あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

ふら〜っとドライブ (2)

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  Tさんの窯がある道路から、遠方に、廃校になった三保小学校が見える。その小学校を借りて住んでいるのは、家具作家のKさん。新聞によると、1994年に移住されているので、すでに13年めの47才。家具作家として生活は十分に成り立っているらしかった。
 
 こういう場所で生活していくには、現役世代では、なにか「特殊技能」が必要と思う。
 
 この校舎は1955年の建築で100人余りの児童が学んでいたが、真っ先に少子化の波をかぶり、たった13年後の1968年には廃校になったらしい。随分辺鄙な場所に感じたが、50年ほど前には100人もの小学生が行き来していたのだと思うと、時代のすさまじいばかりの変化を感じた。



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 Kさんのことを知っておられたので、同じく新聞に出ていたオカリナ作家で奏者のTKさんのことを尋ねると、その人のことも知っていて、ここから15分ほどだからと案内してくれた。
 
 ため池のほとりに立つ、別荘のような家だった。TKさんは定年後に、ここの土地家屋を購入して移住された。ご主人はオカリナ、奥さんは庭園と家庭菜園を趣味にされているようで、池のほとりに絵になるような庭と菜園があった。定年帰農型の移住であり、長らく会社勤めをされていて、経済的には安定されている。




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 帰りはまだ明るかったので、「田土」という棚田を見て回った。こんな近くに、こんな棚田があることを知って、何かうれしかった。棚田というと、かなり奥地というイメージがあったが、案外近かった。


(1)棚田の風景を撮ったり

(2)崩れ行く日本の山村風景を撮ったり、

(3)山村の田園風景や古い民家を撮ったり

(4)春夏秋冬の里山風景を撮ったり

(5)土地、土地の見知らぬ人を訪ねたり

 今後はこんなこともして見よう。せっかく農業に縁があったのだから、自分の農業だけで終わらせずに、長年の農業経験を生かしたことをしようと思う。

 そのためには

(1)農繁期でも週に1〜2回は出歩く必要がある。

(2)どこまで自分が興味を持てるか。

(3)何を伝えたいのか。

 昨日の、目的のないドライブは、自分の今後の指針を決める意味でも大きな意義があった。

 自分の農業のことばっかりは書けない→早晩、ネタ切れになる→それでもブログは続けたい→次のブログネタは何にするか→そんなことを考えて→前からちょっと興味のあった上記のような項目のネタ探しに→目的もなく山村に車を走らせた。

地図にない村

地図から消えようとしている村

コンビニで買った菓子パンと缶コーヒーを手に

ふと見た風景が気に入って

通りすがりの人にちょっと声をかけて

その村のことなど聞かせてもらい

また話を聞かせてくださいと次の訪問を約束し

地図を頼りに道なき道を

滅び行く日本の農山村風景をブログに残そうと、今、思い始めている

ブログの存在を始めて知ったのは、まだ1年4ヶ月ほど前

ブログランキングの存在を知ったのも、ちょうどその頃

始めてカメラを買ったのも1年4ヶ月ほど前

始めて手にしたカメラはデジカメ

それまで、全く興味のなかった写真なのに

今はいつもデジカメを軽四に載せている

パソコンとブログとデジカメが

崩れ落ちそうな自分の精神を支えてくれて

パソコンとブログとデジカメが

今後の進む方向のレールを敷いてくれようとしている





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ふら〜っとドライブ (1)

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 昼からふら〜っとドライブに出た。訪れた先は県中部の三保高原。三保高原は、岡山三大河川の一つである吉井川水系にある。岡山県には中心部を旭川、兵庫県よりを吉井川、広島県よりを高梁川が流れている。吉井川は自分の地元の水系であり、町内の端を流れている。

 
 三保高原は家から1時間ほどでいける。新聞に「天空の高原に生きる」と題して、都会から移り住まわれた3人の方が紹介されており、近いうちに訪ねてみようと思っていた。

 
 上の画像は、その三保高原に登る途中で写した吉井川である。確かに、かなり登ってはいるが、天空と言うほどではない。


 最初に訪ねた方は留守だった。電話もせずに飛び込みで訪問したのだから、おられなくても仕方がない。後の2人の方は、新聞の地図では皆目、場所がわからない。

 
 せっかく来たのだからと、周辺をドライブしているうちに、この近くで炭焼きをされているTさんを訪ねてみようと思った。Tさんを始めて訪ねたのは8年ほど前のことであり、「炭焼き名人」として新聞に紹介されていた記事を見て訪問させてもらった。もうかなり以前のことであり、場所も忘れてしまっていた。すでに70代後半の方であるし、元気にしておられるか、炭焼きをまだされているかも定かでなかったが、途中で道を聞いた人が、まだ炭を焼かれていると教えてくれた。

 
 自分のことなどもう忘れられていると思ったが、すぐに思い出してもらえた。そして、今焼いている場所の炭窯を見せてあげると言ってくれた。 




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 最初に案内してもらったのは、イノシシの捕獲用の檻。この檻で今年の冬には7頭のイノシシを捕まえたらしい。檻は12万ほどの価格と言われる。かなり頑丈で大型の檻である。



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 これが、今焼いている場所の炭焼き窯。8年前からすでに5回ほど場所を移り(5基の炭焼き窯をつくっているという意味)、この窯は最近作られたらしい。
 

 8年前の時は深い谷底のような場所に窯が設置してあったが、この窯も、道路から見下ろすような場所にあった。この窯を作るには、この窯まで行く道も作る必要がある。ユンボで簡単に作れると話される。70代後半の方であり、かなり急峻な場所であるのに、どこにそんなパワーがひそんでいるのだろう。見かけはきゃしゃな人なのに。下の画像が切り開いた道である。道路から炭窯まで100メートル以上ある。

 
 炭焼き名人として新聞に載るくらいだから、窯作りはお手の物なのかも知れない。昔、子供の頃に父親の焼くのをよく手伝い、炭焼き窯の作り方は自然に覚えたらしい。それでも、若い時は家を離れて会社勤めをされていたので、30年ほどのブランクはあったそうである。子供の頃に身体で覚えたことは終生忘れないのかも知れない。



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イノシシの侵入

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 「能力のない者は第一次産業から去れ」、イノシシにそう言われているような気がした。昨晩、サツマイモ畑にイノシシが入った。


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 電柵のバッテリーが切れていて、早く設置しようしようと思いながら、1日延ばし1日延ばしにしていたら、今朝の結果になった。頭の中が真っ白のパニック状態に陥った。家に帰り、農機具店に電話をしてすぐに来てもらった。今日が日曜日でなくてよかった。


 「電柵くらい、自分で何とかならんのかい」と、思われるかも知れない。でも、自分はこういうことが超苦手。


 今日のところは2割ほどの被害ですんだ。まだサツマイモがほとんど入っていない状態だから、ちょっと掘って、入っていないので、それ以上は掘り返さなかったのだろう。

 
 自分はよく「脳内パニック」に陥る。1週間ほど前にも、ブログを入力してから「保存」をクリックすると、「セッション保存時間が切れました。再度ログインしてください」というメッセージが表示され、1時間ほど打ったデータが消えてしまい、パニックに陥ったが、今朝また同じ状況に遭遇した。


 イノシシは自分の最も弱い所をついてくる。そして勉強させられる。1日伸ばし、1日伸ばしにしてはいけないと言うことを。そして、イノシシが出没しだしてから、イノシシが毎晩のように出てくる地域で農業をしている人の激しさを少し理解できるようになった。

