
昨日の記事に書いたニームをさっそく買いに行った。1メートル50センチほどの高さのが1580円だった。冬季は室内で管理するように言われたが、そんな面倒なことはできない。今年、田んぼで越冬できなかったら、ニーム(インドセンダン)は当地の気候には適さない。
自分の周囲には、農業で稼げていない農業者が多い。そんな農業者とばかり付き合っている。稼げていないことが共感を呼ぶのかも知れない。自分がそうだから、稼げない理由もわかるような気がする。
農閑期には毎年アルバイトに行っている人
親が裕福らしく、大きな出費は親に援助してもらっている人
すでに農業をリタイアして、出身地の都会へ帰った人
農業形態を変えようと試みている人
すでに森林組合等へ勤め始め、農業はサブになっている人
大きな投資をしているので、やめることができず、自転車をこぎ続けている人
徹底して自給自足をめざし、ほとんどカネを使わないようにしている人
配偶者に定期的な収入のある人
半農半漁みたいに、半日働いて、半日農業をしている人
それぞれいろんなパターンがある。もう都会へ逆戻りすることもできないし、都会へ戻っても、正社員での働き口はほとんどないだろう。そして、一度農的暮らしを始めた人は、なかなか農的暮らしから足を洗えなくなるのではなかろうか。それは農的暮らしが自分自身を癒してくれるからである。何とか日々の暮らしがまわっていくなら、細々とでも、田舎で住み続けようとしている。
元々の農家の人は農業をしなくなったので、自分が付き合っている人はほとんど県外から、縁があって、岡山に来られた人たちである。
30代なら居場所を転々とできても、40代になってからの居場所の変更はかなりしんどいように思う。その場所がいい場所であっても、あまり気に入らない場所であっても、ある程度年齢がいくと、妥協して、あるいは運命と悟って、その場所に住み続けるしかないように思う。
田舎に踏みとどまって、年を重ねていこうとしている名もなき人たちと、たまに会って、田んぼを見せてもらったり、風景を眺めたりしながら、語らうのが農閑期の楽しみである。一人一人の農業人生には、大きなドラマがある。
業務用の顧客の場合、1週間に1度、もしくは2週間に1度、電話をして注文がないかどうか聞いている。IP電話にしているので、電話代はそんなにかからないし、時間もあまりかからない。電話を入れるとたいてい注文がもらえる。こんな顧客を40軒ほど持ちたいものである。ワンパックで送れる量は知れているので、野菜ぞろえやハーブぞろえがある程度できていれば、一つ一つの野菜やハーブは大量に作る必要はない。
顧客を獲得するための電話営業は、農業者に熱意があるかないかだと思う。顧客を見つけることはそんなに難しくない。
(1)電話をする。
(2)2~3割の店が興味を示してくれる。
(3)その店にサンプルを送る。
(4)ブログやホームページがあるならそれも提示する。
(5)気に入られたらまた注文がもらえるが、待つよりも、こちらから定期的に電話を入れるようにするとよい。
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今日、「不都合な真実」を見た。ゴア前副大統領、選挙で負けてから、自分のやってきたことをこれからも続けようと、地球温暖化問題の講演を1000回以上してきたらしい。
そんなに感銘を受けたわけでも、そんなに衝撃的な映画でもなかったが、環境問題で自分にできることは何か考えてみた。
私生活ではごく小さな生活をしているので、これといったことは思い浮かばない。農業においては、
大きな農具は持っていない
ビニールハウスも持っていない
面積も大きくない
旬のものを旬の時期にだけ作る
数種類ではなく、多種類作る
肥料の大半はメタン菌液肥で、地元の米ぬかと、ナタネカス5袋(輸入物)ほど
農薬は秋冬作のアブラナ科野菜のみ、播種時もしくは定植時に少量使用
問題点は、
黒マルチを多用している点だけと思っている。これを止めることは今の所、難しい。これ以上、手間がかかるようになったり、収入が少なくなったりすると困る。
地球温暖化の影響は
(1)豪雨、極端な雨不足など、毎年どちらかの現象が顕著になり、台風(ハリケーン)は大型化する。
(2)気候の大変化は、ある日突然にやってくる。
これらのことから農業の現場では
(1)ハウス設備は、害獣防御には役立つが、今後は、台風の被害をかなり考慮する必要がある。
(2)温暖化で、初霜の時期が遅くなり、秋深くまで害虫の勢いが弱まらない。
(3)新たな害虫が増える
(4)水不足、水害と、極端から極端になる。
毎年作りづらくなるから、旬により忠実になる必要があると思う。
米国の医療制度には国民皆保険制度がなく、無保険者が約4千7百万人いるらしい。果たしてこれは悪い制度だろうか。日本のように何でもかんでも全国一律というのも、逆に選択肢がないという点で弊害が多いと思う。
国民健康保険料・・・選択制でも、これは入らざるをえない。
国民年金保険料・・・選択制なら、これは払えなかっただろう。
下水道・・・・・・・選択制なら、これは入りたくない、必要なら個人の単独合併浄化槽を選択する。
上水道・・・・・・・選択制なら、よい簡易水道(山水)があるが、入るだろう。
中国四国農政局がまとめた2006年度の中四国版農業白書のデータ(山陽新聞記載)から・・・
06年度に新規就農したのは600人で、前年より9人多く、5年連続の増加となった。内訳は、
新卒 98人
Uターン 397人
Iターン 105人
営農部門別に見ると、
野菜 49.5%
果樹 22.0%
水稲 11.3%
改正農業経営基盤強化促進法(05年9月施行)を受け、農業参入した法人(07年3月現在)は42法人。前年同期(18法人)に比べ大幅に伸びた。業種別では、
建設業 22法人
食品関連業 12法人
その他 10法人
耕作放棄地を中心に計116.4ヘクタールを借り、果樹や野菜などを栽培している。
白書から言えることは、四国4県、中国5県の9県で、06年度に600人しか新規就農していない。つまり、1県平均が70人弱である。
新卒が98人ということは、農業大学校や酪農大学校や、農業高校や大学の農学部を出ても、ほとんど現場の農業従事者にはなっていないということ。
建設業は公共事業の減少により、業種変更が進んでいるのだろう。ただ、利益を出すのは難しいのでは・・・。
平成の大合併(市町村合併)で約3200あった市町村数は1800まで再編が進んだ。息子や娘夫婦と別居したらカネがかかるが、不平や不満はあっても1軒の家に同居すれば、経済的には安上がりになる。つまり平成の大合併もこの理屈。合併(同居)した方(させた方)が安上がりになる。ただそれだけの理由だった・・・。
郵便局は民営化されてから、振り込み手数料がほぼ倍額になった。1万円以下70円だったものが、現在は120円。民営化されてよくなったことがあるだろうか。
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今日また果樹の苗を買いに行った。キーウイ3本(980円×3本=2940円)、ビワ1本(1280円)、早生ミカン1本(990円)、スモモ1本(850円)。
キーウイは新たに棚を作る心積もりにしていたが、苗木を植える寸前になって、やっぱり棚を作る自信がなく、苗木を2本返しにいった。
他にはもう買いたい果樹苗がなかった。
農業を始めてから植えた果樹の半分ほどは枯らしている。
果樹は植えても大きくなるかどうかわからない。
いつ成りだすかもわからない。
ハッサクは成るが、当地でミカンは成るかどうかわからない。
とにかく、空いた田畑は全て果樹で埋めようと思ったが、野菜の作付予定のない場所であるから、水はけが悪かったり、日当たりが悪かったり、水の便が悪かったり、畑が狭すぎたりする場所である。だから、果樹にもあまり条件はよくない。そんな田畑が合計で8アールほどある。
何でもっと前から、野菜の作付予定のない場所に果樹を植えてこなかったのだろう。
果樹のビジョンがなかった・・・
口に入りそうな果樹はカキとキーウイしか思い浮かばなかった・・・
植えても、成り始めるまでに3~5年かかる・・・
柑橘類の果樹は、若苗の時に病気や虫害が多く、何年もそのままの状態で、大きくならないことが多かった・・・
今回買った柑橘類は、成木になるまでは予防するつもり・・・
隣集落の人で、55才から親の後をついでハウスでブドウ作りを始め、同時にカキを50本ほど植えた人の話を聞いてから、自分も、空いた田畑へとにかく果樹を植えようと思った・・・
70才まで後15年しかないし、成り始めるまでに数年かかると、実際に収穫できるのはたった10回ほど・・・。
極力、カラスの狙う果樹、棚のいる果樹、何回も予防する必要のある果樹は避けた。
途中から、果樹ばかりでは何か味気ないような気がしてきた。そこで、キーウイを返品した時に、代わりに花木を買うことにした。キンモクセイ2本(798円×2本=1596円)、トキワマンサク1本(1480円)、サザンカ2本(398円×2本=796円)、カナメ2本(380円×2本=760円)を、果樹の間に植えた。
果樹の苗木を植えながら、つくづく自分は果樹向きではないなあと思った。
カキ・・・・・・・・・従来1本+今回2本=合計3本
ビワ・・・・・・・・・従来1本+今回1本=合計2本
スモモ・・・・・・・従来2本+今回1本=合計3本
フェイジョア・・・従来2本+今回3本=合計5本
キーウイ・・・・・従来3本+今回1本=4本
ハッサク・・・・・・従来1本+今回2本=3本
ミカン・・・・・・・・従来0本+今回5本=5本
デコポン・・・・・・従来1本+今回0本=1本
ユズ・・・・・・・・・従来3本+今回0本=3本
ウメ・・・・・・・・・従来2本+今回0本=2本
ユスラウメ・・・・従来4本+今回0本=4本
カリン・・・・・・・・従来1本+今回0本=1本
キンカン・・・・・・従来1本+今回0本=1本
クリ・・・・・・・・・・従来1本+今回0本=1本
ブラックベリー・従来3本+今回0本=3本
ラズベリー・・・・従来2本+今回0本=2本
サクランボ・・・・従来2本+今回0本=2本
ザクロ・・・・・・・・従来2本+今回0本=2本
イチジク・・・・・・従来3本+今回0本=3本
これだけ植えていても、満足に口に入るのは、たった6種類。その6種類とは、カキ、キーウイ、ハッサク、ユズ、ウメ、キンカン。19種類中6種類、つまり3分の1ほどの果樹である。だから、単に果樹を植えているだけ・・・といった方が適切かもしれない。
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稲秋が終わり、義父がコゴメを4袋持ってきてくれた。他に2人の方からコゴメをもらっているが、3人ともすでに74才を超えているので、いつまで稲作を続けられるかわからない。コゴメのもらえる量によって、ニワトリの羽数が決まる。10羽飼うのも、30羽飼うのも手間は同じだが、コゴメをもらえる量が少なくなると、半分ほどに減らすと思う。未熟ナンキン、トウガン、サツマイモのくず等はたくさん出るが、タマゴを産んでもらうには、やはり穀物が必要である。小麦や陸稲を飼料用に少し作ればよいが、それはちょっと面倒くさい。
ハーブティは最近飲んでいないが、今日初めてユズを収穫し、さっそくユズ茶を飲んでいる。ユズを3分の1ほど包丁で切って湯のみに入れ、湯を注ぐとできあがり。コーヒーを一晩に2杯ほど飲むと、3杯めは、何か違ったものが飲みたくなる。今まではそれが清涼飲料水だったが、これからはユズ茶になる。
今日の新聞に小学校と中学校の学力テストの問題が載っていた。解けたのは国語の漢字の読み書きくらいで、数学はほとんど解けなかった。勉強は嫌いで、特に数学や理科という科目が苦手だった。学校の勉強が社会に出て役にたっているとは、全く思わない。学校教育をおもしろくすることはできないのだろうか。学校と職場は同じくらい居心地の悪い場所だった。
新聞に消費税率アップの話がしばしば載るようになった。消費税率をアップするのだったら、法人税率や所得税率をアップして、消費税率は据え置きにして欲しいと思うが、消費税は低所得者からも満遍なく徴収することができる。これが5%から8%になったら、1ヶ月20000円ほどの食料品と日用品を購入している自分の場合で計算してみると、
20000円×1.05=21000円
20000円×1.08=21600円
21600-21000=600円
600円×12ヶ月=7200円
1年間にこれだけ余分に取られるようになる。
農業関係で消費税のかかる経費は少なくとも年間40万は下回らないので、
400000×1.05=420000円
400000×1.08=432000円
432000-420000=12000円
1年間にこれだけ余分に取られるようになる。
つまり、食料品、日用品、農業関係経費で年間2万円ほど支出が増える。
農業関係は経費で落とせるといっても、それは税金を納めるほど売上がある人の話。農業者の内、いったい何割の人が税金を納めるだけの収入を上げているだろうか。
売上げ-総経費=125万を超えないと税金はかからない。125万の内訳は65万円が青色申告特別控除額(給与所得者の最低限の給与所得控除と同額)で、60万は基礎控除、社会保険料控除等である。
自分の場合、消費税が3%アップすると、年間で少なくとも消費税の支出が2万円は多くなる。その分だけ売上を伸ばすか、もしくは、生活の何らかの部分を節約する必要がある。
消費税率のアップは低所得者ほど、しわ寄せが大きい。
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(1)2年間に360万円の支援制度がある、岡山県のニューファーマーズ支援制度。
(2)限界集落(65才以上の高齢者が半数を超える村)を支援→使途を限定しない交付金(2008年度予算での実現を目指す)。この他、地方交付税を確保して限界集落を支援。
(3)緑のふるさと協力隊→月5万円の生活費を支給。住居などの経費は受け入れ自治体が負担。これまでに参加した4割の人が農山村に定住。年齢18~40歳まで。
上記3つの支援制度のうち、(3)の支援制度が最も優れていると思う。これまでに参加した4割の人が定住しているというのは驚異的数字である。この支援制度は1年間だけであるが、定住している人が多いということは、何らかの支援が引き続きなされている(例えば、田舎での働き口とか、借地借家の世話等)と思える。年齢的にも40歳までとして若い世代をバックアップしようとしている。
(1)より(3)の方がよいと考える理由は、(1)は農業に限定していて、2年間の実務研修中に月15万円の支援を受けたとしても、引き続き、農業をうまく軌道に乗せれる人は少ないように思う。
(3)は農業に限定しない田舎暮らしのイメージがある。こういう形での田舎暮らしの方が、人生が楽しめると思う。
(2)の支援制度は、カネをどぶに捨てるようなものだと思う。限界集落に、使途を限定しない交付金をばらまいても、コミュニティハウス建設等の「ハコ物」につぎ込まれるか、飲んだり歌ったりの「地域親睦会」に使われることが主だと思う。今更、何の目的で限界集落の支援に乗り出すのだろう。
終末期の患者に延命装置をつけるようなものである。それよりか、ホスピス病棟で緩和ケアを受けながら、むやみな延命措置が講じられることを拒否したい。
若い人を対象にした(3)のような支援制度の充実を望みたい。
「特定非営利活動法人(NPO法人)地球緑化センターは、農山村での暮らしをサポートする事業「第15期、緑のふるさと協力隊」への参加者を募集している。1年間農山村に住み、現地で地域活動をしながら生活する。これまで参加した約4割の人が農山村に定住するなど、地域活性化にも役立っている。
活動期間は来年4月から1年間。農林畜産業や道の駅などの観光施設、むら興しといった行事に参加する。全国35町村に50人を派遣する。参加者には毎月5万円の生活費を支給し、住居などの経費は受け入れ自治体が負担する。年齢は18~40歳。締め切りは12月25日。全国主要都市での説明会も予定している。問い合わせはNPO法人地球緑化センター。☎03-3241-6450」
毎月5万円という金額は、決して少なくないです。農業で月5万円を稼ぐのは本当に至難だと思うからです。支援が1年間しかないのが「短すぎる」ような気がしますが、参加した4割の人が農山村に定住しているというのは、この支援制度のりっぱな実績だと思います。
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秋の夜長の夜食は、やっぱりこれ。ふかし芋にするのは、ネズミが食ったりして出荷できない芋を使う。ネズミの食害部分だけ切り捨てれば問題なく食べれる。
農家であることのぜいたくは、ふかし芋を毎日食べれることである。

