あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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ふら~っとドライブ (2)

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  Tさんの窯がある道路から、遠方に、廃校になった三保小学校が見える。その小学校を借りて住んでいるのは、家具作家のKさん。新聞によると、1994年に移住されているので、すでに13年めの47才。家具作家として生活は十分に成り立っているらしかった。
 
 こういう場所で生活していくには、現役世代では、なにか「特殊技能」が必要と思う。
 
 この校舎は1955年の建築で100人余りの児童が学んでいたが、真っ先に少子化の波をかぶり、たった13年後の1968年には廃校になったらしい。随分辺鄙な場所に感じたが、50年ほど前には100人もの小学生が行き来していたのだと思うと、時代のすさまじいばかりの変化を感じた。



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 Kさんのことを知っておられたので、同じく新聞に出ていたオカリナ作家で奏者のTKさんのことを尋ねると、その人のことも知っていて、ここから15分ほどだからと案内してくれた。
 
 ため池のほとりに立つ、別荘のような家だった。TKさんは定年後に、ここの土地家屋を購入して移住された。ご主人はオカリナ、奥さんは庭園と家庭菜園を趣味にされているようで、池のほとりに絵になるような庭と菜園があった。定年帰農型の移住であり、長らく会社勤めをされていて、経済的には安定されている。




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 帰りはまだ明るかったので、「田土」という棚田を見て回った。こんな近くに、こんな棚田があることを知って、何かうれしかった。棚田というと、かなり奥地というイメージがあったが、案外近かった。


(1)棚田の風景を撮ったり

(2)崩れ行く日本の山村風景を撮ったり、

(3)山村の田園風景や古い民家を撮ったり

(4)春夏秋冬の里山風景を撮ったり

(5)土地、土地の見知らぬ人を訪ねたり

 今後はこんなこともして見よう。せっかく農業に縁があったのだから、自分の農業だけで終わらせずに、長年の農業経験を生かしたことをしようと思う。

 そのためには

(1)農繁期でも週に1~2回は出歩く必要がある。

(2)どこまで自分が興味を持てるか。

(3)何を伝えたいのか。

 昨日の、目的のないドライブは、自分の今後の指針を決める意味でも大きな意義があった。

 自分の農業のことばっかりは書けない→早晩、ネタ切れになる→それでもブログは続けたい→次のブログネタは何にするか→そんなことを考えて→前からちょっと興味のあった上記のような項目のネタ探しに→目的もなく山村に車を走らせた。

地図にない村

地図から消えようとしている村

コンビニで買った菓子パンと缶コーヒーを手に

ふと見た風景が気に入って

通りすがりの人にちょっと声をかけて

その村のことなど聞かせてもらい

また話を聞かせてくださいと次の訪問を約束し

地図を頼りに道なき道を

滅び行く日本の農山村風景をブログに残そうと、今、思い始めている

ブログの存在を始めて知ったのは、まだ1年4ヶ月ほど前

ブログランキングの存在を知ったのも、ちょうどその頃

始めてカメラを買ったのも1年4ヶ月ほど前

始めて手にしたカメラはデジカメ

それまで、全く興味のなかった写真なのに

今はいつもデジカメを軽四に載せている

パソコンとブログとデジカメが

崩れ落ちそうな自分の精神を支えてくれて

パソコンとブログとデジカメが

今後の進む方向のレールを敷いてくれようとしている





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ふら~っとドライブ (1)

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 昼からふら~っとドライブに出た。訪れた先は県中部の三保高原。三保高原は、岡山三大河川の一つである吉井川水系にある。岡山県には中心部を旭川、兵庫県よりを吉井川、広島県よりを高梁川が流れている。吉井川は自分の地元の水系であり、町内の端を流れている。

 
 三保高原は家から1時間ほどでいける。新聞に「天空の高原に生きる」と題して、都会から移り住まわれた3人の方が紹介されており、近いうちに訪ねてみようと思っていた。

 
 上の画像は、その三保高原に登る途中で写した吉井川である。確かに、かなり登ってはいるが、天空と言うほどではない。


 最初に訪ねた方は留守だった。電話もせずに飛び込みで訪問したのだから、おられなくても仕方がない。後の2人の方は、新聞の地図では皆目、場所がわからない。

 
 せっかく来たのだからと、周辺をドライブしているうちに、この近くで炭焼きをされているTさんを訪ねてみようと思った。Tさんを始めて訪ねたのは8年ほど前のことであり、「炭焼き名人」として新聞に紹介されていた記事を見て訪問させてもらった。もうかなり以前のことであり、場所も忘れてしまっていた。すでに70代後半の方であるし、元気にしておられるか、炭焼きをまだされているかも定かでなかったが、途中で道を聞いた人が、まだ炭を焼かれていると教えてくれた。

 
 自分のことなどもう忘れられていると思ったが、すぐに思い出してもらえた。そして、今焼いている場所の炭窯を見せてあげると言ってくれた。 




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 最初に案内してもらったのは、イノシシの捕獲用の檻。この檻で今年の冬には7頭のイノシシを捕まえたらしい。檻は12万ほどの価格と言われる。かなり頑丈で大型の檻である。



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 これが、今焼いている場所の炭焼き窯。8年前からすでに5回ほど場所を移り(5基の炭焼き窯をつくっているという意味)、この窯は最近作られたらしい。
 

 8年前の時は深い谷底のような場所に窯が設置してあったが、この窯も、道路から見下ろすような場所にあった。この窯を作るには、この窯まで行く道も作る必要がある。ユンボで簡単に作れると話される。70代後半の方であり、かなり急峻な場所であるのに、どこにそんなパワーがひそんでいるのだろう。見かけはきゃしゃな人なのに。下の画像が切り開いた道である。道路から炭窯まで100メートル以上ある。

 
 炭焼き名人として新聞に載るくらいだから、窯作りはお手の物なのかも知れない。昔、子供の頃に父親の焼くのをよく手伝い、炭焼き窯の作り方は自然に覚えたらしい。それでも、若い時は家を離れて会社勤めをされていたので、30年ほどのブランクはあったそうである。子供の頃に身体で覚えたことは終生忘れないのかも知れない。



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イノシシの侵入

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 「能力のない者は第一次産業から去れ」、イノシシにそう言われているような気がした。昨晩、サツマイモ畑にイノシシが入った。


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 電柵のバッテリーが切れていて、早く設置しようしようと思いながら、1日延ばし1日延ばしにしていたら、今朝の結果になった。頭の中が真っ白のパニック状態に陥った。家に帰り、農機具店に電話をしてすぐに来てもらった。今日が日曜日でなくてよかった。


 「電柵くらい、自分で何とかならんのかい」と、思われるかも知れない。でも、自分はこういうことが超苦手。


 今日のところは2割ほどの被害ですんだ。まだサツマイモがほとんど入っていない状態だから、ちょっと掘って、入っていないので、それ以上は掘り返さなかったのだろう。

 
 自分はよく「脳内パニック」に陥る。1週間ほど前にも、ブログを入力してから「保存」をクリックすると、「セッション保存時間が切れました。再度ログインしてください」というメッセージが表示され、1時間ほど打ったデータが消えてしまい、パニックに陥ったが、今朝また同じ状況に遭遇した。


 イノシシは自分の最も弱い所をついてくる。そして勉強させられる。1日伸ばし、1日伸ばしにしてはいけないと言うことを。そして、イノシシが出没しだしてから、イノシシが毎晩のように出てくる地域で農業をしている人の激しさを少し理解できるようになった。

 
 こういう被害にあうと、文科系のセンスだけで農業を攻め上げることの限界を感じる。


 冒頭に書いた「能力のない者は去れ」というのは個人営業の世界では当然のことである。今や農業は、それでもやってのけれる者だけが農業を継続できるのである。それが資本主義精神というものだろう。自分の場合、

(1)
苦手なことは、何か事が起きないと、事態が一歩前に進んでくれない。

(2)
そして、必ず経済的支出を伴う。


 仕方がない、仕方がないと念じながら、こうやって、農業から少しずつ少しずつ退去を迫られるのだろう。



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田舎の土地(田んぼ)は負債

 エンサイはどのようになったら、どの様に収穫し、どのようにして食べたらいいのでしょうかというコメントを頂いたので、説明させて頂きます。

食べ方ですが、

(1)茎の太い所は硬くて食べれないので、それ以外の部分を湯通しして(ホウレンソウ代わり)おひたしで食べる。

(2)茎の太い所は硬くて食べれないので、それ以外の部分を炒めて(キャベツ代わり)食べる。野菜炒めにご利用下さい。

の2点です。


 収穫は、根元から10本以上の太い茎が出てくるので、それぞれ、根元の2節を残して、摘み取ります。自分の場合は40センチほどの長さで摘み取っています。残した2節の節の所から、またわき芽が伸びてきて、3週間ほどでそれをまた収穫できます。摘めば摘むほどわき芽も増えて収穫量が増えて(親→子→孫)いきます。収穫する上でのポイントは

(1)5節~6節の上の方から収穫すると、弱い(細い)わき芽になります。

(2)収穫は40センチで収穫しなくても、30センチで構いませんが、40センチより長くはしない方が、次に出るわき芽の収穫が早くなります。

(3)1株を全部刈り込むのでなく、半分刈り込んで、半分は残すと、全部刈り込むより、半分刈り込んだ方のわき芽が早く伸びるように思います。


特徴は

(1)我が家では、ツルムラサキはあまり食べず、もっぱらエンサイです。炒め物には使わず、ほとんどおひたしで食べています。

(2)湯通しすると、30分ほどの間に色が黒ずんでしまうのが惜しいです。

(3)梅雨入り~10月いっぱいは、レタス、アブラナ科野菜、ホウレンソウの3種類はできないので、貴重な葉物です。

(4)水分を好む。病害虫が全くない。5ヶ月間も連続して収穫ができる。

(5)梅雨時分には、サツマイモのように、地際の節々から根が出てくるので、それを挿し木にすれば、いくらでも増やせる。種は一晩水にかして芽切りして5月上旬に蒔くと、6月中旬から収穫が始まる。

 

 自分が住んでいる田舎では水道に関しては山水(簡易水道)もあるが、それは風呂水や野菜の水(ジョロで打ち水)に使うくらいで、台所は上水道を使っている。

今はどんな過疎の山村に住んでも、自給できるものはほとんどない。

(1)ライフラインの支払い

(2)最低限の食費と日用品代

(3)車両関連費

の3つだけで、1人でも50万はかかるのではなかろうか。その50万という金額は、どこからか稼がなければならない。

 


 田んぼ(土地)は負債・・・と言えば、都市の人はちょっと驚くかも知れない。自分自身はすでに「土地は資産」だとは思ってはいない。

(1)田舎の土地は売れないし

(2)少しであるが、固定資産税がかかってくるし

(3)放っておくとすぐに草が生える。隣が稲を作付していたら、隣との境は定期的に草刈をしておく必要がある。

(4)田んぼの草は草刈機で刈るよりも、トラクタで耕運した方が楽である。それでも年に5~6回も耕運する必要がある。

(5)仮に土地を購入してくれる人が見つかったとしても、田舎の土地は10アールあたり30~50万程度だと思う。売るのもばかばかしくなる金額である。

(6)実際に売るには、集落の人の「同意の印鑑」が必要な場合が多い。売りたいからといって、無断では売れない。

 
 結局のところ、売れない土地をたくさんかかえて、草の管理だけはする必要があるので、資産でなく負債という考えになる。

 
 負債と考えている人の方が多いのではなかろうか。だから、都市生活者が田舎へ行って農業をしようとする場合、貸してもらえる田んぼはいくらでもある。田んぼの管理をしてあげると喜ばれると思う。だから土地も家屋も購入する必要は全くない。土地はもちろん無料で貸してもらえるし、家は一戸建てで家賃は3千円~7千円、平均5千円くらいで貸してもらえるのではなかろうか。家も、誰かに住んでもらった方が古びない。
 ただし、信用のおける紹介者がいないと、とても貸してもらえない。

 


 旬に忠実な作り方をしていれば、種を蒔くには不適切な厳寒期は農閑期になる。農閑期くらいはゆっくりしたいものである。収入がないのはこたえるが、毎年、この農閑期を楽しみに、5月~10月の農繁期を過ごしている。今は農繁期のちょうど中間点。

 

 
 ハウスがあったらいいなと思う作物はトマトくらいである。ハウスは台風の時に心配が多いし、2年に1度の張替えで、廃ビニールがたくさん出る。ハウスがなくても、旬の野菜だけで12種類くらいは十分にそろう。

 



 出荷を止めて家庭菜園だけになった場合に止めると思える野菜は以下のような野菜である。

(1)ソラマメ→今でもあまり出荷できていない。

(2)ハヤトウリ→収穫までの期間が長すぎて、草の管理が大変。

(3)ニガウリ→あまり食べない

(4)トウガン→ナンキンがあるからいい

(5)ヤーコン→あまり食べない

(6)春先のコマツナ→レタスとキャベツがあるからコマツナはいらない

(7)ツルムラサキ→エンサイがあればいい

 
その他の野菜は出荷を止めても自給用として作り続けるだろう。つまり

 
冬越し野菜である、エンドウ、スナップエンドウ、グリンピース、春レタス、春キャベツ、タマネギ、ニンニク

 
春夏作である、春ジャガイモ、キュウリ、ナスビ、ピーマン、オクラ、ナンキン、サツマイモ、サトイモ、エンサイ、青シソ、インゲン、春ニンジン、ミョウガ

 
秋冬作である、ハクサイ、キャベツ、ダイコン、カブ、秋ニンジン、ネギ、シュンギク、ホウレンソウ、秋ジャガイモ、レタス、ブロッコリー

 
現在すでに、出荷せずに自給用としてだけ作っている野菜は、トマト、スイカ、ワケギ、ラッキョの4種類。

 
ハーブは多年草であるハーブティ用ハーブのレモンバーム、レモンバーベナ、レモンタイム、アップルミント、セイジの5種類だけ作り、他のハーブは止めるだろう。

 

 
 夕方4時頃から乗用トラクタで耕運していたら、無数のトンボが乱舞していた。赤トンボでもない、シオカラトンボでもない、土色をしたトンボである。毎年7月末の今頃の時期には、この土色をしたトンボが無数に飛んでいる。午後5時を過ぎるころには、いつのまにかいなくなっている。今夜はいったいどこで寝るのだろう。

 
 小学校の頃には夏休みの宿題に「昆虫採集」というのがあった。今思えば残酷な宿題である。捕まえた昆虫に注射をして殺すのだが、多分、注射液の中には農薬と防腐剤のような物が入っていたのだろうと思う。45年前には文房具店で、昆虫採集の注射セットが売られていた。銀ヤンマとか赤とんぼとかシオカラトンボなどをよく採集していた。今はそのいずれの種も見かけない。見るのは土色をしたトンボがほとんどである。このトンボだけは、環境の悪化に強かったのかも知れない。

 


 農作業をしていたら、いろんな言葉が頭の中に浮かんできては消えていく。それはまるで田んぼを横切る風のごとく、瞬間的である。その瞬間的に浮かんだ言葉の一つ一つを、くだらない言葉と思わずに、自分の今までの人生経験の中で生まれた言葉だから残して生きたいと思う。ブログと出会えたから残せる。

 


 夕方5時~6時半頃の1時間半が、最も農作業の能率が上がる時間帯である。日が落ちると涼しくなるし、早朝のように朝露も降りていない。

 


 日曜日には集落の墓掃除がある。当地では、個人墓は少なくて、大半が集落内の共同墓地に個人墓が集まっている。その共同墓地も、○○姓の墓地と○○姓の墓地というように、共同墓地が2箇所に分かれている。つまり自分の住む集落では○○姓と○○姓の二つの姓が8割ほどを占めるが、共同墓地もそれぞれ姓によって分かれている。多分、近世以前には身分の高い低いがあって、共同墓地もそれで分けたのだろうと思う。
 
自分の田んぼのすぐ上の山すそにあるのが、○○姓の墓である。墓の上からは、自分の田んぼの半分が一望できる。

 

 今日は不連続的に睡魔がおそってくる。横になったら寝てしまいそう。


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ワンパックの将来性

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  いじめられニワトリが3羽に増えた。巣箱に入っている3羽がそうである。この巣箱の中か、止まり木、もしくは巣箱の上で1日の大半を過ごしている。下(地面)に降りると、他のニワトリに頭の周辺を突付かれる。凶暴な同類を怖がって、エサやりに入っても、降りてこないことが多い。巣箱の上の端と端にコゴメを置いて、2羽はその上で食べさせ、一羽は止まり木の上で、手にエサ入れの容器を持って食べさせている。未熟ナンキンも1個、巣箱の上において、いつでも食べれるようにしている。水はいつ飲んでいるのだろうか。一羽は、他のニワトリがエサに夢中になっている時に、ドサクサにまぎれて下に降りて水を飲んでいるが、他の2羽はいつ飲んでいるのかわからない。もちろん3羽ともタマゴは産んでいない。いじめられだすと、エサを食べる量はかなり減るし、青菜も食べるチャンスがほとんどないし、水もいつ飲んでいるのかわからないくらいだから、タマゴなど産めない。

 
 何でニワトリは同類に対してこんなに凶暴なのだろう。オンドリ同士は必ず決闘をするし、メンドリは群から外れたニワトリを徹底して突付く。止まり木に飛び上がって逃げる体力を失なったら、地面で突付き殺される。


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 1日中巣箱に退避して、他のニワトリが産んだタマゴを腹の下に入れて温めている。今回は1羽がたまたま空いている部屋に入ったが、ニワトリはニワトリが入っている巣箱に入りたがるので、他のニワトリのじゃまにはならないし、巣箱の中では突付かれないようである。



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 青菜は毎日欠かさず、かなりの量を与えている。タマゴの栄養価は、青菜をたらふく食べているかどうかだと思う。

 99.9%はケージ飼いのニワトリであり、青菜を知らずに生涯を終える。もちろん太陽も知らない。だれもがそんなタマゴを食べている。
 
 トリ小屋の前に「オオタデ」という花を植えている。こぼれ種でいくらでも生えてくるので、それを定植している。1ヶ月以上にわたって花が楽しめる。

 トリ小屋の下の田んぼにはお盆にお墓に供える花と言われている「ミソハギ」を植えている。


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 ツルムラサキには害虫も病気もほとんどこない。他に

ピーマン

オクラ

ハヤトウリ

レタス

ニガウリ

サトイモ

ヤーコン

サツマイモ

エンサイ

青シソ

インゲン

ニンジン

ニンニク

ミョウガ

シュンギク

ホウレンソウ

も、害虫や病気で困ったことはない。

困るのは、

ジャガイモ

タマネギ

ナンキン

アブラナ科野菜

であり、

ナスビは害虫が大発生しても、秋ナスが成り始める頃には、害虫の影も形もなくなるので、別に困っていない。




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 ナンキンの田んぼの半分は遊ばせていたが、その部分にこんな雑草が生い茂った。ナンキンを定植した4月末頃にはまだ更地同然だったので、3ヶ月で麦ほどの背丈になった。雑草というより、よい「緑肥」である。
 
