あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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義父にコゴメをもらう

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  時刻は午後9時。今日はいつもよりブログのスタートが遅い。何か最近、このブログに毎晩3~4時間も費やしている。結構楽しくて・・・。でも11時を回ると、さすがに目が疲れてきて、しょぼくれだす。長期戦になるのだから、もう少し時間を短縮して、2時間半ほどで終わらせるようにしたいと思う。今はワードで打って、コピーアンドペーストでブログに貼り付けている。やっぱり入力はワードの方がだいぶ楽である。150%に拡大して入力しているので、入力もしやすい。しかし昨日、ワードでは始めて「画面がかたまって動かなくなるエラー」表示が出た。やはり、「ファイル→上書き保存」を何度も繰り返しながら入力する癖にしなければと思っている。

 ボクは口がいやしいので、3度の食事以外にしばしば間食をする。1人社長であり、誰のおとがめもないが、夜9時がまわったら、飲み物以外は口にしないようにしている。その9時ちょっと前にデスクワークの休憩にサツマイモのふかし芋を食べた。アンパンを食べるよりはるかに身体にいいなあと思いながら食べた。でも日中はやっぱりアンパンになってしまう。ふかし芋を食べ終わると、コーヒーとユズ茶(ユズを半分に切って湯のみに入れ熱い湯を注いだもの)の両方を作り、それを持ってまたパソコンの前にすわる。これからの長い夜は、ふかし芋とユズ茶とコーヒー。ほっと一息つける時間である。


 先日の日曜日、義父がコゴメ(もみすりした後にできる玄米でないクズ米)をたくさん持ってきてくれたので、これからまたニワトリのエサにくつろぐ。最近はコゴメがなかったので、①買ったエサ、②ヌカ、③サツマイモのクズ、④雑草でまわしていた。高くつくので買ったエサを少なくしていたら、1日2~4個しか産んでくれない。メンドリは30羽なので、産卵率は1割になっている。産み始めてから1年ほど経過すると換羽して30日~50日ほど産まなくなるが、産み始めは去年の12月末だから、まだ換羽の時期には入っていないと思う。エサが少なくてタマゴを産まないのだろう。昨日から⑤コゴメが加わったので、これでまた産卵率が少しアップするはずである。義父はすでに76才なので、いつまで稲作ができるだろう。干拓地なので1枚の田んぼ面積が大きく2ヘクタールほど作っている。コゴメがもらえなくなったら、30羽という羽数はちょっと多すぎる。15~20羽ほどに減らす必要がある。芋類等の野菜くずだけではタマゴを産んでくれない。エサと敷き藁目的で麦を3アールほど蒔く予定であるが、自分が自給できるエサはこれくらいである。ヌカも無料で手に入るが、やはりタマゴを産んでもらうには購入エサが必要である。義父が稲作からリタイアする時、自分のニワトリも今の半分ほどに減らすことになるだろう。


 オンドリはたまにしか鳴かないが、夜中の3時、4時頃でも鳴くことがある。定年帰農で都会から我が家の近くに入植された方が、20羽ほどのニワトリを飼い始めたが、集落の人から、オンドリの鳴き声がうるさいと言われて、2羽のオンドリを処分したらしい。自分も2羽のオンドリがいるが、まだ集落の人から直接、うるさいと言われたことはない。田んぼのトリ小屋から自宅まで直線距離で400メートル(田んぼのトリ小屋から集落の最も近い家まで直線距離で200メートル)ほどあるが、深夜、オンドリの鳴き声が聞こえることがある。犬を飼っていない人には、犬の鳴き声がやかましいように、ニワトリを飼っていない人には、オンドリの鳴き声はやかましいのだろう。ボクが子供の頃には集落のどこの家でも、軒下のような場所に10~20羽のニワトリを飼っていたが、オンドリはどこの家にも飼っていなかったように思う。子供の頃にオンドリの鳴き声を聞いた記憶がない。「飯のただ食い」であるオンドリは敬遠されていたのかもしれない。


 一昔前には人糞のことを下肥(しもごえ)と言い、大切な肥料だった。でもそれはかなり臭う肥料だった。誰もが田んぼに施している時代は、それについて苦情は出ないが、それが集落で1人となると問題になるケースもある。メタン菌液肥は下肥と同じような臭いがするので、民家の近くでは使えない。


 ブログの途中で、明日の出荷の注文取りの電話を何軒かに入れた。注文の電話がかかってくる場合もあるが、こちらから電話を入れる場合の方が多い。電話はIP電話にしているので、県外でも市内通話料金だから電話代を気にせずにかけれる。あてずっぽうに電話を入れるのではなく、2週間に1度くらいの間隔、もしくは月間の注文頻度から換算して電話を入れるので、たいていは注文がもらえる。前回発送品目のメモ(注文をもらった時のメモ)を見ながら電話をするので、注文の品目漏れもない。


携帯電話は持っていない。今のところまだ必要にせまられていない。


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今日の出荷風景

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 今日は出荷だった。月、水、金の出荷である。出荷の日は出荷が終わった後、30分~1時間ほどしか農作業ができない。ワンパック宅配は出荷作業にあまりに時間がかかり過ぎる。全農作業のほぼ半分が出荷作業である。こんなにも収穫、出荷に時間がかかるというのは、この農業形態の大きな欠点である。市場や農協出荷の場合、全農作業の何割が収穫、出荷作業になるのであろうか。


 出荷の日は上記の図のような黄色のコンテナを22個ほど軽四に積んでいく。16リットル入りの水入れの容器もいっぱいにして軽四に積む。この水は上水道の水ではなく簡易水道の水(山水)である。収穫した野菜にジョロで打ち水をするために使う。収穫物は、収穫のつど物置と竹やぶの間のこの日陰のスペースに置く。その日の全ての収穫が終わったらすぐに、軽四の上に量りを置いて仕分けをする。雨の日は自宅の軽四の車庫で仕分けをする。


これからは太陽の昇ってくる位置が違ってくるので、9時頃にはこのスペースに太陽があたってくるが、軽四をもっと竹やぶのねきに移動させて、日陰になる場所で仕分けをする。収穫物も画像の場所ではなく、日陰になる場所に置く。収穫後に太陽にあたったり、風にあたったりしない方がよい。収穫後はできるだけ早く仕分けをして、収穫物が長く外気に触れないようにする。初夏~秋の間、朝露(あさつゆ)にあたって多少ぬれていても、そして11月末頃から朝霜(あさしも)にあたって多少ぬれていても、どちらの場合もジョロで打ち水をする。こうすると、新聞紙が適度に湿り保存状態がよくなる。野菜は量るが、ハーブのうちミントやタイムなどの軽くて量り辛い物は目分量で仕分けをする。慣れると目分量でもほとんど同じ量になる。軽四の右側にコンテナを3つ重ねて仕分けの都度このコンテナに入れる。下の2つは、腰をかがめたりすることのないように、軽四と同じ高さにするために置いている。1種類の仕分けが終わったら、このコンテナを軽四に載せ、何単位できたか種類ごとにメモしておく。以下、同じ要領である。仕分けにたいてい1時間はかかる。その日の出荷軒数が多ければ収穫も多くなり、仕分けは1時間以上かかる。


 田んぼは、①山のねきにあり、②道の行き止まりの場所にあり、③田んぼが離れていなくて一箇所に固まって40アールあるので、収穫の時に移動する必要がない。つまり①山のねきにあるので、日陰になる抜群の仕分場があり、②道の行き止まりの場所だから、道に収穫物のコンテナを広げたてても誰の迷惑にもならず、③収穫の時に移動しなくてもよいから、朝取りの当日出荷が可能である。スタートして数年が経過してから、この場所は農業をするには抜群の場所であるということが認識できた。この他にもいろんな好条件が重なったからこそ農業が継続できている。①スタートしてちょうど3年間、父が元気で手伝ってくれたこと。②スタートする1年前にマルミさんがフルタイムの定職についたこと。③大きな団地が近くに幾つもあり、引き売りが便利だったこと。④県外宅配を始めた2年8ヶ月後、それまで一面識もない自分に10軒ほどの顧客を紹介してくれた方が2人もいたこと。⑤水問題で悩んでいた8年目の頃、田んぼの一角に地下水の出る井戸を掘り当てることができたこと。これらの好条件が農業の継続を後押ししてくれたように思う。