キュウリからバトンリレーするのがレタス。これはチマサンチュという、葉を下から順次かいでいくレタス(かきちしゃ)で、焼肉などを包んで食べるとおいしい。我が家では生ハムにこのレタスをのせて食べる。
この時期、レタスが毎日食卓にあるというのも農家ならではのことである。
自分の農業は稲作に似て、6月と10月が忙しい。10月はロケットの定植と、ホウレンソウの種蒔き及び定植に、農作業の多くの時間が取られる。
今日も、午前中はホウレンソウの定植、そして昼食後、ちょっと横になったら、目が覚めたのは3時がまわっていた。前日に忙しくて昼寝ができなかったりすると、翌日にはもうしわ寄せがきて、昼寝時間が長くなる。秋の日が落ちるのは早いので、3時半頃に田んぼに出ると、5時半頃までの2時間ほどしか農作業ができない。5時45分をまわると手元が暗くなる。
今後の農作業
10月28日頃までに、ニンニク、ワケギ、ラッキョの植え付け(収穫時期の関係で、毎年、タマネギの隣に植えている)。
11月10日頃に、エンドウ、グリンピース、スナップエンドウの種蒔きと、小苗で冬越しするレタス2品種の種蒔き、
11月中下旬に、タマネギ、春キャベツ、ソラマメの定植。
現在の野菜
タマネギ(250円)
ジャガイモ(200円)→芽かぎをしながら出荷している。
ナスビ(200円)→少しだがまだ出荷できている。
サツマイモ(300円)
サトイモ(300円)→水不足で小粒、そして収量も少ない。1キロ入れるつもりだったが今後のことも考えて700グラムほどにした。
インゲン(400円)
レタス2品種(250円)→コスレタスという炒め用レタスと、上記のレタス。
エンサイかツルムラサキ(150円)
ネギ(100円)
コカブ(250円)→今週から出荷。虫食いが多かったので、葉はつけなかった。
送料800円
以上の合計で3200円。以下はサービス品。
アップルミント、セイジ→ハーブティ
イタリアンパセリ少々
ムラサキ芋(小粒)→甘みが少ない。加工用
数日前に書いた「あーす農場」→「あさって農園工房」の大森さん家族。兵庫県朝来市和田山町の山中で、自給自足的な生活をされているが、長男のケンタ君も昨年暮れに結婚された。大工仕事と狩猟と炭焼きが得意な人である。
ブログに書いた次男のげん君夫妻も、げん君は木工作品、奥さんの莉紗子さんは絵画作品という、どちらも芸術家である。自給自足的な生活と言っても、年間に100万ほどの収入は最低限必要だと思う。げん君夫妻は一次産品は売るほどなくても、主にこの芸術作品を生計にしているのだと思う。
長男のケンタ君夫妻は炭や木酢液を生計にしているのだろう。二人ともそれぞれ手作りの家を建てて独立している。どこに住んでも100万ほどはどうしても稼ぐ必要があると思うので、これをいかにして稼ぐかが、自給自足的な生活を送れるかどうかのポイントだと思う。
二人とも二十数年の歳月をかけて、生活の糧を稼ぐ術を身に付けてきたのであり、一朝一夕に身についたわけではない。自給自足的な生活が生半可ではできないと思うのはこの点である。
情報を発信して、自給自足的な生活を都市生活者に訴えていく企画力。そして、来られた人にそれぞれの作品を買っていただくという営業力もある。
日夜出没するイノシシやシカも「食糧」にするという狩猟能力。自給自足を支えているのはこんなトータルな能力だろう。
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今年はカキが2個しか生っていない。その内の1個がこれ。

先日の日曜日(21日)に、ソラマメの種を蒔いた。1ヶ月育苗して定植をする。

ユズが色づき始めた。
右の画像はヤーコン。夏、日陰になる方が成長がよい。ヤーコンは梅雨の過湿にも弱いし、盛夏の暑さにも弱い。夏、涼しい地帯向き。

果樹を3箇所に植えた。トリ小屋の東。池の土手のすぐ下の田んぼ。お墓の下の田んぼ。

去年のカブは蒔き直した2回目も全滅。ダイコンは3本で通常の1本の目方くらいしか大きくならなかったので、今年の成長はうれしい。
カブの酢の物、ダイコンの漬物が今年は食べれる。