 しょっちゅう見かける雑草なのに、この雑草の名前を知らない。



ワンパックの将来性


 ワンパックをしている人は個人客への宅配が主体なので、個人客用のワンパックについて考えてみた。

 
 ワンパック送料込みで平均価格が3200円とすると、その内、送料と箱代で800円(お客様負担)ほどかかるので、自分の取り分は3200円-800円=2400円である。つまり、ワンパックに2400円分の野菜を入れるわけである。

タマネギ          250円

ジャガイモ         200円

キュウリ   2単位   400円

ピーマン   1単位半  300円

オクラ    2単位    300円

ニンジン   1単位   150円

ナンキン          250円

エンサイ          150円

ツルムラサキ       200円

ミョウガ           200円


 以上で2400円となるが、他にサービス品として、青シソ、ニンニク1個、虫食いナスビ、ハーブティ用ハーブ3種類を入れた(7月23日出荷分)。


 2400円分の野菜を入れようと思うと、かなり入れる必要がある。逆に、スーパーで2400円分の野菜を買おうと思えば、どれだけ買えるか考えてみるとよい。


 そして、これが7軒分なら、×7倍の野菜、8軒分なら、×8倍の野菜の量を収穫する必要がある。
 
 
 仮に7軒分としても、相当の量の野菜が必要である。金額的には、自分の取り分2400円
×7軒=16800円。月、水、金の出荷とすると16800円×3回=50400円。1ヶ月は4週だから、50400円×4週=201600円。
 
 
 3月、4月は野菜の端境期だから出荷できないとすると10ヶ月送付だから、201600円
×10ヶ月=2016000円。
 
 
 この金額から、経費の年間合計額(農具消耗品費、種苗費、ガソリン代、減価償却費等の合計金額が年間で60~70万円かかる)を差し引くと、2016000円-700000=1316000円という金額になる。でもこれは単なる計算上の金額であり、


(1)災害や病虫害で野菜ができなかったり


(2)顧客がワンパックを止められたり


(3)農具の修繕費や害獣防御の電柵代等の特別の支出があったり

 等が発生するので、計算上の金額の7掛けほどの収入と見ておいた方がよい。つまり1316000円×7割=921200円。

 ワンパック宅配では、手取り100万にするのは難しい。


 
 
1回の出荷で7パックを送ると言うことは、月、水、金の週3回出荷で1週間に21パック。1ヶ月は4週だから21パック×4週=84パックということになる。月に2回送付(隔週)とすると、顧客が42軒ないと、1回につき7パックは送れない。

 
 一口に42軒といっても、これはかなり重い数字である。常時42軒ほどをキープしておくことは、実際問題として大変なことである。

  
 現在の自分はすでに個人客は10軒ほどである。最盛期には40軒を超えていた時期もあるが、たいていは35軒ほどで推移していた。30軒を下回るようになると、営業のことばかりを考えるようになる。「個人客は安定して買い続けてはくれない」という思いが、野菜以外のハーブ等の試作につながった。早晩、
野菜のワンパックだけでは顧客が減ってしまうと言うことを痛感したからである。
 個人の家庭の場合、5年、10年という単位で、子供の大学進学、もしくは家から出て独立、配偶者の単身赴任等もあって、ワンパックの継続が危機的になる状況に遭遇する。



 野菜のワンパック宅配型の農業形態を考えているなら、この厳然たる「経済の現実」と「顧客の現実」をよく踏まえておいてください。顧客が減れば、営業をして、また顧客を増やす努力をする必要がある。会員獲得の営業は難しい。自分の場合もほとんど口コミの紹介だった。しかし、もっと激しい現実は、継続して買い続けてもらうことは、会員獲得以上に至難だという現実である。


(1)大半は無農薬なので、作る上でも難易度があり、


(2)顧客は全く安定せず、


(3)新たに顧客を獲得するのも難しいので、


 ワンパック宅配型農業形態に未来は見えてこない。


 同じ直販でも、


(1)ルートで軽四引き売り


(2)朝市や道の駅での販売

(3)イチゴやトマトやブドウでは、自宅前、もしくはスーパーの前の広場を借りての直接販売

 
 に活路を見出している人もいる。同じ直販でもワンパック宅配の場合は「安全性」を要求されるが、このような直販では、「安全性」の有無は関係なく、「おいしさ」、「見た目」の比重が高いと思う。

 


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今日の夕食

今日の野菜の収穫

(1)キュウリ     2単位   3分

(2)ピーマン     6単位   7分

(3)オクラ      11単位  15分

(4)ツルムラサキ  4単位半  7分

(5)エンサイ     3単位半  5分

(6)ミョウガ      3単位半  5分

(7)青シソ       9単位   3分

(8)ナンキン     4単位   在庫


 野菜の収穫時間は合計で45分。いつもこれくらいの時間がかかる。今日は個人客の出荷はなく、業務用のみ6軒の出荷だった。

 オクラは100株×平均3本立ち=300本あるので、収穫にどうしても15~20分はかかる。

 他は野菜の収穫で手間がかかるものはない。

 3種類の葉野菜(エンサイ、ツルムラサキ、青シソ)は収穫適期幅が比較的長いので、当日の必要量だけ収穫する。

 サービス品として青シソを活用するので多く収穫。青シソは収穫が簡単で、いくらでもわき芽が伸びる。

 

今日のハーブの収穫 

(1)スイートバジル  37単位   1時間5分

(2)ローズマリー    8単位半  5分

(3)セイジ        8単位    5分

(4)コモンタイム    5単位    3分

(5)イタリアンパセリ  4単位半  5分

(6)スペアミント     6単位半  5分

(7)ブラックミント    6単位半  5分

(8)アップルミント    3単位   3分

(9)レモンバーム    2単位   2分

(10)レモンバーベナ  3単位   2分

(11)レモングラス    1単位   1分

(12)月桂樹       7単位   5分


 ハーブの収穫時間は合計で1時間45分。スイートバジルの注文が多いか少ないかで、ハーブの収穫時間は大分違ってくる。野菜とハーブを合わせて、合計の収穫時間は2時間半。6時から収穫をスタートすると終わるのは8時半である。その後すぐに軽四の上で仕分け(分量ごとに分ける)をするが、仕分けに要する時間は1時間半。だから、収穫と仕分けの合計所要時間は4時間である。

 
 朝昼兼用の食事をして、2時間昼寝して、その後、納品書の記入、送り状の記入、振込用紙の記入(末締め)、箱詰め、宅急便の営業所へ往復。午後からのトータル時間は2時間10分ほど。今日、出荷が終わったのは5時を少しまわっていた。

 
 出荷の日は出荷以外の農作業ができないと何度も書いているが、こういう時間配分になるからです。

 
 5時だとまだ明るいし、7時頃までもう一仕事しようと思えばできるが、出荷の日は朝からばたばたしているので、ちょっとしんどい。一服してから夕食の用意をした。


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ゆで卵を5個して、


キュウリの塩もみをして、


トマトを切り、


ミョウガをみじん切りにして、半分に切ったトーフの上にのせ、


エンサイの太い茎以外の茎葉を湯通しして、


お中元でもらったハムを焼き、


これで夕食の用意は完了。


マルミさんが串のフライを買ってきたが、これは明日にまわす。


 自分が作る夕食のパターンはこんな感じである。所要時間は30分ほど。原材料を切って並べただけで、ほとんど手は入っていない。

 2人の娘は野菜だけだと嫌がるので、肉を使った料理を一品マルミさんが作るか、あるいは一品購入してくる。

 この時期、煮物はあまり欲しくないが、ナンキンを煮ておくと翌日の昼にも食べれて便利。その他、オクラの湯通しとか、ピーマンを蒸し器で蒸したりなどの一品をエンサイと交互にまわす。



 
 
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帰属意識

 田舎ではすでに方言など使わないし、自給自足できるものがほとんどない。都会に住んでいる場合との違いを探そうにも、あまり思い浮かばない。それくらい、現在の社会システムは全国一律になっている。


(都会)

(1)物価が安い

(2)田舎より働く場所が多い

(3)田舎より給料がよい

(4)交通機関が多いので、車がなくても暮らしていける

(5)人間関係がさほど濃密でない


(田舎)

(1)田舎へいけばいくほど物価が高い

(2)働く場所が少ない

(3)交通機関がないので車は必需品

(4)地域の冠婚葬祭費が欠かせない

(5)人間関係が濃密で、こじれると次の世代に続く

 

 食べ量だけの野菜を作るのなら、買った方がはるかに安くつく。


 イノシシやシカなどの害獣が夜な夜な出没するので、防御する必要があり、野菜作りがとても手間のかかるものになった。

 

 田舎で自給自足が考えられるものと言えば、水代である。田舎では山からの湧き水(清水)を引いている可能性もあるので、田舎移住を考えられている場合は要チェック項目である。水代がいらなければ、年間で5~6万は節約できる。

 

 田舎暮らしがいいと思えるのは、自然が間近にあることと、土が身近にあることの二つくらいである。でも現役世代のサラリーマンは日々の生活に追われていて、家庭菜園どころではないと思う。都会暮らしよりも田舎暮らしの方が余計にカネがかかるのだから、都会の人よりもっと稼がないと生活は苦しい。


 自分は田舎でしか住めない。田舎では「帰属意識」が持てる。故郷が好きとか嫌いにかかわらず、絶対の帰属意識がある。都会ではそれが持てなかった。都会では、住んでいた場所でも、働いていた企業(組織)でも、どうしても「帰属意識」を持つことができなかった。


 次男とか三男だったら、いずれは故郷を出て行く境遇にあるわけだから、自分のように、そんなに故郷に執着など持たないのかも知れない。


 自分の場合は「どこにも属していない」という感覚が強かったから、どこか一つくらいは絶対の「基地」が必要だった。それは「生まれ故郷」しか考えられなかった。やはり故郷は自分の精神の「基地」だと思う。ここから発信して、ここを背にして戦って、夢破れても、自分の拠り所となる故郷があることに救われている。肉体と精神はいつもこの故郷に帰属しているのだと思う。



 属している会社(組織)はないし、信仰することには否定的である(親が極端に信仰していたので、その反動だと思う)し、家族とはくっついたり離れたりするものである。考えてみたら、動かない根っこのようなものは「故郷」しかなかった。



 でもまさか、故郷で百姓を始めるとは思っても見なかった。自分も青雲の志を持って努力した時代もあったが、ことごとく敗れ去った。敗れ去ってなかったら、農業は決してしていない。するとしても定年後だろう。よかったのやら、悪かったのやら。でも現在の日々の充実感から顧みれば、やっぱりよかったのだろう。



 農業は人間の根幹となる職業だと思う。しかし現在では、農業をしたくても、現役世代はできない職業である。農業では生活ができないからである。農業で生活ができている人もいるが、そういう人は「ずば抜けた人」である。我こそは・・・と思って、農業に新規参入しても、農業で生活がまわっていく人は少ない。たいていの人は、3~5年の内に農業界から淘汰されるか、農業に投資した借金だけが残るだろう。



 自分の場合は、農業収入は少なくても、配偶者に定期収入があり、農業を継続できる環境にあった。それがなかったらとっくに、農業界から淘汰されていたはずである。

 
 がむしゃらに農業を続けてきたが、農業の世界でも余り稼ぐことはできなかった。今後も、今までのような農業が続いていくだろう。終止符を打ってもよいと考えることもあるが、その場合には、必要最低限の自分の小遣い(散髪代と田んぼ見学の時の手土産)とライフラインの支払い金額だけは稼ぐ必要がある。

 

 大地(農業)から学んだものと言えば「この世の不条理」くらいである。


教育は企業のための教育である。


教育は農業から離すためのものである。


教育は貧富の差を見せつけるものである。


教育は序列を作るためのシステムである。


教育は軍隊みたいな組織である。


教育は全く面白くない授業でも机についていなければならない。


教育は自分から学びたいと言う意識ではなく、他から命令されて学ぶものである。


教育はサラリーマンという兵隊を作るには特に有効に機能する。


教育は受けれなかった人を差別するものである。


教育は高い学歴の人が賢くて知恵者であると、人に思い込ませるものである。


教育は管理、管理、管理・・・。


教育はスピードと暗記を競うものであり、人間性を無視したものである。


教育を受けてなかったら、いわゆる「いい会社」は受験資格もなく門前払いである。


教育は全く面白くもない授業を12年間、もしくは16年間も受け続けなければならない。


教育は少数のエリートを作るためのものである。


教育で作られたエリートは自分をエリートにしたシステムを防御する。


教育のシステムは、あまりにも強固である。教育のシステム外の世界で生きることは、サラリーマンを止めて農業を始めるようなもの・・・。悲劇かそれとも楽園か。


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ナスビの剪定

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 当地もやっと梅雨明けしたようだ。
出荷の日に宅急便の営業所へ行く時に通る道。その道路から見た当地。山すその田んぼは減反が多いが、このあたりは圃場整備されて1区画が大きく、正方形や長方形で機械を扱う場合に便利なので、ほとんどの田が作付されている。



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 長雨の過湿により、ナンキンが弱ったので、今日の出荷が終わった後に大半を収穫した。収穫期の条件が悪かったので、今年のナンキンは9月上旬頃までしか保存できないだろう。それまでに出荷してしまわないと、ニワトリ行きが多くなる。8月中旬にはトウガンが出荷できるし、9月10日頃からサツマイモが出荷できるので、その頃まで保存できたらよい。



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 うっそうと茂ったミョウガの茎葉の足元に、ミョウガの子が顔を出している。小面積でもかなりたくさん収穫できる。




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 梅雨明けしたらオクラの季節。これから8月のお盆くらいまでが最盛期である。1日おきに収穫するならいいが、土曜、日曜と2日あくと、大きくなりすぎることもある。8月上旬には、別途、日曜日の朝にオクラだけ収穫することもある。月曜日発送の火曜日着だから、収穫後2日間経過することになるが、オクラは、比較的日持ちがよい。



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 エンサイ。この後すぐにジョロで打ち水をして仕分けし、新聞紙で包んだ。


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 ツルムラサキ。エンサイと同様の処置をした。



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 月桂樹。イタリア料理店から時々注文が入る。1本植えておくと便利である。家庭でも結構使われるらしいが、我が家では月桂樹を使うような料理をしたことがない。
 
 葉を鼻に近づけると、甘い
いい香りがする。月桂樹のそばを通ったくらいでは、甘い香りはしない。



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 スイートバジルは画像のような収穫である。茎から収穫をするのではなく、葉先を収穫する。とても面倒に見えるが、1株からかなり収穫できるし、慣れると、以外に早く収穫できる。黄色のケース8分目くらいまでの収穫に15分もかからない。



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(1)今日の出荷の収穫と仕分けが終わった後、ナスビの枝の更新をした。

(2)枝は半分ほどに切り戻し、葉は全部落として丸坊主にする。


(3)葉を全部落とすことがポイント。全部落とさないと、害虫のニジュウヤホシテントウ(テントウムシダマシ)が居座ってしまう。食べ量に3本ほど更新しないで残すのも同じ理由でだめ。


(4)44本で、11時から12時までちょうど1時間かかった。枝の切り戻しの時間はかからないが、葉を落とすことに時間がかかる。


(5)枝の切り戻しは7月22日~26日の間にしている。適期幅は短い。22日より早く更新すると、新しい新芽がやられることがあるし、26日より遅くなると、次に成り始める(これを秋ナスという)のが遅れてしまう。


(6)35日~40日経過すると成り始めるので、早ければ8月28日頃、遅くても9月3日には秋ナスが収穫できる。


(7)夏ナスビの期間は1ヵ月半ほどであり、秋ナスビの期間は2ヶ月ちょっと(11月9日にナスビの足元にエンドウ類の種を落とすので、ナスビの木の根元をノコで切る)で、合計3ヵ月半ほどである。ピーマンは連続して5ヶ月収穫が続く。



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 この場所はニガウリを植えていた場所であるが、どういうわけかニガウリが大きくならず、草におおわれてしまった。代わって大きくなったのが、雑草化しているアピオス。この芋はおいしいが、大きい芋が入らない。アピオスのそばを通るだけで、いい香りがする。


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 これも雑草化しているコンニャク芋。この畦岸で毎年大きくなる。そんなにこの場所が好きなら、ずっとここにいたらよい。きちんとした場所に植えなおすと、どこに植えなおしても、なぜか、コンニャク芋はうまく育ってくれない。



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 今日のニワトリ



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 11月中旬収穫のキーウイがすでにこの大きさ。棚がいるのが欠点だが、カラスが狙わないのが長所。11月中旬~2月末頃まで3ヵ月半ほど保存できるのも長所。1~2月頃に枝の剪定をするが、雄木は短く切り戻し、雌木は、先が他の枝にまきついたものだけを切る程度で、毎年きちんと成ってくれる。




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 盛夏をいろどるノウゼンカズラの花。



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3つの経済性

 最近、スズメをよく目にする。あまり気に留めていなかっただけかも知れないが、気にしてスズメを見出すと、やはり多い。


 自分が子供の頃は、スズメは稲穂やムシロで天日乾燥をしているモミを食べる害鳥だった。でも今の自分にはスズメは害鳥ではない。カラスと違って野菜を狙うことは全くないから。青菜も食べているだろうが、野菜の青菜は食べない。


 害鳥ではないが、一概に益鳥とも言えない。益鳥に近い普通の鳥といえる。野菜につく多くの害虫を食べてくれていると思うが、カマキリやクモのような益虫も食べているだろう。
 
 このように自分の置かれている状況によって、鳥類に対する評価が変わってくる。


 動物愛護の活動をされている方も、もし農業を始めると、動物に対する考え方が変わってくると思う。


 ニワトリを絞めて肉にすることは、45年前までは日常茶飯のことであった。今は、生きているニワトリを見る機会は全くなく、肉としてスーパーに並んでいるのを見るだけである。起承転結の結の部分だけしか見る機会がないから、相手の立場と同じ土俵に立って考えることができなくなっている。消費者や料理人も同じである。野菜の起承転結の結の部分しか見る機会がない。


 たくさんの農作業の中では、気の進まない農作業というのが出てくる。そういう農作業はきまって、追い込まれないとできない。田んぼの傍らの水路の泥上げもその一つであり、害獣の防御ネットを張る作業もその一つであり、春先のエンドウ類の支柱を立てるのもその一つであり、潅水(日照りが続いた時の水遣り)もその一つである。これらの農作業はかなり追い込まれないと、一歩前に進んでくれない。農作業とは違うが、家の門(かど)の草取りもそうである。気が進まなくても、放っておくわけにいかない農作業であるから、さっさと済ませればいいのに、身体が動いてくれない。


