あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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年の瀬

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 もう随分昔のことになるが、ワンパックをスタートした頃に野菜をお届けしていた老夫婦が、応接間に通してくれて、いろんな話を聞かせてくれた。その話の中で今でも時々思い出し、記憶に残っている言葉がある。それは「人は10年、家は20年、国は30年」という言葉である。一つのことを10年がんばれば、展望が見えてくるということを言われたのだが、自分はもうじき17年が経過する「ワンパック宅配農業」に展望は見出せていない。農業という職業自体が「斜陽産業」であったこともあるが、選択した「農業形態」も適切でなかったかもしれない。でもこの農業形態しか、やっていける自信が持てなかった。
 当時、何回も転職を繰り返していた自分は、「農業」という職業が頭にひらめいた瞬間、何か天に昇るような気持ちだった。我が家は元々農家であり、50代になってから、生活のために外に働きに出るようになった父も、50アールほどの稲作と食べ糧の家庭菜園は続けていた。なのに、「独立自営業」としての農業がひらめかなかったのは、「農業では食えない」という意識が自分のすみずみまで根付いていたからである。転職を繰り返していて、組織で働くことにかなり苦痛を感じていた。だから、独立してできることはないか、寝ても覚めてもそればっかりを考え続けていた。そんな時の突然のひらめきだったから、とてもうれしかった。こんな身近に「独立自営業」がころがっていたのに何年も気づかなかった。


 農業に転身してからも、サラリーマンの時と同じくらい努力してきた。ただ、農業は高度資本主義社会では、ビジネスとして成り立たない職業の一つだという認識が自分に不足していた。ニワトリを例にとって考えると、このことがよくわかる。40年ほど前までのニワトリは、家の軒先の土の上で20~30羽ほどを飼うという形だったが、40年後の現在は鶏舎棟という会社組織の管理棟の中で、土から離され、縦、横、高さ数十センチのステンの檻のなかで、後ろにも向けない身動きできない状態で、口ばしだけ、生きるために必死に動かしてエサを食べる「タマゴを生産する道具」と化している。今のニワトリはこういう飼い方をされている。効率、能率、採算、個数管理、エサ管理、コンピュータ管理、大規模、科学的、衛生的という資本主義の概念が、従来の飼い方を淘汰したのである。野菜はまだそこまではいっていない。①キュウリを作るには40年前と同じく60日かかる。②キュウリを作るにはかなりの面積がいり、その間その設備は他に転用できない。という時間回転率と設備回転率がいまだに変えられないために、利潤を生じない。だから企業は今のところはまだ農業にあまり新規参入しない。「低開発国からの輸入」という手段を取った方がはるかに利益になるのである。こういう理由で、農業は高度資本主義社会では「斜陽産業」である。興起産業になるには、野菜がニワトリのようなコースに入った時である。その時農業は、農作物をカネにする必要のない定年帰農型(家庭菜園型)と、企業が大規模に作るニワトリ管理棟型に二極化していくだろう。現に、ビジネスとして成り立っていると思える個人の大規模農家でも後継者はほとんどいない。理由は①それでもサラリーマンの年収よりかなり劣る。②日曜、祭日がなく作業が過激である。③市場出荷するためには農薬散布は致し方なく、自分の身体にもあまりよくない。


 「人は10年」と何度も聞かされたが、17年が来る現在も自分の農業に展望が見出せないでいる。経済や社会や農業に対するいろんな洞察力が自分に欠けていたのだろう。でもあの時は農業という選択しか思いつかなかったし、農業にとても「希望」を感じた。現在53才、今ひとたびの転身をめざす気力はあまり残っていないし、他の分野の職業も思いつかない。30代だったら考えると思う。40代でも考えると思う。自分はもう現在の農業、現在の農業形態を続けていくしかない・・・。


 来年と言ってももう明日であるが、年が明けた2月29日には「ふるさと色川」に旅に出て3年が来る。飲み会に集まってくれた人の顔や話や名前が今でも思い出せるくらい感動的な旅だった。それぞれ、どんな年末を過ごされているのだろう。あの地にはサラリーマンという固まった生き方を捨てて、若くして移り住んでいる人が多い。あの地の風景や水や空気に、今でも癒されているだろうか。そんなものにはもう慣れっこになって、何の感慨もなくなっているのだろうか。日々の生活に追われていることはないだろうか。でも現役世代の彼らに、もう逃げ場はないのだと思う。その地で住み続けて行くしか生きる手段はないような気がする。彼らの子供たちは、親が元々住んでいた大都会へと巣立っていったらしい。生活して生きていくために。


 たとえその日暮らしになったとしても、慣れ親しんだ風景や急流の水音が、あなたの今日をささえてくれる。そんな色川の夜が更けて、また新しい年を迎える。


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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