ニンジンもぼつぼつ収穫期に入る。

ロケットの定植を順次している。ホウレンソウと違って、地床育苗で根に土がついていなくても、移植に強い。
キーウイも後20日ほどで収穫期に入る。

夕焼け空。
ブログを日々更新するための、ネタの一つに購入し始めた「日本農業新聞」。JA(農協)の新聞らしいが、参考になる記事が多い。今日の第一面は「改善見えぬ鳥獣害」という見出しだった。
野生鳥獣の被害額は、近年200億円前後で横ばい。被害額は
イノシシ・・・55億円
シカ・・・・・43億円
サル・・・・・16億円
この3獣による被害額が全体の6割を占めた。被害は東日本での増加がくっきり。温暖化で生息域が北上しているらしい。
東京都でも奥多摩地区などにシカの被害が出ているらしい。鳥類の中ではカラスの被害が最も大きい。シカと同じくらいの被害額のようである。
野生動物の保護とは、いったい何のために、誰のためにしているのだろう。
野生鳥獣の被害対策をめぐっては、市町村に鳥獣捕獲の権限を委譲する特別措置法の制定を目指している。鳥獣被害に遭う生産現場に近い市町村が、主導権を持って対策に取り組めるようにするのが柱。有害鳥獣捕獲の許可権限を被害防止計画を定めた市町村に委譲できるようにする。対策に取り組む市町村への地方交付税を拡充する。
有害鳥獣捕獲の許可権限も市町村にはなく、中央が管理していたのか・・・。
鳥インフルエンザの発生が、定年帰農者の「楽しみとしての20羽養鶏」の道を閉ざしてしまったように、イノシシ、シカ、サル、カラスは、農業者に、農業からの撤退の圧力をかけ続けている。
バイオエタノール需要などで飼料の高騰が長期化する中、飼料稲の米粒を、ニワトリ用飼料に活用する取り組みが始まる。
飼料稲のわら→牛
飼料稲の米→ニワトリ
一般に採卵鶏向け配合飼料は6~7割をトウモロコシが占めるが、うち5%を米に置き換える。
もう少し早くから手を打つべきだった。
いつまでもあると思うな親とカネ・・・
いつまでも輸入できると思うな食糧と飼料・・・
岡山県は、新規就農希望者を対象にした農業体験研修生の本年度二次募集を始める。
野菜や果樹、水稲、花きなど希望品目で、来年2~7月のうち約1ヶ月間、県内の農家に泊まり込んで農作業を体験する。修了後は月15万円程度の支給がある実務研修(2年以内)を受けることもできる。
対象は55歳未満で農家出身でない県内外の10人程度。所定の申請書に記入し、健康診断書を添えて11月中に応募する。研修費は無料。申し込みは県農業経営課(086-226-7420)
応募は、その人の人生をかけた「賭け」だと思うが、かなり危険な賭けである。今は、農業を含めた個人事業が成り立たない社会である。当集落でも、現役世代は大半がサラリーマンであり、家は帰って寝るだけの場所になっている。
身一つで「賭け」をすることができるならまだしも、農業は施設や農具に大金を投じる必要がある。
もともとの農家であった自分も、農業への転身がひらめいた時から、
(1)自分にできるだろうか
(2)農業高校を出ても、誰も農業をしない時代に、果たして食べていけるだろうか
(3)元手はどのくらいかかるだろうか
大いに迷った。
ワンパック宅配という農業形態を知ってから、これなら自分にもできそうな気がした。他の農業形態はとてもできそうな気がしなかった。
就農後8~10年の頃、他の農業形態に変更しようと、かなり模索したが、結局変えることはできなかった。
農業への転身を考えるのはサラリーマン社会に挫折して第2の人生を考え始めた30代に入ってからだろうから、もうその年齢になると、自分に何ができて何ができないか、何が得意で何が不得意か、どんなことに興味があって、どんなことに興味がないか、大体わかってくる年齢だから、農業形態を選択する場合において、そんなに大きな誤りはしないと思う。まるっきり農業の経験や原風景のない非農家出身でも、田んぼ見学をさせてもらって、施設や農具や田んぼを1~2時間、案内してもらえば、できそうか、できそうでないかは、漠然とながらわかると思う。
ただ、上記のように県が募集をする農業は「有機農業」ではなく、施設などにかなり投資する必要のある農業だと思う。その意味で、応募する時点で500万ほどの貯蓄がないと難しいように思う。
有機農業者の多くは、野菜を直接顧客に届けたり送ったりしている場合が多いから、そういう人に補助金を出しても、農協にも、県や市町村にも、あまりメリットがない。一概にそうだとは言い切れないが「有機農業=小さな個人の趣味的農業」というイメージがどうしてもつきまとう。少なくともこの20年間、有機農業はこの域からほとんど脱していない。世の中のシステムが「キューバ」のようにならない限り、有機農業で生活をするのは極めて難しいと思う。
1ヶ月15万、1年で180万、2年で360万の補助金が出て、かなり手厚い支援のように見えるが、農業を覚えるまでの2年間の生活費で消えてしまう金額である。
それでも、実務研修を受けて後、引き続いて農業をやってのけれる人はいいが、そうでない場合は、本人は本当に困る。もう、元のサラリーマン社会には戻れないだろう。そしてこういう研修制度のある農業はたいてい「夫婦農業」である。夫婦農業の場合、主となる方によほど能力がないとできないし、片方が病気などになると共倒れの危険性もある。自分の知る範囲では、現役世代では、「夫婦農業」より「一人農業」の方が多い。
果たして農業で食えるだろうかが問題だったので、自分は就農前も就農後も「夫婦農業」など頭に浮かんだことがない。
就農時の年齢も大きな意味を持つ。自分のように35才になった時にひらめいて、2年後の36才末にスタートすると、20年経過した時には56才末。農業には線引きの定年はないが、60~65才で実質上の定年が来ると思う。家庭菜園なら70才を過ぎてもできるが、出荷農業は体力的に厳しい。
大きく投資する自信も能力も貯蓄もなかったので、できるだけ投資せずに、小さく稼いできた。毎年150万以上の純売上(売上-経費)が必要なら、自分は農業に留まることができない。
農業を始めて3~4年の内に、その人が農業で稼げる金額は大体決まってくると思う。小さな投資、小さな農業、小さな生活しか自分はできなかったが、それでも我が家の生活はまわっていったので、農業の現場に留まることができた。
農業の世界における個々人の能力差は大きいが、人をうらやんでみた所で仕方がない。30代半ばで転身するのだから、不得意なことが得意になったりすることもない。ひたすら、自分のできることを、せいいっぱいがんばり続けるしかない。
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今日の未明から雨が降り始め、午前中しとしと降った。曇りのマークで雨の確率は低かったので、予想もしなかった雨音に目が覚めた。最近また夕方に水やりをしていたので、ありがたい雨だった。

大きな足跡があるが、イノシシなのかシカなのかわからない。農業を始めた頃には、当地にイノシシが出るなど想像もしなかったが。

昨日、ホウレンソウを定植した。1ケース144穴あり、2ケースで1時間15分ほどかかった。今日も2ケース定植したので、残りは10ケース。
(1)左の画像のようなフォークで突き刺して苗を取り出す。
(2)3本立ちになっていても4本立ちになっていても間引かない。
(3)1本立ちでは苗の土が崩れやすい。
(4)4粒蒔いて、2本立ちが理想。
たいていの農業者は、ホウレンソウやロケットは播種機で直播であるが、自分は播種機を使うような畝立てがうまくできない。手で蒔いていたが、どうも発芽が悪く、間引きもうまくいかず、定植という方法に変えた。

左から、ハクサイ、キャベツ、カブ。農薬(オルトラン粒剤)の効果なのか、それとも、今年はダイコンサルハムシが少なかったのか、ハクサイにはそれほど被害がない。真ん中のキャベツはダイコンサルハムシ以外の害虫にかなりやられている。右のカブは大きくなってからダイコンサルハムシの被害がかなり出たが、ここまでくればもう大丈夫。

春キャベツの苗床の下をモグラが走っている。モグラ取り器が、うまく設置できない。こんな点でも、農業力が人より劣っている。

左は9月23日蒔きのロケット。2~3日内に定植予定。右は同じく23日蒔きのタマネギ。11月中下旬に定植予定。

黒い寒冷紗の下には、ディルとシュンギクを定植している。他は来週中にロケットとホウレンソウを定植するつもりである。

サツマイモを半分まで掘り進んだ。野ネズミのかじった跡がやたら目に付く。野ネズミも捕まえることが難しい。

画像はハヤトウリ。液肥が根元に近すぎて、あたってしまい、あまりよくない。例年なら10月10日頃から成り始めるが、今年は少し遅れている。初霜の朝、葉がとろけたようになって終わるので、初霜が遅ければ、それだけ収穫量も多い。