 今日の出荷は7軒(7パック)であり、在庫のサツマイモの3種類とジャガイモ以外の22種類を収穫した。種類は多いが単位が少ないので、収穫は2時間半で終えることができた。


ハーブ・・・イタリアンパセリ20単位、スペアミント5単位、アップルミント1単位、ブラックミント3単位、レモンバーム1単位、レモンバーベナ1単位、レモングラス1単位、レモンタイム1単位、コモンタイム1単位、スイートバジル8単位、ディル2単位、月桂樹2単位、ローズマリー4単位、セイジ1単位。


野菜・・・ムラサキ芋11単位、オレンジ芋1単位、普通種2単位、ジャガイモ3単位、インゲン10単位、ツルムラサキ6単位、エンサイ5単位、ピーマン3単位、サトイモ1単位、レタス3単位、オクラ1単位、エンダイブ6単位。



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ピーマンの生涯

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 ピーマンは22本植えている。野菜を作ったことのない人には、ピーマンがどんな恰好で成っているのかわからないでしょう。どれくらいの大きさの植物体かもわからないでしょう。いつ頃からいつ頃まで成るのかもわからないでしょう。ボクも17年前はそうでした。ピーマンは「植物」というより「木」です。野菜の中にはこのように、植物でありながら、ごく短期間で「木」のようになる、たくましい作物がいくつかあります。ピーマンの他には、ナスビ、オクラも「木質化」しますが、ハーブのスイートバジルや青シソも「木質化」するくらいパワフルです。植物で終わるか、それとも「木質化」するかは、最後になって、その作物を片付ける時に判明します。多くの春夏野菜は、「初霜」という環境の激変に耐え切れず、かつて繁栄した巨大怪獣のように一夜でその生涯が終わってしまいます。初霜にあたると、湯をかけられたみたいに、萎えて終わりますが、葉が萎えた後、茎だけは残って木のようになっているのが、前述の①ピーマン、②ナスビ、③オクラ、④スイートバジル、⑤青シソです。この5種類は、茎つまり枝を「焼いて」片付けます。木質化しない植物はトラクタでうないこめますが、木質化した植物はトラクタでうないこむことができず、焼いて片付けます。このように、たった2~3ヶ月ほどの間に「木質化」する作物もあるのです。そしてピーマンは、野菜という植物でありながら、3ヶ月ほどで木質化して、その木にぶらさがったような恰好で成っています。画像で確認して見て下さい。ピーマンはこんな恰好で成っているんだと始めて知った17年前は感動でした。今は、田舎在住でも、現役世代のサラリーマンはほとんど田んぼへ出てこないので、ピーマンがどんな形で成っているかなど、大多数の人は知らないと思います。田舎在住でも、生産者しかわからない、あるいは野菜などには全く興味がないというのが実情だと思います。


 ピーマンという野菜は長期間成り続けます。4月の中下旬に植えると6月下旬の梅雨の頃から成り始めて、梅雨明け後の炎天を越え、秋の台風をしのぎ、11月上旬でもまだ成り続けています。初霜の朝、その生涯を閉じますが、なんと、5ヶ月近くも成り続けます。虫害も少なく、病気も少なく、他の野菜に比べると、生産性の高い野菜だと思います。ナスビのように8月の1ヶ月を休ませる必要もなく、逆に、高温の8月を最も好む作物です。ボクは22本しか定植しないので、苗はホームセンター等で4月中旬に買うか、あるいは友人にもらったりしています。買っても、1本が60円ほどなので、25本買っても1500円ほどです。種からスタートすると、ばかばかしいほど高くつきます。種代が500円ほどするし、種を蒔くためには「踏込み温床」が「電熱温床」を作る必要があり、日々の温度管理や水遣りもあって、家を空けることもできず、ちょっとした油断で1日で全滅することもあります。温床の苗床から1本1本、ポットに「鉢上げ」する必要があり、その時にポット土も必要に成ります。定植本数が100本くらいまでなら、買った方が安いです。品種に特別なこだわりがあったり、100本以上定植する人が種からスタートするようです。自分の場合はピーマンは22本でナスビは44本しか定植をしません。ピーマンを25本買うのは、予備苗を含めてです。1~2本はヨトウムシにやられることが多いので買っておきます。どんな作物でも定植本数は暗記しておきます。暗記しておくと、作付が多かったか少なかったか、翌年の参考になります。ノートに書いておくのではなく、いつもそらんじて言えるように暗記しておきます。ボクが22本という定植本数に落ち着いたのは5~6年前からです。個人の顧客数、イタリア料理店からの注文の度合い、収穫に要する時間(その日に収穫適期になっているものは、顧客数や注文の度合いにかかわらず、全て収穫する必要がある。注文が少ないからといって一部収穫に留めると、植物体に負担がかかり、次の成りが悪くなる)は22本だと全部収穫しても12~13分です。出荷の日は野菜とハーブをあわせて15種類ほど収穫するので、ピーマンには実質10分ほどしか時間をかけれないのです。15種類×1種類平均10分=150分=2時間半。収穫は2時間半以内で終える必要があります。


 22本だと、台風で倒れてもすぐに起こしてまわれます。茎葉が強風で傷まないように、台風が来るとすぐに倒れるように、わざと簡易支柱にしているので、定植本数が多いと起こすのが大変です。そういう意味では、ナスビとピーマンを合わせて66本しか定植しないというのは、全部起こすとしても、軽く1時間以内で終わります。ナスビとピーマンは黒マルチをして定植するので、定植後は簡易支柱をすることと、1~2度「わき芽かぎ」をするだけで、草取りは畝間の草取りくらいです。追肥はマルチをはがすのが面倒なのでほとんどせず、元肥一発です。元肥として、メタン菌液肥とクン炭(焼きすくも)しか入れませんが、これだけで、ピーマンは5ヶ月近く成り続けてくれます。ピーマンもナス科ですが、ナスビにつくテントウムシダマシという害虫がピーマンにはほとんどつきません。ピーマンは今、カラーピーマンのパプリカが多く出回っていますが、パプリカを作るのは技術力がいるので、自分は作っていません。種からスタートするとピーマンは3月上旬頃に蒔き、いまだに収穫が続いていますが、秋冬作のインゲンは8月のお盆明けに蒔いて、もう収穫が終わりに近づいています。インゲンの収穫期間は、春夏作でも秋冬作でも2週間ほどであり、ピーマンは5ヶ月近くです。どちらが得かなどは、ワンパック農家にはあまり関係がありません。ワンパック農家では、10種類ほどのワンパックのうちの1種類がピーマンであり、インゲンであるという捉え方をしています。ピーマンは今40キロ地点にさしかかろうとしています。22本のピーマンがまだ一団となって走っています。1本の脱落もなく、グラウンドになだれ込もうとしています。初霜というゴール地点に向かって・・・。



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11月、12月に収穫する果樹

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  これから食べれる果樹の画像をアップした。左からキーウイ、ユズ、キンカンの3種類である。果樹は1本植えておけばかなり収穫できる。何回も農薬が必要な果樹や成らすのが難しい果樹は作らない。放っておいてもできる果樹だけ作っている。だから、リンゴやナシやモモやブドウのような、自分にとって、難しい果樹は作っていない。キーウイは棚がいるので、自分には難しい果樹だったが、11月中旬頃から2月末頃まで、3ヶ月以上にわたって食べれる果樹なので、棚を人に依頼して作ってもらった。苦手なことは躊躇なく人に頼む。もしくは、徹底して避ける。避けれない場合は、必要最低限に少なくする。得意なことだけで手がいっぱいで、他のことをする余裕がないという状態にできるだけ早く持っていく。農業では特にこの事が大切だと思う。キーウイはカラスが食べないし、大型台風に遭遇しても壊滅(全部落下)することは少ないし、生育中に害虫もほとんどこない。収穫後、30~40個ほどをポリ袋に入れて、その中にリンゴを1個入れておけば、2週間ほどで追熟して食べれるようになる。ポリを2袋用意して、1袋を食べ終えたら、順次、次の1袋を仕込んでおく。そうやって、2月末頃まで、冬中食べ続けることができる。キーウイは受粉のための雄木が1本いる。雌木2本、雄木1本植えている。
 ユズは11月の1ヶ月間、ワンパックに2~3個ずつ入れて送っている。11月中旬頃、黄色に色づいたら、残り全部を一括収穫する。キーウイのように長期間は保存できないが、それでも2月上旬頃まで保存可能である。半分に切り、湯のみに果汁を絞り、絞りかすのユズも湯のみに入れ、熱い湯を注ぐとホットユズのできあがり。冬中、コーヒーと共によく飲んでいる。その他、部屋に3~4個飾りに置いておけば、よい香りがする。