 
 こういう被害にあうと、文科系のセンスだけで農業を攻め上げることの限界を感じる。


 冒頭に書いた「能力のない者は去れ」というのは個人営業の世界では当然のことである。今や農業は、それでもやってのけれる者だけが農業を継続できるのである。それが資本主義精神というものだろう。自分の場合、

(1)
苦手なことは、何か事が起きないと、事態が一歩前に進んでくれない。

(2)
そして、必ず経済的支出を伴う。


 仕方がない、仕方がないと念じながら、こうやって、農業から少しずつ少しずつ退去を迫られるのだろう。



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田舎の土地(田んぼ)は負債

 エンサイはどのようになったら、どの様に収穫し、どのようにして食べたらいいのでしょうかというコメントを頂いたので、説明させて頂きます。

食べ方ですが、

(1)茎の太い所は硬くて食べれないので、それ以外の部分を湯通しして(ホウレンソウ代わり)おひたしで食べる。

(2)茎の太い所は硬くて食べれないので、それ以外の部分を炒めて(キャベツ代わり)食べる。野菜炒めにご利用下さい。

の2点です。


 収穫は、根元から10本以上の太い茎が出てくるので、それぞれ、根元の2節を残して、摘み取ります。自分の場合は40センチほどの長さで摘み取っています。残した2節の節の所から、またわき芽が伸びてきて、3週間ほどでそれをまた収穫できます。摘めば摘むほどわき芽も増えて収穫量が増えて(親→子→孫)いきます。収穫する上でのポイントは

(1)5節〜6節の上の方から収穫すると、弱い(細い)わき芽になります。

(2)収穫は40センチで収穫しなくても、30センチで構いませんが、40センチより長くはしない方が、次に出るわき芽の収穫が早くなります。

(3)1株を全部刈り込むのでなく、半分刈り込んで、半分は残すと、全部刈り込むより、半分刈り込んだ方のわき芽が早く伸びるように思います。


特徴は

(1)我が家では、ツルムラサキはあまり食べず、もっぱらエンサイです。炒め物には使わず、ほとんどおひたしで食べています。

(2)湯通しすると、30分ほどの間に色が黒ずんでしまうのが惜しいです。

(3)梅雨入り〜10月いっぱいは、レタス、アブラナ科野菜、ホウレンソウの3種類はできないので、貴重な葉物です。

(4)水分を好む。病害虫が全くない。5ヶ月間も連続して収穫ができる。

(5)梅雨時分には、サツマイモのように、地際の節々から根が出てくるので、それを挿し木にすれば、いくらでも増やせる。種は一晩水にかして芽切りして5月上旬に蒔くと、6月中旬から収穫が始まる。

 

 自分が住んでいる田舎では水道に関しては山水(簡易水道)もあるが、それは風呂水や野菜の水(ジョロで打ち水)に使うくらいで、台所は上水道を使っている。

今はどんな過疎の山村に住んでも、自給できるものはほとんどない。

(1)ライフラインの支払い

(2)最低限の食費と日用品代

(3)車両関連費

の3つだけで、1人でも50万はかかるのではなかろうか。その50万という金額は、どこからか稼がなければならない。

 


 田んぼ(土地)は負債・・・と言えば、都市の人はちょっと驚くかも知れない。自分自身はすでに「土地は資産」だとは思ってはいない。

(1)田舎の土地は売れないし

(2)少しであるが、固定資産税がかかってくるし

(3)放っておくとすぐに草が生える。隣が稲を作付していたら、隣との境は定期的に草刈をしておく必要がある。

(4)田んぼの草は草刈機で刈るよりも、トラクタで耕運した方が楽である。それでも年に5〜6回も耕運する必要がある。

(5)仮に土地を購入してくれる人が見つかったとしても、田舎の土地は10アールあたり30〜50万程度だと思う。売るのもばかばかしくなる金額である。

(6)実際に売るには、集落の人の「同意の印鑑」が必要な場合が多い。売りたいからといって、無断では売れない。

 
 結局のところ、売れない土地をたくさんかかえて、草の管理だけはする必要があるので、資産でなく負債という考えになる。

 
 負債と考えている人の方が多いのではなかろうか。だから、都市生活者が田舎へ行って農業をしようとする場合、貸してもらえる田んぼはいくらでもある。田んぼの管理をしてあげると喜ばれると思う。だから土地も家屋も購入する必要は全くない。土地はもちろん無料で貸してもらえるし、家は一戸建てで家賃は3千円〜7千円、平均5千円くらいで貸してもらえるのではなかろうか。家も、誰かに住んでもらった方が古びない。
 ただし、信用のおける紹介者がいないと、とても貸してもらえない。

 


 旬に忠実な作り方をしていれば、種を蒔くには不適切な厳寒期は農閑期になる。農閑期くらいはゆっくりしたいものである。収入がないのはこたえるが、毎年、この農閑期を楽しみに、5月〜10月の農繁期を過ごしている。今は農繁期のちょうど中間点。

 

 
 ハウスがあったらいいなと思う作物はトマトくらいである。ハウスは台風の時に心配が多いし、2年に1度の張替えで、廃ビニールがたくさん出る。ハウスがなくても、旬の野菜だけで12種類くらいは十分にそろう。

 



 出荷を止めて家庭菜園だけになった場合に止めると思える野菜は以下のような野菜である。

(1)ソラマメ→今でもあまり出荷できていない。

(2)ハヤトウリ→収穫までの期間が長すぎて、草の管理が大変。

(3)ニガウリ→あまり食べない

(4)トウガン→ナンキンがあるからいい

(5)ヤーコン→あまり食べない

(6)春先のコマツナ→レタスとキャベツがあるからコマツナはいらない

(7)ツルムラサキ→エンサイがあればいい

 
その他の野菜は出荷を止めても自給用として作り続けるだろう。つまり

 
冬越し野菜である、エンドウ、スナップエンドウ、グリンピース、春レタス、春キャベツ、タマネギ、ニンニク

 
春夏作である、春ジャガイモ、キュウリ、ナスビ、ピーマン、オクラ、ナンキン、サツマイモ、サトイモ、エンサイ、青シソ、インゲン、春ニンジン、ミョウガ

 
秋冬作である、ハクサイ、キャベツ、ダイコン、カブ、秋ニンジン、ネギ、シュンギク、ホウレンソウ、秋ジャガイモ、レタス、ブロッコリー

 
現在すでに、出荷せずに自給用としてだけ作っている野菜は、トマト、スイカ、ワケギ、ラッキョの4種類。

 
ハーブは多年草であるハーブティ用ハーブのレモンバーム、レモンバーベナ、レモンタイム、アップルミント、セイジの5種類だけ作り、他のハーブは止めるだろう。

 

 
 夕方4時頃から乗用トラクタで耕運していたら、無数のトンボが乱舞していた。赤トンボでもない、シオカラトンボでもない、土色をしたトンボである。毎年7月末の今頃の時期には、この土色をしたトンボが無数に飛んでいる。午後5時を過ぎるころには、いつのまにかいなくなっている。今夜はいったいどこで寝るのだろう。

 
 小学校の頃には夏休みの宿題に「昆虫採集」というのがあった。今思えば残酷な宿題である。捕まえた昆虫に注射をして殺すのだが、多分、注射液の中には農薬と防腐剤のような物が入っていたのだろうと思う。45年前には文房具店で、昆虫採集の注射セットが売られていた。銀ヤンマとか赤とんぼとかシオカラトンボなどをよく採集していた。今はそのいずれの種も見かけない。見るのは土色をしたトンボがほとんどである。このトンボだけは、環境の悪化に強かったのかも知れない。

 