タマゴを5個も産んでいる。最近は2~3個が続いていたので、今日は多い。
カブの間引き菜を大量に投げ込んだ。
止まり木のニワトリは6時過ぎに写した。もうかなり暗い。
10月18日、19日は当地の秋祭り。昔は家でお寿司を作ったり、祷組で、ぜんざいやあんみつが振舞われたりしていたが、今は何もしないので、秋祭りといっても、平日といっしょ。
子供の時には、この時期、田んぼのすぐ傍らの低い山へマツタケ引きによく行ったが、今はマツタケなど全く生えない。行ったら、たいてい2~3本は引いていた。今日の新聞に、マツタケの生産量は、温暖化などによる高温や少雨傾向で全国的に減少。県内では、ピークの1957年には約2700トンあったが、ここ数年は、多い年でも20トンほどになっていると出ていた。何と135分の1。気候の変化も原因だろうが、山の木(割り木にしてクド焚き)や落ち葉(クドや風呂の焚きつけ)や下刈り(風呂焚き)が不必要になり、山の手入れをしなくなったことが一番の原因である。
マツタケには、9~11月のシーズンを通して降雨が必要らしいが、最近は、9月、10月に雨が少ない。
世界の穀物価格急騰
(1)干ばつなどの異常気象(地球温暖化との関連が指摘されている)で不作
(2)原油価格の高騰で輸送コストも上昇
(3)バイオ燃料への需要(温暖化対策としてのバイオ燃料開発)
食卓直撃
5月に1トン200ドルだった小麦価格は、9月に350ドル近くになり、高値の傾向は今後も続くらしい。
山崎製パン→24年ぶりに食パンの値上げ。
野菜は18年前の価格と今の価格は、ほとんど変わっていない。
日本有機農業研究会の機関紙「土と健康」の10月号に、兵庫県朝来市和田山町朝日で、自給自足の山里暮らしをされている「あーす農場・大森昌也さん」の次男の、げん君夫妻が載っていた。シリーズになっている「今月の熱き心くん」のコーナーに、げん君の奥さんである梨紗子さんが次のような手記を出していた。
以下、原文のまま掲載させて頂きます。
地球の明日を考える「あーす農場」から生まれた「あさって農園工房」。「あーす農場」の次男げんと、埼玉県出身・美大卒の梨紗子。3歳のつくし、7ヶ月のすぎな、5羽の鶏、5箱の蜂、2匹の猫、一匹の犬。
鶏は手作りの小屋で、5羽ゆったりと自然なエサを食べて暮らし、おいしい卵を産んでくれる。蜂は抗生物質や砂糖水を与えず、蜂が自然に花から採ってきて作ったミツを分けてもらうので、混ぜ物のない自然な味。
2反の田は無農薬、有機栽培、手植え、手刈り、天日干し。田に2~3本の苗をゆったり植えるので風通しよく、一粒一粒が大きく、とてもおいしい。5畝の畑には、甘くおいしい野菜ばかり。豆は味噌にする。
天然酵母、石窯に薪をくべ、パンも焼く。素材を生かした、しっかりとした味。
家も手作り。石の土台に廃材、土の壁、小さいけれど気持ちのいい家。風呂、ストーブ、調理は薪。電気は少し使うので、いつかは自然エネルギーにしたい。
子供は自然出産、母乳、ほぼ玄米菜食。買ったものはなるべく与えず、山の中で土と戯れる日々。「なぜこんなに落ち着いているの?」とよく聞かれる。環境と食事と、いつも両親が側にいるという安心感のためだと思う。
自然の一部になれるのは百姓
田畑、養蜂、パン焼は、げんがほぼ行い、夜は、冬は木工作品のはし、時計、スプーンなど作る。梨紗子は田畑、家事、子育て、家周りの手入れしながら、絵画作品をうみだす。
百姓は人や虫、土や水、さまざまなものの協力なくては生きていけない。自然の循環を肌で感じとれるので、さまざまな思いも伝わってくる。今、母なる地球の痛みを強く感じる。
この生活をより良くしながら、続けていくことを基本に、地球のためにすべき活動をできることからしていきたいと思う。現在は、あーす農場とともに、東ティモールの支援もしている。
この生活に興味のある方は、是非わが家へ訪問、または私たちが地球からいただいている、本物の味や作品をご覧になっていただけたら嬉しいです。お気軽にどうぞ。
この手記を読んで、大森昌也さんは6人の子供を立派に育てられたんだなあと思った。10年ほど前に1度だけ訪問させてもらったことがある。行ったことがあるので、この手記にはほとんど「うそ」がないのがわかる。しかし、この地で生きていけるのは長年田舎暮らしを続けてきた大森さんの家族だからと思う。やはりそこに、20年余りの田舎暮らしの蓄積がある。
(1)家などを自分で手作りする器用さ。
(2)イノシシやシカは害獣であるが、「食糧」とも考えているような狩猟技術。
(3)お父さんの背中を見て育った自給自足の知恵
(4)学校ではなく、野山で学んだ多くの知恵。
多分、
携帯電話は持たず
新聞はとらず
書かれているように電気は少ししか使わず
上水道や下水道はなく、井戸水か山水を利用し
生命保険料や火災保険料に無駄な出費をすることもなく
家の固定資産税もかからず、
近くに民家がないので地域の冠婚葬祭費もなく
家庭電化製品は必要最低限のものだけで
調理は薪と書かれているので七輪やクドを利用して
ガスや灯油は使わず
風呂やストーブも薪と書かれている
車は持たれているが
テレビはあるのかどうか知らない
メールアドレスが載っていたのでパソコンは持たれている
この手記を読んで、ちょっとうらやましかった。豊かな生活とは、げん君夫妻のような生活だと思う。ただ、同じ田舎暮らしでも、真似ができない。自分の田舎には自分の田舎のシステムがあり、それから逸脱した生活ができない・・・
電話代、電気代がかなりかかり、
新聞代もNHK受信料もかかり
ガス代、灯油代もかかり
上水道代、下水道代(数年後)もかかり、
国民年金保険料、国民健康保険料を支払い
生命保険料(月間2千円の掛け捨て)を支払い
火災保険料(年間4万円ほど)を支払い
固定資産税(築56年の家と田畑で年間5万円ほど)を支払い
車両関連費(車検、税金、任意保険、ガソリン代)があり、
冠婚葬祭費も年に数万円かかる
上記は固定費
その他、野菜以外の食費、日用品代・・・
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今から8年ほど前、同じ瀬戸内市にある「牛窓ペンション村」の中の7軒のペンションに、野菜とハーブを宅配していた。しかし、1軒減り、2軒減りしているうちに、とうとう最後の1軒になった。家から25分ほどかかるので、配達するなら、少なくとも3軒は欲しい。それで、ペンション村への宅配は終わった。
今日は、最後の1軒だった顧客から、スイートバジルの注文を頂いた。買いに行きますと言われたが、久しぶりに牛窓の海を見たかったので配達した。
約束した時間より1時間ほど早く出て、先に海の写真をとりに行った。ペンションから海に行く途中に、知り合いの陶芸作家の家がある。一昨日から4回ほど電話したのに出られなかったので、留守だろうと思ったが、家の前の道を通る時に、ちょっと横を見ると、車が4台も駐車してある。おられるのなら、ちょっと立ち寄らせてもらおうと車を止めて歩を進めると、何と、今日は窯焚きの最中だった。4年に1度のことらしい。すごいタイミングだった。窯焚きは10日ほど昼夜ぶっ通しで焚き続ける。四国の高松から1家族が、応援の窯焚きに見えられていた。
温度はすでに1000度を超えている。

長さ12メートルほどの、かなり急勾配(2階ほどの高さ)の登り窯である。一人でこつこつ、手作りされたらしい。

Kさんの作品を一つ紹介。家のすぐ傍らにあった「おでん」という作品。そういえば、おでんを串刺しにしたような感じ。この作品がなぜか、頭に残っている。

Kさんの趣味は創作料理。料理が得意と言うことは知っていたが、頂くのは初めて。勧められたので、お言葉に甘えることにした。2時間ほどの後、出された料理の数々・・・。あまりのすごさに身体が硬直した。