キンカンは12月下旬頃、黄色になったら一括収穫する。年が明ける頃まで収穫しないでおくと、当地では霜で傷んでしまう。たくさん収穫できた年は、これも少しずつワンパックに入れて送っている。


その他、12月末にはハッサクが収穫でき、2ヶ月ほど保存して追熟すれば、2月中下旬頃から食べれる。6月上旬にはウメが収穫でき、ウメ漬けやウメ酒が作れる。6月中旬頃にはスモモが食べれるし、7月上旬頃からスイカ、7月中下旬頃から1ヶ月間はブラックベリーが食べれるし、9月の1ヶ月間はイチジクが食べれる。10月10日頃からはカキが12月中旬頃まで食べれる。他にビワ、ザクロ、サクランボを6~7年前に植えているが、まだ成らない。同じく6~7年前に植えたフェイジョアが今年初めて実を付けている。農作業の合間に、木に成っている果樹をちぎって食べることができるのは無上の楽しみである。田んぼの畦に腰をおろして口にする果樹は、百姓であることの至福の一時である。


果樹は冬場に、込み入った枝や長くなってじゃまな枝を切るくらいで、剪定はよく知らない。ずっと以前に剪定の本を買っているのだから読めばいいのに・・・。肥料は、冬場に寒肥として、トリ小屋の鶏糞を木の根元に施し、ワラか枯れ草を敷いて寒さ避けをする。春、夏に時々メタン菌液肥を施す。



 友人には果樹を選択している人はいない。果樹は比較的初期投資の金額が大きく、ネットで昆虫や害獣を防御したり、枝を紐で誘引したりなど、かなり器用さも要求される。1年に1回しか収穫期がこないので、気の短い人はむかないのでは・・・。30代後半からスタートすると、木が成木になり果樹が成りだすまでに3~5年かかるとして65才頃まで「25年(25回)」ほどしか収穫できない。果樹を選択する場合は後継者もイメージして選択する必要があると思う。一代限りではもったいない。軌道にのれば、野菜農家より高収入で、農閑期も長いらしい。以前、「りんご農家 青森」で検索した時、青森県のリンゴ農家がずらずらとお互いにリンクしあって出てきたが、果樹の場合は、消費者が生産者から直販で購入するルートがインターネット等ですでにできているように思う。


野菜でも果樹でも中間業者を通さず直販で売るというのが、ネット時代の販売方法である。職業別電話帳や料理飲食店ブログ等を見て、とにかく1本の電話を入れたり、友人や親戚に口コミでの紹介を依頼するなどの行動を起こさなければ、直販の道は開けない。かくいう自分も、たった1本の電話をイタリア料理店に入れるという行動に移るまでに、1年以上の期間がかかった。頭でわかっていても、行動に移る一歩がなかなか踏み出せなかった。


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父から娘へ

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 今日農作業をしていたら、田んぼのすぐ上にあるドングリの木が音を出してゆれている。なんか動物が網に引っかかったように見えた。あんな所に網はないし、どうしたんだろうと近づいていくと、ヌートリアらしき動物がストンと下の草むらの中に落ちた。そして、近づいてドングリの木をみてびっくりした。なんと蛇が頭を食いちぎられているのだ。このドングリの木は3メートルほどあるが、ヌートリアに追い詰められて、蛇は木の上に逃れたが、その木の上までヌートリアに追いかけられて、とうとう息の根が切れたらしい。それにしても、ヌートリアが蛇を食べるとは思いもよらなかった。ヌートリアは川辺や湿地帯、田んぼの畦際の細い水路に生息しているが、以前、川べりの遠方の畑に作っていたハクサイが、20個ほど、中をきれいにくり抜かれて食べられたことがあるので、てっきり草食動物だと思っていたが、雑食なのかも知れない。ヌートリアは生まれて1ヶ月ほどの子猫をちょっと細長くしたくらいの大きさなのに、よくあの大きな蛇と戦って、しかも勝つんだなあと思った。コブラの天敵のマングースを思い出していた。蛇はもう冬眠時期がきているのに、今年は暖かいので、まだ外をうろちょろしていて、ヌートリアに遭遇してしまったのだろう。蛇の天敵はいないと思っていたが、ヌートリアが天敵だったとは。蛇は尻尾をドングリの木に巻くいつけた状態で、首だけがちょん切られていた。その後30分ほどしてまた現場へ行ってみたが、もう蛇は見えなかった。食べられてしまったのだろう。蛇は田んぼの有益動物であるカエルを食べるし、毒蛇(ハミ)でなくても怖いので、ヌートリアに食べられたからといって、別段かわいそうとも思わないが、自然界はやはり、どれか特定の種がはびこらないようにうまくできているのだなあと思った。やられたのが普通の蛇でなく毒蛇(ハミ)だったらよかったのに。


 次は過去のあめんぼ通信を載せます。
あめんぼ通信38(1993年8月)


 巣箱にニワトリがいると、怖くて手を出せなかったので、いないのを見計らって、さっと巣箱の中に手を伸ばす。時々、ぬくい(暖かい)タマゴがあった。産みたてなのかもしれない。口にあてたり、ほっぺたにあてたりして、ひとしきりもてあそんでから、タマゴ置き場に持っていく。こんなにたくさんあるのに何で毎日食べれないのだろう・・・それは売ってお金をもらっていたからである。時々食べるタマゴはごちそうだった。たまに祖父がニワトリをつぶして(絞めて)いたが、どういうわけかその現場によく出くわして記憶に残っている。ということは、まだ小学校へ上がる前か低学年の頃だったのだろう。ニワトリが肉になっていくのがおもしろくて、じいっと見つめていた。不思議なことに「かわいそう」と思った記憶はただの一度もない。祖父の手つきは鮮やかだった。タマゴになる前のタマゴも2つ3つあった。今日の晩のおかずは「ニワトリのすき焼き」というのもいつものことなので、待ち遠しいのだった。


 遊び相手がいない時など、ひとしきりニワトリと遊んだ。ブドウやスイカを手にして近づいていくと、金網越しにいっぱいそばによってきた。ブドウのかすを金網に近づけると、われ先にと口ばしを伸ばして競争してついばんだ。当時は、ニワトリはいつまでもいつまでもタマゴを産み、生きるものと思った。それぐらい長い期間生きているように思えた。


 いつしか家から牛がいなくなり、豚がいなくなり、ニワトリもいなくなった。今から思えば小学校の高学年だったから、昭和30年代の終わり頃だったに相違ない。時を同じくして近所まわりからも、牛が消え、豚が消え、ニワトリが消えていった。あの頃、小学校の夏休みの図画の宿題に豚の絵を描いてくる人が多かったから、どこの家にも豚を買っていたのだろう。そして、豚は牛やニワトリより描きやすかったのだろう。


 36才の時、百姓になった。牛や豚やニワトリがいなくなってからすでに25年が過ぎようとしていた。どうして百姓になったかって・・・。そりゃあやっぱり会社へ行くのが嫌になったからさ。学校へ行ったり勉強したりすることが嫌でたまらなくなることがよくあるだろう・・・、それと同じことさ・・・。ただ、学校は行っても行かなくても食べる物には困らない。親が食べさせてくれるから。学校へ行きたくないのと同じように会社へ行くのが嫌になって休んだらお金がもらえない。そうしたら生活していけない。大人になったら、誰も食べさせてはくれない。自分で稼いで自分で食べていかなければならない。学校へ行きたくなかったり、勉強をしたくなかったりするように、会社も行きたくなかったり、辞めたりしたくなるものさ。学校へ行きたくなかったり、勉強したくなくなったりすると親が悲しむだろう・・・。それと同じように、会社に行きたくなくなったらお金が入らないので、夫婦喧嘩が始まり子供たちが悲しむだろう・・・。でもお父さんはどうしても会社に行きたくなかったから辞めたんだ。代わりにお母さんが働き始めたんだ。お父さんにはお母さんという代わりがいたけど、お前には代わってくれる人がいないなあ・・・。お父さんが代わりにランドセルしょって学校へ行くわけにも行かないしなあ・・・。


