あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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タイムトンネル(その1)

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 八塔寺のNさんは、すでに20年余り前に廃村になっていた集落の土地と建物を買って入植したわけだから、その集落はとても辺鄙な場所にある。そうでなかったら、1980年代の前半に廃村になったりはしない。Nさんが入植する前の、この集落の最後の頃には全部で5軒ほどの民家があったらしい。この一帯で何百年も、炭焼きをしたり、米を作ったり、そばの川や池で魚を捕ったり、鳥や鹿などの野生動物の狩りをしたりしながら、地域内での自給自足的な生活を続けてきたのであろう。1920年代の頃までは自転車もなく、人々は「徒歩」でどこまでも出かけていた時代だから、せいぜい、半径5~10キロの範囲内がそれぞれの生活圏だったはずである。
 Nさんの田んぼのそばには、誰も訪れることのなくなった「お墓」が20墓ほどある。左の画像がそうです。古き良き時代(土の上で生きれた時代。都会人はすでに土を目にする機会すらない。土から引き離された場所で生きるしかないのである。まるでケージ飼いのニワトリと同じ。)に、この地で自給自足をしながら生涯を終えた幸せな人たちだったんだろうなあと思いながら、墓の前を通り過ぎる。ふと墓石に刻まれた名前を見た。定右エ門と書かれていた。定右エ門さんがこの地に生きていたんだ。時代は文政○○年と書かれていた。そのそばには嘉永○○年という墓もあった。文政とか嘉永という時代がいつの時代かよくわからなかったので、ブログを打つ前にグーグルで検索してみた。文政は1804年~1830年で、嘉永は1850年代の前半だった。
 その墓とは100メートルほど離れた場所にまた別の、石でできた石塔があった。この石塔は当地を訪問するといつも気にかかっていた石塔であるが、元和と書かれた時代を見て、いつの時代だろう、随分昔のことだろうなあと思いながら、いつもはそれで終わっていた。でも今回は違った。ブログに載せるためにデジカメを持参していた(ブログを始めてからは、出かける時は、必ずデジカメを持っていくようになった)ので、家に帰ってからもう一度パソコンの画面で、その石塔をまじまじと見ることになった。グーグルで「元和時代とは」で検索すると、何と石塔の元和3年は1617年のことだった。今から300年も前にこの地で生活をしていた「大地六良右衛門」さん。雑木林の中の大地六良右衛門さんに声をかけながら、ボクはこれからどう生きていったらよいのだろう、あなたの生きていた時代にご案内して下さいとお願いして目を閉じた・・・。
 ある朝ボクは目覚めたら、江戸時代初期の、水飲み百姓になっていた。朝がしらじらと明けてくる頃に起き出して、薄暗くなるまでには夕飯をすませ、寝る準備をする。晩秋の今時分は、朝6時過ぎに起き出して、夜の6時頃には寝床に入る。


 干ばつや水害、台風などの自然災害で、主食の米は不作でも、川に行けば、魚がうじゃうじゃいて、いくらでも捕まえることができる。コイ、フナ、ドジョウ、ウナギ、ナマズ、川ガニ、川エビ、シジミ・・・常駐のものもいれば、梅雨の雨とともに、下流からのぼってくる特定の時期だけの魚も捕れるので、ありがたい。


 山に行けば、主に秋だけだが、アケビや山ナスビ、山ブドウなどの木の実や、マツタケ、シメジ、その他のキノコ類もたくさん採れる。たくさん採れたら、魚は煙であぶって燻製にして保存し、キノコ類は天日で乾燥すれば、かなりの期間、保存できる。


 冬は、山から取ってきて、家の近くに埋めていたヤマイモや、塩漬けにしていた、菜っ葉を食べたり、鹿などの野生動物の狩をする。山ハトやモズ、キジなどの鳥類も貴重なタンパク源になる。たくさん捕れれば、これらも燻製にして保存する。狩をするのは冬だけである。冬はこれらの野生動物に脂がのっていておいしい。  


