あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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大阪営業

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  ワンパック宅配の場合、野菜を作ることと同じくらい、野菜を売ることが難しい。業務用の場合は職業別電話帳などから、電話をかけまくることもできるが、野菜の個人客の場合、営業方法がなかなか思いつかない。口コミで紹介してもらえるのが一番ありがたいが、口コミで紹介してくれるような顧客に出会うことはそれほど多くない。次に紹介する方法は「労多くして功少なし」であるが、ボクは1度だけ、大阪へ営業に出かけた。もう11年ほど前のことである。


大阪営業(1996年1月)


 1月下旬、大阪へ1泊2日の営業の旅に出た。めざすところは、東大阪市の布施である。布施を選んだのは、学校を出て最初に就職した会社がここにあり、比較的、地理に明るいという理由による。長船発7時52分の赤穂線に乗り、播州赤穂着8時40分、赤穂で新快速に乗り換え、相生着9時5分、姫路着9時25分、明石着9時52分、大阪着10時29分、2時間半で大阪に着く。外まわり環状線に乗り、鶴橋で降り、そこから近鉄線に乗り換えると今里の次が布施である。17年ぶりにまた布施駅前に立った。なつかしさがいっぱいになって、商店街をずんずん歩いていった。映画館、パチンコ店、喫茶店、寿司店・・・17年前とあまり変わらない布施がそこにあった。もう変わってしまっているかも知れないと思ったのに、当時とあんまり変わっていないことに、ついついうれしくなって、きょろきょろしながら歩いた。歩いて歩いて千日前線の新深江から今里の方まで歩き続けた。商店街が3キロ以上、どこまでもどこまでも続いている。

 東大阪市は、中小企業や個人商店の多い、労働者の街である。煙突から出る煙で、いつもくすんだような空がたれこめている。布施は近鉄奈良線と近鉄大阪線が合流する東大阪市随一の都市である。布施で営業パンフレットを、ポスティング方式(無差別にポストに入れていく方法)で、700枚ほど配って歩く計画だったが、懐かしくなって、昼食を食べるのも忘れて歩き回ったために、左足が引きつってきた。左肩にパンフレットを入れたショルダーバッグをかけていて、それがかなり重たかったため、足にこたえたようである。ちょっと休まないとこれ以上歩けなくなって、昼を食べに中華店に入った。すでに1時が近くなっていた。その後、当時住んでいたアパートを訪ねた。アパートは永和駅前にあった。ボクが住んでいた当時はオンボロのアパートだったのに、近代的なマンションに建て変わっていた。近くの人に尋ねると、7~8年ほど前、そのアパートは焼失し、その後、現在のマンションが建てられたらしい。さすがに古かったので、昔のままで残っているとは思わなかったが・・・。すぐそばに、行きつけの喫茶店があり、入った。17年前のマスターが、まだそこにいた。内装は変わっていたが、マスターの顔は昔とほとんど変わっていないように思えた。ボクのことなんか全く気づかなかったが、17年ほど前にそのアパートに住んでいて、コーヒーを飲みによく来ていたと話すと、かすかに思い出してくれたようだった。もう30年近くここで営業していると聞き、はやりすたりの激しいと思える喫茶店経営が、こんなに長く続けられているのは、マスターの人徳と思えた。出がけに、営業パンフレットを50部、置かせてもらった。

 時間はもう3時近くなり、それまでにポスト投函はまだ100枚にもなっていなかったので、いつまでも感傷にひたっていてはいけないと思い、投函を急ぐことにした。かたっぱしからポストに入れていったが、その日は全部で200枚も配れなかった。パンフレットを入れたショルダーバックを肩にかけ、6キロ以上歩いたので、しまいには左足と胴体のつけねが痛くなり、左足を引きずるようにして、宿泊予定の布施駅前のホテルに向かった。ホテルで夕食をとる気はなかったので、布施駅の近鉄百貨店で、ばら寿司とパンと、マクドナルドのチーズバーガーを買って、ホテルにチェックインした。ホテルマンが、ばら寿司とパンとチーズバーガーの入ったそれぞれの小袋を一瞬、じろっと見た。部屋に入ってから、普通はホテルで夕食を取るものかなと思ったが、高い気がして、ホテルで夕食をとる気にはなれなかった。

 ちょっと、うとうとしてから、ネオン輝く夜の布施に出た。布施は、昼間は比較的モダンな顔を見せるが、夜の闇が降りると、あまり、がらのよくない喧騒の街に変わる。今日も一杯ひっかけて帰ろうと、労働者が夜の街に繰り出してくる。一歩裏通りに入ると、客引きの男女が黄色い声を出し、労働者の稼ぎの一部をせしめようと、てぐすねを引く。夜の闇に毒を吐いてきたら、また明日も元気に働ける・・・そんな労働者を包み込んでくれるような布施の夜。

 翌朝はホテルの朝食を取った。昨日の左足が一段と痛く、もう営業には歩けないと思ったが、以前勤めていた会社をどうしても見たかったので、痛い方の足を引きずってポスティングしながら、会社のある渋川町まで3キロほど歩いた。2年前に倒産したことは、昔の同僚から聞いていた。看板は傾き、自転車は横転して、枯れ草は伸び放題で、無造作に散らばったパレットや容器類をみて、そこに23才から2年間勤めた自分を探して、しばらくの間、門の前で時間をタイムスリップした。

 帰りはもうどうにも歩けなくなって、近くの停留所から、布施駅前行きの近鉄バスに乗った。持ってきたパンフレット700枚のうち、まだ400枚以上残っていたが、もう営業する気になれなかった。大阪在住の昔の同僚に電話して、布施駅前で待ち合わせ、営業パンフレット200枚を渡し、美容院(ボクが勤めていたのは化粧品メーカーで、彼はそこが倒産するまで、ずっと営業の第一線にいた。倒産後、他の化粧品メーカーに移り、引き続き営業畑を歩いて、美容院をまわっている)に置いてもらえるよう頼んだ。予定を2時間早めて布施を後にした。昔住んでいたアパートと、往来した商店街と、勤めていた会社を見て、自分探しの旅にもなった。あのころと、ちっとも変わることのできない自分が、17年を飛び越えて、同じ布施にいた。

 外部から隔絶された高層ホテルの一室で、ぼんやり窓の外の風景を見ながら、たまには、自分の心身をこんな大都会の空間に置いてみようと思った。

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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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