 
 パソコン環境をがらっと変えてから、パソコンがぐんと身近な存在になった。

(1)ウインドウズMEがウインドウズXPになった。

(2)デスクトップがノートパソコンになった。この変化だけで、自分でもびっくりするくらいパソコンが身近になった。やはりデスクトップは自分には重々しい。

(3)ISDNがADSLの電話回線になり、画像の表示が格段に速くなった。

(4)ウイルスソフトをソースネックストに変えてから、立ち上がりに時間がかからず、随分と軽くなった。

(5)入力のキーボードが、以前はおもちゃみたいで、入力の都度かちゃかちゃ音がしていたが、今のは、キーボードの背が低く(キーボードの背が低いと、入力する時に、ものすごく楽だということが身にしみてわかった)とても打ちやすい。

(6)今まではボールペンで書いて、清書にパソコンを使っていたが、毎日、ブログの更新をするためには、そんな悠長なことをやっていたら間に合わず、それが、いきなりパソコン入力の引き金になった。食わず嫌いと思い込みがひどかっただけで、いきなりパソコン入力を始めて1週間も過ぎると、何でボールペンで下書きのような手間なことをやっていたのだろうと、愕然とした。しかし、いきなりパソコン入力ができるようになったのは、キーボードが打ちやすくなったことが、大きな一因だろう。

 
 ブログを始めてからは、ブログに必要なパソコン機能だけを覚えればよいと思うようになった。他のパソコン機能はほとんど使えない。


 水飲み百姓、田吾作、ドン百姓、昔から蔑視的な言葉が随分使われてきたが、今農業をしている人たちは、誇り高き農業者たちである。「経済力」と関係なくプライドが高い。高慢と独善であるが、それぞれが「哲学する農夫」なんだと思う。組織で生きていたら、こういう意識はちょっと持てない。


 今日は、早朝6時50分から、集落の土手の草刈があったので、その後は田んぼに出ずに、パソコンの前に座った。夜4時間するより、昼間に2時間座り、夜2時間と半分に分けて4時間にした方がキーボードの手がよく動いてくれる。でもそうすると、昼寝時間がなくなる。


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 青シソには、ほとんど害虫が来ないし病気もない。しかし、2人の方から、青シソは野菜の中では害虫が多い野菜ではないですかと聞かれたことがある。テレビででも放映されたのだろうか。なぜそんな、全く誤った情報が流れるのか不思議である。

 ハーブの多くも「シソ科」であり、害虫はほとんど来ない。




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 巣箱の中の2羽が、なかなか元の仲間の中に復帰してくれない。すでに1ヶ月が過ぎる。そしてまた新たな一羽がいじめの対象になりつつある。
 
 結局、同じトリ小屋の中で、他のニワトリからガードしながら、別途に2羽だけ、手に持った容器でエサをやっているが、この5~10分間が無駄である。のんびりした農業などやっていないし、この5~10分があれば、デジカメで20~30枚くらいは簡単に写せるのに・・・。


 ニワトリは本当に残酷で、学習能力も全くないバカ鳥で、まるで人間社会のように、特定のニワトリに激しい「突付き」を加える。牛や豚、猫や犬のような利口さはゼロである。「癒し」にはならない。

 
 表口から出るタマゴ、裏口から出る糞(肥料)、田んぼのくず野菜と家から出る多少の食べ残りのリサイクルという「3つの経済性」がなかったら、ニワトリは飼えない。




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 ピーマンはナスビのように休ませる必要もなく、11月上旬頃まで、5ヶ月間もコンスタントに、休みなく成り続ける。元肥だけで追肥をしなくても成り続けるが、これでお盆前後に追肥でもすれば、もっと成るだろう。



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 ナスビは無残な状態。虫食いがひどくても、ないよりましと思い、単価をつけずに入れる。


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平面的農業、立体的農業

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 友人のオクラの倒伏防止措置を見て、これは簡単なやり方だなあ・・・これなら自分もできると思い、数日後、自分の田んぼで同じ方法でやってみようと思っても、身体が動いてくれない。簡単そうなやり方だからと、その時にじっくり見て方法を覚えてきたはずなのに、いざしようとすると自分には簡単ではなかった。こういう経験が自分には多い。


 オクラは15メートルの長さ(株間30センチ、2~4本立ち、50株)を2列しか作っていないから、「まあいいか」と、毎年放置していたが、Iさんはこういう作業は得意でアイデアを幾つも出してくれることがわかっていたので手伝ってもらおうと思った。自分の場合、ちょっとした創意工夫のような知恵が全く機能してくれない。


 他の圃場で見たオクラの倒伏防止措置の概観と、自分はこのようにしたいというイメージをIさんに説明すると、Iさんが考えていたのとはちょっと違ったやり方のようだったが、作業を進めているうちに、自分ではちょっと思い浮かばないような知恵(3メートルおきに八の字に結んだ方がよいとか、クイは上部を半分に少し割っているので、ヒモ(マイカ線)とクイは結ぶ必要がなく、それにはさげるだけでよいとか、クイのところでヒモを一回りさせれば、ヒモがピンと張れる等)を出してくれた。Iさんのおかげで、毎年この時期になるとしようと思いながらできなかったオクラの倒伏防止措置を初めて完成させることができた。しかし、Iさんが来られなくなるともう、オクラの倒伏防止措置はしなくなり、元通りの放任栽培に戻った。


 不得意な農作業を度々意識していては身が持たないので、得意でない作業が出てくる作物は作付けを最小限に押さえるか、他の方法(例えばキュウリは地這いにしたり、インゲンはツルナシ品種にする)が可能なら、その方法を選択する。


 ホウレンソウはたいていの農業者は「じかまき」だが、自分の場合、ハクサイやキャベツと同じ連結ポットで育苗して定植するという方法をとる。種代は3分の1ですむし、間引き作業はないし、定植で多少手間取っても、収穫、仕分けの段階がスピーディにできるので総作業時間はあまり変わらないと思う。自分は1500本ほどしか定植しないのでこの方法がよいと思うが、1500本を超える定植となると、この方法は良いと言えない。
 霜にあたればあたるほど甘くなる「巨大ホウレンソウ」を理想にしている。



 たいていの農業者はハウスが建ててあり、簡易な雨よけの資材置き場があったりする。そして、キュウリは支柱作りだし、キュウリの後作に秋作のインゲンを作るというふうに、見た目にも頑丈そうな支柱を立てている。とても立体的な農業を展開しているが、自分の場合は平面的である。


 百姓は百種類の農作業をしていくわけだから、10や20の苦手作業は誰にも当然出てくる。でも農業は包容力の大きな職業だから、どんな人でも、ちょっとした何らかの得意を生かせることができる。たとえば「手早である」というのは、農業においては大切な特性であるし、ワンパック宅配では、送り状、納品書等の事務処理スピードも要求される。


 自分は農作物を作る工程にあまり得意がないので、収穫後、顧客の手元に届くまでの鮮度を大切にしている。その工夫とは、

(1)夏は早朝5時50分頃から収穫を開始して、遅くても8時30分頃までには終わらせる。つまり、まだ朝露の降りている間に終わらせる。収穫後、葉物類は真夏でも真冬でもジョロで打ち水をする。

(2)収穫物は、風にあたったり、長く外気(空気)にふれたり、収穫容器の中でひしめきあって蒸れたりしないように、全ての収穫が終わったら、すばやく仕分け(野菜は量るがハーブは軽くて量りづらいのでスイートバジルとロケット以外は目分量)して、新品の新聞紙(販売店で定期的にもらっている)で包む。とにかく、収穫物が手に触れる回数を少なくする。もちろん、害虫とか、外観の最終チェックがこの仕分けだから、注意深くする必要があるが、手数をかけると傷む。

 他に

(1)苦手な農作業に立ち止まらない。百種類もの農作業があるのだから、得意な農作業で固めてしまう。早く、得意な農作業だけで手一杯になるように持っていく。

(2)農法にこだわらない。百人百様のやり方があるはずである。田んぼの条件も違うし、地域が異なると農法はまるで異なる。「肥料」についても、他人の最もよいやり方が、自分にとっても最もよいやり方であることは少ない。

(3)他人の田んぼ見学をさせてもらうことは大いに参考になるが、真似をすることは大変むずかしい。



 
 得意、不得意は個人の特性であるに過ぎない。自分は17年以上農業をしているのに、草刈機の刃は人に砥いでもらっているし、乗用トラクタのオイル交換も人にしてもらっているし、エンジンポンプの水漏れを止めることができなくて2年以上も放置していた。苦手なことは教えてもらってもすぐに忘れる。それでも農業は続けられる。

 
 人には簡単にできても自分には難しかったり、その逆の場合もありえる。イタリア料理店の注文は店によって違うし、ワンパックに10種類以上入れて送るが、現物と納品書の不一致というクレームは一度もないし、納品書の計算間違いとか、送り状(送付先)の誤りもしたことはない。事務は農作業とまた違った作業であるし、顧客を獲得するのもまた違った能力を求められる。顧客をすぐに獲得できる能力と、顧客に続けてもらう能力もまた異なる。

 
 不得意なことは可能ならパスして、できると思えるものに集中している。


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 トリ小屋が自分で建てれなかったらニワトリは増やせないし、ハウスが自分で建てれなかったらハウスは持たない方がよい。機械が苦手だったら機械は購入しない方がよい。トマトが苦手ならトマトは送れない。トマトの代りと言うわけでもないが、ニンニクとか青シソ、ミョウガのような小物を大切にし、ハーブティ用ハーブはサービス品として常に入れている。

 
 個人客が続いてくれないなら、業務用の営業をするしかない。職業別電話帳を見て電話営業1本で攻めた。電話営業は「慣れ」である。とにかく1本の電話を入れないことには何も始まらない。
 
 
 業務用も口コミで結構紹介してもらえるし、従業員が独立したり、他店に移った時にまた購入してもらえることもあるので、ここ5年ほどは営業をしなくても減った軒数の補充ができて現状キープができている。

 
 一つの作物を大量に作ることが苦手なら少量多品目生産をするしかない。


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 自分の場合は個人客が続けてくれないという危機意識や作物を絞る(深める)ことの苦手意識から、8年目に入った時、ハーブや花(ドライフラワー)や食用花(エディブルフラワー)というように、「より広げて」いった。ハーブだけカネにつながった。ハーブの知識はゼロだったので、会う人ごとに、誰かハーブを作っている人はいないか紹介してくださいと頼んだ。3年間ほどで100種類ほどのハーブの概要がわかった。でも必用なハーブは12種類だった。


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治部邸

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  昨日、Hさんからの帰りに治部邸に行った。同じ久米南町にあり、Hさん方から4キロほどの距離である。
 治部邸は江戸時代の豪農の屋敷である。現在は、農村型リゾート施設として整備されている。



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 ここの広場が駐車場になっていた。




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 駐車場に大きな標識があり、この屋敷の由来が書いてあった。



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 その標識の上に、見上げるような大木があった。何の木かわからない。




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 立派な土塀である。多分、江戸時代頃に作られた土塀なのだろう。



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 井戸。「滑車」と「つるべ(水を汲み上げるバケツ)」があった。30年ほど前まで、何百年もの期間にわたって、使い続けてこられた井戸なのだろう。川は近くには見当たらなかったので、生活用水の全ては、この井戸水だったのだと思う。風呂、炊事場、厠。
 昔の人はどうやって、水の出る場所(井戸)を見つけたのだろう。井戸を見つけてから家を建てたのだと思う。


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 池の中に河童さんがいた。この池は、庭園の造作の一つとして作られた池なのか、それとも防火用水だったのか・・・多分両方の用途なのだろう。



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 庭の一角にこんな物が置いてあった。一帯のエネルギーを集めるような置物だった。酒樽か醤油樽をひっくり返して、その上に傘のようなものが置いてあった。中は座禅でもするような部屋になっていた。



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 治部邸から見た風景。



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 治部低に到着する前に下から見た治部邸の全貌。



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 治部邸のある集落は、ブドウの産地だった。ブドウは画像のような「雨避けのポリ」と「棚」が必要である。そして、ほとんどがこのような「山の斜面」に作られている。
 ブドウは重労働だろうなあと、見て感じる。
(1)雨避けのポリ
(2)棚
(3)山の斜面(傾斜地)
(4)除草剤と農薬散布

 雨避けのポリは毎年、もしくは2年に1度は張替えをするようである。台風等による棚の修復も必要である。傾斜地なので、収穫作業や草刈作業も大変である。市場出荷なら、かなり頻繁な農薬散布が必要ではなかろうか。

 
 4項目のどれ一つとっても楽ではない。多分、この集落のブドウ農家の平均年齢は70才ほどになっているのではなかろうか。若い後継者がいるのだろうか。このあたりのブドウ棚はかなり昔に立てられているように見えたから、すでにブドウ棚への投資は終わっているだろうが、現在では、10アール(1反)の棚の設置は、業者に依頼すると100万ほどかかるらしい。ブドウも「新規参入」には大きな投資が必要である。
 
 ブドウ農家も、ほとんど後継者はいないようで、今は家族の後継者ではなく、都会からの新規就農希望者が、このようなブドウ畑をそのまま引き継いで、賃借料を支払ってするケースが段々増えているようである。こういう形で就農するなら、ブドウ棚を作る能力に全く欠けていても、ブドウの剪定作業や手早に収穫したりする能力にたけていれば、ブドウ農家になれると思う。

(1)ブドウ棚への投資
(2)稲作の機械への投資
(3)ハウス設備への投資

古くは
(1)葉タバコの乾燥場という建物への投資
(2)豚を飼うための豚小屋への投資

 農家は決して投資をすべきではないと思う。一代限りの農業なら、投資すると元は取れない。借金だけが残る。農業収入で支払えるなどとゆめゆめ思わないで下さい。
 
 葉タバコのよかった時代は20年、豚のよかった時代はたった5年。農政に振り回されて、葉タバコも豚もあっという間に見捨てられていった。後には、乾燥場と豚小屋という建物だけが残った。


 
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 ここの地域は赤土だった。土質が自分の所とは全く違う。赤土の田畑でできる野菜やブドウや米は、また違った味がするのかもしれない。


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 ブドウ畑が続いていた。



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 山深い集落である。今年の夏はこんな山村や棚田を訪ねてみようと思う。



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葉タバコの村

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  久米南町のとある集落。ここが葉タバコの産地であるということは、ここに入植している友人から聞いて知っていた。
 
 車で走っていても、葉タバコを目にする機会はほとんどない。だから、葉タバコの生育のピークである今頃の時期に、葉タバコを見に行きたいと思っていた。
 
 ああ、これが葉たばこ。思いで深い作物である。見渡す限りの葉タバコ。


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 タバコを吸う人でも、そのタバコがどんな物からできているか、あまり知らないと思います。これがタバコになる葉、つまり「葉たばこ」です。かなり大きい葉っぱです。



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 葉タバコの花。ごつい葉に似合わない可憐な花が咲く。



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 葉タバコのわき芽。真ん中の太い幹の葉の付け根から、画像のような強いわき芽が出てくる。これを「かぐ(取り除く)」のも大事な仕事である。葉タバコは「ナス科」である。ナス科には、
(1)ナスビ
(2)ピーマン
(3)トマト
(4)ジャガイモ
 があるが、ナス科はジャガイモ以外は、わき芽をかぐ作業がある。



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 先端を止めると、葉に栄養がまわり、葉が大きくなる。




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 もう一つ、今回の訪問の目的の一つが、「住宅用太陽光発電システム」の撮影である。これを取り付けたと聞いていたので、購入した理由を聞かせてもらった。
 
 このシステムは、太陽光で発電して、家で使わなかった発電は電力会社に買い取ってもらうというシステムである。
 
 アメリカのゴア前副大統領の「不都合な真実」という本を読んで、自分にできるエネルギーの自給はないかと考えて、このシステムの購入に至ったらしい。



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 Hさんは環境問題に関心を持っておられる。これもトイレの排泄物を堆肥化するシステム。おがくずを利用されるらしいが、具体的な説明をうっかり聞き忘れた。次回にご紹介させて頂きます。




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 趣味で弾くピアノとギター。最近のピアノの練習曲は、ショパンの「英雄ポロネイズ」と言われる。今日は、ビートルズの「レットイットビー」、「イエスタディー」「インマイライフ」の3曲を、ピアノと歌声で聞かせてもらった。もちろん英語の歌詞。年齢は2歳違うだけで、ビートルズ世代であるが、自分は音楽はさっぱり。ビートルズの名前と、有名な「レットイットビー」と「イエスタディー」の歌の題名と出足を知っているくらいである。
 ギターは学生時代から弾いていたが、ピアノはこの地に入植してから始められたらしい。


 農業をするために30代前半に、この久米南町に入植されてすでに20年余りになる。しかし数年で農業には見切りを付け、学習塾の先生を始めた。学生時代にすでに学習塾を開いていたので、昔取った杵柄である。この時点で、「農業に依存しない田舎暮らし」への転身を計ったわけであるが、この決断が早かったので、今の暮らしがあるのだと思う。2年ほどで、生活ができるだけの収入を農業で稼ぐのは無理と判断された。
 
 現在は、週に5日間、午後5時~9時頃の4時間、数人の仲間と学習塾をされている。こういう生活スタイルをすでに20年間ほど続けられている。こういった特技のある人は強いなあと思う。これだけの労働時間でも、農業者の2倍ほどの年収になるんだろうと思う。
 
 奥さんは早くに病気で亡くなられ、娘さんはすでに結婚され、今は長男さんと二人暮しであるが、昼間は森林浴をしたりピアノを弾いたりされているらしい。森林浴といっても、出かける必要がなく、家の周りは雑木林なので、家の軒先で木漏れ日の森林浴ができるのである。ここで椅子に座って、瞑想などされるらしい。瞑想によって霊性を高めたいと言われる。今日は2匹の「銀ちゃんラムちゃん?」が森林浴をしていた。右の画像は音楽ルームの前の庭である。

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 深い山あいの1軒家であり、真夜中でも遠慮なくピアノが弾けるという環境である。理想的と思える「農業に依存しない田舎暮らし」であるが、農業との決別、奥さんが早くに亡くなられてからは子供さんの世話、かなり不便な過疎の山村暮らしという、幾多の坂を越えられての現在である。


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 夕方、学習塾に行かれる前に、家の近くの散歩道を一緒に歩いた。葉タバコのそばの道を歩きながら、Hさんが理想とされていた田舎暮らしが今、実現しているのだと思った。


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思考の断片

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 今日、4回目のキュウリの種を蒔いた。春の種蒔きは、成り始めるまでに65日ほどかかるが、今の時期の種蒔きは、成り始めるまでに45日しかかからない。春夏作のずらし蒔きはキュウリだけ。