 農作業をしていたら、いろんな言葉が頭の中に浮かんできては消えていく。それはまるで田んぼを横切る風のごとく、瞬間的である。その瞬間的に浮かんだ言葉の一つ一つを、くだらない言葉と思わずに、自分の今までの人生経験の中で生まれた言葉だから残して生きたいと思う。ブログと出会えたから残せる。

 


 夕方5時〜6時半頃の1時間半が、最も農作業の能率が上がる時間帯である。日が落ちると涼しくなるし、早朝のように朝露も降りていない。

 


 日曜日には集落の墓掃除がある。当地では、個人墓は少なくて、大半が集落内の共同墓地に個人墓が集まっている。その共同墓地も、○○姓の墓地と○○姓の墓地というように、共同墓地が2箇所に分かれている。つまり自分の住む集落では○○姓と○○姓の二つの姓が8割ほどを占めるが、共同墓地もそれぞれ姓によって分かれている。多分、近世以前には身分の高い低いがあって、共同墓地もそれで分けたのだろうと思う。
 
自分の田んぼのすぐ上の山すそにあるのが、○○姓の墓である。墓の上からは、自分の田んぼの半分が一望できる。

 

 今日は不連続的に睡魔がおそってくる。横になったら寝てしまいそう。


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ワンパックの将来性

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  いじめられニワトリが3羽に増えた。巣箱に入っている3羽がそうである。この巣箱の中か、止まり木、もしくは巣箱の上で1日の大半を過ごしている。下(地面)に降りると、他のニワトリに頭の周辺を突付かれる。凶暴な同類を怖がって、エサやりに入っても、降りてこないことが多い。巣箱の上の端と端にコゴメを置いて、2羽はその上で食べさせ、一羽は止まり木の上で、手にエサ入れの容器を持って食べさせている。未熟ナンキンも1個、巣箱の上において、いつでも食べれるようにしている。水はいつ飲んでいるのだろうか。一羽は、他のニワトリがエサに夢中になっている時に、ドサクサにまぎれて下に降りて水を飲んでいるが、他の2羽はいつ飲んでいるのかわからない。もちろん3羽ともタマゴは産んでいない。いじめられだすと、エサを食べる量はかなり減るし、青菜も食べるチャンスがほとんどないし、水もいつ飲んでいるのかわからないくらいだから、タマゴなど産めない。

 
 何でニワトリは同類に対してこんなに凶暴なのだろう。オンドリ同士は必ず決闘をするし、メンドリは群から外れたニワトリを徹底して突付く。止まり木に飛び上がって逃げる体力を失なったら、地面で突付き殺される。


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 1日中巣箱に退避して、他のニワトリが産んだタマゴを腹の下に入れて温めている。今回は1羽がたまたま空いている部屋に入ったが、ニワトリはニワトリが入っている巣箱に入りたがるので、他のニワトリのじゃまにはならないし、巣箱の中では突付かれないようである。



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 青菜は毎日欠かさず、かなりの量を与えている。タマゴの栄養価は、青菜をたらふく食べているかどうかだと思う。

 99.9%はケージ飼いのニワトリであり、青菜を知らずに生涯を終える。もちろん太陽も知らない。だれもがそんなタマゴを食べている。
 
 トリ小屋の前に「オオタデ」という花を植えている。こぼれ種でいくらでも生えてくるので、それを定植している。1ヶ月以上にわたって花が楽しめる。

 トリ小屋の下の田んぼにはお盆にお墓に供える花と言われている「ミソハギ」を植えている。


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 ツルムラサキには害虫も病気もほとんどこない。他に

ピーマン

オクラ

ハヤトウリ

レタス

ニガウリ

サトイモ

ヤーコン

サツマイモ

エンサイ

青シソ

インゲン

ニンジン

ニンニク

ミョウガ

シュンギク

ホウレンソウ

も、害虫や病気で困ったことはない。

困るのは、

ジャガイモ

タマネギ

ナンキン

アブラナ科野菜

であり、

ナスビは害虫が大発生しても、秋ナスが成り始める頃には、害虫の影も形もなくなるので、別に困っていない。




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 ナンキンの田んぼの半分は遊ばせていたが、その部分にこんな雑草が生い茂った。ナンキンを定植した4月末頃にはまだ更地同然だったので、3ヶ月で麦ほどの背丈になった。雑草というより、よい「緑肥」である。
 
 しょっちゅう見かける雑草なのに、この雑草の名前を知らない。



ワンパックの将来性


 ワンパックをしている人は個人客への宅配が主体なので、個人客用のワンパックについて考えてみた。

 
 ワンパック送料込みで平均価格が3200円とすると、その内、送料と箱代で800円(お客様負担)ほどかかるので、自分の取り分は3200円−800円=2400円である。つまり、ワンパックに2400円分の野菜を入れるわけである。

タマネギ          250円

ジャガイモ         200円

キュウリ   2単位   400円

ピーマン   1単位半  300円

オクラ    2単位    300円

ニンジン   1単位   150円

ナンキン          250円

エンサイ          150円

ツルムラサキ       200円

ミョウガ           200円


 以上で2400円となるが、他にサービス品として、青シソ、ニンニク1個、虫食いナスビ、ハーブティ用ハーブ3種類を入れた(7月23日出荷分)。


 2400円分の野菜を入れようと思うと、かなり入れる必要がある。逆に、スーパーで2400円分の野菜を買おうと思えば、どれだけ買えるか考えてみるとよい。


 そして、これが7軒分なら、×7倍の野菜、8軒分なら、×8倍の野菜の量を収穫する必要がある。
 
 
 仮に7軒分としても、相当の量の野菜が必要である。金額的には、自分の取り分2400円
×7軒=16800円。月、水、金の出荷とすると16800円×3回=50400円。1ヶ月は4週だから、50400円×4週=201600円。
 
 
 3月、4月は野菜の端境期だから出荷できないとすると10ヶ月送付だから、201600円
×10ヶ月=2016000円。
 
 
 この金額から、経費の年間合計額(農具消耗品費、種苗費、ガソリン代、減価償却費等の合計金額が年間で60〜70万円かかる)を差し引くと、2016000円−700000=1316000円という金額になる。でもこれは単なる計算上の金額であり、


(1)災害や病虫害で野菜ができなかったり


(2)顧客がワンパックを止められたり


(3)農具の修繕費や害獣防御の電柵代等の特別の支出があったり

 等が発生するので、計算上の金額の7掛けほどの収入と見ておいた方がよい。つまり1316000円×7割=921200円。

 ワンパック宅配では、手取り100万にするのは難しい。


 
 
1回の出荷で7パックを送ると言うことは、月、水、金の週3回出荷で1週間に21パック。1ヶ月は4週だから21パック×4週=84パックということになる。月に2回送付(隔週)とすると、顧客が42軒ないと、1回につき7パックは送れない。

 
 一口に42軒といっても、これはかなり重い数字である。常時42軒ほどをキープしておくことは、実際問題として大変なことである。

  
 現在の自分はすでに個人客は10軒ほどである。最盛期には40軒を超えていた時期もあるが、たいていは35軒ほどで推移していた。30軒を下回るようになると、営業のことばかりを考えるようになる。「個人客は安定して買い続けてはくれない」という思いが、野菜以外のハーブ等の試作につながった。早晩、
野菜のワンパックだけでは顧客が減ってしまうと言うことを痛感したからである。
 個人の家庭の場合、5年、10年という単位で、子供の大学進学、もしくは家から出て独立、配偶者の単身赴任等もあって、ワンパックの継続が危機的になる状況に遭遇する。



 野菜のワンパック宅配型の農業形態を考えているなら、この厳然たる「経済の現実」と「顧客の現実」をよく踏まえておいてください。顧客が減れば、営業をして、また顧客を増やす努力をする必要がある。会員獲得の営業は難しい。自分の場合もほとんど口コミの紹介だった。しかし、もっと激しい現実は、継続して買い続けてもらうことは、会員獲得以上に至難だという現実である。