 農業を始めたらニワトリを飼おうと思っていたんだ。2年前の3月6日、ヒヨコを買いに姫路まで行って、自分の手のひらにのせた時の感動は、久しぶりに少年の時のあの日に返ったようだった。初産のタマゴを始めて見た時はもう天にも昇るような気持ちだった。でもそれまでに二つの悲しい出来事を乗り越えなければならなかった。一つは5月25日に一晩のうちに36羽全部が外敵に殺されたこと。もう一つは、2回目に導入したヒヨコが大きくなってから、オンドリどうしが喧嘩をして(オンドリは今でもしょっちゅう喧嘩をしているが)一羽が動けなくなり、つぶさざるをえなかったこと。


 オンドリのからだを片方の足で押さえつけ、動けないようにしてから、右手で首を持ち、1回、2回、3回とぐるぐるひねった。まともに顔を見ることができなかったので、顔をそむけながら、右手だけはなおも、ひねる力を加えていた。しばらくの間、足や羽をばたばたさせてもがいていたが、やがて動かなくなった。後になって、絞めて殺すことは誤りであり、いきなりニワトリの首の頚動脈を出刃包丁で切り、一気に血抜きすることが、ニワトリが短時間で死に、最も苦しまないつぶし方だと知った。つぶす(殺す)瞬間にエネルギーの99%がいるんだということがわかった。その後、熱い湯につけて羽をむしったり、首を出刃で切り落としたり、骨から肉をそいだりすることは残りの1%のエネルギーで足りた。祖父も今のボクと同じように渾身の力を込めてニワトリの首をひねったのであろうか・・・同じように顔をそむけて・・・。すき焼きを作ってくれた母はもういない。


 すき焼きは作らなかったけれど、甘がらく炊いてみた。でも食べた肉は少年の日のあの「すき焼き」にははるかに及ばなかった。初産の感動もいつしか薄れ、タマゴを毎日手にし、毎朝食べているけれど、当時の味に近づけない。


 時代が移り住む人も変わったけれど、小学生だった自分が25年という年だけを加えて、あの時のある日と同じように時の経つのも忘れて、ニワトリの動きを追っている。学校のことも勉強のことも忘れて・・・、仕事のことも生活のことも忘れて・・・じっと見ている。


 どうしても学校が嫌だったら、しばらく休んでみるとよい。また行きたくなったら行けばよいし、もう2度と行きたくなかったら・・・、その時は、お父さんが百姓を見つけたように、早く何かしたいことが見つかるといいね・・・。



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ゲマインシャフト

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 サラリーマンという組織の中で生きていくのが、誰でも向いているわけではない。でも現在の社会では、サラリーマンになるしか、生活の手段が思い浮かばない。少なくとも凡人にはそうである。独立して何か始めようにも、独立してできる仕事などほとんど思い浮かばない。30年前も同じだった。


 自分はサラリーマンという組織の中で居場所を見つけることができなかった。サラリーマンをしていた14年間はいつも緊張状態にあった。学校という所も、小学校、中学校、高校と、いつも緊張を強いられる場所だった。学校生活もサラリーマン生活も似たような組織である。学校生活が緊張状態であれば、サラリーマン生活も緊張状態が続くであろうことは想像できたはずなのに、深く考えもせずに、サラリーマンになる道を選んだ。独立して何かできるとは想像もできなかったし、サラリーマンという選択肢しかなかった。サラリーマンになって1年ほど経過してから、独立してできる仕事をめざそうと、ある資格試験をめざしはじめたが、時はすでに遅かった。独立開業できるような資格試験をめざすなら、少なくとも学生時代に取ってしまうか、学生時代に合格のボーダーライン近くまで、実力を蓄えておく必要があった。サラリーマンになってから資格試験をめざそうしても、とても無理だということを身をもってわからされた。悪循環の14年を経て、結果的には、独立してできる仕事「農業」に転身できたが、自分の場合は好条件がそろっていたから転身できた。①元々農家であり、田畑も農具もそろっていたし、当時はまだ父が健在で、一通りの家庭菜園くらいの野菜なら父がよく知っていたので教えてもらうこともできた。②農業で食えるだろうか、どんな農業なら自分にもできるだろうかと思案中だったころ、マルミさんがフルタイムの定職についたので、このことが農業への転身の後押しになった。③子供の頃、我が家では葉タバコを作っており、一家総出の田植えや稲刈り、一家総出の葉タバコ栽培で、農業がどういうものであるか大体想像ができた。農業をするのなら、誰をも巻き込まず、自分一人でしようと思った。④今でも我が家の田んぼを気に入っているが、始めて自分の頭に農業がひらめいた時、瞬間に現在の田んぼを思い浮かべた。あそこなら、誰にもじゃまされず、風光明媚で、1人静かな農業ができると思った。猫の額ほどの田畑が一箇所に固まって14枚あり、合計面積は2反ほどだった。スタートしてすぐに、我が家の田んぼに隣接していた4枚の田んぼ(合計面積で2反ほど)を借りることができ、その一帯がすべて自分の田畑になった。総面積は4反ほどになった。


これだけの条件がそろっていたので、農業ができると思った。ただ、どれぐらいの収入になるだろうかは想像ができなかった。手取り200万くらいにはなるだろうか、そんなにはならないかも知れない、150万くらいにはなるだろう、それくらいかも知れない。それは甘い認識だった。この16年半ほどの間、まさに手取り100万の攻防を繰り返してきたから。本来なら、これくらいの収入にしかならないのなら、農業界からとっくに「淘汰」されてしかるべきだった。でもマルミさんが生活費や教育費の多くを負担してくれたので、自分の農業は回っていった。客観的に見て「補助金農業」と言えるかも知れない。しかし、農業に転身してからの自分の努力はかなりなものがあった。しかしどうしても、カネになる農業形態への変更が自分には難しかった。スタートする前に、これなら自分にもできるだろうとイメージした農業形態から、16年半の間、とうとう脱出できなかった。だから結局、マルミさんが定職についていなかったら、自分の農業はとっくに幕切れになっていたかも知れない。いくら「きれい事」を言ってみた所でカネがすべてである。田舎でも自給自足できるものは、何一つない。


どんな職業についても、その世界、その世界で、自分の能力の限界があると思う。努力して身につくものと、努力しても身につかないものがある。結局、自分が農業という現場で稼げる金額はまさに「手取り100万の攻防」でしかなかった。甘い生活をしてきたわけではない。日夜最大限の努力をし続けてきた結果の100万である。だから、誰もが、独立してできる自営業「農業」に転身できるわけではない。したくても農業をすることができない。これが2倍の200万になるのなら、農業人口は現在の10倍くらいにすぐになるであろう。100万にもならないから、誰も選択できないのである。この点で、決してマスコミや識者の論説にだまされないことが肝心である。親が現実に農業をしていても、子供は農業を継げないというのが、今の農業の現実なのである。


こんな収入でしかない自分の農業の経験が、果たして若い農業志願者に役立つだろうかと思うことがある。ボクのような農業形態をとってはいけないという反面教師で役立ててもらってもよいと思っている。


サラリーマンを続ける事が苦痛なら、独立した何かをするしかない。たとえそれが、たった100万にしかならないとしても、あなたの生きる道は独立した何かをする場所である。そこがあなたの居場所である。あなたが1人なら何とか100万でまわっていくかもしれない。農業をしながら農閑期にアルバイトというのは、かなりきついと思えるが、生活がまわらないなら、アルバイトに行くしかない。


学校生活もずっと緊張状態が続き、社会に出てサラリーマンになってからも、自分の居場所はここではないという意識にずっと囚われていた。そして、農業という地域社会の一員になったからと言って、ボクは地域に溶け込んでいるわけではない。別に孤立しているわけでもない。