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 ノウゼンカズラの花が輝きを増してきた。




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 3日前にサツマイモの畝間の草取りをしておいてよかった。画像のような状態になったので、もう畝間に入れない。タッチの差で草取りを終わらすことができた。




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 ナンキンは長雨による過湿でやられてしまったが、ナンキンの40日後に蒔いたトウガンは、過湿の害を免れた。生育ステージが異なると、一方がだめになっても一方は生き残ることがある。だからこういう蒔き方をしている。



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 「水肥え」と言われるほど水を好むサトイモは、梅雨の期間に急激に大きくなった。




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 台風の難を免れて大助かり。2番蒔きのキュウリ。




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 ナスビは実も葉もボロボロになっている。今日のナスビは単価を付けずに入れた。




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 ピーマンも同じナス科であるが、害虫はごく少ない。



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 今年の梅雨は長雨が続いたので、スイートバジルがほとんど出荷できなかった。新しい葉を出させるために、傷んだスイートバジルの葉を散髪(剪定)した。




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 梅雨と共に去りぬ。アジサイの花。



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 今日のニワトリ


 
 画像を入れると、言葉よりも、画像に依存してしまう。画像の説明のための数行を入れるだけで完成する。
 
 ブログの更新パターンは色々持っていた方が楽である。その日の体調や気分によって、パターンが選択できる。自分の場合、
(1)言葉だけにする。
(2)画像のアップとその説明を主体にする。
(3)田んぼ訪問記事
(4)ブログを始める前に書いていたあめんぼ通信から、コピーアンドペーストでブログに移動させる。
 等の更新パターンがある。


 3度の食事をするようにブログを書きたいと思う。遅くとも午後8時までには、ホームコタツのノートパソコンの前に座るようにしている。いつのまにか、午前0時の更新というリズムができていた。


 思考の断片でいいと思っている。思考の断片は、田んぼで農作業中に出てくることが多い。畑を横切る一陣の風のように、一行の言葉が頭に浮かんだら軽四まで走り、忘れないうちにメモ書きしておく。そのメモ書きに少し肉付けをしながらブログに書く。


 今日は思考の断片というテーマなので支離滅裂です。大体、自分の頭は「もぐらたたき」みたいな言葉の出方しかしてくれないので、日替わりメニューしか書けない。連続物や長い作文は、頭の中の糸がもつれてしまう。


 
 35才までは人生とはいわない。
人生が始まるのは35才から。


 40代とはレールの上をひたすら走る時代


 50代とは絶望を生きる時代


 60代とはあきらめを生きる時代


 70代とは忘却を生きる時代


 
 毎日、ブログの更新をするようになった8月20日が満1周年と思っている。後1ヶ月で1周年が来る。ブログの順位に一喜一憂せずに、とにかく3年は続けようと思う。書き続けていると「枯渇してしまう」ように感じたこともあるが、それは逆だった。井戸水のように、使えば使うほど(書けば書くほど)、出てくる水の量(言葉の量)は多くなるということに気付いた。
 同じ事柄を書いても、書き方や見方は刻々と変わるので、「過去の重複記事」のように思われても、多少は大目に見てもらえるかなと思っている。でも「くどく」なっても訪問者さんに失礼になるので、このパターンで書き続けることは3年くらいまでにしようと思う。その後のことはまだ見えてこない・・・。


 書いている内容のレベルはともかく、書く量でプロに引けをとらないようにしないと、プロのルポライターにはなれないと思う。プロは元アマチュア。


 まだブログが夢に出てこないから、午前0時のブロガーとは言えない。でもそういう風に覚えられるようになりたい。


 「土」は今日も思考の断片を与えてくれた。時々奇声を発しながら、ぶつぶつ独り言を言いながら、瞬間的に頭の中をよぎった一行の言葉をメモして、今日もまたブログにアップしている。


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山村移住と上水道、下水道、簡易水道

  いろんな方の田んぼ訪問に行かせてもらっているが、

(1)真似をしようにも、とても真似ができそうにない田んぼ

(2)真似をしようと思わない田んぼ

(3)このやり方はいいと思って、さっそく帰って、その通りをしようと思っても、身体が思うように動いてくれないもの

(4)数日後にはもう取り込むことができているもの

 
 液肥を教えてもらってから「肥料はこれだ」と思ったが、液肥を真似る人はそんなに多くない。ボクの液肥を見て真似た人は2人である。2人ともすぐに液肥が気に入ったらしい。でも、その他大勢の人は、液肥のどこかが、その人の感覚に合わなかったのだろう。

 
 つまり、農業においては「これしかない・・・」、「これがベスト・・・」と思うことは、人それぞれ大きく異なる。

 
 だから、特定の農法に入れ込んでいたり、特定の農法を崇拝していたり、マニアックになっている人を見ると「引いて」しまう。
 
 
 自分の場合は

(1)旬に徹底的に忠実に

(2)特定の作物をのぞき、ずらし蒔きはせずに、最適期に1回だけ蒔き

(3)1種類を(特定の作物を)たくさん作らず

(4)自分の身体に最も楽な方法で

(5)できるだけ農薬やポリやビニール資材は使わずに

 と言う方法をモットーにしている。でも(4)と(5)が矛盾してしまう。その場合は(4)を優先する。

 
 農法には普遍性を持つものなどほとんどない。

(1)地域によっては全く役に立たない場合がある。たとえば温暖な地域と雪国のような場合。

(2)農業者の身体的状況や経済的状況によっても農法は当然異なる。

(3)いわゆるカリスマ農業者もカリスマ的農法も、農業の世界ではありえない。

(4)たとえば稲作の「アイガモ農法」など、多くの稲作農家の支持は決して受けることはないだろうと思う。アイガモが害獣にやられないように、田んぼを網で囲うなど、手間がかかりすぎるように見える。

 

 
 腰が悪くなったとか、身体の具合が悪くなったという同業者のことを時々耳にするようになった。同業者はみんな、ぎりぎりの状態で農業を続けている。安気な農業をしている人はただ一人もいない。ぼやぼやしていたら農業の継続はすぐに危機的になる。週に1回の農休日など誰も取っていないと思う。それは田んぼ訪問に行かせてもらえば、聞かなくても状況でわかる。独立自営業だから、週に1日、きちんと休みを取らなくても、さほどストレスは感じないと思う。ただ農業者の場合、連続して2ヶ月、3ヶ月と休めないことも多い。本人は好きで農業をやっているのだからいいが、度が過ぎると何事もよくない。ひとごとでなく、1日30分ほどの運動を組み込まないと、明日は我が身である。

 


 ニワトリは1羽につき、1日100グラムのエサが必要と言われている。当方の場合、現在32羽だから、3キロと200グラムということになる。多分、動物性タンパクや植物性タンパクなどいろんな栄養素が入った1日100グラムという意味だろう。自分は今、「コゴメ」しか与えていない。だから、動物性タンパクも植物性タンパクもゼロであり、穀物だけを与えている情況である。カキガラのようなものも、忘れた頃(3~4週間に1度くらい)に与えている程度である。それでもタマゴの殻は固い。タマゴは1日6個くらいはコンスタントに産んでくれているので、産卵率は25%ほどである。

 
 コゴメは適当に鍋に入れて、鶏舎の床にばらまいているが、10分ほどの間に、きれいに食べてしまう。つまり、1日のうち10分間だけが「コゴメを食べれる時間」であり、他の時間は、雑草や野菜くずが食べれるだけである。多分、雑草や野菜くずから、タマゴの殻を固くする成分や、植物性タンパクや、たっぷり太陽光線を浴びた青菜の各種ミネラルを吸収しているのだろう。だから、動物性タンパクはあえてやらなくても、穀類と植物性タンパクだけ(菜食主義)でタマゴは産んでくれる。確かに産卵率は同業者の3分の1程度であるが、
くず野菜→ニワトリの胃袋→タマゴ→ありがたく頂戴(我が家の食卓)→う○こ→野菜→出荷外品(くず野菜)と言うリサイクル(循環)鳥と捉えているので、25%も産卵率があれば十分である。動物性タンパクを与えていないのだから、鶏糞の肥料効果はかなり低いと思う。それと、「う○こ」という循環は、45年前の我が家ではそうだったが、現在の我が家では「中断」している。つまり「う○こ」で循環が途切れている状態である。町内の衛生業者に汲み取りを依頼している。我が家はまだ「水洗便所」ではない。2年後に地域の下水道施設が完備するので、その時点で我が家も「水洗便所」にする必要がある。


 集落に下水道の話が持ち上がった時、これは環境問題にあてこんだ「業者利益」と瞬間思ったが、すでに根回しは終わっていて、最初から「下水道ありき」のような話に持ち込まれていた。賛成か反対かの回覧がまわってきたが、「事情で」、反対することができなかった。集落ではたった一人の反対者もなく100%の賛成だった。


 自分が個人的に下水道の誘致に反対した理由は

(1)トイレの改修(100万超)にカネがかかりすぎる。


(2)下水道設備の各戸負担金が何十万にもなる。


(3)毎年、下水道代がかかってくる。


(4)う○こを処理する自由な選択ができなくなる。

 イ、自分で田んぼに施す。

 ロ、衛生業者に汲み取りを依頼する

 ハ、バイオガス(メタンガス)発生装置を作り、ガスと肥料を自給する。

 ニ、単独合併浄化槽の設置


(5)仮に下水道設備が完備されても、どこの環境がよくなるのか理解できない。化学肥料や農薬や除草剤がたっぷり使用された田んぼの水は、下水道に通されることはない。魚も蛍も戻れない。環境問題はハード(箱物)事業ではなく、本来、ソフト事業である。何も改善されない。


(6)下水道には耐用年数があって、何十年かに1度は設備の更新が必要になり、知らん間に下水道料金に転嫁される。


(7)町内一斉の事業ではなく、町内で下水道整備をしていない地域も多い。そして、下水道という設備自体にすでに見直しの議論が出ている。つまり、下水道の整備は「町内(国内)の中途半端な整備」で終わってしまう可能性がある。下水道代を負担せざるを得ない住人と負担しないですむ住人。


(8)下水道は貧乏人と高齢者には厳しい事業である。公共事業がないから下水道に群がってくる各種業者。下水道設備自体が内包する環境への負荷の問題。耐用年数があるという問題。

 

 山村移住を考えている方は、上水道、下水道、簡易水道(山水)、田畑に利用できる水、この「水の4項目」について、事前によく調べておく必要があります。「美しい水は命」、「我田引水」、水をめぐる問題は昔も今も変わりません。

 
 現役世代の移住なら、下水道のない地域を選び、上水道に新たに加入する場合、負担金がかかってくることはないかどうか、共同の簡易水道の場合も、新たに加入させてもらう場合、負担金がかかってくることはないかどうか、一人の簡易水道の場合、水をどこから引いているか、水がどこでどうなっているか、定期的に注意することはないか、よく尋ねておく必要があります。田畑に利用する水も、事前に地域の何人かに確認しておく必要があります。


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避けて通れない4種類の農具

 年に2回、クボタの営農情報誌が送られてくる。農機具をお世話になっている店の紹介で送られてくるようになったと思うが、ボクに送ってきても、送料と冊子代が無駄になる。機械を買おうにも買う資金がないし、機械は苦手だから、とにかく機械を使うような農業は避けている。でも、どうしても避けて通れない機械がある。それは

(1)乗用トラクタ

(2)管理機(ミニトラクタ)

(3)エンジンポンプ(井戸水をポンプアップ)

(4)草刈機

 の4種類である。乗用トラクタは父が買っていた。管理機とエンジンポンプと草刈機の3点だけ自分が買った。管理機とエンジンポンプと草刈機はそれぞれ10万以下で買える。だから買うことができた。

 
 乗用トラクタは、
壊れたらもう買えない。中古でも20~30万はするので買う余力はない。乗用トラクタはオイル交換さえきちんとやっておけば、大きな故障はないようである。オイル交換もトラクタの爪の交換も自分ではできず、農機具店にしてもらっている。

 
 こんな調子だから、とにかく、農機具を買えば、その後の修理とか点検代が高くつく。だから、努めて機械類を使わない農業をしている。乗用トラクタもあまり乗らない。4年に1度くらいのオイル交換で十分なくらいの時間数(走行距離数)しか乗っていない。

 
 管理機はほとんど壊れない。これもオイル交換さえ忘れずにしておけばよいようである。こっちのオイル交換は親しい人にしてもらっている。

 
 エンジンポンプは2度買い替えるはめになった。1度はオイル交換の忘れで、もう1度は冬にポンプの水抜きを忘れて水が凍って壊れた。

 
 草刈機は利用頻度が多いので2台目である。1台目は父が買っていたので、自分が買ったのは初めてである。

 
 これに加えてチェーンソーを持っていたが、チェーンソーの刃が、何回教えてもらっても研げないので、結局チェーンソーは近所の親しい人に使ってもらうことにした。持っていても仕方がないから。

 
 機械(道具)に関してはこういう状態だから、とにかく機械を使わない農業をしている。でも上記4種類だけはどうしても必要である。だから、稲作などはとてもできない。

 
 管理機もエンジンポンプも草刈機も保管する時に、ほとんど場所をとらない。乗用トラクタだけは軽四の駐車場くらいのスペースが必要である。

 
 機械類はこの4種類だけだから、突然農業を止めても惜しいと思えるような機械は何一つない。乗用トラクタは自分が買ったものではないし、管理機はすでに17年も使っている。

 

 今止めるとちょっと惜しいかなと思えるものは、機械ではなく、トリ小屋と物置である。この二つは同時に建てたが、合わせて41万円だった。まだ築16年と2ヶ月である。後少なくとも15年くらいは使わないと元が取れない。

 
 元は取れていないのに、屋根のトタンが錆びて(腐って)、トリ小屋も物置も何箇所か雨漏りがしている。だから屋根の波トタンの交換をする必要にせまられている。大工さんにしてもらう予定だが、合わせて10万円近い新たな投資になるかもしれない。


 他に井戸がある。農業用軽四も買っている。こう見てくると、農業を始めてから、かなりの投資をしている。農業にほとんど投資していないと思える自分でも、かなりの投資である。

 
 農業用軽四はすでに2台目である。1台目は16年乗り、2台目は去年の5月に新車を買った。

 
 井戸は平成10年10月に27万円かかっているので、まだ9年しか使っていない。今止めると大損。年間平均3万円も井戸の水代にかかっていることになる。しかも、この井戸の上に小屋があった。誰かが井戸に落ちたらいけないと思い、井戸の上に小屋を作ってもらったが、これがちょうど10万円かかった。しかしこの小屋は3年前の平成16年10月20日にやってきた台風23号によって、跡形もなく吹き飛んでしまった。残骸を探して歩いたら、大きな残骸が100メートルも先にあった。

 
 つまり、井戸と井戸の小屋を併せると37万かかっている。9年間で割ると、年間4万円余りも井戸の水代がかかっていることになる。

 
 農業に投資していないどころか、計算上はかなり投資している。でも必要最低限の投資だった。だから農業はしない方がよい。こういう必要最低限の投資が次から次へと出てくるからである。

 
 とにかく今止めてしまうと、到底、元は取り返せない。


 よくもまあ、年数や金額まで事細かに覚えていると思われたら、それは青色申告決算書の減価償却費の内訳に書いてあるからです。農業を始める前はこういう仕事をしていたので、決算書や申告書を書くのに時間はあまりかからない。不得意なことばっかりの中で、数少ない苦にならないことの一つである。百姓には百種類の仕事があるから百姓と言われるが、1年に1度だけ案外と役に立っている。

 
 
 10年前、ここら一帯の田んぼで、一人の男が百姓をしていた。

 

 今は荒れ果てて、見る影もないが、その当時はまだ田んぼに竹など生えていなかった。

 

 カネにもならんのに、よう呑気に20年もその上も百姓がやれたもんじゃ・・・。

 

 あの家にゃあ、女が外に稼ぎにいっとったから、せえで百姓がやれたんじゃ。外に稼ぎにいっとらなんだら、百姓じゃあ食えん。

 

 米も野菜も10年ほど前に、どこの家にも止めてしもうたんじゃ。

 

 それからまた10年が過ぎた・・・。



 何も食うもんがねえ。どこにも売っとらん。野菜も米も作らにゃあおえん。


 
 イノシシやシカを捕まえて肉にありつかにゃあおえん。


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田舎移住への第一歩

 7月中旬~8月お盆の1ヶ月間は、農業者にとって、ちょっと一息つける時期である。春夏作の農作業はほぼ終わり、秋冬作の農作業の開始はもう少し先というのが今の時期である。ただこの時期、当地では集落の出仕事が多い。

(1)土手の通学路の草刈。午前7時~8時半頃まで。

(2)集落の共同墓地周辺の草刈。

(3)簡易水道(山水)の掃除。

その他、

(1)集落のその年の役員などを決める集会→1月第4日曜日

(2)春の農業祭→5月の第1日曜日

(3)梅雨入り前の用水掃除→5月の第2日曜日

(4)クリーン作戦(集落の川や山沿いの道のゴミや空き缶ひろい)→7月上旬

(5)秋の農業祭→10月の第4日曜日

どこの集落でも、これくらいの出仕事や行事はあると思う。

 

 今朝はさっそく昨晩の台風一過の復旧作業をした。あまり吹かなかったように思ったが、それでもかなり倒れていた。オクラ、スイートバジル、ナスビ、ピーマンの4種類を起こすの午前中かかった。

 
 午前中は曇天だったのに、昼から一転して、照りつけるような太陽の日差しだった。雨天が続いた後の急激な照りは、作物にとってはよくない。葉がしおれたようになった野菜もあった。明日朝もしおれているようだと、その作物は復帰しない。

 

 サツマイモの黒マルチと黒マルチの間の通路の草取りをした。もう少し早くすれば1時間もかからなかったのに、これ以上遅らせれないという段階で草取りをしたので、3時間余りかかった。自分の場合はこういうパターンになることが多い。

 

 秋冬作は、春夏作ほど、農作業に手間がかからない。アブラナ科四天王である、ダイコン、カブの種蒔きと、キャベツ、ハクサイの定植は、時期がほとんど同時である。9月12日~9月19日頃の1週間内に集中する。作業が集中すると忙しい反面、4種類が同時進行できるので、楽な面もある。そして、秋冬作はこの4種類さえ成功させれば、他の作物は失敗することはない。逆に言えば、この4種類は生育初期の虫害により、致命的被害を受けやすい。

 
 他は、ネギ、シュンギク、ホウレンソウ、レタスの4種類であり、虫害はほとんどないし、短期間に大きくなる。

 
 ニンジンの種蒔きはダイコンとカブの種蒔きより1ヶ月ほど早いが、虫害はほとんどない。
 
 秋冬作の野菜は以上の9種類が主体である。

 
 春夏作でありながら、秋冬作と一緒に出荷するようになるのが、生育期間の長い、サトイモ、サツマイモ、ヤーコンの3種類である。以上で12種類である。

 
 結局の所、秋冬作で問題になるのはアブラナ科四天王だけであり、これを如何に作り上げるかがポイントになる。

 
 御津町のY君のように、周囲が稲作の田んぼに、ぽつんとアブラナ科野菜を作付するようにすると、害虫の被害を免れると思う。しかし、誰もがこういう作り方ができるわけではない。