(1)大半は無農薬なので、作る上でも難易度があり、


(2)顧客は全く安定せず、


(3)新たに顧客を獲得するのも難しいので、


 ワンパック宅配型農業形態に未来は見えてこない。


 同じ直販でも、


(1)ルートで軽四引き売り


(2)朝市や道の駅での販売

(3)イチゴやトマトやブドウでは、自宅前、もしくはスーパーの前の広場を借りての直接販売

 
 に活路を見出している人もいる。同じ直販でもワンパック宅配の場合は「安全性」を要求されるが、このような直販では、「安全性」の有無は関係なく、「おいしさ」、「見た目」の比重が高いと思う。

 


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今日の夕食

今日の野菜の収穫

(1)キュウリ     2単位   3分

(2)ピーマン     6単位   7分

(3)オクラ      11単位  15分

(4)ツルムラサキ  4単位半  7分

(5)エンサイ     3単位半  5分

(6)ミョウガ      3単位半  5分

(7)青シソ       9単位   3分

(8)ナンキン     4単位   在庫


 野菜の収穫時間は合計で45分。いつもこれくらいの時間がかかる。今日は個人客の出荷はなく、業務用のみ6軒の出荷だった。

 オクラは100株×平均3本立ち=300本あるので、収穫にどうしても15〜20分はかかる。

 他は野菜の収穫で手間がかかるものはない。

 3種類の葉野菜(エンサイ、ツルムラサキ、青シソ)は収穫適期幅が比較的長いので、当日の必要量だけ収穫する。

 サービス品として青シソを活用するので多く収穫。青シソは収穫が簡単で、いくらでもわき芽が伸びる。

 

今日のハーブの収穫 

(1)スイートバジル  37単位   1時間5分

(2)ローズマリー    8単位半  5分

(3)セイジ        8単位    5分

(4)コモンタイム    5単位    3分

(5)イタリアンパセリ  4単位半  5分

(6)スペアミント     6単位半  5分

(7)ブラックミント    6単位半  5分

(8)アップルミント    3単位   3分

(9)レモンバーム    2単位   2分

(10)レモンバーベナ  3単位   2分

(11)レモングラス    1単位   1分

(12)月桂樹       7単位   5分


 ハーブの収穫時間は合計で1時間45分。スイートバジルの注文が多いか少ないかで、ハーブの収穫時間は大分違ってくる。野菜とハーブを合わせて、合計の収穫時間は2時間半。6時から収穫をスタートすると終わるのは8時半である。その後すぐに軽四の上で仕分け(分量ごとに分ける)をするが、仕分けに要する時間は1時間半。だから、収穫と仕分けの合計所要時間は4時間である。

 
 朝昼兼用の食事をして、2時間昼寝して、その後、納品書の記入、送り状の記入、振込用紙の記入(末締め)、箱詰め、宅急便の営業所へ往復。午後からのトータル時間は2時間10分ほど。今日、出荷が終わったのは5時を少しまわっていた。

 
 出荷の日は出荷以外の農作業ができないと何度も書いているが、こういう時間配分になるからです。

 
 5時だとまだ明るいし、7時頃までもう一仕事しようと思えばできるが、出荷の日は朝からばたばたしているので、ちょっとしんどい。一服してから夕食の用意をした。


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ゆで卵を5個して、


キュウリの塩もみをして、


トマトを切り、


ミョウガをみじん切りにして、半分に切ったトーフの上にのせ、


エンサイの太い茎以外の茎葉を湯通しして、


お中元でもらったハムを焼き、


これで夕食の用意は完了。


マルミさんが串のフライを買ってきたが、これは明日にまわす。


 自分が作る夕食のパターンはこんな感じである。所要時間は30分ほど。原材料を切って並べただけで、ほとんど手は入っていない。

 2人の娘は野菜だけだと嫌がるので、肉を使った料理を一品マルミさんが作るか、あるいは一品購入してくる。

 この時期、煮物はあまり欲しくないが、ナンキンを煮ておくと翌日の昼にも食べれて便利。その他、オクラの湯通しとか、ピーマンを蒸し器で蒸したりなどの一品をエンサイと交互にまわす。



 
 
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帰属意識

 田舎ではすでに方言など使わないし、自給自足できるものがほとんどない。都会に住んでいる場合との違いを探そうにも、あまり思い浮かばない。それくらい、現在の社会システムは全国一律になっている。


(都会)

(1)物価が安い

(2)田舎より働く場所が多い

(3)田舎より給料がよい

(4)交通機関が多いので、車がなくても暮らしていける

(5)人間関係がさほど濃密でない


(田舎)

(1)田舎へいけばいくほど物価が高い

(2)働く場所が少ない

(3)交通機関がないので車は必需品

(4)地域の冠婚葬祭費が欠かせない

(5)人間関係が濃密で、こじれると次の世代に続く

 

 食べ量だけの野菜を作るのなら、買った方がはるかに安くつく。


 イノシシやシカなどの害獣が夜な夜な出没するので、防御する必要があり、野菜作りがとても手間のかかるものになった。

 

 田舎で自給自足が考えられるものと言えば、水代である。田舎では山からの湧き水(清水)を引いている可能性もあるので、田舎移住を考えられている場合は要チェック項目である。水代がいらなければ、年間で5〜6万は節約できる。

 

 田舎暮らしがいいと思えるのは、自然が間近にあることと、土が身近にあることの二つくらいである。でも現役世代のサラリーマンは日々の生活に追われていて、家庭菜園どころではないと思う。都会暮らしよりも田舎暮らしの方が余計にカネがかかるのだから、都会の人よりもっと稼がないと生活は苦しい。


 自分は田舎でしか住めない。田舎では「帰属意識」が持てる。故郷が好きとか嫌いにかかわらず、絶対の帰属意識がある。都会ではそれが持てなかった。都会では、住んでいた場所でも、働いていた企業(組織)でも、どうしても「帰属意識」を持つことができなかった。


 次男とか三男だったら、いずれは故郷を出て行く境遇にあるわけだから、自分のように、そんなに故郷に執着など持たないのかも知れない。


 自分の場合は「どこにも属していない」という感覚が強かったから、どこか一つくらいは絶対の「基地」が必要だった。それは「生まれ故郷」しか考えられなかった。やはり故郷は自分の精神の「基地」だと思う。ここから発信して、ここを背にして戦って、夢破れても、自分の拠り所となる故郷があることに救われている。肉体と精神はいつもこの故郷に帰属しているのだと思う。



 属している会社(組織)はないし、信仰することには否定的である(親が極端に信仰していたので、その反動だと思う)し、家族とはくっついたり離れたりするものである。考えてみたら、動かない根っこのようなものは「故郷」しかなかった。



 でもまさか、故郷で百姓を始めるとは思っても見なかった。自分も青雲の志を持って努力した時代もあったが、ことごとく敗れ去った。敗れ去ってなかったら、農業は決してしていない。するとしても定年後だろう。よかったのやら、悪かったのやら。でも現在の日々の充実感から顧みれば、やっぱりよかったのだろう。



 農業は人間の根幹となる職業だと思う。しかし現在では、農業をしたくても、現役世代はできない職業である。農業では生活ができないからである。農業で生活ができている人もいるが、そういう人は「ずば抜けた人」である。我こそは・・・と思って、農業に新規参入しても、農業で生活がまわっていく人は少ない。たいていの人は、3〜5年の内に農業界から淘汰されるか、農業に投資した借金だけが残るだろう。