1世代前の人は、近所の親しい人に対して、「あーさん」とか「おねえさん」という言い方をする人が多い。ボクはとてもそういう言葉は使えない。任侠の世界ではないが、ちょっとどろどろしたものを感じる。例えば70才前後の人が、自分より年上の人に対してそういう言い方をしている。若い人でも使う人がいるが、少なくなったようである。ボクは、嫁いだ姉の夫に対しても、妻の兄に対しても、ちょっと面と向かって、そういう言い方はできない。親しくないわけではない。ある種の照れかもしれない。名前で呼んでいる。まあ、姉の夫や妻の兄に対しては、普通に「あーさん」という言葉が出てもいいのかも知れないが、こういう言葉が自分の口から出ない。


一昔前は地域の多くの人が農業をしていたし、田植えとか稲刈りでは、応援を受けたりされたりも多かったので、自然とこういう呼び名で呼び合ったのかもしれない。親しさを込めて。1対1の時はそういう呼び方でもよいと思うが、他の人がそれを聞いた場合は、どう感じるだろうか。地域社会ではまだこういう呼び方が残っているように思うが、サラリーマン社会ならこういう呼び方はしないだろう。ふと、ゲマインシャフト、ゲゼルシャフトという、昔、学校で習った言葉を思い出したので、グーグルで検索して見た。ゲマインシャフトとは、地縁、血縁などにより自然発生した社会集団のことであり、人間社会が近代化すると共に、地縁や血縁で深く結びついた伝統的社会形態であるゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと・・・。ゲマインシャフトとは、封建主義(親分と子分の関係)→「ご恩と奉公」で食い扶持が確保されるような組織を指すと考えてもらうといいと思います・・・。日本企業は共同体としてゲマインシャフトの系譜に属し・・・。こんな説明がグーグルの検索で出てきた。日本の学校も企業も地域もゲマインシャフトの社会であり、西欧的個人主義がまだ確立されていないのだと思う。しかし現在、「学校社会」でも「企業社会」でも「地域社会」でも、人間関係がどんどん希薄になっているように思う。今、田舎の地域社会は、現役世代では農業をする人が全くいなくなり、企業社会へ出社して、地域社会へは寝るために帰るだけになっている。つまり、地域社会でありながら、都会の団地にすんでいるのと同じ様な感覚になりつつある。


学校社会や企業社会では、異質なものは、一致団結して「排除」もしくは「いじめ」に向かうのである。学校社会のいじめは企業社会のいじめと同じなのである。でも、学校へ行かない自由はほとんどないし、企業へ勤めない自由も全くない。学校は強制的に行かざるをえないし、企業へ勤めなかったら生活していく(生きていく)ことができない。でも地域社会はちょっと違う。学校や企業よりはるかに自由な場所である。学校や企業は一時代前のゲマインシャフト的であり、地域社会は寝るために帰るだけの場所になったために、ある意味ゲゼルシャフト的になった。でも人間は若い時は学校社会に、就職年齢になれば企業社会に属さざるを得ない。いったん組織からドロップアウトして、迷える一匹狼というか迷える子羊になると、とたんに経済的なものが逼迫してくる。今は田舎でも自給自足できるものが何一つないし、自給しようとするとかえって高くついてしまう。生きていくための選択肢が、田舎でも、企業に勤めることしか考えられない時代である。企業とは上司と部下の関係、親分と子分の関係、ご恩と奉公の関係。固定化された関係が定年まで続く。この生きづらい社会を子供たちはどうやって泳いでいくのだろう。



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祖母

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 これは5月18日に撮った画像です。田んぼの全体像がわかるので載せました。


 今日は過去のあめんぼ通信を載せます。
あめんぼ通信37(1993年、7月)


 「お金光様、天地の親神様、教祖金光大神様、生神金光大神様、どうぞ虎の年が長患いを致しませぬように、こそっと、神上がりをさせてやってつかあさりませ。ありがとう存じます、ありがとう存じます」
 近頃、痴呆の進行が目立ちだした我が家の祖母が、何時となく繰り返すので、いつのまにかボクもそらんじるようになった。わっちゃあ生まれた時にまびかれるはずじゃったんじゃあ・・・。家人がお伊勢参りをしていた時に生まれたので「伊勢野」と名づけられたそうな・・・。人がなかなか越えれない90路の坂を越え、いまだに家の門先の草取りをしてくれる。でも最近はお口に入れるものと、おシモのものとの区別がだんだんつかなくなってきた。しかし若い時は、大酒飲みの祖父に代わって、田んぼを切り盛りしてきた。次の代(父)は若い時から金光教に帰依していて、朝、晩、タカマガハラニカムツマリマス・・・と大きな声で拝んでいる。父の祖父(我が家の初代)が、金光教を信心して、各地を布教活動して歩いたようで、その影響が大きかったらしい。父は宗教が趣味というだけあって、メインは金光教であるが、その他にも、天理教、生長の家、など、いろんな宗教から声がかかり、あっちこっちに顔を出している。要するに、宗教なら何でもござれという感じ。そっちへの入れ込みが大きかったのか、ビジネス活動の方はあまり得意ではなかったようである。ボクがまだ小学生だった頃から、母は農閑期には働きに出て、亡くなるまで働き通しだった。そして、次の代が自分。妻は何かあると、だまされた、だまされたと言って、今度結婚する時は、絶対に経済力のある男がいいと言っている。我が家は女系家族。3代続いて経済力は女の方がまさっている。祖母、明治35年4月22日生まれ。91才。祈るように、歌うように、念じるように、繰り返し、繰り返し「お金光様、天地の親神様、教祖金光大神様、生神金光大神様、どうぞ虎の年が、長患いを致しませぬように、こそっと、神上がりをさせてやってつかあさりませ、ありがとう存じます、ありがとう存じます」。



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よく使う農具

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日常使っている農具を画像アップしてみた。左の画像は、クワと三角クワとヨツメである。通常の農作業で使うのはこの3種類だけである。真ん中の画像の3種類はめったに使わない農具であるが、なかったら困る農具である。トンボと熊手と(?)である。トンボというのはTの字型をした丸太棒である。トンボのような形をしているのでトンボという。トンボは1年に4回使うだけである。つまり、4月上旬に蒔く春夏作のニンジンの種蒔きと、8月お盆明けに蒔く秋冬作のニンジンの種蒔きと、9月中旬に蒔く秋冬作のダイコンとカブの種蒔きの時の合計4回だけである。他の作物は育苗→定植という方法を取るので、このトンボの出番はない。真ん中は熊手である。草を集めたりする時に使う。(?)の農具の名前をよく知らない。ボクが子供の頃からすでに家にあった、かなり年季のはいった農具である。めったに使わないが、地面に打ち下ろして(たたきつけて)、土を細かくする農具である。握りこぶしほどの土のかたまりがある場合に、(?)の農具を使うと土のかたまりが砕けて小さくなる。土を細粒化する必要がある育苗床でたまに使う。右の画像は草刈機と管理機である。管理機というのはミニのトラクタである。田舎で家庭菜園をしている人はほとんど持っている。クワがわりの農具で、とても便利な農具である。この画像では畝上げをする黄色の三角の畝上げ機が後ろについている。耕す時にはこの黄色の三角の畝上げ機をはずして、前側の刃も、畝上げ用の刃から、耕運用の回転刃に付け替える。慣れるまでは、畝上げ用と耕運用の刃の付け替えに手間取るが、慣れると3~5分でできる。クワで耕したり、クワで畝上げをすることを考えたら、管理機という農具は肉体的には随分と楽である。管理機と草刈機という2つの農具は、農業を革命的に変えたと言える。クワが管理機に、カマが草刈機に変わってまだ40年も経過していない。それまで500年以上の長きに渡って、ゆったりとした人間のペースだった農業が、機械のペースに取って代わった革命的な出来事だった。農業にも効率や採算やスピードや回転や機能性などの商工業の論理が持ち込まれて、それまでの自給自足型の農業から、農業ビジネスへと変貌していった。農業は本来、利潤を生み出すシステムではない。それが証拠に株式会社(企業)が農業に参入してこない。でも最終的には、タマゴみたいに、数十社の養鶏企業がタマゴの生産の99%を押さえているように、数十社の農業企業が野菜と米の生産の99%を押さえるようになるのであろう。野菜はまだ家庭菜園という形で田舎では続けられているが、タマゴはすでに家庭採卵という形は消滅した。ボクの住んでいる地域は6集落あり、戸数は250軒ほどであるが、ニワトリを飼っている家は確か1軒もないと思う。ペットの猫や犬を飼っている家は何軒もあるが、ペットより手間のかからないはずのニワトリは誰も飼わない。エサ代の方がはるかに高くついてしまうことと、口のある生き物はやはり負担なのだと思う。ニワトリはペットのような癒しにはならないから。野菜でも種代や苗代や肥料代を考えれば、野菜を買うよりはるかに高くついてしまうが、①楽しみがある、②やはり自分で作った物はおいしい、③暇つぶし、④土に触れることは癒しになる、このような意識でもって作っているのだろう。