(1)周囲に近所の家庭菜園があったり

(2)前年、害虫が大発生した田んぼの近くだったり

(3)田んぼが一箇所にまとまっていて、毎年野菜だけを作ったり

 
していると、どうしても害虫が避けられなくなる。

 

 秋冬作においては、春夏作に比べて、草の勢いが全く違うので、ダイコンやカブの種蒔き後や、キャベツ、ハクサイの定植後に1~2回、土寄せをしてやれば、その後は草の心配はいらない。

 
 自分の場合は、野菜の個人客は少ないので、アブラナ科四天王の比重は小さい。だから、9月より10月が忙しい。

(1)ロケットの定植(アブラナ科のハーブ。ロケットはアブラナ科の中では虫害がかなり少ない)を2500本ほど。

(2)ホウレンソウの定植(直播して間引くのが苦手で、ポット育苗して定植している)を1500本ほど。

 

今日の一口メモ

田舎へのパスポート

(1)今は各県に、いろんな新規就農支援制度があるので、希望する県に尋ねてみる。

(2)決して購入しないこと。借地、借家がいくらでも可能。今、山村では空き家がゴロゴロ、田んぼは草ぼうぼう。

(3)人づてを探す。その人の紹介で山村移住をする。これが地域の人の信用を得る一歩。

(4)山村には害獣が毎晩出る。イノシシ、シカ、場所によってはサルが出る。農作物は囲いの中で作っている状態である。農業収入で田舎暮らしは本当に困難と思う。

(5)農業に依存しない田舎暮らし。農業以外のことで100万ほど稼ぐ。後は自給自足。そういう生活をされている方が結構おられる。そういうスタイルの田舎暮らしをされている方を見つけて、話を聞かせてもらったり、体験をさせてもらう。

(6)田舎移住を導いてくれるような、よい出会いがあることが、田舎移住への第一歩になる。


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70才まで15年

 若い人から見れば、54才の自分はもう「すんだ人」みたいにみえるのだろうか。確かに大きな変身はなさそうだし、農業の新しい展開もない。


 農業に関しては、現状をキープしながら続けていくだろう。続けるにしても、出荷農業は65才くらいまでだろうから、後10年ほどである。自分の力量では、今くらいの農業展開しかできなかった。今後は稲作に近いような農業展開にしたいと思っている。稲作の忙しいのは5月~10月末頃までの半年間であるが、野菜もそれに近づけたい。自分の場合は、11月中旬のタマネギ等の定植が終われば、もう農作業はあまりない。11月以降は「草」がほとんど伸びないし、緑肥の麦類(敷き藁用)を蒔こうと思わなければ、取り立てての農作業はない。1月中旬を過ぎると業務用の注文が減ってくるし、3月、4月は農業をスタートした頃から、出荷はしていない。

 
 農作業が本格的に始まるのは4月に入ってからであるが、4月は出荷がないので、農作業が始まってもそんなに忙しくはない。だから、だんだんと稲作と同じサイクルで回り始めている。


 表の半年、裏の半年といった感じであり、まるで雪国型の農業形態になってきたなあと思う。


 裏の半年には遊んでいるのかと言われると、遊んではいない。では具体的に何をしているのかと問われると、ブログを始める前の4年間は、農閑期には毎年一冊の小冊子を作ることに励んでいた(自費出版、80冊、8万円ほど)。それ以前は、パソコン習得に費やしたり、ドラムカン炭焼きに一冬を費やしたり、百姓塾の営業に費やしたりした。それよりもっと以前の、農業をスタートしてからの7~8年間ほどは、農閑期など感じる余裕はなく、とにかく忙しかった。


 後2年半ほどで、農業歴20年が来る。過ぎ去ってみれば、あっという間だった。「初心忘るべからず」と言われるが、スタートした頃のことは比較的はっきりと思い出せる。37才直前の転身だから、まあ無茶だといえば無茶苦茶である。でもその後、農業に転身してくる人を見ると、その年齢の人が多いようである。20代の転身というのは少ないようである。やはり、農業への転身は第1の社会(サラリーマン)で挫折した人たちの「ふきだまり」かも知れない。


 30才の時、15年後の45才の自分を想像することは全くできなかった。


 40才の時、15年後の55才の自分を想像することは、ほとんどできなかったが、農業は続けているだろうと思った。


 54才の今、15年後の70才を、近い将来として、想像して見ることがしばしばある。


 すぐ来るような気がする。すでに出荷農業はやめて、自給用の農業だけをしているだろう。


 15年後、誰か後をついで農業をするだろうか。今の所、それは全く想像できない。


 別に農業を引き継いでもらおうと、もらうまいと、それはどちらでもよい。地域を見渡してみても、近隣の農地は荒れ果ててしまうだろう。我が家だけではない。


 今後の15年間は、自分の農業の完結編であると同時に、自分の人生の完結編でもある。たいした人生でなくても、とにかく消滅点は迫っているのだから、完結編を今から準備していく必要がある。
 用意がいいんだなあ・・・いいえ。今までが行き当たりばったりすぎたので、最後の15年間くらいは用意周到にしたい・・・でもこれは多分理想に終わります。老後の資金はゼロだし、国民年金・・・いったいいくらもらえるんだろう。ライフラインも全部は払えないくらいの金額かも知れない。


 最終ステージである70才までの15年間は今まで以上に大事な年月である。農業、ブログ心中、日々の生活、死、3度の食事、小遣いは散髪代だけの農業三昧な日々が今後の15年間も続いていくだろう。でもなんという贅沢。人生の最終章にさしかかっても、都会暮らしの99%の人間は土にも触れることのできない最終章を迎えるのに、自分は、人間の最後の拠り所である「土に帰依した」最終章を迎えることができるのだから。



 
 
外はかなり強い雨が降っているが、風はまだそんなに吹いていない。台風は今、四国あたりにいるのだろうか、岡山に最接近するのは今日の深夜あたりらしい。


 朝、田んぼに行ってからまた、田んぼわきの水路のみぞ掃除の続きをした。


 台風は自然災害だから仕方がない。第一次産業には、毎年のようについてまわる。


 ナスビ→秋ナスに向けて剪定をする前だから、倒れてもあまり影響はない。


 ピーマン→倒れても起こせばよい。早く倒れた方が被害は少ない。


 スイートバジル→背が低いので多くは倒れない。起こしてまわってもそんなに時間はかからない。


 2番蒔きのキュウリ→かなりダメージになるかもしれないが、1番蒔きの地這いキュウリがまだ成っているし、3番蒔きのキュウリも8月5日頃には成り始めるので、キュウリが途切れることはない。


 オクラ→まだ、背がそんなに高くなっていないので、倒れても、比較的簡単に起こせる。小さい頃は弱々しいが、収穫が始まる頃には頑健な作物に変身している。


 ナンキン→水に浸かるかも知れないが、すでにかなり病気が来ている。大きな影響はないと思う。


 ニガウリ、トウガン→定植本数が少ないので体勢に影響はない。


 サトイモ、ヤーコン、サツマイモ→台風の影響を受けることは比較的少ない。


 エンサイ、ツルムラサキ、青シソ→これらの葉野菜はどんな自然環境にも、しなやかで強い。


 ハーブ→スイートバジル以外のハーブは台風の影響はほとんどない。


 こう見てくると、ナスビ(44本)、ピーマン(22本)、スイートバジル(400本)、オクラ(3~4本立ち100株)を起こしてまわればよいので、災害復旧時間は正味2~3時間ほどである。台風が去った後にできるだけ早く復旧する必要があるが、2~3時間ほどだから手間はかからない。


 台風によって精神的にそんなにダメージは受けない。そんなにダメージがあるような農業形態なら、長くは続かない。トマトやピオーネなど、特定の専門作物の場合は、台風の来る次期によっては、大きな痛手になるかもしれない。大きな台風の場合、「ハウスの倒壊」という危険性もある。しかし、台風が原因で農業を止めたという話はあまり聞かない。


 あまりひどい台風ではありませんように・・・。 


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綱渡りのような農業

 今日は出荷だった。雨の日の収穫物は、晴天の日の収穫物に比べて、あまり日持ちがしない。でも野菜は、成長を止めて待ってはくれないので、雨の日であろうと晴れの日であろうと、収穫適期に達すれば、収穫しておく必要がある。


 しかしバジルは雨天、曇天が続いたり、雨の日の収穫だったりすると、先方に届いた時に、葉が黒ずんでいたりする場合があるので、出荷したくてもできない日がある。今日はそんな日だった。こんな時、ハウスがあればいいのになあと思うが、ハウスは

(1)どうしても、特定作物の連作になり、病気が発生しやすくなる。

(2)風通しと透光率が悪いので、病害虫が多くなるような気がする。

(3)温室育ちなので、作物によってはあまり日持ちがしないと思う。軟弱で栄養価も劣る。

(4)台風の時に破れやすい。


 逆に利点は

(1)雨にあたると病気が発生しやすいトマトは、ハウスか雨避けの設備がないと出荷できるようなトマトができない。

(2)バジルのような雨に弱い作物にも便利。

(3)害獣が入らないし、育苗にもハウスがあれば重宝。

 
 
 野菜はそれぞれ単価をつけて、それを合計しているが、農業者によっては「セット野菜」として、個々には単価をつけず、ワンセット(ワンパック)でいくらと決めている農業者もある。
 
 自分の場合もスタート当初はセット価格でしていたが、途中から単価合計方式に変更した。理由は

(1)特定の野菜が失敗した時など、セットではちょっと組みづらいことがある。

(2)その時期にどんな野菜を出荷ができているか、納品書を書くことによって、反復して頭に覚えこますようになり、何月の上旬には○○野菜という風に暗記できるようになった。

(3)顧客に、それぞれの単価を明示した方がいいかなと思った。

(4)慣れると納品書を書くことにも、そんなに手間取らない。


 今日の単価構成は、
(1)タマネギ・・・・・・250円→1キロ

(2)ジャガイモ・・・・200円→1キロ

(3)キュウリ・・・・・・400円(200円×2単位)→単位1キロ

(4)ナスビ・・・・・・・300円

(5)ピーマン・・・・・200円→350グラム

(6)オクラ・・・・・・・150円→15個

(7)ニンジン・・・・・150円→500グラム

(8)ナンキン・・・・・250円→1個

(9)ツルムラサキ・200円→500グラム

(10)エンサイ・・・・150円→350~400グラム

(11)ミョウガ・・・・・150円

 青シソ、ニンニク、ハーブティ用ハーブ3種類はサービス品。
 送料800円で合計が3200円。自分の平均ワンパック価格である。
 
 野菜のワンパックとしては3200円くらいが上限ではないかと思う。月2回で6400円という数字である。

 ナスビに虫害が多く、ちょっと単価がつけづらかったが、その分、少し多めに入れた。来週の月曜日の出荷後に、枝を3分の1ほど切り戻し、葉は全部落として、秋ナスに向けて35~40日間ほど休ませる。
 
 秋ナスが成り出す8月末~9月上旬には、害虫のニジュウヤホシテントウ(テントウムシダマシ)は、いなくなっている。

 8月は上記の内、ナスビとニンジンがない。ニガウリとトウガンも遅れていて収穫できるようになるのは8月中旬頃になりそうである。その時は、オクラ×2倍、ナンキン×2倍にする。2週間に1度の送付だから、日持ちのするものは×2倍でもいいと思う。



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 昨日、久しぶりに液肥を使った。キュウリの2番蒔き、3番蒔き、ニガウリ、サトイモに施した。土がたっぷり水分を含んでいる時は、原液を施しても、あたったりすることは少ない。もちろん、作物の中心部から離れた肩の部分にほどこす。



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 サツマイモの草抜きがまだできていない。マルチとマルチの間の草が伸びて、サツマイモに覆いかぶさろうとしている。台風が過ぎたら、1日も早く草抜きをしないと、かなりツルが伸びているので、入れなくなる。



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 農作業は週に3日間ほどしかできないから、まさに、ぎりぎりで、今日を逃したらできないという農作業が自分の場合はかなり多い。最近はブログ取材で出かけることが多いのでなおさらである。綱渡りのような農業をしている。

 画像のジャガイモ跡地は、雨が降り続くようになる前に耕運しておいてよかった。今の状態では、雨が止んで晴天が5日ほど続かないと乗用トラクタが使えないだろうから。


 台風が近づきつつあり、昨晩から雨が降り続いている。まだいいか、まだいいかと思っていた田んぼの傍らの細い水路の泥上げを、今朝の収穫後にするはめになった。水路の一部が落ち葉でせき止められて田んぼの方に水が入りこんでいたからである。結局、泥上げも泥縄式になった。でもこれはブログのせいではない。毎年こういう事態をまねいているから。




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 ソーラーシステムの電柵ではなく、充電式の電柵で、現在充電が切れた状態である。こういうことはあまり得意でないので、どうしても後手後手になってしまう。電柵の周囲の草刈も急ぐ必要がある。あんたの場合は充電式よりソーラーシステムにすべきだったと友人に言われたが、ソーラーは4万円高かったので、ケチって安い方にした。「安物買いの時間失い」だった。自分の場合、こんな悪循環が多い。



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 同じナス科でも、ナスビは虫害が多いのに、ピーマンにはほとんどこない。



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 マルチとマルチの間の通路に、こんなに草が伸びてしまった。梅雨時期の草の伸びる勢いはすさまじい。左はヤーコンの間の通路、真ん中はバジルの間の通路、右はオクラとバジルの間の通路。


 
 今日またオンドリと戦った。エサやりに出たり入ったりしていたら、急にスピードを上げて飛びかかってきた。だからまた足が出た。相手はニワトリなのに、むきになってしまった。
 先代オンドリにやっていたように、虫食いナスビをオンドリに向かって投げつける遊びをした。ナスビが当たった時のオンドリの仕草がおもしくろくて、繰り返してしまった。

 


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コクシジウム

 農業をスタートした1年後からニワトリを飼い始めた。3月に姫路までヒヨコを買いに行き、家の軒下で飼い始めた。トリ小屋ができたのは2ヵ月後の5月だった。
 
 
 スタートして3年ほどの間に、その人の生涯を通しての「農業の形」というものが大体でき上がるのではないかと思う。

 
 野菜も、ニワトリも、目標とした顧客数(野菜会員)の8割獲得も、3年ほどの内に達成できた。

 
 3年ほどの内に顧客の目標数の8割ほどを獲得できないならば、ワンパック宅配という農業形態には「向いていない」と思う。つまり、形にするには、ある程度のスピードがいるのである。それ以上の年数がかかってしまうのは、その農業形態に適性がないと言える。
 
 
 農業歴が8年目に入った時、「ハーブ」と「ドラムカン炭焼き」をマスターすることを新しい努力目標としたが、ハーブは3年間内に、作ることも、売り先(イタリア料理店)も確保できた。しかし、炭焼きは結局、軌道に乗せることができなかった。炭焼きがあまり得意でなかったのだと思う。炭焼きが得意な人は、一度教えてもらっただけで、一冬でマスターしてしまい、一冬で5~10回ほど焼いている。つまり、一冬でマスターしてしまうくらいのスピードがない人は、炭焼きがあまり好きでないか、あるいは得意でないのである。

 
 何でもですが、形になる時は「猛スピード」で形になる。時間がかかってしまうと、形にできない。

 
 ニワトリを飼い始めて16年と5ヶ月ほどになるが、ニワトリの病気はごく少ないと思う。この間に1回だけ、ニワトリの大病を経験した。それは「コクシジウム」という病気で、ニワトリの病気としては比較的一般的な病気らしかった。1996年7月に発生したので、今からちょうど11年前のことである。その時の様子は今でもくっきりと思い出すことができる。今年のような曇天が長く続いた年だった。その時のことを書いた作文があるので、以下に紹介します。


コクシジウム

 
 
7月21日(3羽)、22日(2羽)、23日(4羽)、24日(3羽)、25日(2羽)、26日(1羽)、メンドリが死んだ。以前、あめんぼ通信で「ボクの鶏舎に鶏病は発生しない」と書いたが、それを、全くくつがえす状況が発生した。梅雨が明けて1週間後、まさに鶏舎がアウシュビッツと化した。あれ、なんかおかしいと気づいてから3日後、最初の3羽が死んだ。
 
 翌日の月曜日、家畜保険衛生所へ電話した。すぐに3人の係員が来てくれた。死にかかったメンドリ1羽と、糞(血便)を持ち帰られた後、夕方、電話をもらった。
「コクシジウム」という鶏病だった。
 
 翌日の火曜日、係員が、水に混ぜて飲ます抗生物質と、鶏舎を消毒するクレハゾール液を持ってきてくれた。今まで産んだタマゴは問題ないが、抗生物質を与えてから1週間内のタマゴは食べないようにと言われた。問題ないと言われたタマゴもちょっと食べる気にはなれなくて、50個ほどのタマゴを捨てようと思い、どこへ捨てようかと考えているうちに、人間でも自分の尿を飲むと健康になるというのを、ふと思い出して、ニワトリにもあてはまると思い、全部のタマゴを割って、ニワトリにやった。タマゴの「カラ」もカキガラのかわりにやった。50個ほどのタマゴを割ると、かなりの量になったが、他のエサはほとんど口にできない状態だったのに、タマゴは翌朝にはきれいにたいらげていた。火、水、木の3日間、水に抗生物質を混ぜ、鶏舎はクレハゾール液で消毒したら、金曜日で死ぬのがピタッと止まった。31羽のメンドリと3羽のオンドリの内、6日間で、16羽のメンドリが死に、生き残ったのは、15羽のメンドリと3羽のオンドリだった。ほとんどのニワトリがエサも食べず、水も飲まず、地面に体を投げ出したような、だらんとした状態で寝そべって、目も、とろんとして、生気が全くなかった。こりゃあもう全部死ぬかもしれないと思ったが、抗生物質が効いたのか、ほぼ半分が死のふちから生還した。

 
 
すぐ上の山に、毎日、3羽、4羽と埋め続けたが、翌日行ってみると、必ず掘り返されていた。多分、タヌキの仕業だろう。はらわたが食いちぎられ、残骨や首があちこちに散らばって、ああ、あと何日埋め続けなければならないのだろう・・・と思ったら、死ぬのが止まった。原因は「水」と「エサ」と「気象」の3つしかないと言われた。