 自分の場合は、農業収入は少なくても、配偶者に定期収入があり、農業を継続できる環境にあった。それがなかったらとっくに、農業界から淘汰されていたはずである。

 
 がむしゃらに農業を続けてきたが、農業の世界でも余り稼ぐことはできなかった。今後も、今までのような農業が続いていくだろう。終止符を打ってもよいと考えることもあるが、その場合には、必要最低限の自分の小遣い(散髪代と田んぼ見学の時の手土産)とライフラインの支払い金額だけは稼ぐ必要がある。

 

 大地(農業)から学んだものと言えば「この世の不条理」くらいである。


教育は企業のための教育である。


教育は農業から離すためのものである。


教育は貧富の差を見せつけるものである。


教育は序列を作るためのシステムである。


教育は軍隊みたいな組織である。


教育は全く面白くない授業でも机についていなければならない。


教育は自分から学びたいと言う意識ではなく、他から命令されて学ぶものである。


教育はサラリーマンという兵隊を作るには特に有効に機能する。


教育は受けれなかった人を差別するものである。


教育は高い学歴の人が賢くて知恵者であると、人に思い込ませるものである。


教育は管理、管理、管理・・・。


教育はスピードと暗記を競うものであり、人間性を無視したものである。


教育を受けてなかったら、いわゆる「いい会社」は受験資格もなく門前払いである。


教育は全く面白くもない授業を12年間、もしくは16年間も受け続けなければならない。


教育は少数のエリートを作るためのものである。


教育で作られたエリートは自分をエリートにしたシステムを防御する。


教育のシステムは、あまりにも強固である。教育のシステム外の世界で生きることは、サラリーマンを止めて農業を始めるようなもの・・・。悲劇かそれとも楽園か。


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ナスビの剪定

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 当地もやっと梅雨明けしたようだ。
出荷の日に宅急便の営業所へ行く時に通る道。その道路から見た当地。山すその田んぼは減反が多いが、このあたりは圃場整備されて1区画が大きく、正方形や長方形で機械を扱う場合に便利なので、ほとんどの田が作付されている。



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 長雨の過湿により、ナンキンが弱ったので、今日の出荷が終わった後に大半を収穫した。収穫期の条件が悪かったので、今年のナンキンは9月上旬頃までしか保存できないだろう。それまでに出荷してしまわないと、ニワトリ行きが多くなる。8月中旬にはトウガンが出荷できるし、9月10日頃からサツマイモが出荷できるので、その頃まで保存できたらよい。



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 うっそうと茂ったミョウガの茎葉の足元に、ミョウガの子が顔を出している。小面積でもかなりたくさん収穫できる。




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 梅雨明けしたらオクラの季節。これから8月のお盆くらいまでが最盛期である。1日おきに収穫するならいいが、土曜、日曜と2日あくと、大きくなりすぎることもある。8月上旬には、別途、日曜日の朝にオクラだけ収穫することもある。月曜日発送の火曜日着だから、収穫後2日間経過することになるが、オクラは、比較的日持ちがよい。



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 エンサイ。この後すぐにジョロで打ち水をして仕分けし、新聞紙で包んだ。


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 ツルムラサキ。エンサイと同様の処置をした。



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 月桂樹。イタリア料理店から時々注文が入る。1本植えておくと便利である。家庭でも結構使われるらしいが、我が家では月桂樹を使うような料理をしたことがない。
 
 葉を鼻に近づけると、甘い
いい香りがする。月桂樹のそばを通ったくらいでは、甘い香りはしない。



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 スイートバジルは画像のような収穫である。茎から収穫をするのではなく、葉先を収穫する。とても面倒に見えるが、1株からかなり収穫できるし、慣れると、以外に早く収穫できる。黄色のケース8分目くらいまでの収穫に15分もかからない。



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(1)今日の出荷の収穫と仕分けが終わった後、ナスビの枝の更新をした。

(2)枝は半分ほどに切り戻し、葉は全部落として丸坊主にする。


(3)葉を全部落とすことがポイント。全部落とさないと、害虫のニジュウヤホシテントウ(テントウムシダマシ)が居座ってしまう。食べ量に3本ほど更新しないで残すのも同じ理由でだめ。


(4)44本で、11時から12時までちょうど1時間かかった。枝の切り戻しの時間はかからないが、葉を落とすことに時間がかかる。


(5)枝の切り戻しは7月22日〜26日の間にしている。適期幅は短い。22日より早く更新すると、新しい新芽がやられることがあるし、26日より遅くなると、次に成り始める(これを秋ナスという)のが遅れてしまう。


(6)35日〜40日経過すると成り始めるので、早ければ8月28日頃、遅くても9月3日には秋ナスが収穫できる。


(7)夏ナスビの期間は1ヵ月半ほどであり、秋ナスビの期間は2ヶ月ちょっと(11月9日にナスビの足元にエンドウ類の種を落とすので、ナスビの木の根元をノコで切る)で、合計3ヵ月半ほどである。ピーマンは連続して5ヶ月収穫が続く。



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 この場所はニガウリを植えていた場所であるが、どういうわけかニガウリが大きくならず、草におおわれてしまった。代わって大きくなったのが、雑草化しているアピオス。この芋はおいしいが、大きい芋が入らない。アピオスのそばを通るだけで、いい香りがする。


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 これも雑草化しているコンニャク芋。この畦岸で毎年大きくなる。そんなにこの場所が好きなら、ずっとここにいたらよい。きちんとした場所に植えなおすと、どこに植えなおしても、なぜか、コンニャク芋はうまく育ってくれない。



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 今日のニワトリ



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 11月中旬収穫のキーウイがすでにこの大きさ。棚がいるのが欠点だが、カラスが狙わないのが長所。11月中旬〜2月末頃まで3ヵ月半ほど保存できるのも長所。1〜2月頃に枝の剪定をするが、雄木は短く切り戻し、雌木は、先が他の枝にまきついたものだけを切る程度で、毎年きちんと成ってくれる。




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 盛夏をいろどるノウゼンカズラの花。



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3つの経済性

 最近、スズメをよく目にする。あまり気に留めていなかっただけかも知れないが、気にしてスズメを見出すと、やはり多い。


 自分が子供の頃は、スズメは稲穂やムシロで天日乾燥をしているモミを食べる害鳥だった。でも今の自分にはスズメは害鳥ではない。カラスと違って野菜を狙うことは全くないから。青菜も食べているだろうが、野菜の青菜は食べない。


 害鳥ではないが、一概に益鳥とも言えない。益鳥に近い普通の鳥といえる。野菜につく多くの害虫を食べてくれていると思うが、カマキリやクモのような益虫も食べているだろう。
 
 このように自分の置かれている状況によって、鳥類に対する評価が変わってくる。


 動物愛護の活動をされている方も、もし農業を始めると、動物に対する考え方が変わってくると思う。


 ニワトリを絞めて肉にすることは、45年前までは日常茶飯のことであった。今は、生きているニワトリを見る機会は全くなく、肉としてスーパーに並んでいるのを見るだけである。起承転結の結の部分だけしか見る機会がないから、相手の立場と同じ土俵に立って考えることができなくなっている。消費者や料理人も同じである。野菜の起承転結の結の部分しか見る機会がない。


 たくさんの農作業の中では、気の進まない農作業というのが出てくる。そういう農作業はきまって、追い込まれないとできない。田んぼの傍らの水路の泥上げもその一つであり、害獣の防御ネットを張る作業もその一つであり、春先のエンドウ類の支柱を立てるのもその一つであり、潅水(日照りが続いた時の水遣り)もその一つである。これらの農作業はかなり追い込まれないと、一歩前に進んでくれない。農作業とは違うが、家の門(かど)の草取りもそうである。気が進まなくても、放っておくわけにいかない農作業であるから、さっさと済ませればいいのに、身体が動いてくれない。