今日、予定されていたメニューらしい。栗御飯とキノコ料理以外のメニューが全部出された。

応接間の書棚に置かれている本。これは全て料理本らしい。岡山中央図書館の料理本コーナーより蔵書が多いと言われた。
今日は帰りが遅かったので、続きは明日にさせて頂きます。
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出荷の帰り道で、果樹農家の人の話を聞かせてもらった。その方は、このあたりでは珍しい柿をたくさん植えられている。主体はブドウで、ハウスで10アールほど作られているらしい。その方の話を聞いていて、自分も、空いた田んぼに数種類の果樹を植えようと思った。1本平均1500円としても、20本で30000円。20本くらい植えるスペースはある。果樹は成り始めるまでに数年かかるが、60才になるまでには成るだろうし、野菜と違って次の代に引き継ぐこともできる。
特定の1種類をたくさん「きちんと」作ろうとすると、自分はしり込みしてしまう・・・と言うことが、話していてよくわかった。そして果樹においても徹底した自分らしさが必要だと思った。
(1)整然とした作り方をしない。
(2)棚が必要な果樹は避ける。
(3)カラスが狙う果樹は避ける。
(4)整枝や誘引の難しい果樹は避ける。
(5)比較的台風に強い果樹。
(6)水の要求量があまり多くない果樹。
(7)何ら設備投資のいらない果樹。
(8)農薬散布が必要な果樹は避ける(1~2回は可)。
(9)露地放任栽培でもよく成る果樹を中心にする。
(10)1種類は多くても5本まで(現在最も多いイチジクとユズで3本)とする。
これが自分流だった。こうやって書き出してみると、果樹作りが不得意な理由がよくわかった。
そんな果樹の作り方ではカネにならない・・・と考えるのが一般的。しかし、こういうやり方でしか、自分は果樹を作ることができないのであれば、自分基準をクリアできた果樹しか作れないのではなかろうか。
徹底的に自分らしく・・・ハーブでもそうだった。
(1)売られているハーブの荷姿を全く知らない
(2)世間のハーブの単価を全く知らない
(3)自分が最も作りやすい方法で
(4)最も作りやすい時期にだけ
(5)そして、中間業者を一切通さず、直接、料理店に電話営業をして
(6)全く顔もしらない神戸、大阪、京都のイタリア料理店に売り続けているではないか。
作り方も我流、売り方も我流、でも買い続けてくれているという実績。
果樹にもどうしてこういう考え方が、もっと早く導入できなかっただろうか。
そして考えた果樹が
(1)ハッサク・・・1本あるが、放任栽培でも毎年よく成るので増やしたい。カラスが狙わない。台風に比較的強い。水の要求量が少ない気がする。
(2)ミカン・・・ハッサクと同じ理由。
(3)カキ・・・今日の話で刺激を受けた。品種は「太秋」を予定。
(4)フェイジョア・・・1本あるが、去年たくさん成り(今年は成っていない)、パイナップルのような味がしておいしかった。熟すると落下するので、それを拾うだけ。カラスが狙わない。
(5)キーウイ・・・棚にまだスペースがあるので増やせる。
ブログにも野菜にもハーブにも果樹にも、徹底した自分らしさが、まだまだ足らないと思う。
あまり器用でないから果樹は作れない。果樹は難しいという先入観があまりに強すぎた。
自分でも作れそうな果樹だけを数種類、比較的たくさん作り、電話営業をしまくって、直販で売り抜くという、自負と偏見と我流こそが第一次産品をビジネスラインにのせるキーワードかも知れない。
1種類の果樹を、ハウスや暴風ネットという過大な投資をして、たくさん、整然と作ろうとするから難しいのであって、そういう固定観念をとっぱらえば、苦手と思い込んでいた作物でも案外作れるのかも知れない。作ることができさえすれば、売り先は自分で開拓できる。
まだ遅くない。この秋トライしよう。
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親が生きているうちに、家庭菜園の野菜作りくらいは、教えてもらっておけばいいが、たいていの現役世代は仕事が忙しく、いざ定年近くなって家庭菜園でも始めようと思っても、すでに親はなくなっている場合が多い。近所にも教えてくれそうな人が誰もいない。田舎でも今はそんな時代である。
野菜作りは慣れると、とても簡単であるが、ほとんどの作物は1年に1回もしくは2回しか作れないので、覚えるのに年数がかかってしまう。
(1)その作物の旬の時期に種を蒔き
(2)水をやり
(3)肥料をやれば、
(4)人間の手をあまり加えなくても、野菜だけの力で大きくなる。
しかし、
(1)周囲にその地域の種蒔きの適期を教えてくれる人がいなければ、自分で経験して、最適期を覚えていくしかない。
(2)雨水だけでは野菜は育たない。水をどこから持ってくるか考える必要がある。
(3)肥料も何をやっていいのかわからない。肥料に関しては農業者それぞれ千差万別である。
こんなことが、実際はごく簡単な農業を、やたら難しいものにしている。自分で経験して、データを蓄積するには、どうしても3~4年(3~4回)かかる。こんな時に、10年、20年と経験している先達がいて、ちょっと教えてもらうと、10年分の経験が必要なことが、1年でマスターできることもある。
岡山ニューファーマーズ制度は、
都会の非農家出身者に
特定の専門作物を選んでもらい
実際に自分がやりたい農業の農家に住み込みで1ヶ月の体験研修を受け
その後、2年間の実務研修を受けて独立する。2年間の実務研修期間中は、1ヶ月15万円の労働報酬が出る。
設備投資が必要な専門作物であれば、自己資金もしくは借入金ですることになるが、
最近はこの設備投資もなく、まるごとその設備を受け継いで、賃借料を払うという就農方法もあるようである。
岡山ニューファーマーズの場合、農協や行政、その施設の前任者、もしくは、その農業団地(産地)の先輩等の指導も受けれるので、本人に適性があり、やってのけれる能力があれば、かなりの短期間でビジネスラインに到達する人もいるようである。
ワンパック宅配型(ほとんど有機農業)の場合は、その農業形態をとっている人のもとで、半年~1年ほどの研修を受けてスタートするか、自分で独自にスタートするかどちらかである。
このように、一口に農業と言っても、
(1)ニューファーマーズ型(専門作物)・・・非農家出身
(2)農業後継者型(専門作物)・・・2代目、3代目
(3)ワンパック宅配型(少量多種類の作物)
(4)環境問題や農法(不耕起栽培、無肥料栽培など)、生き方や暮らし方にこだわる自給自足型(時々アルバイトもする)
(5)農業を主体としない田舎暮らし型・・・(3)や(4)から移った人
(6)家庭菜園が主体の定年帰農型
のように、いろんな形態がある。
(1)の場合、この制度ができてもう10年以上になるのだから、
(イ)このうち何人がリタイアして、何人が現在も続けているか
(ロ)リタイアせざるをえなかった人には、そのリタイアの主な理由を
(ハ)現在も続けている人には、今後この制度を利用する人に助言を
これらのことがオープンにされる必要があると思う。
(4)の場合、これで生活がまわっていくなら、とてもすばらしいことだと思う。その場合、蓄積した自給自足術のノウハウをブログなどで公開してもらいたい。
(5)は、農業以外のもので食べていける「手に職」みたいなものが必要と思う。
(3)(4)(5)(6)の人には「家庭菜園塾」のようなものが、小さな町村に一つあると助かる。1世代前までは、ごく普通に次の世代に引き継がれた農業であったが、現代では分断されている。引き継がれれば、たった1~2年で10年分ほどの経験が引き継がれるのに、分断されたために、この国の農業は大きな時間的、経済的ロスを生じている。
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数日前に私用で農協へ行った時、待ち時間に、日本農業新聞とグラフ岡山を見た。日本農業新聞は前からちょっと気になっていた新聞だった。ブログを書き続けるには、農業に関するいろんな情報を取り入れたり、少しは勉強もする必要があると痛感していた。
昨日電話すると、今日はもう届いた。1ヶ月2550円、一般紙は1ヶ月3007円だから、ちょっと安い。とりあえず半年間くらいは購読してみようと思う。農協系の新聞であり、「エリアおかやま」という岡山県の地域ニュースも入っていた。まだ1日目だが、何かおもしろかった。農業ルポライターをめざすなら、農業新聞や農業雑誌に日々目を通すくらいは当然する必要があると思った。
その中の記事を一つ紹介。
価格下落が続いてきた稲作は、苦境にあえいでいる。農水省によると、06年産米の生産費は10アール当たり平均で約14万円。一方、粗収益は約11万円で、コストを賄えていない。つまり、作れば作るほど赤字ということ・・・。
赤字なのになぜ操業が続けれるのだろうか。それは「減価償却費」というからくりにあるような気がする。大型機械はたいていローンで購入、下取り、買い替えの繰り返しで、永久ローンみたいになっているのではなかろうか。500万のコンバインでも、年間の支払額は100万くらいで、5年くらいで下取り買い替えが続いて、やっぱり年間の支払額は100万円。つまり自転車操業みたいな感じになって、止めように止めれないという状態も考えられる。稲作はこの他に、乾燥機やもみすり機、田植え機、トラクターなどがあるから、リタイアするタイミングは本当に難しいと思う。
グラフ岡山に出ていたのは、定年2年前に大阪の大手機械メーカーを退職して、Iターンで、岡山県久米南町の上籾で「農家民宿」を始めた園田さん夫妻。奥さんは元々料理に興味があり、尼崎市で仲間と料理店も開いていたらしい。現在は自宅の家庭菜園で取れた素材を民宿の料理に使われている。上籾は棚田でも有名なので、近いうちに泊まりに行こうと思う。さっそく電話すると、一泊二日2食付で5500円という安さ。理由を尋ねると、温泉みたいに立派な風呂があるわけではないからと言われる。昼のランチだけも可能で、この方は2000円。ランチは民宿に来られた人の要望で始められたらしい。これくらいの安さだったら、そこに泊まって、友人の田んぼ訪問に行ける。料理や棚田、周囲の風景をデジカメで写すのが今から楽しみ。
今日の山陽新聞によると、岡山県高梁市は10月から、市内へのIターンやUターンを考えている全国の新規就農希望者向けに、遊休農地や空き家情報の発信をホームページで始めた。県内自治体では初の取り組み。
http://www.city.takahashi.okayama.jp内にコーナーを新設。田畑の所在地、面積や家屋の建築年、修理の必要性などの情報を、写真とともに掲載。希望者は、HPにある「利用登録申込書」に記入。同センターに提出して所有者の連絡先を聞き、直接交渉する。市農林課は「高梁地域は農家の高齢化が県内でも進んでおり、後継者確保が急務。退職が始まった団塊世代などの新規就農につながれば」と期待している。 県内では他に、総社市、久米南町が本年度中に同様のサービスを始める予定。
現在はどこの県でも、こんな情報提供を始めていると思う。しかし可能なら、行政より「人づて」という田舎への入り方が最もよいと思う。「人づて」なら、田舎の人は信用するし、すでにその時点で人間関係が一つできていることになる。不動産業者を通して入ると、どんな人が入ってくるかわからないので、田舎の人は警戒する。つまり、不動産業者より行政の情報、行政の情報より人づてだと思う。
人づてでも、
農地や家を購入することなく「借地」「借家」で田舎暮らしをスタートした方がいいと思う。地方都市近郊の田舎でも、今は空き家(もちろん田んぼつき)がごろごろしている。
(1)住んで見ないと、水や空気や風景が自分に合うかどうかわからない。
(2)定年帰農だと、元気でいられるのは、せいぜい残り10~15年である。
(3)田舎では必ずイノシシやシカが出没するので、農作物は作りづらい。現役世代の移住でも、農業を主体としない田舎暮らしの方が望ましいと思う。
(4)土地家屋は、買えばその場所から動けなくなるし、もう一度田舎から出て行かざるをえない介護施設への入所も考えられる。
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小さな生活圏で生きている。行動範囲も狭い。それでも、農業をしている友人や知人を訪ねて、日帰りで帰れる範囲は足を伸ばしているので、サラリーマンの人より、案外、生活圏は広いかも知れない。
ただ、もうそんなに若くないし、農業の合い間の自由時間もそんなにたっぷりあるわけではない。
自分で自分を保つことができるのも、70才頃までの残り15年ほどだろうから、可能なら、1年でも早く現役からリタイアして、だらだらしたり、ぼう~っとしたり、好きなことをしたいが、現時点では経済的に不可能である。
それでも残りの人生の時間を考えると、仕事量は徐々に減らして、自分らしい時間を多く持ちたい。
そんなに稼がないと困る状況ではなく、カネを使わずに自分の楽しみを見つける工夫をしてきた。そして、現在の収入と10年後に多分もらえるだろう年金収入がさほど変わらないと思えることは、気分的にはちょっと楽である。
小さな生活圏、少ない収入、少ない出費→内向きな人生
ではなく、
小さな生活圏、少ない収入、少ない出費→それでも攻撃的な人生にしていきたい。

ここはいつも軽四を止めている場所である。行き止まりの場所なので誰にも迷惑はかからない。
今日は出荷日。収穫した物は、物置と竹やぶの間のこの日陰に置く。
スイートバジルは、大きい箱で、その他は、小さな箱で量る。バジルは小さな箱でははみ出るので、大きい発泡スチロールの箱を使っている。箱と新聞紙を合わせた風袋がちょうど150グラムであり、小さい方は、箱と新聞紙を合わせた風袋がちょうど50グラムになり、便利なのでこの2種類の箱を使っている。

左はイタリアンパセリ。茎の根元をきちんと合わせたりせず、ばらばらで目方を量り、そのまま新聞紙で包む。
右はスペアミント。軽すぎるものは量りづらいので目分量であるが、慣れると、ほとんど同じくらいの量になる。

新聞紙は定期的に新聞店で新品を無料でもらっている。

軽四の隣にコンテナを二つ重ねて、三つめのコンテナに量った物を入れると、そのままの姿勢でできる。

量り終えたものは、軽四の荷台に重ねていく。なお、二つ並んだコンテナの手前にはこれから量る物を、その後ろに新聞紙を置いている。

もうじき完了。散らかった新聞紙を片付ける。なお、野菜もハーブも、収穫後にジョロで打ち水をする。こうすると、包んだ新聞紙も適度に湿り、顧客に届いた時の保存状況がよい。
朝露でぬれている真夏も
朝霜でぬれている真冬も
どちらの場合も、さっとジョロで打ち水をしている。
雨の日は、収穫すると同時に物置に入れ、持ち帰って家の車庫で仕分をする。

完了。物置と竹やぶの間がちょうど日陰になり、絶好の仕分場になっている。それと、山のおかげで、夏に太陽があたりだすのが遅い。これも大いに助かっている。朝30分寝過ごしても、まだ半分の田んぼは日陰である。
逆に冬は太陽の昇る位置が違ってくるので、比較的朝早くから、太陽の光が田んぼにあたり、朝霜を溶かしてくれるので、ダブルでありがたい。