 メンドリが半分になった以上、オンドリが3羽では多すぎると思っていた矢先、電話で経過報告をしていたとき、係員から、オンドリは1羽に減らさないと、メンドリに負担がかかり過ぎると言われた。弱っている今をのがすと、オンドリをつぶす(しめる)チャンスはない・・・、1日のばしにしてはいけない・・・と自分を鼓舞して、2羽のオンドリを鶏舎の外につれだした。左足で押さえつけ、右手はタオルをしぼるように首を4回、5回とまわし続けた。まるでヒットラーのように・・・。

 
 16羽残ったが、病後からちょうど2週間が過ぎて、この間にタマゴは3個しか産んでいない。それだけ重病だったのだろう。しかし、エサの食いは元気なころに戻った。

(1996年、7月)



 原因は「腐ったエサ」だったように思う。コゴメの他に購入エサも与えていたが、20キロ袋入りを1ヶ月半ほどかけて与えていた。7月という高温時に、多分「賞味期限切れ」のエサになっていたのだろう。
 
 
 その後も、コゴメが少なくなったり、なくなったりした時は購入エサを買っているが、夏場には臭いをかいだりしてチェックするようになった。できれば、素性のわかったエサだけにした方がよい。

 
 ニワトリの病気は後にも先にもこの1回だけである。係員が言われた、病気の原因は「水」と「エサ」と「気象」しかないという言葉はずっと記憶に残り、今でもよく思い出している。
 
 
 白装束で来られた時はちょっとびっくりしたが、自分のような少羽数のニワトリ飼いにも、とてもていねいな対応をしてくれた。

 
 普通なら家畜保険所に電話したりしないが、死に方がおかしいというのは、数年飼っていればすぐにわかる。


 あれから11年経過したが、コクシジウムとは縁がない。でも、コクシジウムという病気の発生のおかげで、飼い方が高慢になることを防ぎ、エサにも敏感になっている。

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見解の相違


 自分→イノシシ、シカは害獣。禁猟区や禁猟期間をなくして欲しい。補助金を出して駆除を奨励してほしい。


 動物愛護団体→捕獲したら、殺さず、奥山に放す。あるいは保護区域を設けるように働きかける。


 45年前のう○こ→有益な肥料

 現在のう○こ→産業廃棄物



 その人のおかれた立場や時代の状況によって、見方が180度異なってしまう。


 農業者でも同じである。


 自分のような「中途半端な有機農業」をしている者と、「自然農」をしている人とでは、まるで農業観が異なる。でも、あまりそれを前面に出さないようにしている。


 自然農の人は、自分のような農業を決して真似はしないし、自分も自然農の人の農業を真似をする気はあまりない。


 自分が自然農の人から学びたいと思っていることは、農法ではなく、生き方(生き様)である。自然農の人は自給自足的生活の仕方が上手である。


 自然農の人から見れば、ボクが黒マルチを平気で使っていることに、かなり違和感を覚えるだろう。


 自分は自然農の人を見て、何で作ることにそんなに時間を費やすのだろうと思ってしまう。


 自然農の人は「エコ」を最も重視する。


 自分は「エコ」より経済を重視する。


 自分の場合、農作業時間の半分近くは収穫、仕分け、出荷作業に取られる。だから、週に3日ほどしか、実際の農作業の時間が取れない。


 作ることは一人である。


 出荷には相手がいる。


 出荷は相手の要望や事情により、自分の思いとは裏腹に、作ることの方法(農法)を変更せざるを得ない場合がある。


 たとえば、アブラナ科野菜を完全無農薬で貫くことは、畑が一箇所に固まっている自分の場合は難しい。秋冬作でアブラナ科野菜を失敗すると、ワンパックが組み立てれない。だから自分の意には反しても農薬を使っている。


 作る事と、売る事は、また違った能力を要求される。


 作る事から売ることに状況が移った瞬間から、
(1)送料の問題、どこの運送会社を利用するかの問題。

(2)箱をどこで調達するかの問題。

(3)顧客をどうやって開拓するか、あるいは増やすかの問題

(4)顧客がなかなか続けてくれないという問題

(5)出荷先によっては外観も問題になる。

 等の
問題が浮上してくる。


 つまり、前半戦の作ることから、後半戦の売るという立場になった時、自分の考えの変更を迫られたり、妥協点を見出す必要に迫られたりすることがある。


 自然農の人は、作ことに関しては、相当のエネルギーと情熱を注ぐが、売るという立場で作る事の発想が少ないように思う。もしくは売らずに自給用だけの場合もあるので、農業の後半戦のいろんな事情に遭遇することは少ない。


 しかし、農業をビジネスにするなら、農業の前半戦よりも後半戦が重要になる。


 自然農の人は主に前半戦の農業であり、ワンパックの人は前半戦、後半戦半々の農業であり、市場出荷の人は後半戦に合わせた農業が主体になると思う。


 一口に農業といっても、農業形態が違うと、見解の相違もはなはだしい。


今朝のオンドリ


 今朝、オンドリを蹴っ飛ばしてしまった。止まり木をくぐって集卵していたら、知らん間に近寄ってきていた。この位置では、オンドリからすぐに遠ざかることができず、オンドリが突付こうとした一瞬早く自分の足が出た。一瞬ひるんだが、相手は闘鶏の血が急に騒ぎ出したのか、羽を逆立てて、怒りをあらわにして向かってきた。相手のタイミングをはかりながら、飛びかかってくる瞬間に足裏を口ばしの先端に持っていく。5~6回戦って、相手がちょっと疲れた時に、すばやく、止まり木の下をくぐって小屋の外に出た。

 
どうしてこういう事態になったかというと、今までは、エサを鶏舎の床にばらまくとすぐに集卵していたが、いじめられて下(床)に降りれなくなった2羽のために、別途、1羽は巣箱の上で、もう一羽は止まり木の上で容器を手に持ったままエサを食べさせている。5~10分ほどで鶏舎の床にばらまいたエサがなくなると、2羽のエサを狙って他のニワトリが集まってくる。つまり床のエサがなくなる頃まで、2羽をガードしながら食べさせている。ちょっと面倒くさいが仕方がない。
 
 床のエサがなくなってから集卵のために鶏舎を出たり入ったりすると、もっとエサをくれると思い、自分の動く方へニワトリも動く。止まり木をくぐると、もう一度腰をかがめて止まり木をくぐらないと元の位置にもどれない。止まり木の向こう側にいる時にオンドリが近づくと、とっさには避けようがなく、これが自分の足が出てしまう原因である。ちょっと続くかもしれない。自分でさえこうなのだから、オンドリがいると、他の人に集卵は頼みづらい。


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 画像の止まり木をくぐらないと集卵できない。

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 朝、エサやりに入っても、この2羽が、巣箱から出てこないことがある。その時は巣箱から出し、一羽は巣箱の上に、もう一羽は止まり木に止まらせて、他のニワトリからガードしながらエサを与えている。



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 夕方、青菜をたっぷり投げ込んでおいても、朝はこの通り、青菜のかけらも見当たらない。


おまけ

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 軽四の車庫。45年前は豚小屋であり、豚を3頭飼っていた。


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 軽四のすぐ前の納屋の左側半分にニワトリを、右側半分に黒牛を1頭飼っていた。ニワトリの遊び場が軽四の前あたりにあった。


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 タマネギをつるしているのが、その隣の大きい方の納屋。その隣が母屋。左の青い屋根が自分の私室。25年前の調度品が全く変化していない劣悪な状況下?で、楽しくブログっている。


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Y君の田んぼを訪問

 スタートする前に、自分がイメージできた農業の範囲内でしか、「農業展開」はできないのではないかと思う。


 スタートする前に自分がイメージできた農業は、

(1)多種類の野菜を作る。スペシャリスト型の野菜は自分には無理。

(2)顧客への直販。市場出荷できるような野菜を作るのは自分には無理。

(3)面積は30~40アール。

(4)稲作はしない(ようしない)。

(5)ハウスは持たない(自分で建てれない)。

(6)差し引き手取り額150~200万を予想した。

 (1)~(5)はイメージ通り実現できたが、(6)だけ認識を誤った。その半分しか稼げていない。


 結局、自分がイメージできた範囲内の農業展開しかできなかった。多分、他の農業者も、農業をスタートする前にイメージできた農業の範囲内でしか、農業展開はできないような気がする。


 これに関しては、農家出身、非農家出身はあまり関係ないと思う。もちろん、農業高校や農業大学校を出ているとか、農業と関係のない学部学科を出ているということも、農業展開には関係ないと思う。


 つまり、スタートする前は、みんな白紙の状態で、田んぼに立つわけだが、個人、個人の頭に描くことができた「農業風景」は、それぞれ異なる。そして、描くことのできた農業風景しか、農業展開はできないと思う。


 だから、スタートする前にしっかり思い描いてください。つまり、スタートする時の、農業形態を誤ってはいけないということです。

(1)有機農業をイメージした人は有機農業の道を

(2)不耕起栽培や無肥料栽培の自然農法をイメージした人はその道を

(3)ブドウやトマトの専門作物(スペシャリスト型)をイメージした人はその道を


 スタートする前に、かなり絞り込む必要があると思います。もし、どれもイメージできなければ、実際に半年なり1年なり、どこかで農業研修を受けてからスタートすることになりますが、農業研修を受ける先の選択を誤ると、農業への道をふさがれることもあります。


 今日訪問させてもらったY君は、非農家出身であるが、この地で農業をスタートする前、はたして、どこまで自身の農業をイメージできたのだろうか。

(1)現在34才。当地(御津町内の集落)に入植してすでに6年目。

(2)大学時代に1年間、ケニアでNGO活動に関わる。

(3)大学卒業後、埼玉県小川町の金子美登さんの霜里農場で研修を受ける

(4)金子さんの紹介で、栃木県のアジア学院で2年間働く。

(5)JICAのスタッフとしてモザンビークで仕事をした経験も持つ。

(6)霜里農場で一緒に研修を受けていた女性と結婚して、故郷の岡山へ。

(7)実家は非農家なので、県内で入植地を探し、現在の地へ



 現在の農業展開(農薬、化学肥料は一切使用せず、全て有機栽培)

稲作→140アール

野菜作→100アール

ニワトリ→200羽(エサはヌカやおから、エサ用の麦も作る)


堆肥はフロントローダーで切り返す。堆肥の原料は
(1)落ち葉
(2)米ヌカ
(3)もみがら
(4)トリ小屋の鶏糞
(5)塩(自然塩)
(6)おから・くず大豆・食用油の廃油・ナタネカス
(7)赤土(4トン車で5~6千円)


 
 稲の栽培は、

(1)2月上旬に「なたね」を蒔く。

(2)5月上旬に花が満開になる。

(3)5月下旬にすき込む→田植えの20日前

(4)もう一回耕運して→しろかき

 ナタネを蒔く時に上述の堆肥を散布して、稲に関する施肥はそれで完了。

 ナタネの花(菜の花)をすき込んだ時に有機酸(あく)が出て、それが草押さえになる。田んぼに草が生える間がないように、常時何かの作物を植えておく。


 堆肥や稲の栽培に関して、自分のオリジナルなものは何もない。すべて、現代農業等の雑誌や、専門書に書いていたことであると言われる。時々、県外へも視察に行かれるらしい。きちんと勉強していて、具体的に農法を説明してくれる人である。


 稲作の後に、タマネギ、キャベツ、レタス、ソラマメ、エンドウ類を合計30アールほど作付。






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 トマトとトマトのハウス


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 最近、ミツバチによくお目にかかる。Y君で3人目。ミツバチのためのレンゲも蒔いている。



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 「アゾラ」という浮き草。稲の除草に使う。



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 全てにスケールが大きい。画像はウド。3月、4月も休まず、年間を通して出荷しているため、ウドは端境期の重要な山菜であるらしい。




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 自信作の稲。上に伸びず、横に伸びている。慣行農法の田んぼの稲との、あまりの違いに、迫力を感じた。
 右の画像の山の麓にトリ小屋がある。


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 サツマイモ。2000本ほど植えている。自分の4倍。



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 マクワウリ。害獣の被害はあまりなかったらしい。



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 ナンキン。いろんな品種のナンキンを植えている。何本植えたか聞き忘れた。左の一列の品種は病気がきている。



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 ここにもサツマイモ。サツマイモの右側に見えるのはトウモロコシ。
 トマトとエダマメとトウモロコシを入れると、顧客に喜ばれると言う。自分はワンパックに一度も入れたことがない3種類である。能力差。



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 全体像。この田んぼは全部で35アールの広さがある。

 


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 川向こうに、ハウスのトリ小屋がある。200羽ほど飼っている。鳥インフルエンザに細心の注意を払い、同業者には、近くまで行くことは遠慮してもらっている。


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 せんべい、味噌、ニワトリ肉などの加工品も手がけている。せんべい用に、黒ゴマ、アワなども作っている。画像は大豆で、1本、1本定植したらしい。いったい何本?。



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 最後にまた自信作の稲の画像。ニワトリを半分に減らし、野菜も少し減らし、稲作を伸ばしたいらしい。


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 家の近くのサトイモ。

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 3月に新築予定の家の造成工事も始まっていた。


 現在、集落内の3ヘクタール(300アール)ほどの田んぼの管理を任されている。
 

 集落内で、よそ者扱いをされている入植者の話もしばしば聞いているので、こういう集落に入って、やりづらいことはないですかと聞いたら、全くそんなことはなく、逆に親切だと言う。トータルな実力だと思う。


 すでに農業大学校から、短期の住み込みの研修生も受け入れている。
 
 
 才能にあふれた人である。なかなかこの人の真似をするのは難しいだろう。


 次回のブログ取材の予約をして帰った。次回はもっと切り込みたい。

 


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今日の出荷

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 月、水、金は出荷の日。
 曇天の予報だったので、6時前に起床。睡眠時間は5時間。昼寝を2時間するので、合計7時間は確保。梅雨明けすれば、5時10分頃には起きる必要がある。



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 ナンキンの収穫。通常は、ナンキンのような保存のできる野菜は出荷の日には収穫しない。晴れた日の朝か夕方に収穫しておく。




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 青シソ。添え物でなく、メイン野菜。



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 地這いキュウリ。外観のひどいのは自給用にする。



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 虫害が多くなった。あまりにひどい虫食いは、即、ニワトリ行き。あまりひどくないのはサービス品にまわす。ちょっとの虫食いなら、もちろん通常出荷。



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 まだ収穫が始まったばかり。今日はこれだけしか収穫できなかった。



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 スイートバジル。今日は3ケース収穫。収穫は、ひなえやすい「葉物」から始めるが、葉物の中でも、スイートバジルは最初に収穫。ウオーミングアップというか、習慣である。




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 左はハーブのレモンタイム。その下にレモンバーベナがある。右がツルムラサキ。ツルムラサキは3ケース収穫。業務用では、エンサイの注文は少なく、ツルムラサキの注文が多い。料理に使いやすいのだと思う。



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 左はローズマリー、右はレタス。レタスは梅雨入り前の6月10日頃には出荷が終わるようにしないと、梅雨入りすると腐敗しやすい。今頃の出荷は例外。6月上旬、レタスが終わる頃にはキュウリが出荷できるようになる。



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 エンサイは収穫後、ジョロでさっと打ち水をする。葉物野菜は打ち水をしておくと、包んだ新聞紙が適度に湿って、鮮度保持ができる。

 ハーブのスイートバジルはかなり乾いていない限り、打ち水をしない。レモンバーベナもスイートバジル同様、打ち水をして湿りすぎると、届いた時に黒ずんでいる。その他のハーブは打ち水をしている。



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 左はブラックミント。今日はアップルミント、スペアミント、ブラックミントの3種類を収穫した。右はニンジン。土がついていても野菜を洗ったりはしない。雨で泥だらけになった時だけ洗う。



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 画像はピーマン。キュウリ、ナスビ、ピーマン、オクラ等の果菜類は、出荷予定量にかかわらず、収穫適期に達したものは全て収穫しておく必要がある。
 
 ハーブは収穫適期幅が比較的長い。大きくなり過ぎると出荷できなくなるので、適宜、収穫して捨てる。これに案外時間を取られるので、定植本数に注意。




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 その日の出荷作物が全部収穫できたら、すぐに、軽四の上に秤を置いて仕分けをする。


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 ハーブは軽いので量りづらい。ミントなどは目分量。
 小さいので収穫がめんどうではと思われたら、そうでもないです。小さくても同じサイズのが集団になっているので、ごそっと収穫できます。




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 全体像。この時期の太陽は竹やぶの上から出てくるので、この場所は10時半頃までは日陰である。ここが、絶好の仕分け場であるということに、農業を始めてしばらくたってから気付いた。

 いろんな好条件のおかげで、現在も農業を続けることができている。

(1)40アールほどの田んぼ(18枚)が一箇所に固まっている→収穫時に軽四で移動する必要がないので、全てを出荷日の朝に収穫できる。この内、20アール(2反)は借地。
 その他、点在地や湿田の70アールは稲作農家に委託している。

(2)竹やぶの側という、日陰になる絶好の仕分場があるので、収穫物を家に持ち帰る必要がなく、収穫後すぐに仕分けに移れる。

(3)配偶者が奥様でなく外様であること。夫婦で農業をしたら、自分の場合は生活ができない。スタートする前から、2人で農業をしたら食えないと思った。配偶者が定職についたことが、自分の農業への転身を後押ししてくれた。



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 ノウゼンカズラの花



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 オクラの花


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 かわいい恐竜、トカゲ。蜘蛛を食べていたので、デジカメを近づけても逃げなかった。いつも逃げ足が速いのに。




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 ある人からネットメロンとホームランメロンをもらった。あんたも18年も農業をしているんなら、これくらいできるんではないか・・・と思われるとしたら、否です。農業者の技術は格段の開きがある。自分の場合、4年目くらいまでは毎年上達していったが、その後は、技術レベルの向上が進まないタイプだった。そんなタイプが案外いる。技術的には完全に頭打ちの状態が続いている。


 でも、何が幸いするかは年月が経過してみないとわからない。自分にこんなメロンを作る技術力があれば、多分、これらをたくさん作る事に熱中して、作文を書き続けることなどなかったと思う。


 
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牛のいる風景(水田放牧酪農)

 今は、動物を間近に目にする機会がほとんどなくなった。

牛・・・1年に2~3回しか見る機会はない。

豚・・・昨日見た以前に実物を見たのは記憶にないくらい昔である。

ヤギ・・・実物を見たのは2年ぶりくらいか。

ウサギ・・・1年に2回ほど友人の家で見る。

ニワトリ・・・これだけは毎日。

牛、豚、ニワトリ、ヤギ、ウサギの5種類の動物は、45年ほど前の田舎では、たいてい飼われていた。牛、豚、ニワトリの3種類は我が家も飼っていたので、毎日、見ない日はなかった。

 今はほとんど人間の前から姿を消し、密室の中で飼われるようになった。

 犬や猫が癒しになる人も多いが、それと同じように、牛や豚やニワトリやヤギやウサギは、長年、人間の癒しになってきた。そんな動物が今、路上から、軒先から、田畑から姿を消してしまった。