 
 パソコン環境をがらっと変えてから、パソコンがぐんと身近な存在になった。

(1)ウインドウズMEがウインドウズXPになった。

(2)デスクトップがノートパソコンになった。この変化だけで、自分でもびっくりするくらいパソコンが身近になった。やはりデスクトップは自分には重々しい。

(3)ISDNがADSLの電話回線になり、画像の表示が格段に速くなった。

(4)ウイルスソフトをソースネックストに変えてから、立ち上がりに時間がかからず、随分と軽くなった。

(5)入力のキーボードが、以前はおもちゃみたいで、入力の都度かちゃかちゃ音がしていたが、今のは、キーボードの背が低く(キーボードの背が低いと、入力する時に、ものすごく楽だということが身にしみてわかった)とても打ちやすい。

(6)今まではボールペンで書いて、清書にパソコンを使っていたが、毎日、ブログの更新をするためには、そんな悠長なことをやっていたら間に合わず、それが、いきなりパソコン入力の引き金になった。食わず嫌いと思い込みがひどかっただけで、いきなりパソコン入力を始めて1週間も過ぎると、何でボールペンで下書きのような手間なことをやっていたのだろうと、愕然とした。しかし、いきなりパソコン入力ができるようになったのは、キーボードが打ちやすくなったことが、大きな一因だろう。

 
 ブログを始めてからは、ブログに必要なパソコン機能だけを覚えればよいと思うようになった。他のパソコン機能はほとんど使えない。


 水飲み百姓、田吾作、ドン百姓、昔から蔑視的な言葉が随分使われてきたが、今農業をしている人たちは、誇り高き農業者たちである。「経済力」と関係なくプライドが高い。高慢と独善であるが、それぞれが「哲学する農夫」なんだと思う。組織で生きていたら、こういう意識はちょっと持てない。


 今日は、早朝6時50分から、集落の土手の草刈があったので、その後は田んぼに出ずに、パソコンの前に座った。夜4時間するより、昼間に2時間座り、夜2時間と半分に分けて4時間にした方がキーボードの手がよく動いてくれる。でもそうすると、昼寝時間がなくなる。


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 青シソには、ほとんど害虫が来ないし病気もない。しかし、2人の方から、青シソは野菜の中では害虫が多い野菜ではないですかと聞かれたことがある。テレビででも放映されたのだろうか。なぜそんな、全く誤った情報が流れるのか不思議である。

 ハーブの多くも「シソ科」であり、害虫はほとんど来ない。




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 巣箱の中の2羽が、なかなか元の仲間の中に復帰してくれない。すでに1ヶ月が過ぎる。そしてまた新たな一羽がいじめの対象になりつつある。
 
 結局、同じトリ小屋の中で、他のニワトリからガードしながら、別途に2羽だけ、手に持った容器でエサをやっているが、この5〜10分間が無駄である。のんびりした農業などやっていないし、この5〜10分があれば、デジカメで20〜30枚くらいは簡単に写せるのに・・・。


 ニワトリは本当に残酷で、学習能力も全くないバカ鳥で、まるで人間社会のように、特定のニワトリに激しい「突付き」を加える。牛や豚、猫や犬のような利口さはゼロである。「癒し」にはならない。

 
 表口から出るタマゴ、裏口から出る糞(肥料)、田んぼのくず野菜と家から出る多少の食べ残りのリサイクルという「3つの経済性」がなかったら、ニワトリは飼えない。




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 ピーマンはナスビのように休ませる必要もなく、11月上旬頃まで、5ヶ月間もコンスタントに、休みなく成り続ける。元肥だけで追肥をしなくても成り続けるが、これでお盆前後に追肥でもすれば、もっと成るだろう。



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 ナスビは無残な状態。虫食いがひどくても、ないよりましと思い、単価をつけずに入れる。


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平面的農業、立体的農業

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 友人のオクラの倒伏防止措置を見て、これは簡単なやり方だなあ・・・これなら自分もできると思い、数日後、自分の田んぼで同じ方法でやってみようと思っても、身体が動いてくれない。簡単そうなやり方だからと、その時にじっくり見て方法を覚えてきたはずなのに、いざしようとすると自分には簡単ではなかった。こういう経験が自分には多い。


 オクラは15メートルの長さ(株間30センチ、2〜4本立ち、50株)を2列しか作っていないから、「まあいいか」と、毎年放置していたが、Iさんはこういう作業は得意でアイデアを幾つも出してくれることがわかっていたので手伝ってもらおうと思った。自分の場合、ちょっとした創意工夫のような知恵が全く機能してくれない。


 他の圃場で見たオクラの倒伏防止措置の概観と、自分はこのようにしたいというイメージをIさんに説明すると、Iさんが考えていたのとはちょっと違ったやり方のようだったが、作業を進めているうちに、自分ではちょっと思い浮かばないような知恵(3メートルおきに八の字に結んだ方がよいとか、クイは上部を半分に少し割っているので、ヒモ(マイカ線)とクイは結ぶ必要がなく、それにはさげるだけでよいとか、クイのところでヒモを一回りさせれば、ヒモがピンと張れる等)を出してくれた。Iさんのおかげで、毎年この時期になるとしようと思いながらできなかったオクラの倒伏防止措置を初めて完成させることができた。しかし、Iさんが来られなくなるともう、オクラの倒伏防止措置はしなくなり、元通りの放任栽培に戻った。


 不得意な農作業を度々意識していては身が持たないので、得意でない作業が出てくる作物は作付けを最小限に押さえるか、他の方法(例えばキュウリは地這いにしたり、インゲンはツルナシ品種にする)が可能なら、その方法を選択する。


 ホウレンソウはたいていの農業者は「じかまき」だが、自分の場合、ハクサイやキャベツと同じ連結ポットで育苗して定植するという方法をとる。種代は3分の1ですむし、間引き作業はないし、定植で多少手間取っても、収穫、仕分けの段階がスピーディにできるので総作業時間はあまり変わらないと思う。自分は1500本ほどしか定植しないのでこの方法がよいと思うが、1500本を超える定植となると、この方法は良いと言えない。
 霜にあたればあたるほど甘くなる「巨大ホウレンソウ」を理想にしている。



 たいていの農業者はハウスが建ててあり、簡易な雨よけの資材置き場があったりする。そして、キュウリは支柱作りだし、キュウリの後作に秋作のインゲンを作るというふうに、見た目にも頑丈そうな支柱を立てている。とても立体的な農業を展開しているが、自分の場合は平面的である。


 百姓は百種類の農作業をしていくわけだから、10や20の苦手作業は誰にも当然出てくる。でも農業は包容力の大きな職業だから、どんな人でも、ちょっとした何らかの得意を生かせることができる。たとえば「手早である」というのは、農業においては大切な特性であるし、ワンパック宅配では、送り状、納品書等の事務処理スピードも要求される。


 自分は農作物を作る工程にあまり得意がないので、収穫後、顧客の手元に届くまでの鮮度を大切にしている。その工夫とは、

(1)夏は早朝5時50分頃から収穫を開始して、遅くても8時30分頃までには終わらせる。つまり、まだ朝露の降りている間に終わらせる。収穫後、葉物類は真夏でも真冬でもジョロで打ち水をする。

(2)収穫物は、風にあたったり、長く外気(空気)にふれたり、収穫容器の中でひしめきあって蒸れたりしないように、全ての収穫が終わったら、すばやく仕分け(野菜は量るがハーブは軽くて量りづらいのでスイートバジルとロケット以外は目分量)して、新品の新聞紙(販売店で定期的にもらっている)で包む。とにかく、収穫物が手に触れる回数を少なくする。もちろん、害虫とか、外観の最終チェックがこの仕分けだから、注意深くする必要があるが、手数をかけると傷む。