左のスイートバジルは収穫期間が連続で5ヶ月余り。真ん中のイタリアンパセリは連続で9ヶ月。右のインゲンは3週間。収穫に多少手間取っても、収穫期間が長い作物の方がよい。
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昨日、出歩いた所を地図でたどりながら、次回のコースをシミュレーションしてみる。目的があって出歩いてはいないが、家と田んぼの往復ばかりだと、たまには、何もかも投げ出して出かけようと思う。出荷の日とか、特別の急ぎの農作業がなければ、農繁期でも何とか時間は捻出できる。
急に思いついて出かけるわけだから、田んぼ訪問ではなく、ただ車を走らせるという感じである。日帰りで行って帰れる範囲だから、距離的には知れている。吉井川の右岸から兵庫県境の東備圏が大体の行動範囲である。費用は、ガソリン代と、コンビニで買う缶コーヒーと弁当類だけである。早い昼飯をすませてから出かける時は、ガソリン代と缶コーヒー代だけである。自分なりのカネを使わないリフレッシュである。どこかで車を止めてぼう~とするのもいいし、これからの季節は紅葉見学もよい。ひなびた田舎道で農作業をしている人に声かけしてみるのもいい。出会いはそんなことから始まる。
車を30分も走らせれば、もう異次元の世界である。気候や風景が微妙に違う。そうやって地図を片手に出歩きながら、自分の楽しみを見つけ出そうと思う。農業だけではない、もう一つや二つのライフワークが60才からの人生には必要だと思う。60才になってから始めるのでは遅すぎる。
今まで、ワンパック宅配と、何か一つの専門作物を持つことを並行処理できなかったが、
今後は、ワンパック宅配と、何か一つのライフワーク(楽しみ)を探すことを並行処理しようと思う。
それには、農作業を投げ出してでも、出かける必要がある。
貧困・・・それは自分への投資ができなくなった時。
自分への時間の投資
自分へのカネの投資
次の状態も貧困である。
自分へ投資する時間はいくらでもあるのに、それをうまく使えない人
自分へ投資するカネはいくらでもあるのに、それをうまく使えない人
自分は、企業という組織の枠外で生きてきたのに、逆に子供には、きちんとした組織(企業)の枠内で生きることを願う。とても勝手だと思う。
そう願うのは、現在は、組織(企業)の外で生きていくことが、大変難しい時代だからである。とにかく、きちんとした組織にもぐりこみ、その組織の正社員になり、その状態をキープすることができなければ、経済的にとても不安定になる。
おかしな世の中になったものである。しかし、個人の力ではもう資本主義に立ち向かうことはできない。個人が組織(企業)を作ったが、大きくなった組織は、組織が個人を動かしていく。組織のトップといえども、組織からリモートコントロールされてしまう。
人間が作ったロボットに、逆に人間が命令される、そんな近未来の状況と同じ状況が今の企業組織だと思う。
貧困には特定の社会集団があるそうです。つまり、
(1)社会が想定するような標準的な家族を作れなかった人たち・・・離婚とか単身
(2)低い学歴の人たち
(3)一つの職場を継続できない人たち
自分の場合は、転職を繰り返してしまったが、それでも時代がバブル期だったので、いつでも正社員に採用された。でもそれは20代までで、30代半ばとなると自分の気に入った就職の道は厳しい。何か独立した仕事はないかと考え続けていた時にひらめいたのが農業であるが、それは細々とながら父が60アールほどの稲作と自給用の家庭菜園を続けていたので、ひらめく素地はあったわけである。大多数の非農家の子供である場合、農業がひらめくことはまずないと思う。つまり、独立自営業ができる仕事がない。好きでも嫌いでも、向いても向かなくても、何らかの組織(企業)で働かざるをえない。
17年もやってきた農業を否定的に捉えている自分
否定的に捉えても、それを続けざるを得ない
否定的に捉えても、他で稼ぐ道は完全に閉ざされている
しかし、
農業を惰性でしてはいない
農業にマンネリを感じているわけでもない
農業には楽しさもたくさんある
農業をしている時は、他の事が忘れられる
ただ、カネにならないだけである
ただ、カネにする能力が足らなかっただけである
それでも農業は、自分らしさを最大限に引き出してくれた職業である
子供には農業をすすめない。しかし、反対もできない
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昼間はアンパンをよく食べるが、夜食には「ふかし芋」の方が身体によい。10月は欠かさず作っている。ふかし芋用の鍋が一杯になるまでサツマイモを入れ、火をつけて26~28分でできあがる。昨晩、このザルに一杯作ったが、今日はもうこれだけに減っている。ふかし芋は家族もよく食べる。
(1)田んぼで作ると、一般においしいサツマイモができないが、品種によっては、結構おいしい芋も入る。
(2)おいしい芋はたいてい晩生品種である。
(3)サツマイモは虫食い跡や野ネズミの被害が多い。
秋冬野菜には技術的要素はほとんどないと思う。
ハクサイ
キャベツ
ダイコン
カブ
ブロッコリー
ニンジン
ネギ
シュンギク
ホウレンソウ
問題は、
(1)水(気象)
(2)肥料
(3)アブラナ科野菜の害虫
の3要素だけだと思う。
秋冬野菜は11月頃から収穫期に入り、霜に2~3回あたる12月上旬頃に生育のピークがくるように、種蒔きの日取りを決めると、その後は、ゆるやかな成長と、ゆるやかな劣化をしながら、2月末頃まで冷蔵庫のような戸外で、出荷されるのを待つ。
春夏野菜のように、次々に成ったり、次々にわき芽が伸びたりする野菜と異なり、一株収穫したらそれで終わりである。だから、春夏野菜より広い面積が必要になる。
なお、
カリフラワー・・・箱に入りきらないので作っていない
コマツナ、タカナ・・・ハクサイ、キャベツほど日持ちがしない
ミズナ・・・鯨がないので作らない
ナバナ・・・ホウレンソウの方がおいしい。3月にはブロッコリーのわき芽がある。
コウサイタイ・・・以前は作っていた。炒めると色落ちする。
アブラナ科野菜を多種類たくさん作るのは、害虫を増やすようなものである。

明け方にとてもいい雨が降った。だから、今日の出荷の収穫が終わった後、液肥を担いだ。土がよく湿っている時に液肥を施すと、肥料あたりをしない。左はネギ、右はハーブのレモンタイム。レモンタイムは状態が悪かったので、短く刈り込んで液肥を施した。2ヶ月後の12月上旬にはまた収穫できると思う。

液肥を使用後、今日はヌカだけ補充した。施した時の感じで、窒素分(ナタネカス)は足りているようだったから。
ヌカの量も適当に入れる。仕込んでから1週間ほどは毎日混ぜるので、混ぜた時の感じで、薄いと感じればヌカを適宜補充する。多すぎると混ぜにくい。基準は、ナタネカス1に対してヌカが4~5ほどの量を入れる。

左はツルムラサキ、右はエンサイ。今日はレタス(かきチシャ)も出荷したので、葉物が3種類になった。日持ちのしない葉物ばかり3種類はちょっと入れ辛いが、この時期は春夏野菜→秋冬野菜の端境期であり、野菜が少ないので仕方がない。
葉物はかさばるので、箱の上部に入れると、ちょうどクッションの役目もしてくれるし、箱のスペースがうまく収まる。
エンサイとツルムラサキは、7月からワンパックに入れ続けて4ヶ月目に入っているが、2週間に1度だから問題はないだろう。我が家では、どちらかを週に2回は食べている。
葉つきのカブ、葉つきのダイコンが出荷できるようになるまでは、この2種類にがんばってもらう。

2種類の春キャベツが発芽した。タマネギ、ソラマメと同じ11月中下旬に定植する。
なお、ニンニク、ラッキョ、ワケギの3種類は、10月末頃に、上記3種類の定植予定地の隣に植えておくと、収穫期が近いので、その後の作付に都合がよい。

定植後、雨が降ったり、曇天が続くと、苗の活着がよい。それでも1時間も強い日差しにあたるとよくないので、この後すぐに黒い寒冷紗で覆った。

この田んぼの畦岸には特に彼岸花が多い。彼岸花の盛りの時期はたった1週間ほどである。すでに色あせてきている。たった1週間でも、人の心に強烈な印象を残して、名も知らぬ畔草の谷間に沈んでいく。

雨を浴びて、一気に活気づいたツルナシインゲン。例年「初みどり2号」という品種を1袋(60ミリリットル、262円)蒔くだけだが、収穫に15分はかかる。当地では、
春蒔き・・・4月23日頃
夏蒔き・・・ニンジンと同じ日に、盆明けに蒔く。
なお、エダマメはもう10年以上蒔いていない。
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当地ではまだ下水道システムは稼動していないが、1年半後には稼動する。下水道代がいくらかかるのか知らないが、上水道代に加えて、また同じくらいの下水道代がかかってくると思うと、今からうんざりする。
トイレの改修、下水道設備の個人負担金などもあり、これは金額が大きいので考えないようにしている。
消費税でもそうだが、一度導入されたシステムは、定期的にアップする。下水道使用料も、施設整備代金がいつの間にか下水道料金に転嫁されて値上がりを続けるだろう。
下水道は整備代金がかかりすぎるので、地方財政の逼迫で、見直しが迫られている。カネの切れ目が下水道の切れ目になり、下水道の普及率は50~60%くらいで頭打ちになり、今後はしばらく新たな整備はできないようである。
もともと下水道は何のために整備するのか理由がよくわからなかった。稲作や畑作に使った農薬や除草剤、化学肥料等は、雨とともに川に流れ込むので、家庭排水だけを悪者にしてみたところで、川はきれいにならない。
固定的な支出は毎年少しずつアップし、もらえる国民年金は減っている。年がいけばいくほど、固定的な支出が増えていくのだから、働くことのできなくなった高齢者は、いったいどうすればいいのだろう。
電話代、電気代、上水道代、ガス代、固定資産税、火災保険料・・・現代という時代は、最低限の固定的支出が高く、生きているだけで貯金通帳の額がどんどん目減りする。年金暮らしになった時、国民年金だけの収入で、果たしてこれらの固定的支出が全て賄えるだろうか。
毎年、4トンほどの野菜やハーブを田んぼから持ち出していると思うが、田んぼに返しているものは、ここ数年で言えば
稲ワラ・・・5アール分
山の斜面の草、土手草・・・15アール分ほど
すくも(籾殻)・・・軽四に2杯ほど
焼きすくも(クン炭)・・・軽四に2杯ほどのすくもを焼いた物
トリ小屋の鶏糞・・・もみがら、野菜くず、雑草、糞等が混ざった物
メタン菌液肥・・・年間でナタネカス5袋(100キロ)、ヌカ60袋ほど(700~800キロ)
これらの合計で、やはり4~5トンくらいにはなり、少なくとも同量は田んぼに返していると思う。
田んぼから持ち出した野菜の重量分くらいは、田んぼに返していかないと、野菜を再生産できないと思う。