 ニワトリは、月に1回くらいのペースで、ごく普通に絞めて(つぶして)食べていた。かわいそうという感覚は多分、絞める瞬間だけだったろう。祖父がよくニワトリの料理をしていたが、それを見るのは楽しみだった。見ながら、今日晩はすき焼きが食べれるなあと思うとうれしかった。

 今日も出かけていた。
   
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 今日の訪問予定地の通り道に、牛が2頭飼われていることは知っていた。幹線道からちょっとはいった農道のそばの田んぼに放し飼いにしているので、牛を見て帰ろうと思えば、いつでも見ることはできた。ブログに載せようと思い、今日は行きと帰りの両方立ち寄った。帰りの時は、この牛の世話人さんがおられて、色々と話を聞かせてもらうことができた。


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 ボクが近寄っても、ちょっと目線を向けるだけだったのに、世話人さんを見つけると、牛は駆け足で近寄ってきた。


 牛が草食動物であることは一般に知られているが、あんな巨体になるのに、草だけ食べて大きくなれるというのは、よく考えれば不思議である。


 草だけでもよいが、世話人さんが1日に1回、画像のようなバケツに半分ほどエサ(トウモロコシ等)を入れて持参する。その目的は、草だけだと、牛が野生化して移動させる時に困るからであるらしい。  


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 左の画像は牛の水飲み場であり、真ん中の画像は、牛が他所の田んぼに行かないように、放牧地内をソーラーシステムの電気柵で囲んでいる。これは県の事業であるから、電柵等はもちろん世話人さんが負担するのではなく、県の方で設置してくれる。
 
 黒い寒冷紗のような物が田んぼの一角にあるのは、牛の日除けのための休み場である。とくに暑い日などはこの黒い寒冷紗の下で涼をとるらしい。


 電柵の1区画を35~40アールほどにして、その場所の草を食べ終わったら、もう一つの区画の方へ移動させる。1ヶ月半ほどで、大体の草を食べつくすそうである。草が伸びだす5月から、伸びるのが止まる10月末頃までの半年間の放牧である。


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 1ヵ月半ほどしたらまた元の区画に戻す。その間に草は再生するらしい。上の画像は今空いている方の区画である。


 世話人さんは、ボランティアで、1日1回のエサやりの世話をしている。集落のすぐそばに広がっている田んぼなので、散歩がてら歩いてきても、自転車できても、さほど時間はかからない。

 
 世話人さんにとって今は、牛はペットのような存在であるらしい。でも、雨の日など、1~2ヶ月に1度くらいは負担になることも出てくるだろう。


 日除けの寒冷紗をかけた屋根しかないから、牛は雨の日はずぶぬれである。しかしそれは牛にとって、さほどストレスにはならないらしい。やはり縛られている(くくられている)のが最もストレスになるらしい。


 ここの牛は1区画35~40アールほどの田んぼ内なら、どこへ移動しようと自由である。以外と早足である。今ここにいたのにと思っても、すでにかなり遠方に行っている場合もある。


 減反の休耕田を利用した、県の事業である「水田放牧酪農」であるが、世話人さんのボランティアに依存している。これでは、この方法も広がらないだろうと思った。    


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ヤギさん

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 今日は、家から20分ほどのヤギ牧場に行ってきた。田んぼ見学をさせてもらった家のすぐ近くに、このヤギ牧場があったので連れて行ってもらった。
 
 この牧場は小林牧場(ルーラルカプリ農場)といって、農協便り等によく掲載されていたので、一度行って見たいと思っていた。


 軽四を降りると、さっそく、かわいいヤギさんが迎えてくれた。人なつこくってとてもかわいい。それもそのはず、ペットのヤギさんだから。つまりペット用に売られているヤギで、中型犬くらいの大きさである。

 広いスペースにゆったりと飼われている。今日は土曜日のせいか、小さな子供を連れた親子連れが何人か来られていた。


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 画像はヤギミルクの加工場であり、ここで、ヤギミルクのプリンやヨーグルトも加工販売している。つまり一次産業(ヤギミルクの生産)、二次産業(ヤギミルクの加工)、三次産業(ヤギミルクの販売)と合わせて六次産業(一次+二次+三次=六次産業)化である。加えて観光牧場でもある。



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 元々は牛の牧場であるが、三代目の農場主が、牛からヤギへ切り替えをされている。広大なスペースであるが、牛はすでに少ししか飼われていなかった。牛は採算ベースにのらないらしい。

 だから、牧舎はがらがらである。がらがらなのが、とてもすがすがしく感じた。肉体的に無理をせず、楽しくヤギを飼っている雰囲気が伝わってくる。
 
 多頭数飼いの酪農は、個人事業としては、あまりに「重い」ような気がする。
(1)牛の飼料の問題

(2)牛の糞をどうするかという問題

(3)多頭数だと「糞尿とか臭い等の公害」の問題


 でも、牧場内を歩いていても臭いはほとんどしなかった。牛の数はごく少なくなっているし、ヤギは60頭ほどだから、すでに牧場というより「ヤギの観光牧場」に移行しているようだった。


 まだ30代と思える農場主であり、
(1)観光牧場

(2)ペットのヤギの販売

(3)ヤギミルクのプリンやヨーグルトの販売
 という戦略なのだろう。


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 ヤギさんのそばに黒豚さんが一頭いた。これも子供が喜びそうな動物である。ボクが子供の頃には、集落内で豚を飼っている家が多かった。我が家にも3頭いた。
 
 豚は怒涛のように集落にやってきて、疾風のように集落から去っていった。牛や鶏と違って豚は単なる換金動物という扱いだった。だから、カネになるという風評がたつと、あっという間に集落に広まり、カネにならないなると、あっという間にいなくなった。その間は10年もなかった。我が家に豚小屋が建ち始めた記憶ははっきり残っているし、中学校へ上がる頃にはもう飼わなくなっていたので、わずか5~6年の間だったように思う。踊らされただけの「ドン百姓」が馬鹿だった。もちろん我が家も。まあ、この国がやってきた農政といえば、葉タバコしかり、豚しかり、近いものでは稲作しかりである。何をやっても百姓で食うのは難しい。早く農業を止めた者勝ちだったように思う。


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 アヒルも4羽いた。空からカラスが狙うのだろうか、網がかぶせてあった。


 ヤギは図体が小さいから、牛に比べて扱いやすい。草食動物であり、畦草のような柔らかい草より、笹のような硬い葉を好むようである。牛は飼えなくてもヤギなら飼えそうである。でも口のある生き物はニワトリと同じで留守ができない。今は、ペットとして犬の代わりに飼われるらしい。



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 今朝、隣集落のお金光様の先生から「田植え後の田んぼを写さんか」という電話をもらった。
 すでに先生は80才が過ぎているし、足もあまりよくないので、苗を作ったり、植えたりはできない。これらは委託して、水管理だけをしている。無農薬、無化学肥料、無除草の稲作である。苗作りや田植えを委託すると、かなり高くつくと思うが、稲作を続けることが生きがいなのだろう。
 4枚で48アールほど作付されているが、絵になる田んぼが1枚だけあった。田んぼが浮き草に覆われた田んぼである。


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 ついでに畑も見せてもらった。左の画像はナンキンであるが、すでに「ウドンコ病」が発生している。右の画像はナスビであるが、ニジュウヤホシテントウ(テントウムシダマシ)という害虫に葉をかなり食べられている。
 不耕起、無肥料、
草との共生栽培でも、病気や害虫の発生が普通に見られる。すでにボクの田んぼも同じ病気や害虫が発生しているが、先生の田んぼでも同じように発生している理由は、
(1)草が伸びて、風通しが悪くなっている。

(2)草が、害虫の格好の隠れ場になっている。

(3)草に栄養分を取られて、栄養失調気味となり、病気や害虫に負けやすくなっている。

 これは自分がそう思っただけである。先生にこんなことは言わない。野菜は先生の自己主張であるし、自分の野菜も自己主張である。それぞれの自負と偏見の野菜を作ったらよい。


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 左はカタツムリ、右はゴボウの花。
  

  

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 先生と話している時、先生の弟さんの話題になり、「行って見るか」ということになった。車で20分ほどの距離である。
 家の前にある大きな池の土手道を、合鴨が2羽歩いていた。

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 門構えのりっぱな家だった。



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 家の前の道路沿いに、こんなハウスが5棟並んでいた。真ん中のハウスは、これから水を入れてハウスを閉め(高温にして)、太陽熱消毒をされるそうである。


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 左は観賞用のナスの作付、右は切花の作付である。


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 左は千日紅、右はヒマワリの一種。

 ハウス5棟に、これらの露地の花。他にブドウも10アールほど作られている。すでに70代の半ばが来るのに、よくこれだけの作付が切り回せると思う。奥さんと2人でされているが、自分の作付量よりかなり多い。


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 今、ミツバチにも関心を持たれているようだった。パソコンルームも見せて頂いた。すでに10年ほど前に「私の花畑にようこそ」というホームページを作られている。

 
最初のヤギ牧場は、弟さんと同じ集落にあり、先生、弟さんと3人で見学に行かせてもらった。


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 夕方、先生にもらった赤シソを塩でもんでいたら、マルミさんが、「あんた、おばあさんみたい」と言う。
 梅の本漬けをした。

  


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農業に依存しない田舎暮らし

 オートバイに乗り、ふら~っと訪れた地を気に入り、住み着いてしまった・・・。田舎暮らしは案外、こんな形で始まるのだと思う。
 

 満員電車の中でふと、サラリーマンを止めたいなあと思った時・・・。
 

 部屋でぼう~っとテレビを見ていた時、画面に映し出された田舎の生活を、自分もしてみたいなあと思った時・・・。


 頭にひらめいたことを即座に否定してしまわなくても、その思いが強ければ、いつの日か実現することもある。それは30代もこともあれば、40代のこともあるし、60代になってからの場合もある。


 思いが強ければ、その思いが頭の中からすぐには消えず、それに関する情報を集めてみようと、少し行動を起こすようになる。


 無職、脱サラ、現役世代の帰農、田舎に何の知合いもいない、特殊な技術もない、でもとにかく今の状態から脱出したい・・・こういう人でも、きっかけさえあれば、田舎暮らしは皆目無理ではないと思う。半日、アルバイトをして、半日、自給自足の田舎暮らしをしている人もいる。独身の人もいるし、夫婦の人もいる。半々くらいである。


 漠然とした思いでもいい。どこの県に住んでみたいとかの夢のようなものがあれば、休日を利用して、あてもなく、目的もなく、ドライブしてみるとよい。この「あてもなく」というのが、田舎探しにはいいと思う。地図なんかを頼りに、ふら~っと田舎を訪ねてみるとよい。縁もゆかりもない土地で車を止めて、ぼう~っと周囲の景色をながめるのもよいし、車から降りて、てくてく歩いてみるのもよい。


 田舎暮らし=農業と考える必要はないし、田舎移住=定年帰農と考える必要もない。現役世代であっても可能だと思う。ただ、家族がいなくて、自分一人だと、より可能性は高くなる。


 田舎暮らし=農業という考え方は従来の考え方であり、田舎暮らし=自給自足的生活が、これからの方向のように思う。自給自足的生活でも最低限の生活費は必要だから、それをどう稼ぐかである。


 田舎では、いろんな害獣が出没するので、実際問題として、農業を職業にするのは極めて困難だと思う。ハウス等の設備をすれば害獣も入らないが、そうするには、かなり大きな投資を伴う。


 だから、半分は自給自足的農業、半分はアルバイトのような方が結構多い。半農半Xの、Xをどう稼ぐかが、その人が田舎暮らしを継続できるか否かの分かれ道になると思う。



(1)ふら~と訪れた地、山村、過疎の集落


(2)飛び込みで、そこの何人かの住人と話してみる。


(3)とりあえず、その地域の役場、公共機関に出向き、空き家情報等を聞いてみる。


(4)どんな地域でも先人は必ずいる。自分がめざそうとしている半農半Xの先人に出会えるかどうかが、その地域に「仮の宿」を見つけることができるかどうかのポイントになる。
日本有機農業研究会の有機農業者マップ
岡山県では、岡山エコ読本
県立図書館、市立図書館、地域の図書館
地域の公民館
等で情報を得る。


(5)半農半Xの先人を見つけても、一人だけでは多分、その人の独善と偏見を聞かされるだけである。4~6人と多くの先人に出会う必要がある。


(6)1回目の移住で、自分に適した移住地と感じるなら、それは幸運なことである。そうでない場合は、そこを拠点に第2の田舎暮らしの場所を探す。より肥えた目で田舎が見えるようになるだろう。


(7)しかし、2回が限度と悟った方がよい。あまり移住地を変わってはいけないと思う。そこが2回目の田舎なら、運命を享受して住み続ける努力をした方がいい。


(8)今、田舎では空き家がいくらでもある。今後10年の間にもっともっと増える。そして田舎の土地はただ同然である。しかし購入してはいけない。購入すると動けなくなるし、草刈等の管理をする必要もあるので、土地を買えば土地は将来の負債につながる。


(9)都会は住む場所ではない。働く場所でもない。ホームレスに近い生活を都会でしているなら、田舎のホームレスをめざそう。とにかく、土が身近にある場所で生活しよう。
 カネがなければ都会ではホームレスである。田舎でも状況は全く同じであるが、田舎では1軒家が5千円前後、高くても7千円ほどで借りれるはずである。土地はもちろん無料で貸してもらえる。土地を管理してもらえるだけで、ありがたいのである。


 
 日本の山村は今、崩壊を始めている。若い人が村に入ってきてくれれば、歓迎される。崩壊しかかっている集落なら、排他的であったり、よそ者扱いはしない。というよりできない。よそ者扱いをされるのは、集落が集落としてまだ機能している田舎である。集落が集落として機能している田舎は、交通の便もよく、アルバイトに出るにも便利がよく、各種公共機関も近くにあり、買い物にも便利であり、イノシシやシカ等の害獣もまだ進出していない可能性もあるが、そういう田舎は、冠婚葬祭の付き合いも残っており、地域の行事や出仕事も多い。
 
 
 田舎暮らしをするなら、かなり不便で、害獣が頻繁に出没しても、過疎の山村集落を選択した方がよいと思う。そして、自給的な農業をしながら、生活していくための最低限の収入をどうやって稼ぐか模索することだと思う。


 あまり本を読んでも仕方がない。情報過多になると惑わされて選択に迷いが出る。


 現地に足しげく足を運び、風を肌に感じ、水の音に耳を傾け、土の上を踏みしめて歩いて、小鳥の鳴き声に耳を澄ませ、遠くに見える風景をただひたすら眺めてみよう。


 地域の公民館や役場に足を運んで、自分の目指しているような先人がいないかどうか聞いてみよう。そして、出会えたら、またその人に、他に知った人がいないかどうか尋ねてみよう。そうやって、一つ、一つ、足で探していくやり方が、自分の故郷探し、自分の故郷作りに大切だと思う。


 求め続けていれば、必ず出会えると思う。ドライブでふら~っと訪れた地で、念願の田舎暮らしが実現したら、あなたの経験が、第2、第3の後輩の希望になるでしょう。 


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野菜を作るには


 野菜作りは簡単であるが、最初の一歩がなかなか踏み出せない。

(1)田んぼか畑が必要。プランターで作ると、日々の水遣りがめんどうだし、根圏が限られているので、よいのができない。


(2)クワかヨツメで土をほぐし(酸素を送る)、草を抜いておく。草を抜くのは、草に栄養分を取られるから。


(3)植える場所の畝立て(畝上げ)をする。畝立て(畝上げ)の目的は
 イ、畝上げの高さ分だけ根が伸びる範囲が深くなる。

 ロ、畝上げして低くなった所が、収穫時の通路になる。

 ハ、畝上げすると、その箇所だけは、大雨が降ってもつからず、通路だけつかる。


(4)畝の上に肥料を施す。肥料を入れないと、たくさん収穫できないし、大きくなるスピードが遅いし、栄養失調になると病気や害虫が発生しやすい。
 肥料は土と混和する必要はない(混和しない方がよい)。土の表面に置いた方が草押さえになるし、雨とともに肥料分が土中にしみこんだ方がよい。
 手っ取り早く、市販の肥料を買ってすます。


(5)苗は市販の苗を買う。1作物30本までなら、種からスタートするよりはるかに経済的である。トマトとピーマンはそうしている。ナスビとスイカはもらっている。ナンキン、キュウリ、トウガンのウリ科野菜は出芽がよく、育苗期間が短いので自分で蒔く。


(6)苗を植えた場所や種を蒔いた場所の土を露出しておいてはいけない。苗なら、黒マルチをしてから手で破って植えるか、もしくは、植えた後に、苗の周囲に藁や枯れ草を置いて、強い雨にたたかれたり、強い太陽で水分が蒸発するのを少なくする。
 種を蒔いたら、その上からクン炭もしくはもみがらをかぶせる。理由は上記と同じである。

 初心者はこの(6)がわからない。

(7)定植苗の1~2割はネキリムシ(ヨトウムシ)にやられると覚えておいてください。全くやられない場合もあるが、ひどい場合は5~6割もやられることがあります。


(8)植えてから収穫するまでの期間は、あまり手がかからない。
キュウリ→地這いなら敷き藁、登らすならネットをする。
ナンキン→敷き藁をする。
ナスビ→一番花の下の2本のわき芽を残し、後は摘み取る。
エンサイ→一箇所に2~4本植えて、1~2本に間引く。
 等である。


(9)ほとんど追肥はしない。元肥だけで終わらせている。


(10)収穫が始まったら、収穫適期のものは、出荷の有無にかかわらず収穫する。収穫しないと植物体に負担がかかる。


 これが一連の流れである。




 最近、オンドリが攻撃的になってきた。朝、エサを持って入る時はそうでもないが、夕方、タマゴを取りに入ると、いつの間にか自分の足元近くに来ている。そして鋭い口ばしで突付く。メンドリに突付かれても全く痛くないのに、オンドリは攻撃しているのがはっきりわかる。ここは俺の縄張りだから、お前は用もないのに入ってくるなというようなオンドリの突付き方である。これが結構痛い。足で蹴っ飛ばせばいいのだが、これが習慣になってしまうと、狙ってくる、蹴っ飛ばすという悪循環になるので、できるだけ冷静にふるまう。素早く、タマゴを集めて、オンドリの様子を伺いながら、足早に小屋の外に出る。


 ヒヨコ時代のスキンシップ作戦が、今は全く効果がない。効果があったと思えたのは、オンドリが2羽いた時だった。多分お互いに牽制していたので、ボクに目を向ける余裕がなかっただけなのだろう。