 他に

(1)苦手な農作業に立ち止まらない。百種類もの農作業があるのだから、得意な農作業で固めてしまう。早く、得意な農作業だけで手一杯になるように持っていく。

(2)農法にこだわらない。百人百様のやり方があるはずである。田んぼの条件も違うし、地域が異なると農法はまるで異なる。「肥料」についても、他人の最もよいやり方が、自分にとっても最もよいやり方であることは少ない。

(3)他人の田んぼ見学をさせてもらうことは大いに参考になるが、真似をすることは大変むずかしい。



 
 得意、不得意は個人の特性であるに過ぎない。自分は17年以上農業をしているのに、草刈機の刃は人に砥いでもらっているし、乗用トラクタのオイル交換も人にしてもらっているし、エンジンポンプの水漏れを止めることができなくて2年以上も放置していた。苦手なことは教えてもらってもすぐに忘れる。それでも農業は続けられる。

 
 人には簡単にできても自分には難しかったり、その逆の場合もありえる。イタリア料理店の注文は店によって違うし、ワンパックに10種類以上入れて送るが、現物と納品書の不一致というクレームは一度もないし、納品書の計算間違いとか、送り状(送付先)の誤りもしたことはない。事務は農作業とまた違った作業であるし、顧客を獲得するのもまた違った能力を求められる。顧客をすぐに獲得できる能力と、顧客に続けてもらう能力もまた異なる。

 
 不得意なことは可能ならパスして、できると思えるものに集中している。


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 トリ小屋が自分で建てれなかったらニワトリは増やせないし、ハウスが自分で建てれなかったらハウスは持たない方がよい。機械が苦手だったら機械は購入しない方がよい。トマトが苦手ならトマトは送れない。トマトの代りと言うわけでもないが、ニンニクとか青シソ、ミョウガのような小物を大切にし、ハーブティ用ハーブはサービス品として常に入れている。

 
 個人客が続いてくれないなら、業務用の営業をするしかない。職業別電話帳を見て電話営業1本で攻めた。電話営業は「慣れ」である。とにかく1本の電話を入れないことには何も始まらない。
 
 
 業務用も口コミで結構紹介してもらえるし、従業員が独立したり、他店に移った時にまた購入してもらえることもあるので、ここ5年ほどは営業をしなくても減った軒数の補充ができて現状キープができている。

 
 一つの作物を大量に作ることが苦手なら少量多品目生産をするしかない。


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 自分の場合は個人客が続けてくれないという危機意識や作物を絞る(深める)ことの苦手意識から、8年目に入った時、ハーブや花(ドライフラワー)や食用花(エディブルフラワー)というように、「より広げて」いった。ハーブだけカネにつながった。ハーブの知識はゼロだったので、会う人ごとに、誰かハーブを作っている人はいないか紹介してくださいと頼んだ。3年間ほどで100種類ほどのハーブの概要がわかった。でも必用なハーブは12種類だった。


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治部邸

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  昨日、Hさんからの帰りに治部邸に行った。同じ久米南町にあり、Hさん方から4キロほどの距離である。
 治部邸は江戸時代の豪農の屋敷である。現在は、農村型リゾート施設として整備されている。



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 ここの広場が駐車場になっていた。




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 駐車場に大きな標識があり、この屋敷の由来が書いてあった。



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 その標識の上に、見上げるような大木があった。何の木かわからない。




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 立派な土塀である。多分、江戸時代頃に作られた土塀なのだろう。



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 井戸。「滑車」と「つるべ(水を汲み上げるバケツ)」があった。30年ほど前まで、何百年もの期間にわたって、使い続けてこられた井戸なのだろう。川は近くには見当たらなかったので、生活用水の全ては、この井戸水だったのだと思う。風呂、炊事場、厠。
 昔の人はどうやって、水の出る場所(井戸)を見つけたのだろう。井戸を見つけてから家を建てたのだと思う。


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 池の中に河童さんがいた。この池は、庭園の造作の一つとして作られた池なのか、それとも防火用水だったのか・・・多分両方の用途なのだろう。



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 庭の一角にこんな物が置いてあった。一帯のエネルギーを集めるような置物だった。酒樽か醤油樽をひっくり返して、その上に傘のようなものが置いてあった。中は座禅でもするような部屋になっていた。



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 治部邸から見た風景。



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 治部低に到着する前に下から見た治部邸の全貌。



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 治部邸のある集落は、ブドウの産地だった。ブドウは画像のような「雨避けのポリ」と「棚」が必要である。そして、ほとんどがこのような「山の斜面」に作られている。
 ブドウは重労働だろうなあと、見て感じる。
(1)雨避けのポリ
(2)棚
(3)山の斜面(傾斜地)
(4)除草剤と農薬散布

 雨避けのポリは毎年、もしくは2年に1度は張替えをするようである。台風等による棚の修復も必要である。傾斜地なので、収穫作業や草刈作業も大変である。市場出荷なら、かなり頻繁な農薬散布が必要ではなかろうか。

 
 4項目のどれ一つとっても楽ではない。多分、この集落のブドウ農家の平均年齢は70才ほどになっているのではなかろうか。若い後継者がいるのだろうか。このあたりのブドウ棚はかなり昔に立てられているように見えたから、すでにブドウ棚への投資は終わっているだろうが、現在では、10アール(1反)の棚の設置は、業者に依頼すると100万ほどかかるらしい。ブドウも「新規参入」には大きな投資が必要である。
 
 ブドウ農家も、ほとんど後継者はいないようで、今は家族の後継者ではなく、都会からの新規就農希望者が、このようなブドウ畑をそのまま引き継いで、賃借料を支払ってするケースが段々増えているようである。こういう形で就農するなら、ブドウ棚を作る能力に全く欠けていても、ブドウの剪定作業や手早に収穫したりする能力にたけていれば、ブドウ農家になれると思う。

(1)ブドウ棚への投資
(2)稲作の機械への投資
(3)ハウス設備への投資

古くは
(1)葉タバコの乾燥場という建物への投資
(2)豚を飼うための豚小屋への投資

 農家は決して投資をすべきではないと思う。一代限りの農業なら、投資すると元は取れない。借金だけが残る。農業収入で支払えるなどとゆめゆめ思わないで下さい。
 
 葉タバコのよかった時代は20年、豚のよかった時代はたった5年。農政に振り回されて、葉タバコも豚もあっという間に見捨てられていった。後には、乾燥場と豚小屋という建物だけが残った。


 
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 ここの地域は赤土だった。土質が自分の所とは全く違う。赤土の田畑でできる野菜やブドウや米は、また違った味がするのかもしれない。


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 ブドウ畑が続いていた。



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 山深い集落である。今年の夏はこんな山村や棚田を訪ねてみようと思う。



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葉タバコの村

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  久米南町のとある集落。ここが葉タバコの産地であるということは、ここに入植している友人から聞いて知っていた。
 
 車で走っていても、葉タバコを目にする機会はほとんどない。だから、葉タバコの生育のピークである今頃の時期に、葉タバコを見に行きたいと思っていた。
 
 ああ、これが葉たばこ。思いで深い作物である。見渡す限りの葉タバコ。


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 タバコを吸う人でも、そのタバコがどんな物からできているか、あまり知らないと思います。これがタバコになる葉、つまり「葉たばこ」です。かなり大きい葉っぱです。