 農業が利潤を生み出さない大きな理由が二つあるが、キュウリを例にとって説明すると、一つは、成長の早いキュウリでも収穫まで60日(2ヶ月)かかる。つまり、一つの完成品を手にするまでに60日もかかるのである。商工業では考えられない。もう一つは、キュウリはたいていハウスで作るが、その60日間、ハウスというかなり広い設備が必要となり、60日間、それはキュウリだけの為に利用され他に転用できない。すなわち、時間回転率と設備回転率(設備投資効率)があまりに悪すぎる。計算高い企業が新規参入できるわけがない。貧しい国に作らせて、工業製品を高く売りつけたカネでその農産物を買い上げた方がはるかに得策なのである。貧しい国がカネ持ちになって、農産物が輸入できなくなった時に初めて、企業が農業に参入してくる素地ができる。農業を癒しだと言っている、ある意味バカな連中や、農業で稼ぐ必要のない、お気軽な定年帰農組に農業はがんばってもらえばいいのである。そういう自分は、年齢的にも能力的にも、もう農業心中せざるをえない。毒を食らわば皿まで。
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ニンニク、ワケギ、ラッキョ

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昨日、ニンニク、ワケギ、ラッキョを植え付けた。左から、ニンニク、ワケギ、ラッキョである。この3種類の植え付けの適期幅は長いようである。自分の場合、この3種類はセットと考えている。植え付ける畝の用意ができたら、同じ日に同じ畝に植え付ける。つまり、タマネギと収穫期が近いので、タマネギの畝立てを早めに準備して、その隣の畝に植え付ける。たいてい10月20日以降~10月末くらいの間に植え付けている。収穫期は、ニンニクが翌年の5月末、ワケギは3月末~4月中旬頃、ラッキョは6月中旬頃である。このうち、出荷しているのはニンニクだけで、ワケギとラッキョは自給用である。ニンニクはイタリア料理店には送らず個人の顧客だけに、6月、7月、8月の3ヶ月間、出荷のつど1個を入れている。現在は国産のニンニクはごく少なく、ほとんどが中国産らしいので、喜ばれているのではないかと思う。ニンニクと青シソはワンパックのアクセントになる。我が家ではニンニクはあまり使わない。マルミさんが奥様でなく外様なので、臭うからと言って使いたがらない。と言うよりもニンニクの使い方をよく知らないから。

 ワケギは自給用である。1年中で一番野菜の少ない時期である3月末~4月中旬に収穫期を迎える貴重な野菜である。この時期はネギにネギ坊主ができて硬くなり、ブロッコリーのわき芽も3月末頃で終わる。野菜が少ないというより、食べれる野菜はワケギくらいしかないというのが3月末~4月中旬である。この時期の一品「ワケギの酢味噌」のために、毎年欠かさず作り続けている。ワケギの酢味噌は、印象に残っている「おふくろの味」である。でも子供の頃、それは酸っぱくて一口二口しか食べれなかった。今はその時期のなくてはならない一品になっている。ワケギをざく切りして湯通しして、チクワとイカナゴを入れて酢味噌で和える。4月末には、残ったワケギを種用として、画像のように茎を落として、鱗形の部分をミカンネットなどに入れて、10月下旬の植え付けまで風通しのよい日陰に吊り下げておく。

 ラッキョも自給用のみである。6月の梅雨の晴れ間に堀りあげて、ラッキョ漬けを作る。自分のラッキョ漬けは、①ラッキョはよく洗って海苔のビンに入れる。②ラッキョの10%の食塩水を煮立てて冷まし、ビンの中へひたひたになるまで入れる。③10日ほどしたらザルにあけ、ざっと水洗いして、1日太陽に当てる。④ラッキョを海苔のビンに戻し、酢と砂糖(好みで適量)を煮立てて冷まし、ラッキョの上に注ぎいれて完了。⑤3ヶ月後くらいから食べれる。昨年の6月に作ったのがたくさん残っていたので、今年の6月は作らなかった。来年の6月はまた作るつもり。毎日は食べないが、1週間に1度くらい食べている。今はもう、ラッキョ漬けと梅漬けのない食生活は考えられない。梅漬けは小さな容器に小出ししていつも台所のテーブルの上にあり、ラッキョ漬けは海苔のビンに入ったものを台所の棚に置いている。父は晩年、ラッキョ漬けを自分で作っていた。母は早く亡くなり、祖母は年老いてラッキョ漬けはもう作れなくなっていた。父が作ったラッキョ漬けは食べる気がしなかった。まだラッキョを食べる年齢に達していなかったのかも知れない。自分でラッキョ漬けを作るようになるまで食べた記憶があまりない。ということは40才を過ぎてから。

ラッキョも6月中旬に堀り上げた中から種用として残す分は、茎を切り落とし、ミカンネットなどに入れて、ワケギと同じように、植え付けまで涼しい日陰に吊り下げておく。つまり、ニンニク、ワケギ、ラッキョの3種類はタマネギの隣にミカンネットに入れて吊り下げている。

ニンニク、ワケギ、ラッキョはどれも小物である。小物であるが、なくてはならない存在感がある。


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ブログの使い方が進展

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 今咲いている野菜の花の画像です。左がナスビの花、真ん中がピーマンの花、右がオクラの花です。野菜の花はいずれも可憐で清楚で目立たない花が多いが、オクラの花だけは大きい。ナスビとピーマンはこの画像から見ると大きな花のように見えるが、いずれもオクラの5分の1くらいの大きさであり、通常は花が咲いていることに気づかないくらい小さくて目立たない。オクラの花はハイビスカスのような亜熱帯系の花である。8月が最盛期で高温を好む。



 今日はブログの使い方に大きな進展がたくさんあってうれしい。


(1)   携帯からもブログが見えるQRコードを入れてもらった。


(2)   入力中の文字変換が自分の思っている文字変換にならないと質問すると、入力方式をナチュラルからスタンダードに変えて見たらよいと教えてくれた。


(3)   リンクは農業ブログだけにしたいと思っている。農業ブログを見るならあめんぼ通信というふうに、多くの農業ブログとリンクしたい。ワンパックをやっている人はたいていミニコミを出しているのに、まだブログはやっていないのだろうか。それとも自分の情報不足かも知れない。リンク第1号は、今年から愛媛県の西条市で新規就農された藤田敏さんの38歳からの百姓志願~実践編。藤田さんはボクの小冊子(あめんぼ通信1~3)を毎年買い続けてくれた方である。今年から農業をスタートしてすぐにブログを始めて毎日更新されている。毎日更新している同業者のブログは大いに励みになる。リンクの方法がわからなかったが、今日教えてもらってリンクをすることができた。


(4)   グーグルで検索するみたいに、自分のブログ内で「ブログ内検索」が利用できることと、書いたブログの内容をカテゴリー別に分類することもできると教えてもらった。


(5)   入力中にエラー表示が頻発して、書いたデータが全部消えてしまうことが度々あると質問すると、コピーアンドペーストを利用して、まずワードで書いてそれをブログに貼り付ける方法を薦めてくれた。前にも教えてもらっていたのにうまくできていなかった。今、ワードで入力している。これをブログに貼り付ける方法を今度はマスターできたと思う。でも何で入力中に「画面が固まってしまって動かなくなる」ということが多いのだろうか。他の関係のないキーボードに誤って触れると画面が固まってエラー表示が出るというパターンが自分の場合は多い。コピーアンドペーストの導入によって、この恐怖感から脱出したい。