夕方4時前~6時過ぎまで2時間あまりかかって、ロケットの第2回目とシュンギクの第1回目の定植をした。定植後35日ほどで収穫期に入る。

築16年半ほどの鶏舎。四面オール開放の金網鶏舎で、トタンの片屋根。これくらいの鶏舎だったら、ちょっと器用な人なら自分で建てる。ニワトリをたくさん飼っている人は、たいてい自分で建てている。
自分は大工さんに建ててもらったが、建物は一度建てると、簡単には取り壊せないので、建てる場所が大問題だった。今振り返っても、ここはベストの場所だった。こういう選択ができたことも、農業に向いていたのだろう。農業の適性はあったが、農業の能力はかなり低かった。
30~40羽以上を飼うことはないだろうと思ったので、広さの「四坪半」というのは、すんなり決まった。坪あたり8~10羽までと言われている。32羽だから、ゆったりしている。
作りがシンプルであり、金網は腐食しない金網なので、屋根のトタンを換えれば、他に修理するような箇所はなく、後20年ほどは十分使える。
すでに16年半ほど飼っているが、途中、止めようと思ったことはない。鳥インフルエンザが初めて山口県で発生した2004年1月→その後2月に、大分県でペットのチャボが感染→3月浅田農産事件と続いた時に、ちょっとびびった程度である。
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今年は柿がほとんどなっていない。6月には鈴なりだったのに、虫害で大半が落下してしまった。今までも虫害は度々あったが、全部落下することはなく、少なくとも3~4割は残って食べることができた。
柿が食べれることは、10月中旬~12月中旬の2ヶ月間の大いなる楽しみの一つなのに、今年はそれができない。
少し色づいた10月中旬頃から食べ始め、毎日3~5個、農作業の合間にちょっとちぎっては口に入れるのが、毎年、至福のひと時だったのに・・・。
手が届く場所を食べつくしたら、高い所の柿は、竹のハサミ棒を利用して取る。そうやって毎日3~5個ずつ食べ続けても一向に減らない。熟したらカラスが狙うが、赤みをおびたくらいでは固いのか、カラスが食べない。熟すのは初霜(当地では毎年、勤労感謝の日前後に初霜が降りる)の時期からだが、初霜の頃には残りの柿を全部ちぎる。初霜の前にちぎってしまった方が、保存した時に長持ちがする。田んぼの物置において、それをまた3個ほどずつ食べ続ける。いったい1シーズンに何個の柿を食べているだろう。
10月・・・3個平均×15日=45個
11月・・・5個平均×30日=150個
12月・・・3個平均×15日=45個
合計・・・240個ほどの柿を食べていると思う。それぐらい好きな柿である。老木が1本あるだけだが、毎年300個余りの柿を成らしてくれた。その柿が食べれない今年は、この時期の楽しみが奪われてしまった。
1度も農薬を使ったことはないが、ここ数年落下が多く、柿の成りが少なくなっていることは感じていた。それでも十分口にすることができたので、余り気にならなかったが、今年はちょっとショックである。農薬で確実に防げるのであれば、来年は6月に農薬散布をしようと思う。
父と農業が重なり合ったのは、スタートした3年間だけだったが、父は柿に農薬散布をしていたようだ。1度だけ見たことがある。ということは、毎年していたのだろうと思う。父の死後は1度もしていないが、それでも柿は成り続けた。隔年結果もあり、豊作とそうでない年もあったが、それでも毎年十分口に入れることができた。豊作の年はワンパックに入れたこともあるし、我が家だけでは食べきれず、人にあげたこともある。
近くの集落に柿をたくさん植えている人がいるので、いつどんな農薬を使っているのか聞いてみようと思う。
田んぼで、のどをうるおす果樹が食べれるのはうれしいものである。スモモ、イチジク、柿、キンカン。果樹ではないが、同じく田んぼで食べるスイカ、トマト。
我が家には果樹は柿しかなかった。他の果樹は、自分が農業を始めてから、少しずつ植えたものである。その中では、キーウイとハッサクが毎年たくさん成るが、キーウイとハッサクは収穫後、追熟させる必要があり、成っているのをちぎって、のどをうるおす果樹とは違う。
カラスが狙ったり、作る難易度が高い、モモ、ナシ、リンゴ、ブドウ等は作っていない。
田舎育ちの高齢の人にとって、柿は特に思い出深い果樹ではないかと思う。この時期のおやつと言えば、柿か「ふかし芋」くらいしかなかった。稲刈りのおやつも柿だった。どこの家にも柿の木はあった。他の果樹は余り見かけなかったが、柿の木だけはよく見かけた。柿は放任栽培でもよく成ったのだろう。
農作業の手をちょっと休めた時に、どこからでも、熟した柿の木が見えるというのは、無上の喜びでもある。天高く馬肥ゆる秋。深まり行く秋の空に映える熟した柿の木は、まさに絵になる光景である。田んぼの傍らの山も、少しずつ色づいていく季節を迎える。
柿の木に興味を示すのは、柿が色づき始める10月中旬以降~柿が木に成っている間だけで、他の時期は目にも留めなかったが、デジカメを購入してからは、春夏秋冬の柿の木を写すことが多くなった。柿の葉が全部落ちて、枯れ枝のようになった柿の木など、それまでは歯牙にもかけなかったのに、デジカメで写すと、冬枯れの柿の木が、なんともいえず美しい。デジカメのおかげで、冬の柿の木も独特の風情があるとわかってから、以前よりずっと柿の木が気になり始めた。
柿の木も人間といっしょで、いい時期は短く、柿の実がなくなると、たいていは見向きもされない。人間も、いい時期というのは、一生のうちのほんの一時期のように思う。他のほとんどの時期は、下積みの苦労で終わり、今年の柿のように、結局、一生下積みで終わる人生も多いのではなかろうか。
突然農業を始めた自分の一挙手一投足を、柿の木はずっと見ていた。祖父母の代から、父母の代へ、そして自分の代へと三代の農業を老木は見続けてきたのだ。長らく、稲作と葉タバコを見てきて、その後は稲作を見てきて、17年前からは野菜を見続けてきた。老木はいつまで生き続けるのだろう。果たして四代目を目にすることはあるだろうか・・・。
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スイフヨウ アメジストセイジ

コムラサキ チェリーセイジ

コスモス
下の画像は2週間前の9月21日撮影です。

サルスベリ アメジストセイジ

トランペット カンナ

アメジストセイジ
今朝の新聞に、彫刻家の西雅秋さん(有名人?)の「生活と一体の美術が本物」という記事が載っていた。ボクは彫刻とか絵とか音楽はまったくだめ。中学校の技術家庭科という時間が嫌いだったし、音楽は音痴だった。
農業の評価は低いが、農業をすることも芸術活動だと思う。種から、2~3ヶ月かけて、野菜という形あるものに育て上げるのだから、立派な芸術作品である。日々、芸術活動をしているから、カネにならなくても農業は楽しいし、癒しになっているのだと思う。すでに芸術活動を17年以上していることになる。
ブログも芸術活動である。ブログのよい点は、
(1)書籍だと小冊子でも80冊で8万円ほどかかるが、ブログは無料で、更新を続ければ長く保存してもらえる。
(2)書籍なら、80冊売れて、全部の人に読んでもらえたとしても80人まで。ブログだと、1日でそれくらいの訪問者が来てくれることもある。
(3)カラーの画像をふんだんに取り入れることができる。
(4)枚数に限りがないし、字と字の間、画像と画像の間の「空間」を自在に使える。
(5)本と違って、読もうと思った時にすぐにネットで開けるし、1回、1回、読みきりなので、5分とかかからず、本のように、2~3時間という読むためのエネルギーもいらない。
(6)ブログの作成者にとっても、消したり、加えたりの修正作業がごく容易。
自分の場合は40アールの田んぼという小宇宙から、言葉が生じて、画像も生じる。
野菜という作品は食べたら無くなるし、デジカメで撮らなければ野菜の作成過程は何も残らない。その作成過程におけるいろんな思いを、言葉と画像でブログという空間に記載していく。
ブログは旧来の絵だとか、彫刻だとか、音楽だとか、文学だとかいう、枠をとっぱらって、何でもかんでも「芸術」にしてしまう。まさに魔法の杖だと思う。
毎日見ている「アメショッス」は猫を芸術作品にしているし、「生まれる前から不眠症」は外食を芸術作品にしている。
ブログを始めてから、「書籍」離れの理由が少しわかってきた。
ブログは何でもかんでも芸術になるのだから、ブログの操作方法さえわかれば、後はネタだけである。まるで井戸水のように、「土」は枯渇することなく、何がしかのブログネタを自分に与えてくれる。
(1)毎日書くと生活の習慣の一つになる。
(2)日々の更新時間を一定にするとリズムができる。
(3)その日のことはできるだけその日に書く。翌日にまわすと、記憶や感動が薄れる。
(4)今日のネタが多いからといって、翌日に半分まわさない方がよい。からっぽにしておいた方が、翌日のネタが発生しやすい。
(5)書いた物を、何日か寝かせて(少し期間を置いて読み直して)ブログに公開することはブログの性格上難しい。読み直しても、細部の訂正があるくらいだと思う。それよりも、書いたことをあまり後悔せず、前だけを向いて、書き続けた方がいいと思う。
(6)一冊の本にするなら、何度も読み直して、まとめなおしてという作業をするが、それをしても、一度書いたことの大きな書き直しは少ないし、かえって小さく固まってしまうことの方が多いような気がする。
(7)本を書くことと、ブログを書くことは、かなり異なる作業だと思う。本に比べてブログを書くことは簡単であるが、どちらの芸術性が高いかは一概には言えない。
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いじめられていた3羽を隔離する入れ物がなかったから、そのまま同じトリ小屋で飼い続けたが、これは残酷なやり方である。ニワトリを飼っている友人たちは、たいてい隔離している。隔離しないと突付き殺されることも多い。そんな凄惨な現場を自分も何回か経験している。
今回に関しては、3羽とも元の群に復帰してくれたが、これは幸運だったと言える。
青菜もたっぶり与えて、さほどストレスはかかっていないはずなのに、突然のごとく「いじめ」が発生するのがニワトリ社会である。4坪半のトリ小屋に閉じ込めているので、他に逃げ場がない。学校のクラスという部屋から逃げ場がないのと同じである。
ニワトリ→隔離する
学校→登校拒否をする、転校する、学校を辞める
ニワトリの場合も人間の場合も、そのまま同じトリ小屋、同じクラスに留まるようにした方がいいのか、あるいは、そうしない方がいいのか、どちらも難しい選択である。
我が家のニワトリは、4坪半の世界が全てである。
学校の生徒は、クラスが全てである。
社会人は、勤務先の会社が全てである。
自分は、40アールという田んぼが全てである。
誰も、簡単にはその牢獄から下界に飛び出すことはできない。飛び出すことは、生活や人生の危機につながる。
自分の場合も、小さな40アールの生活圏の中でカネを稼ぎ、楽しみや生きがいを見出していかざるをえない。
クラスでも勤務先でも田んぼでも逃げ場はない。人から見れば、農業はかなり自由な職業のように思えるかも知れないが、経済的自由度も時間的自由度も会社員より低い。仕事を進行させる自由度が高いだけである。

