代々の農業。3代目の父は経済的理由で、50代に入る頃から、主たる収入を「日稼ぎ労働」に移さざるをえなくなり、逆に自分はサラリーマンとして挫折を繰り返すという経過をたどった後の30代後半に農業に転身することとなった。
 
 
故郷そして農業は、自分自身を見失なわないでいられる唯一の場所である。Iさんはその場所を末の弟さんに任されて、自身は縁もゆかりもない瀬戸内市に新天地を求められた。県外から入植して来られた友人たちもそうである。一代で築き上げるという経済力、精神的パワー、人間関係力、など彼らはすごい。ボクは地域にしろ、家にしろ、田畑や農具にしろ、事前にレールがすでに敷かれていた場所だから、身一つをそこに置くだけでよかった。でも彼らは何もない所からスタートしている。彼らが地域や集落に自他ともに融合していくには、それ相応の年数がかかるだろう。でも廃村に近いような山村の集落では、ある種の排他的な空気はかなり薄れ、若い入植者や都会からやってきた定年帰農者たちが、その地にとどまり続けてくれることを期待するようである。元々の居住者は、廃村という事態に追い込まれるようになって、それまで築いてきたアイデンティティが、故郷の喪失とともに流亡してしまうことを察知したのである。

 自分は、故郷のない、あるいは故郷を後にした、もしくは故郷を探している、さまよえるアイデンティティを持った異域の人と出会うことが多い。それは自分がどんな組織や地域に属しても、いつも異域の人であるからかも知れない。


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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