 ひたすら、春が来るのを待ちわびる。春になれば、いち早く、ワラビや木の芽が成長してくる。竹の子も出る。タンポポやイタドリなどの野草も食べれる。


 初夏から晩秋にかけては、主食である米作りに追われる。まだこの時期、「サツマイモ」は渡来していなかった。江戸時代初期に沖縄に伝来し、全国的に広まったのは、江戸後期の大飢饉の時だったらしい。だから、米作りの失敗はできない。1年分、もしくは2年分の自分や家族の「食い扶持」だけは、確保しなければならない。前年に取っておいた種モミを蒔いて、苗を作り、水を張った田んぼに50センチ四角に2~3本植えする。今のように「除草剤」はなかったので、暑い土用にする「田草とり」もかなり身体にこたえる。田んぼの畔に生える草も、今なら草刈機があるから、ものの5分ですむが、その当時は「カマ」だったので、その10倍、50分くらいかかる。でも急ぐ必要がない。急いで済ませて他の用事をすることもなく、急いで済ませて、他の稼ぎ仕事に時間をまわすことも必要なかった。カネで買わなければならなかったり、カネで支払わなければならないものもなかった。車を買う必要もなく、各種電化製品を買う必要もなく、そして、医療費を支払うことも、教育費を支払うことも、家のローンを支払うことも、水道代や電話代などのライフラインの支払いもなく、税金(年貢)もカネではなく物納(米)だった。だから、生活するうえで、カネがかからなかった。必要なものは、主に「物々交換」だった。主食の米をたくさん作って保存しても、ネズミに食われるし、湿気たりもするので、せいぜい1年、長くても2年も保存はきかないし、その他の保存食品もせいぜい半年~1年が保存限度だったので、休むまもなく働いて、たくさん保存したり、休むまもなく働いて、カネを稼ぐ必要もない。


 田んぼのあぜ際は、水がもれないように、泥であぜを作り(あぜぬり)、そのあぜに、あぜ豆(今でいう大豆)を蒔いた。豆類は、大切な植物タンパク源だった。稲と大豆は共生作物で、とても相性がよい。その生育を補足しあう。稲は豆科のチッソを好み、あぜ豆は大量の水分を好む。そして、あぜ豆は、9月中下旬には、茹でて枝豆として食べれるし、11月末頃に実だってからは、大豆として、長期保存ができる。


 11月、稲は実りの季節を迎える。カマで刈り、それを束して、細長い木や竹の棒に「ハザガケ」しておく。こうしておけば、雨が降り続いても、腐らない。今のように、コンバインも、一昔前のように脱穀機もない時代だったので、稲穂を、稲の茎からはずす作業が大変だった。「足踏み脱穀機」のような道具があり、それを利用したが、作業はなかなか、はかどらなかった。脱穀したモミを、稲ワラで編んだムシロの上に広げて干して乾燥させて、モミの状態で保存する。ネズミに食われたり、湿気にあわないように、高ウネ式の、モミ保存用の蔵も必要だった。モミからモミ殻をはずす作業、その後、玄米を白米にする作業も、現在のように「もみすり機」も「精米機」も無い時代だったので、とても時間のかかる手作業だった。ごはん炊きも、今のように炊飯器はなかったので、「クド」に薪をくべて炊く。始め、ちょろちょろ、中、ぱっぱ・・・おいしく炊くにはコツがあったようである。


 米を洗うのも、洗濯をするのも、風呂の水も、もっぱら、川の水や井戸水を利用した。住む家も、シンプルで簡素に、麦ワラなどを使ったワラ屋根であり、今のように業者に依頼するのではなく、家族や近親者だけで作った手作りの家だった。当時はまだ「分業」などという考え方はなくて、百種類の仕事(だから百姓と言われたらしい)を、すべて、自分や家族の力だけで終わらせるという「自己完結型」だった。だから、「責任転嫁」や「責任の所在が明らかでない」ということはなく、すべての責任も結果も自分に帰するのだった。全体を想像しながら、個の仕事をこなし、個の仕事をこなしながら、全体の仕事も見渡せるので、自分は単なる歯車の一つであり、いてもいなくても影響がないという疎外感を受けることもなく、現代にたとえるなら、大企業のサラリーマンではなく、零細企業の社長や個人店主であった。自分の力の及ばないこと、たとえば「自然災害」に対しては、ただひたすら回復を祈り、ただひたすら待つという姿勢だったろう。浅学な現代人など及びもつかない、深遠な「応じる心」で対処していただろう・・・。空間を飛び越えてかかってくる突然の電話に、静寂な時間と、沈思黙考の空間を破られることもなく、時間は永遠の時を刻むかのように、さらさらとさらさらと流れていくのだった。

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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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