あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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タイムトンネル(その2)

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 六良右衛門さん、おはようございます。六良右衛門さんの時代には、封建的な身分制度や、過大な年貢に苦しめられることもあったでしょうが、現代の子供の「学校内いじめ」や大人の「会社内いじめ」のように、当事者に致命的ダメージや激しいストレスを与えるものではなかったと思います。大飢饉で、今日の食べ物に困ることもあったでしょうが、自然の山河は、「山の幸」、「里の幸」、「川や池の幸」の何がしかの食糧を見出すことを妨げなかったと思います。現代のホームレスの人ほど、状況は陰惨ではなかったと思います。六良右衛門さんもびっくりなさるでしょうが、現代の人たちは、すでに土の上で生活をしていないのです。土から切り離された所で生活をしているのです。それは一見、文化的生活に見えますが、人間の魂は土から離れすぎると、いろんな煩悩に囚われるようになります。「土着性」とか「魂は土から生まれて土にに還る」というのが本来の人間性だと思います。でも土から離れないと生活ができなくなったために、大多数の人は仕方なく土から離れて生きています。土から離されて組織の中(ニワトリの場合も土から離されてケージに閉じ込められた)に身を置いて、とにかくカネを稼ぎ続けなければ生きていけないのです。
 六良右衛門さんの時代は、夜がしらじらと明けてくる頃に起き出し、夕闇に包まれる頃に寝に付くという自然に即した生活だったので、(1)電気代という対価を払わされることもなく、落ち葉や焚き木を利用して「クド」で煮炊きやご飯炊きをするので、(2)ガス代という対価を支払う必要もなかった。水道は普及していなかったが、現代のように合成洗剤もなく、農薬、化学肥料、除草剤で、川の水が汚されることもなく、飲み水に十分利用できた。場合によっては、ちょっと沸かせば利用できた。だから(3)水道代という対価を支払う必要もなかった。人糞は、堆肥に立てたり、「野つぼ」に一定期間ため置きしてから、田んぼに施して、完全にリサイクルしていた。だから(4)下水道代という対価を支払う必要もなかった。野菜と物々交換してまで人糞(下肥)を手に入れようとした時代・・・。とても有用だったものが、20世紀のたった50年ほどの歳月の間に産業廃棄物扱いされるようになり、今度は逆にカネを支払わなければならなくなったというコペルニクス的転回。人間の思想や価値観も多分こんな、うすっぺらなものであり、時代とともに変遷してしまうのだろう。(5)電話は今でこそ、生活する上で必需品だが、「誰もが持っていない社会」では、それも必要なかった。高額な電話の引落明細書が送られることもない。(6)新聞もなかったので、購入する必要もなかった。安い金額のように感じるが、年間に換算すると36000円を超える。(7)医者など近くにいなかったので、病気になれば、運を天に任せて、回復を待つだけだった。高額な医療費を支払わされることもなく、自然治癒力を信じて、祈り続けた。(8)車はなかったので、維持管理費や買い替えのことを考える必要もなかった。(9)テレビ、洗濯機、冷蔵庫、クーラー等の各種電化製品はなかったので、購入の必要もなく、買い替えの必要もなかった。(10)教育費に無駄な投資をする必要もなかった。教育とはいったい、誰のための、何のための教育なんだろう。(11)住む家に関しても当時はまだ「分業」という考え方そのものがなかったので、自分や家族や一族の手間がかけれる範囲内の、雨風がしのげればよいという簡素なものだった。現代はそうではない。住宅ローンの支払いなどあると、一生、それによって縛られる可能性もある。
 
これらの支払いのために、現代人はカネを稼ぎ続けなければならない。これはもはや「個人の選択」という段階をはるかに超えている。好むと好まざるにかかわらず、一つのシステムの中に組み込まれて、もはやそれから脱出することすら不可能な状況である。
 
現在の状況下で、「農業をする」ということは、1人、異次元の世界に迷い込んだようなものである。高度資本主義社会では、農業は、経済的にとても不利な職業である。江戸時代のような、本来の「自給自足的生活」が取り戻せない限り、農業の世界に新規参入したり、農業を継続することは、困難をきわめるだろう。すでに農業は、年金の後ろ盾のある「定年帰農者だけのもの」になりつつある。


現代の社会システムの元では、ひたすらに、技術や技能を自分の身体に覚えこませて手に職をつけるか、高い専門知識をもつべく日夜辛苦刻苦するか、難しい資格試験をパスするなど、自分を「何者かに仕立て上げなければならない」。そうできなかった人は、会社組織の中で、絶えず「リストラ」の危険にさらされてしまうだろう。


 「何者かに仕立て上げる」という、過激な努力や忍耐を自分に課するのではなく、自然の中で、農業を営み、多くを望まず、多くを持たずという「小さな生活」も、強制的各種社会保険料の徴収や各種税金の徴収、各種ライフラインの固定的支出等によってとても困難になった。六良右衛門さんの時代より、自由の裁量ははるかに少なくなっている。
 この生きづらい時代をどうやって生き抜いていったらよいのだろう・・・・


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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