今日(10月4日)、春キャベツの種を2品種蒔いた。
極早生品種→4月10日頃から収穫できる。
中早生品種→5月15日頃から収穫できる。
早生品種→今は蒔いていない。
8月15日蒔きの秋冬キャベツは、連結ポットで育苗するが、10月4日蒔きの春キャベツは例年、地床育苗にしている。害虫の飛来が少なく、ぞろぞろはってくる害虫も少なければ、地床の方が楽である。
ホウレンソウの種蒔きも今日で終了。後は、
10月20日→ソラマメ
11月10日→エンドウ、グリンピース、スナップエンドウ、春レタス
で、今期の種蒔きは終了。
11月10日蒔きの春レタスは3月中下旬に定植する。春キャベツも同様にしてよいが、今はこの作型は作っていない。

今日、ロケットの第1回目の定植をした。朝は曇天だったので、7時半頃からスタートしたが、8時半頃から太陽がのぞきだした。そのまま9時頃まで続けたが、あっという間に「干からびて」、結局、夕方4時半頃からまた定植をやり直した。
朝方の1時間半の作業が全て無駄になった。黒マルチに定植する場合は、ちょっとの太陽光線でも干からびるので、夕方に定植した方がよい。定植後1週間は、黒い寒冷紗で覆っておく。

イタリアンパセリには、アゲハチョウが飛んできて卵を産み、その幼虫がこの葉を好む。困るほどではないが、収穫の時によく目につくので、そのつど幼虫を手でつぶしている。
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独り言をぶつぶつ言いながら農作業をしている。つまり、頭の中はかなり騒々しいので、何かにぎやかに農業をしているような気がする。
今日はそんな独り言の断片です。
サツマイモの外観がよくない。野ネズミがかじっていたり、虫食いがあったり、極めて変形していたり・・・出荷できそうなのは6~7割である。あまりにひどいのはニワトリ行きになり、その他はサービス品にまわす。
サツマイモは毎年こんな調子であるが、10月は野菜の端境期であり、他にサービス品にまわせる野菜が少ないので、ある意味、重宝である。
忙しいのも、後1ヶ月である。11月になれば、週に1日は出歩くことができる。11月が比較的暇になった理由は
(1)タマネギの定植本数が減っていること
(2)敷き藁用の麦蒔きを止めた事
の2点が大きい。
農業だけ、くそ真面目にがんばっても、何の展望も開けない。1年の内2~3ヶ月は農閑期がある農業をした方がいいと思う。旬に忠実にしておれば、厳寒期の1月、2月はゆっくりできる。自分の場合、1月、2月は出荷以外の日はすべて自由時間である。3月も中旬頃まで急ぎの農作業はない。だから計算上は45日間ほどの農閑期の休みが取れる。
農繁期には1週間に半日の自由時間もなかなか取れないので、これくらいゆっくりしたいものである。農閑期があったから、いろんな事にトライできた。
日が暮れるのが早くなった。6時頃にはもう薄暗くなる。だから、ゆっくり昼寝をしていると、午後の農作業が3時間ほどしかできない。ブログが終わって寝るのが深夜1時頃なので、どうしても昼寝が必要になる。夏の間は3時半~4時頃までは暑くて田んぼに出れないので問題ないが、今は昼からでもすぐに農作業ができる気候になっているので、ブログが農作業にくい込んでいる。
今日は、ダイコン、カブ、ニンジンの最終間引きをした。
ダイコンは20センチ間隔の3粒蒔きにしているが、先日1本間引いて2本立ちにしている。今日は残りの1本を間引いて1本立ちにする予定だったが、モグラと虫害(10月10日頃が天王山。それを通過すればまず大丈夫)のことを考えて、2本、1本、2本、1本という間引き方に急遽変更した。
現役世代の農業者は、分刻みの農作業をしている思う。だから、突然の来訪者があると、10~15分の時間でも、段取りがくるってしまう。雨が降る前にどうしても終わらせたい農作業とか、今日しかできない農作業(明日は出荷)で気がせいている場合も多い。
現役世代の農業に牧歌的な農業という言葉はない。田んぼを横切る通り風のごとく、一瞬、農業という仕事の豊かさを感じるくらいですぐ現実に戻る。それくらい緊張した農業をしていないと、農業が継続できなくなる。
人は無意識のうちに得意な方向へ舵取りする。不得意意識がそれほどなければ、とっくにハウスの一つくらいは持っていただろうし、専門作物を一つくらいは持っていただろう。
農業をスタートして1~2年のうちに出来上がったワンパック宅配という農業形態から、その後一歩も脱皮できなかったが、脱皮していった農業者は、自分の知る限りごく少数であり、多くの農業者は脱皮できない現実の中で悶々としている。
長年、農業をしていると、振り返ってみたときに「停滞期」というのがある。停滞期というよりも「低き安定期」といった方が適切かも知れない。13年目から16年目の4年間である。
スタート~7年目末・・・無我夢中の状態で過ぎていった
8年目~・・・やっと一息つけるようになった時期。ハーブの導入、他のいろんな農業者を訪ね歩く、ドラムカン炭焼きの見学に出歩く、百姓塾を計画。
9~10年目・・・ハーブの電話営業に必死。農閑期には百姓塾の生徒募集の営業、ドラムカン炭焼きのイベント。
11~12年目・・・パソコン購入、パソコン習得に多くの時間を費やす、ホームページを作ってもらい、あめんぼ通信を週に1回更新し始める。
13~16年目・・・この時期がいわゆる停滞期(安定期?)。毎年1冊の小冊子を作り、その原稿を出版社に送ることを目標にした。
17年目~・・・ノートパソコンの購入、ブログとブログランキングを知り、書く量が飛躍的に増えた。4年間の商業出版の挫折が、ブログの原動力になっている。
今後の農業は平行線をたどるだろう。平行線を保つのも容易ではない。現状をキープするには、少し「営業」もしていく必要がある。
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リサイクルは「土」を通してする。
家から出る生ゴミ(ジャガイモの皮、タマネギの皮、エンサイの茎、タマゴの殻等)は、月桂樹やキンカンを植えている小さな畑の一角に捨てている。特定の場所に捨てているのは、どこにでも捨てると、田んぼに雑菌が増えると思うからである。生ゴミのほとんどは、台所の流し場であり、水で流してはいるが、合成洗剤の残留も考えられるので、特定の場所にしか捨てない。その生ゴミが堆積されて「うず高く」なったりはしない。自然に天日乾燥されて、量的にはごく少なくなる。すでにその場所は10年ほどになるが、下のほうから徐々に土に戻っているのだろうと思う。
一昔前は家から出るウ○コは「下肥」と言って、野菜のよい肥料だった。20年ほど前から、集落では水洗便所が増え、そうでない家は業者に汲み取りを依頼するようになった。その時からウ○コは、土への循環を拒否され、産業廃棄物扱いを受けるようになった。これは単なる変化ではなく、歴史的大転換になったと捉えるべきである。それまでのリサイクルと言う考え方から産業廃棄物という考え方に転換になったわけだから。
江戸時代には下肥は値段がつけられて売買されていた。武士のウ○コは高く、商人のウ○コは安かったそうである。武士は動物性タンパクや植物性タンパクを商人より多く摂取していたので、肥料効果もそれだけ高いと見なされたわけである。
土葬から火葬への変化も歴史的大変換になった。土葬(いずれは土に戻っていく)から火葬(産業廃棄物扱い)になり、人間そのものを変えてしまったと言える。土葬から火葬になったということは、自然界から見て、人間という種だけ増えすぎてしまったことを意味する。だから死体も産業廃棄物になったわけである。先ほどのウ○コと同じである。奇しくも、当集落においては、有益な下肥→産業廃棄物、土葬→火葬は、ほとんど同一の時期だった。どこの田舎でも、これは時期を同じくすると思う。都会はもともと自然界から乖離された砂上の楼閣だから、ここでは言及しない。
死んだ人間の魂は、土葬によって土に戻り、土からまた新しい生命が芽生えてくるという「輪廻転生」を信じることができたのに、火葬になることによって、死んだ人間の魂は幽霊のように彷徨い、行き場をなくしている。このことが、ばかげたスピリチュアルに頼ったり、宗教に依存してお布施を巻き上げられることにつながっている。
昔の人の信仰は単なる「土着信仰」だった。土神様だったのである。野辺のお地蔵様の前で、ただひたすら祈り、ただひたすら念じ続けることが信仰だった。
大地から遠く離された空間で、人間が生まれ、成長すると、故郷の喪失、土からの人間疎外が終生つきまとう。いったい自分の故郷はどこか、自分のアイデンティティはどこに立脚しているのかわからなくなり、自己の喪失につながる。
故郷とは土につながった意識のものである。一昔前の人には、出身の故郷があるが、50才以下の人は、すでに故郷を喪失している人が多いのではなかろうか。都会の空間で生まれ育つと、子供の頃に住んでいた場所は、すでに取り壊されてしまったり、まわりの風景が一変したりして、いったい自分の故郷はどこだろうという疑念が沸き起こる。母の体内は一時的な場所であり故郷とは言わない。
故郷は別に必要のないものかも知れない。ただ自分は、企業のような組織には帰属していないし、他に何らの組織にも属していないので、確かな自分の存在を確認できる場所は、生まれ育った田舎の故郷しかない。好きな集落ではないし、集落への帰属意識もあまりないし、風光明媚な場所でもないが、ここは、ゆるぐことのない自分の立脚点である。この場所を背にして発信し、この場所を背にして戦っていくだろう。
喜びも悲しみも田んぼの土に戻してきたが、大地はそれらを全て受けいれて浄化してくれ、また新たなエネルギーを大地からもらってきた。土は自分の魂のリサイクルの場所だった。
スピリチュアルや宗教は決してあなたの心を癒してはくれない。癒してくれるのは大地だけだと思う。土は何千年にもわたって人間の輪廻転生の源だった。死せる魂は大地に戻り、大地からまた新しい命が生まれてくると考えられた。その土と離されてしまったことが「人間疎外」の源であり、大多数の人(大多数のニワトリ)はもう土の上に戻れなくなっていることに、人間(ニワトリ)の悲劇がある。
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