 今日は他にも色々教えてもらった収穫の多い1日だった。1~2回教えてもらったくらいではすぐに忘れてしまうので、こうやってブログに書いておけば忘れる事が少なくなると思い、さっそく復習の意味で書いた。
 ぱっとブログを開いた瞬間に「きれいに見えるブログ」とか「とてもシンプルなブログ」にしたいと思う。そのためには、やはり記事の内容ばかりでなく、ブログの管理画面の使い方にある程度は精通する必要がある。その点では自分のブログはまだ緒についたばかりである。


 今日はブログの管理画面の使い方に大きな前進があった1日なので、その感動を書いた。



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ハーブの作り方、飲み方

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 今後も繰り返し書く予定ですが、ハーブティ用ハーブの育て方とハーブティの作り方を説明します。ハーブはたった12種類覚えればハーブの9割をカバーできます。多くの本は不必要なハーブを数多く並べ立てて、わざとハーブをわかりづらくしています。大事なのは、ハーブティ用ハーブ6種類と、料理用ハーブ6種類です。今日はハーブティ用ハーブ6種類の内の2種類を説明します。

 左の画像はアップルミントですが、畦のそばに植えていたのが、畦に侵入して、なんと、畦草を抑えてアップルミントが根付いてしまいまいた。つまりそれくらい強いということです。真ん中の画像は左の画像をアップしたものです。草むらの中にミントが生えているのがわかってもらえたでしょうか。ミントは冬以外はいつでも株分けでどんどん増やせます。でも畳1畳くらいの面積で20軒(月に40セット)ほどの顧客なら毎回出荷できます。40軒(月に80セット)なら畳2畳分です。それくらいの小さい面積でも可能なのは、摘んでも摘んでも成長力が抜群に強いからです。


 右の画像はレモンタイムです。タイムは10種類ほどありますが、ハーブティ用ならレモン風味のレモンタイムです。これも株分けで、1年で10倍ほど簡単に増やせます。株分けしなくても、茎にどんどん根が出てくるので、根が出た茎を切って植えるだけです。前後左右に株間15センチくらいで植えておけば、半年すれば画像のようにおごります。これも20軒ほどの顧客なら畳1畳分くらいの面積で足ります。40軒なら畳2畳分の面積です。


 ミント(アップルミント、スペアミント、ブラックミント)もタイム(レモンタイム、コモンタイム)も、最近はホームセンターにいくらでも苗を置いていると思います。各2本ずつ買って置けば、翌年は10倍以上に増やせます。収穫期はどちらも1年中です。ただし冬場の12月~翌年2月の3ヶ月間は伸びが悪いです。タイムは常緑草ですが、ミントは真冬に少し枯れた状態になる場合もあります。いくらでも収穫できるので、ボクの場合は送料負担のみかわりにサービス品として入れていますが、あなたには「売って欲しい」と思います。定期的なワンパックの顧客の場合、最初が肝心です。売って下さい。それだけの価値はあると思います。


 ハーブティの作り方は


(1)やかんいっぱいの水を沸騰させて火を止める。(2)その中にアップルミントとレモンタイムを一つまみずつ入れて、10~15分ほど蒸らして、きれいな草色がつくと出来上がり。(3)草色がついたらハーブを取り出して捨てる。長く置けば苦くなる。用は麦茶パックで麦茶を作るのと同じ要領です。(4)冬はホットで夏場は冷蔵庫で冷やして麦茶代わりに飲む。


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ああ無情

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 どんなことがあっても成功させる必要がある「アブラナ科四天王」。そのハクサイ、キャベツ、ダイコン、カブの内、カブは全滅、ダイコンはのるかそるかの状態。ハクサイとキャベツは何とか出荷までこぎつけれそう。農薬を使ったのに、この有様。農薬を使うのなら、やはり規定使用量の3分の1くらいは使わないと、全然効果はないということを痛感した。
 ダイコンとカブの第1回目は、9月12日に蒔いたが、発芽して4日ほどの間にどちらも壊滅した。農薬を使ったが、使った量が少なすぎたようである。9月20日に、場所をかなり離して蒔き直しをした。第2回目は第1回目の2倍くらいの農薬を使ったが、それでもカブは第1回目同様壊滅した。ダイコンは瀬戸際の状態である。第2回目の農薬使用量も少なすぎたようである。
 ハクサイとキャベツは、ダイコンやカブと違って、苗からのスタートである。育苗中は、家の門先で寒冷紗で覆って育苗するので、被害はそれほどでもない。勝負は田んぼに定植をしてからである。でもハクサイやキャベツは、ダイコンやカブと違い、芽が出たばかりの双葉の時にやられるのではなく、すでに本葉が出揃った状態で田んぼに定植するわけだし、被害にあっても、予備苗をかなり準備しているので対応もできる。
 個人の顧客は10軒ほどであり、ワンパックに占めるウエートは25%ほどだと言っても、秋冬作のアブラナ科四天王の不出来は身体にこたえる。ショックである。原因となった害虫は例年通りダイコンサルハムシという害虫である。左の画像はハクサイの状態である。かなりやられているが、2箇所に分けて植えていて、もう1箇所の方はこれほどひどくはないので、何とか出荷にこぎつけれそうである。真ん中の画像と右の画像はキャベツである。キャベツも2箇所に分けて植えているが、右の方はほとんど虫にやられていない。植える場所によっても多少違うが、品種によっても、被害の状態がかなり違ってくるようである。右の画像は自分の足も写ってしまった。
 秋冬作の多くは「アブラナ科」に属するが、アブラナ科は虫害が多いので、極力、作付面積を減らしている。ぎりぎりまで減らしても、減らすことのできないのが、このアブラナ科四天王である。アブラナ科は、この四天王の他には、ブロッコリーを30本ほど定植するだけである。ダイコンサルハムシは、四天王の中では「カブ」を最も好む。その次がハクサイで、その次がダイコンで、キャベツが最も被害が少ない。キャベツはダイコンサルハムシの被害よりも、ヨトウムシやアオムシの被害の方が大きい。画像のキャベツはヨトウムシの被害である。
 ハーブのロケットも「アブラナ科」に属する。でもダイコンサルハムシはこの「ごま風味のロケット」があまり好きではないようである。カブやダイコンやハクサイに比べてはるかに被害が少ない。しかし、「からし風味」のカラシナ、マスタードグリーン、タカナなどは、カブと同じくらい被害が大きい。ロケットは育苗中は被害を受けても、定植は10月7日~10日以後なので、時期的に遅く、定植後はほとんどダイコンサルハムシの被害を受けない。ロケットは秋冬作の自分のメイン作物なので、これが、カブと同じ様な被害を受けるようだと、無農薬どころではなくなる。


 野菜は人生と同じである。やり直しがきかないという点において。失敗して、買ったり、もらったりするのであれば、規定量の農薬をきちんと使っておけばよかったと思っても、すでに後の祭り。ここ3年間、無農薬でも比較的よくできていたので、これが今年の認識の甘さにつながった。去年、生育の後半にカブとハクサイに大きな被害が出ていたので、今年は必ずやられると思い、前もって農薬を購入していた。ここまでの推理は正解だったが、農薬を使う量を間違えてしまった。購入する時に印鑑が必要だったので、きつい農薬という先入観にとらわれ、使用量を控えたのがよくなかった。これだったら、一般的な「オルトラン粒剤」にしておけばよかった。
 今年はカブを顧客に送れないのが心苦しい。カブを出荷する時に、ユズも数個入れて送っているが、今年はユズだけである。「カブの酢の物」を作るのを待ってくれていた顧客もあっただろうが・・・。
 ホウレンソウやシュンギクやレタスのように、害虫のほとんど来ない野菜も多い。なぜこれらのエキスをアブラナ科に注入できないのだろうか。一代交配(F1)や遺伝子組み換えやバイオの技術はこれほど発達していても、害虫のつかないアブラナ科野菜というのは難しいのだろうか。
 カブを送れなかった年は今まで何回かあったが、ダイコンを送れなかった年はまだ1度もない。1回目の間引きはしたが、2回目の間引きはまだ躊躇している。早く1本立ちにすると送れなくなる可能性がある。今まさに、ダイコンサルハムシと今期の天王山を戦っているダイコンに、援軍のテレパシーを送っている。