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 葉タバコの花。ごつい葉に似合わない可憐な花が咲く。



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 葉タバコのわき芽。真ん中の太い幹の葉の付け根から、画像のような強いわき芽が出てくる。これを「かぐ(取り除く)」のも大事な仕事である。葉タバコは「ナス科」である。ナス科には、
(1)ナスビ
(2)ピーマン
(3)トマト
(4)ジャガイモ
 があるが、ナス科はジャガイモ以外は、わき芽をかぐ作業がある。



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 先端を止めると、葉に栄養がまわり、葉が大きくなる。




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 もう一つ、今回の訪問の目的の一つが、「住宅用太陽光発電システム」の撮影である。これを取り付けたと聞いていたので、購入した理由を聞かせてもらった。
 
 このシステムは、太陽光で発電して、家で使わなかった発電は電力会社に買い取ってもらうというシステムである。
 
 アメリカのゴア前副大統領の「不都合な真実」という本を読んで、自分にできるエネルギーの自給はないかと考えて、このシステムの購入に至ったらしい。



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 Hさんは環境問題に関心を持っておられる。これもトイレの排泄物を堆肥化するシステム。おがくずを利用されるらしいが、具体的な説明をうっかり聞き忘れた。次回にご紹介させて頂きます。




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 趣味で弾くピアノとギター。最近のピアノの練習曲は、ショパンの「英雄ポロネイズ」と言われる。今日は、ビートルズの「レットイットビー」、「イエスタディー」「インマイライフ」の3曲を、ピアノと歌声で聞かせてもらった。もちろん英語の歌詞。年齢は2歳違うだけで、ビートルズ世代であるが、自分は音楽はさっぱり。ビートルズの名前と、有名な「レットイットビー」と「イエスタディー」の歌の題名と出足を知っているくらいである。
 ギターは学生時代から弾いていたが、ピアノはこの地に入植してから始められたらしい。


 農業をするために30代前半に、この久米南町に入植されてすでに20年余りになる。しかし数年で農業には見切りを付け、学習塾の先生を始めた。学生時代にすでに学習塾を開いていたので、昔取った杵柄である。この時点で、「農業に依存しない田舎暮らし」への転身を計ったわけであるが、この決断が早かったので、今の暮らしがあるのだと思う。2年ほどで、生活ができるだけの収入を農業で稼ぐのは無理と判断された。
 
 現在は、週に5日間、午後5時〜9時頃の4時間、数人の仲間と学習塾をされている。こういう生活スタイルをすでに20年間ほど続けられている。こういった特技のある人は強いなあと思う。これだけの労働時間でも、農業者の2倍ほどの年収になるんだろうと思う。
 
 奥さんは早くに病気で亡くなられ、娘さんはすでに結婚され、今は長男さんと二人暮しであるが、昼間は森林浴をしたりピアノを弾いたりされているらしい。森林浴といっても、出かける必要がなく、家の周りは雑木林なので、家の軒先で木漏れ日の森林浴ができるのである。ここで椅子に座って、瞑想などされるらしい。瞑想によって霊性を高めたいと言われる。今日は2匹の「銀ちゃんラムちゃん?」が森林浴をしていた。右の画像は音楽ルームの前の庭である。

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 深い山あいの1軒家であり、真夜中でも遠慮なくピアノが弾けるという環境である。理想的と思える「農業に依存しない田舎暮らし」であるが、農業との決別、奥さんが早くに亡くなられてからは子供さんの世話、かなり不便な過疎の山村暮らしという、幾多の坂を越えられての現在である。


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 夕方、学習塾に行かれる前に、家の近くの散歩道を一緒に歩いた。葉タバコのそばの道を歩きながら、Hさんが理想とされていた田舎暮らしが今、実現しているのだと思った。


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思考の断片

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 今日、4回目のキュウリの種を蒔いた。春の種蒔きは、成り始めるまでに65日ほどかかるが、今の時期の種蒔きは、成り始めるまでに45日しかかからない。春夏作のずらし蒔きはキュウリだけ。




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 ノウゼンカズラの花が輝きを増してきた。




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 3日前にサツマイモの畝間の草取りをしておいてよかった。画像のような状態になったので、もう畝間に入れない。タッチの差で草取りを終わらすことができた。




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 ナンキンは長雨による過湿でやられてしまったが、ナンキンの40日後に蒔いたトウガンは、過湿の害を免れた。生育ステージが異なると、一方がだめになっても一方は生き残ることがある。だからこういう蒔き方をしている。



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 「水肥え」と言われるほど水を好むサトイモは、梅雨の期間に急激に大きくなった。




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 台風の難を免れて大助かり。2番蒔きのキュウリ。




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 ナスビは実も葉もボロボロになっている。今日のナスビは単価を付けずに入れた。




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 ピーマンも同じナス科であるが、害虫はごく少ない。



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 今年の梅雨は長雨が続いたので、スイートバジルがほとんど出荷できなかった。新しい葉を出させるために、傷んだスイートバジルの葉を散髪(剪定)した。




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 梅雨と共に去りぬ。アジサイの花。



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 今日のニワトリ


 
 画像を入れると、言葉よりも、画像に依存してしまう。画像の説明のための数行を入れるだけで完成する。
 
 ブログの更新パターンは色々持っていた方が楽である。その日の体調や気分によって、パターンが選択できる。自分の場合、
(1)言葉だけにする。
(2)画像のアップとその説明を主体にする。
(3)田んぼ訪問記事
(4)ブログを始める前に書いていたあめんぼ通信から、コピーアンドペーストでブログに移動させる。
 等の更新パターンがある。


 3度の食事をするようにブログを書きたいと思う。遅くとも午後8時までには、ホームコタツのノートパソコンの前に座るようにしている。いつのまにか、午前0時の更新というリズムができていた。


 思考の断片でいいと思っている。思考の断片は、田んぼで農作業中に出てくることが多い。畑を横切る一陣の風のように、一行の言葉が頭に浮かんだら軽四まで走り、忘れないうちにメモ書きしておく。そのメモ書きに少し肉付けをしながらブログに書く。


 今日は思考の断片というテーマなので支離滅裂です。大体、自分の頭は「もぐらたたき」みたいな言葉の出方しかしてくれないので、日替わりメニューしか書けない。連続物や長い作文は、頭の中の糸がもつれてしまう。


 
 35才までは人生とはいわない。
人生が始まるのは35才から。


 40代とはレールの上をひたすら走る時代


 50代とは絶望を生きる時代


 60代とはあきらめを生きる時代


 70代とは忘却を生きる時代


 
 毎日、ブログの更新をするようになった8月20日が満1周年と思っている。後1ヶ月で1周年が来る。ブログの順位に一喜一憂せずに、とにかく3年は続けようと思う。書き続けていると「枯渇してしまう」ように感じたこともあるが、それは逆だった。井戸水のように、使えば使うほど(書けば書くほど)、出てくる水の量(言葉の量)は多くなるということに気付いた。
 同じ事柄を書いても、書き方や見方は刻々と変わるので、「過去の重複記事」のように思われても、多少は大目に見てもらえるかなと思っている。でも「くどく」なっても訪問者さんに失礼になるので、このパターンで書き続けることは3年くらいまでにしようと思う。その後のことはまだ見えてこない・・・。


 書いている内容のレベルはともかく、書く量でプロに引けをとらないようにしないと、プロのルポライターにはなれないと思う。プロは元アマチュア。


 まだブログが夢に出てこないから、午前0時のブロガーとは言えない。でもそういう風に覚えられるようになりたい。


 「土」は今日も思考の断片を与えてくれた。時々奇声を発しながら、ぶつぶつ独り言を言いながら、瞬間的に頭の中をよぎった一行の言葉をメモして、今日もまたブロ