 2羽のメンドリは相変わらず、群れの中に復帰できない。エサは別途、巣箱の上や、止まり木の上で、容器を手で持って食べさせている。2羽一緒には食べない。これも人間社会と同じで、いじめられている2羽にも序列があって、もっと弱い方が遠慮して近づかない。


 ああめんどうくさい。この2羽、どうしよう。ニワトリをたくさん飼っている友人に相談したら、分離して別の小屋で飼うか、そのままの状態で見て見ぬ振りをするか、どちらかだと言う。分離すると、元の群れに復帰するのは難しいらしい。

(1)分離する。

(2)見て見ぬ振りをする(そのままにしておく)。

(3)しのびないが、集団から外れた2羽を絞める(つぶす)。

(4)害獣がいるので最後の一晩になるかもしれないが、自由の大地(すぐ上の山)に放す。


 ずるずると(2)を選択しそうである。あなたなら、どういう選択がいいと思われますか。


 ニワトリを飼うということは、こういう場面にも直面するということです。でも今回はこういう状態が長引いている。今までは、自分が考え始める前に
(1)元の群れの中に戻っていた。

(2)突付き殺されていた。

 のどちらかだった。


 我が家の鶏糞はあまり臭くない。植物質のコゴメと雑草、野菜くずしか与えていないので、鶏糞の窒素分は少なく、だからあまり臭くない。肥料効果の少ない鶏糞だろうが、雑草類をかなり大量に与えているので、食べ残し等もあり、有機質がほとんどの鶏糞がたくさん取れる。だから、肥料というよりも敷き藁感覚で利用している。


 今日は梅雨の中休みでよく晴れた一日だった。晴れた日の日中はとにかく田んぼで身体を動かす。田んぼに出れば、急ぎの農作業が次々に目に入るという状態は、何もかも忘れて、目の前の仕事に没入できる。


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 出かけたり、雨天だったりで、グイチゴ(グイイチゴ)を食べ忘れた。最もいい状態は6月28日~7月2日頃である。今年のグイチゴの食べ収めをしてから、草刈機で刈り払った。グイチゴの下には細い水路があり、梅雨末期の大雨に備えて、水路の掃除をする必要がある。


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 今年のラベンダーもそろそろ終わりである。


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 オクラの花はきれいである。大型の花であるが、大きなオクラの葉に隠れて、ちょっと見えにくいのと、花色が薄黄色なので、あまり目立たない。


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 キュウリの2番蒔きが成り始めた。




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 ツルムラサキは何度も蒔きなおしたが、最初に少しだけ定植できた分の出荷が始まった。茎が30センチほどに伸びたら、根元の2節を残して摘み取り収穫を繰り返す。残した根元の2節からまたわき芽が伸びてくる。害虫も病気もほとんどない強健な野菜である。収穫期間は11月中旬頃までの4ヶ月間に渡る。


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有漢から北房へ (2)

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 有漢から北房へ抜ける広域農道から写した北房の町。北房は山に囲まれた盆地の町である。この広域農道ができてから、有漢と北房の間の距離がかなり短縮されたようである。広域農道の整備と反比例するように田舎から都市への人口流出は続いている。広域農道の目的は、少しでも早く田舎の農産物を都市へ運ぶための道らしいが、その多くは、20年以上前の「高度成長の時代」に計画されたものである。人がますます住まなくなっている過疎地と過疎地を結ぶ道路に、莫大な税金がつぎ込まれた。



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 出会いがなければ、有漢も北房も訪れることのない土地だったろう。お母さんの実家がある北房で農業を始めたDさんと出合ったのは、都会から高梁地域に移り住んだ「ニューファーマーズ」の人たちの親睦会である「わいわいクラブ」でのことだった。ニューファーマーズの方はスペシャリスト型の農業を目指す人が多いが、Dさんは、有機農業や無肥料栽培、不耕起栽培に関心が移っていったようである。画像は家の前の不耕起栽培の畑である。




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 この田んぼも不耕起栽培であるが、この田んぼは不耕起栽培+無肥料栽培である。

 
自分の友人や知人には、不耕起栽培+無肥料栽培をされている方が何人もいる。もちろんそういう方は、無農薬栽培であり、黒マルチ類は一切使っていない。それぞれの思想や哲学からそういう農法に転じていったのであろうが、建部町のWさんの場合は化学物質過敏症という事情、そして北房町のDさんの場合は慣行農法のアルバイトで農薬散布を手伝い、体調の変化を感じたのも、農法を考える一端となったのだろう。
でも自分は、
(1)不耕起栽培も
(2)無肥料栽培も
(3)無農薬栽培も
(4)黒マルチを使わない栽培も
できない。


(1)不耕起栽培については、多くの場合、耕運した方が自分の身体が楽だからである。


(2)無肥料栽培はしない。明らかに肥料を与えた方が収穫量が多いからである。肥料の素材の「ナタネカス」に問題はあるが、メタン菌液肥に年間5袋ほど使うだけである。後はヌカ、クン炭(焼きすくも)、トリ小屋の鶏糞(菜食主義)、メタン菌液肥(ヌカ5、ナタネカス1の割合)。


(3)秋冬作のアブラナ科野菜には農薬を使うことにしている。と言っても、使用量はごくわずか。


(4)黒マルチを使わない栽培は今の自分には困難である。


 他人の農法に批判的になることもないが、他人の農法に同調することもない。どんな農法であれ、農業を継続すること、その一点だけが大事だと思う。


 
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 画像はDさんのブドウ園である。10アールほどのブドウ園をジベレリン処理(種無しにする)だけで、後は無農薬、無肥料でされている。

(1)少し農薬散布をすれば、もっとたくさん収穫できるのであれば、自身に害のない程度の
農薬散布をして、できるだけビジネスにして欲しい。


(2)堆肥等の肥料を施せば、かなり収量が上がるのであれば、肥料を施して、もっとビジネスにして欲しい。


 ここまで手をかけて丹精込めて育てているのであれば、(1)(2)を施用して、立派なブドウに仕上げて欲しい。でもボクの声はとどかない。農業者は誰でも、農法の変更は極めて難しいと思う。


 ブドウ園を作るには、最初の投資が大きくなるが、今は、ブドウ園をまるごと借り受けて、すでに出来上がっているブドウ園を引き続いて管理するという入り方もあるそうである。つまり、家族の後継者でなく他人の後継者である。その場合、家賃みたいに、10アールあたり10万円等のブドウ施設賃借料が発生するが、新規就農者にとってのリスクはこの方が少ないように思う。

 脱サラで始める場合、農業人生はせいぜい20~25年だろうから、大きな投資は極力避けたい。


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軒下に自家採取の種を乾燥させていた。

 

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 ここの集落は全部で7軒だった。何百年にも渡って、自給自足の農業が営まれてきたはずなのに、近世と言う時代のたった50~70年ほどの間に、農業も田舎も見捨てられようとしている。田舎に留まって農業を続けようにも、農業では生活ができない。生きていくために農業を放棄せざるをえない時代である。
 
 ライフラインや各種社会保険料の納付という高負担社会のために、とにかく金銭を稼がなければ、自給自足的農業をしていたのでは、固定的支出であるこれらの支払いができない。自由選択のできない一律的負担が、職業の選択や生き方の選択肢を限りなく狭くしている。でもこれから逃れる道はまだ自分の頭に浮かんでこない。


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 この家にも、懐かしい「葉タバコの乾燥場」の建物があった。今はもう崩れかかっている。
 
 右の画像は桑の木である。葉タバコ以前には蚕(かいこ)を飼っていたらしい。2階が蚕様の部屋になっている。葉タバコのエキスが蚕を死に追い詰めたらしい。


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有漢から北房へ (1)

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 有漢から北房へ、片道2時間の田んぼ訪問だった。待ち合わせ場所は、有漢町のシンボルである「石の風車の公園」。高原にそよ風が吹くと、「石の風車」が静かに回る。


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 石の風車の公園から10分ほどの所にTさんのブドウ園がある。まだ青いブドウがすでに立派な房になっていた。このブドウはTさんが10年ほど前に脱サラしてから植えられたものである。山だった場所を、ユンボとブルドーザーで、自力で開墾された。ブドウの棚も自分一人で作られたらしい。
 果樹を選択するには技術系の人でないと難しいと思う。
 

  
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 家の前に4棟のハウスがあった。これも全て自分一人で建てられたらしい。随分大きなハウスである。現在は28アールほどのブドウ園を管理されている。後10アール(1反)ほど増やして、40アール弱くらいなら自分一人でできると言われる。
 奥さんは外に働きに行かれているらしい。


 合計28アールもの果樹園と見事な房のブドウをたくさん成らせる技術力があっても、生活は楽でないのかなあ・・・自分より数倍多く稼いでいると思う。

 Tさんはすでにお父さんの代からこの村を出て、市内に住まわれていたらしい。だから昔は農家であっても、Tさん自身は非農家出身の人と何ら変わらない。
 このブドウやブドウ棚が自分で作れるイメージがあったのですかと尋ねると、できるだろうと思ったと言われる。


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 ここも山林だったのを開墾した。今はまだ幼木であるが、将来的には10アールほどの果樹園になるらしい。




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 趣味といわれる「クラシックバイク」。このバイクはTさんの手作りである。バイクが置かれていたのは工具室だった。それぞれの工具が整然と置かれている。


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 家のそばでウコッケイを3羽飼われていた。



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 ハウスの果樹園につながれているワンちゃん。



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 築150年ほどと言われる、りっぱな屋敷や縁側だった。障子、雨戸の隠し戸、広い縁側、縁側にさりげなく置かれていた1冊の本。風格を感じさせる屋敷だった。昔のままの縁側がそのまま残されている。
 右の画像の農具は何に使われていた農具だろう。


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農業に未来を感じない

キュウリ・・・今年はまだシカにやられていない。


ナンキン・・・イノシシがきていない。


春ニンジン・・・イノシシがきていない。


春ジャガイモ・・・イノシシが来なかった。


サツマイモ・・・まだ葉をシカにやられていない


トマト・スイカ・・・カラスとタヌキの防御をしている。


 農業に未来を感じることができないのは、自分の農業の実力の他に、上記の害獣の出没がある。


 当地では、まだそんなにイノシシやシカの密度が高くないので、防御の必要があると思えるのは、今の所、サツマイモだけである。


 トウモロコシ、マクワウリ、イチゴの3種類は、カラスとタヌキの防御が面倒くさくて、もうかなり以前に作る事を止めてしまった。


 実はこの春、春ジャガイモの防御をする必要があるかどうか、冷や汗物だった。でも電柵を動かすのを負担に感じて、とうとうしなかったが、運良く、春ジャガイモはやられなかった。


 今年の春はタケノコが1本もやられなかったので、ジャガイモには来ないかも知れないと思っていた。サツマイモほど好きではないのかもしれない。


 岡山県下の90%ほどにあたる国道2号線以北では、すでにイノシシの密度がかなり高い。2号線の南3キロに位置する当地では、去年初めてイノシシが出て、集落の3軒のサツマイモが全滅した。


 シカをよく見かけると言うのは聞いていたが、シカの直接の被害は、2年前のキュウリと、去年のサツマイモの葉だけである。しかし、近所では去年、大豆の葉を全部シカにやられている。


 農業をスタートした年から被害があったのは、カラスとタヌキだけだった。ところが最近は、シカ、イノシシという害獣まで加わった。


 害獣防御の手間ひまを考えると、農業を続けることが、だんだんむなしくなる。無農薬だ、無化学肥料だ、農法がどうだと言う以前の問題として、収穫期の害獣の防御をどうするかという問題に立ち向かう必要がある。


 農業をする上で、不得意な作業が多い自分のような農業者は、年を追うごとに状況が厳しくなる。第一線を退くまで待って欲しかった・・・と言うのが本音である。


 害獣の密度の多い地域で、平然と農業をやっている人もいるが、これから農業を始める農業者に求められるのは、以下のような能力である。
第1順位 害獣防御力
第2順位 技術力
第3順位 営業力
第4順位 資本力
 自分のように、農業に適性はあっても、農業に能力のない人間は、今後は農業という職業を選択できない。


 農業者は毎年高齢化して、新規の農業参入者は、継続することが困難な状況になっていると思える今、それでもスーパーにはあふれんばかりの野菜や果物が並べられているのが不思議である。


 タマゴは45年間ほどの間に、20~30羽養鶏から10万~100万羽養鶏に移行したが、今後、野菜や稲作もそういうことになるだろうか。農業に法人が参入できるようになったが、野菜や稲作はニワトリのようにはならないと思う。

(1)スケールメリット・・・ニワトリのように1羽あたりの面積を縮小することは野菜も米もできない。

(2)時間回転率・・・500年前の稲も現在の稲も収穫までにかかる日数は同じである。野菜もそうである。

(3)設備回転率・・・キュウリにはキュウリの設備しか利用できない。1年を通して稼動させるには、冬季の加温設備も必要である。


 法人が参入しても、今の所、儲けにはならないだろう。種苗の独占企業のように、数社の法人しか作れないと言うような仕組みにすることができれば、法人が参入してくるだろう。


 ニワトリは資本主義の都合のよいようになったが、野菜や米は資本主義に都合よくはならないだろう。例えば、カゴメのトマト栽培みたいに都合よく生産できる場合もある。そういう作物は施設内で作る作物であり、あまり場所をとらず、1本のトマトの樹から連続的に何ヶ月も収穫できる物と言う制約がありそうである。


 農業に未来を感じなくても、止めるわけにはいかない。年齢的にも使ってもらえる所はないし、あっても、時給800円ほどの世界である。時給800円くらいは農業ではじき出したいが、きわめて甘くない。
 他の産業でも、誰も未来を感じて働いている人などいない。農業と一緒である。仕方がないから働いている。


 人は誰も絶望の中で生きている。絶望を感じないで生きている人がいるだろうか。未来は見えなくても、「太陽の塔」の作者である岡本太郎さんの語録集「強く生きる言葉」の中の、「生涯を通して、決意した自分に絶望的に賭けるのだ。変節してはならない」という言葉をしばしば頭の中に思い出して暗誦している。


 何も、生涯を通して決意したことなど自分にはないが、今やっている農業を続けるしか、稼ぐ道はないのである。ホームレスの人が、それでも生きていかなければならないのと同じである。
 50代に入ると、安易に道の変更ができない。40代の末頃までに敷けた未完成のレールの上を、絶望的に走り続けるしかないのだと思う。


 農業は、地位も名誉も権威も経済も関係のない職業なのに、人がとてもうらやましがる職業でもある。それは人が、自分の立ち返りたい原点としての農業(土)を心の奥深くにしまいこんでいるからだろう。  


 


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 左が地這いキュウリで、右が登らせているキュウリ。1回目と台風シーズンである4回目を地這いにして、エンドウ類の支柱が空く2回目、3回目は登らせている。

 害獣防御の観点から言えば、登らす方がよい。登らす方が防御面積が小さくてすむ。



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 左がサトイモで、真ん中がエンサイ、右がツルムラサキである。サトイモは1株(約1キロ)で400円。エンサイは350グラムが150円、ツルムラサキは500グラムが200円に価格設定しているが、同じ1株なら、エンサイやツルムラサキの方が圧倒的に経済効率がよい。
 ワンパック宅配の農業者は、作物ごとの経済効率など全く考えもしないが、たまに考えてみるのもよい。



以下のニワトリは昨日写した画像の続きである。

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 止まり木のニワトリを写そうと7時15分頃から7時40分頃まで25分ほど待機している間に、6回、交尾をした。比較的うまく写せたのは3回だけである。


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 巣箱に、いじめられている2羽のメンドリがいるのがわかりますか。寝る時も別々である。


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 上記4画像、とてもほほえましい光景に見えるが、ニワトリの世界は、弱肉強食の凶暴な世界である。同類からはみ出た、あるいは異質のニワトリに対しては徹底的な攻撃を続ける、学校のクラスみたいな組織である。

 


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作付面積と肥料の関係


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 画像は雨の夕暮れ

 9時がまわってから、イタリア料理店に営業の電話を入れたり、友人に「田んぼ訪問」の予約の電話を入れたりしていたら、ブログの時間が足らなくなった。


 イタリア料理店からは、注文の電話が入るのを待つこともあるが、こちらから注文がないかどうか、電話を入れる場合も多い。電話はIP電話にしているので、県外でも市内通話料金である。


 田んぼ訪問は相手の都合もあるので、前もって、いつの日だったら訪問させてもらえるか、電話で確認しておく。田んぼ訪問は1週間に1度の自分の農休日である。農休日は、意識して取ろうと思わないと取れない。


肥料の原材料
 
落ち葉

山の斜面の草(笹やカヤのような比較的硬い雑草)

土手の草(比較的柔らかい雑草)

すくも

焼きすくも(クン炭)

稲ワラ(もらっている)

麦ワラ(必要な場合は緑肥用麦を作る)

トリ小屋の鶏糞

メタン菌液肥(原材料はヌカとナタネカス)

ヌカ(ヌカは生では、あまり施さない方がよいと思う)

ナタネカス

雑草(枯れ草)

地下温床の踏み込み堆肥(原材料は落ち葉、山の草、すくも、トリ小屋の鶏糞、ヌカ、稲ワラ)


 肥料や有機質の補給は、上記の物である。大半は

(1)メタン菌液肥

(2)トリ小屋の鶏糞

(3)焼きすくも(クン炭)

 
の3種類である。

 
田舎では、これらの物が無料もしくは安価で手に入るので、30~35アール以下くらいの規模なら、肥料に、時間もエネルギーもカネもさほどかからない。


 でも、ここに至るまでは、いろんな変遷があった。

(1)スタート直後は、真面目に堆肥なるものを作っていた。落ち葉を集め、近くの酪農家から牛糞をもらって、稲ワラや山の下草等を交互にサンドイッチ状にして、水をかけながら踏み込みをしたもの。
 材料を集めるのがえらい
 堆肥に立てるのがえらい
 堆肥の切り返しがえらい
 堆肥を施すのがえらい


(2)市販の鶏糞を買った年もある
 臭くて、汚くて、1年で止めた。安全性に疑問有り。

(3)町内の酪農家から牛糞堆肥を2トン車一杯7000円で、年に3回ほど買っていた時もある。

(4)友人の鶏糞をもらいに行っていたこともある(保管しておくと、ネズミの被害が大きかった)。

(5)現在のメタン菌液肥を教えてもらってから、これが「自分にとっては一番いい」と思った。


 作付面積と肥料は密接な関係にあり、作付面積が増えると、自分の場合は肥料との循環が崩れてしまう。液肥は施す時が重労働なので30~35アールほどが限度である。

その他に


(1)動物性肥料が多いと害虫が多くなるような気がする。

(2)植物性肥料の方が野菜がおいしいように思う。

(3)肥料を入れすぎて、野菜が消化しきれないと、野菜の味や野菜の日持ちが劣るようである。 


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 午後7時40分のニワトリ。


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プロフィール

水田祐助

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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