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端境期の3種類

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 10月中下旬というのは、当地では野菜の端境期です。春夏野菜が終わりに近づき、秋冬野菜は成長途上という、ちょうどこの時期にワンパックを支えてくれるのが上記画像の3種類です。左がレタス、真ん中がインゲン、右がハヤトウリです。この内、右のハヤトウリは今年失敗してしまいました。途中で草に覆われてしまい、投げ出してしまいました。でも、かなり強い作物なのか、実が成りだしました。小さいのも数えたら30個ほどついていました。ここまできたら、肥料さえやれば大きくなると思い、メタン菌液肥をタゴに1荷、施しておきました。上手に作れば、10月10日頃から、初霜の頃まで、40日間ほど成り続けます。キュウリより成る期間が長いです。病気もほとんどありません。しかし、4月中旬頃に植えつけてから成り出すまでに6ヵ月ほどかかります。その間、手間をかけず、じゃまにならないところに植えて、草に覆われるのを注意すれば、端境期のこの時期に大助かりです。食べ方は酒粕漬けがよく知られていますが、どんな食べ方でもできます。スライスして、さっと湯通しして、マヨネーズやドレッシングで食べたり、汁の実、煮物、酢の物、即席漬け等に利用します。半分に切ると中に柿の種みたいなのがはいっていますが、それ以外は捨てるところがありません。皮もむく必要がありません。収穫後もほとんど劣化せず長期保存が可能なので、急いで出荷する必要もありません。1本(1個)植えておけば、150個くらい成ります。一つ注意点があります。それはハヤトウリには「蜂」が集まってきます。ハヤトウリのような目立たない花をなんで蜂が好むのかはわかりませんが、不思議です。この時期の野菜の花はナスビ、ピーマン、オクラ、インゲンが咲いていますが、オクラにも蜂が時々きていますが、ハヤトウリほどではありません。だからハヤトウリのそばを通る時は蜂に注意しています。
 レタスは、ニンジンを蒔く時にニンジンの隣の畝に蒔いて育苗します。自分の場合は3種類蒔きます。ガーデンレタス、エンダイブ、普通種です。ガーデンレタスは極早生であり、ガーデンレタスが終わる頃に普通種が出荷できるようになります。エンダイブはチマサンチュ(カキチシャ)と同じく摘み取り系のレタスです。エンダイブは少し硬いですが、じゃみじゃみして(ちぢれていて)きれいで、イタリア料理店対応のレタスです。ガーデンレタスは1袋蒔くといろんな種類のレタスができますが、その中の立ちレタス(コスレタスという不結球のレタス)は重宝です。比較的収穫適期幅が長く、外葉は炒め物、中心部は生食に利用します。
 インゲンは1DL(約230粒入り)だけ蒔いています。収穫に手間取るので、蒔きすぎに注意が必要です。
 種類がないといっても、結構そろいます。収穫末期ながら、ナスビ、ピーマン、エンサイ、ツルムラサキが出荷できるし、メインのサトイモとサツマイモもあるし、ジャガイモも芽をかぎながら11月月末頃まで出荷します。トウガンもまだ20個ほど残っています。


 秋冬作が終わる2月末頃から、冬越し野菜の春キャベツやエンドウ類ができ始める5月連休明け頃までの2ヶ月間はほとんど野菜がありません。この2ヶ月間は英気を養う時期にしています。


 6月上旬の2週間ほどがまた、ちょっとした端境期です。冬越しの春野菜が終わり、夏野菜がまだ収穫に至らない時期です。この時期にも、6月上旬には4月上旬蒔きのレタスが、6月中下旬には、4月23日前後蒔きのインゲン(つるなしインゲン)がワンパックを支えてくれます。つまり、レタスとインゲンは6月上旬と10月中下旬の両端境期を支えてくれる野菜です。今は、毎日レタスとインゲンを食べています。春のグリンピースはたくさん冷凍保存しますが、まだインゲンは冷凍保存したことがありません。今度してみようと思います。


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播種機

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 左の画像は、ホウレンソウのポット育苗の様子である。直径3センチ、144穴、発泡スチロールの連結ポット。種は1穴に4~5粒落としている。5ケースは普通種で、2ケースは赤茎ホウレンソウである。すでに4ケースを定植済み。真ん中の画像はロケットの、土の上での育苗床である。ロケットは種がごく小さいし、定植本数が多いので、ホウレンソウのようにポット育苗はしていない。右の画像はホウレンソウを定植した様子である。1箇所2~3本立ちにしている。
 ホウレンソウ1500本ほど、ロケット2500本ほど、合計4000本ほどを、10月7日~10月25日の2週間ほどの間に定植する。一般の農業者は、ホウレンソウもロケットも直播をするので、育苗して定植というようなワンクッションを置かない。以前はボクもホウレンソウは直播をしていた。しかし直播だとどうも発芽がそろわなかったり、間引き作業がとても面倒だったりして、育苗→定植というふうにワンクッション置くことにした。しかしこの方法も定植の時にかなり手間取るので、また元の直播の方法に戻そうかと考え始めた。育苗→定植という、この時期の忙しさが身体にこたえだしたから、そんな考えがまた頭をよぎったのだろう。そのきっかけとなったのが、脱サラして今年から愛媛県で新規就農された藤田敏さんのブログを見てからである。藤田さんはまだ就農1年目であるが、ホウレンソウ等には播種機を利用している。その播種機を自分も導入して見ようかと考えた次第である。播種機は確か5~6万円だったように思う。今度近くの友人の所へ遊びに行ったら播種機を一度使わせてもらおう。自分でも簡単に使えるかどうか、種はきちんと一定間隔で落ちていくかどうか、耐用年数はどれくらいかなど、ちょっと確認したいことが何点かある。でもそんなにたいした面積を蒔くのでもないし、1年のこの時期だけに利用するものであるし、出荷農業は後11年ほどしかできないだろう(家庭菜園なら年齢に関係なくいつまででもできるが、出荷となると、65才くらいまでかなと思う)し、そんなことを考えていると、いくら5~6万で、さほど高い買い物ではないと思っても、そこまで投資する価値があるだろうかとも考える。農作業のほとんどは1年に1回しか経験できない。方法(やり方)を変えて、よかったか悪かったか、それとも一長一短であまり変わらないかは、3年(3回)ほど経過して見ないと把握できない。自分の手で蒔く直播ならしたくない。自分の手で蒔くとどうしても等間隔で落ちず、間引き作業が大変になるからである。でも播種機を導入するには、どう見ても規模が中途半端である。どうするか、しばらく考えよう。




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デジカメで写す

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 夕方4時半頃から5時頃まで、デジカメで田んぼの写真を撮った。ブログに載せる3枚の画像が、在庫分ではもう品切れの状態だったので、至急に新しい画像をパソコンに取り込む必要があった。ブログに載せるにはどんな画像がよいかをイメージしながら撮った。初めて買ったカメラなるものが、自分の場合はデジカメだったが、最近のデジカメは安いし、取り扱いが簡単で、たくさん写せるし、パソコンにつなぐと自動的に画像がパソコンに取り込める。いくらメカに弱い自分でもこれなら写せる。写し方は無茶苦茶であるが。


 デジカメの過去のデータをフォーマット(初期化)して、バッテリーを充電しておけば、1回で65枚ほど写せる。デジカメは富士フィルムのFinePixで、確か2万4千円ほどだった。カメラとデジカメの超初心者ですが、どんなデジカメを買ったらいいでしょうかと、○○電気の店員さんに聞いたら、これを薦めてくれた。パソコンに取り込んでから最初に見るのは「スライドショー」であるが、これがとてもきれいである。写真初心者が写したと思えないくらいきれいに見える。もちろんぼやけているのもたくさん写っているが、これはスライドショーの後にすぐ削除しておく。1週間くらいでは田んぼ風景や野菜の成長度合いはあまり変わらないが、10日間あけると、その間に結構、野菜も大きくなっている。10日に一度写すにしても、月に3回で150枚ほどは残せる。そのうち90枚をブログに載せていくわけだから、これくらいのペースで今はよい。写すのは30分くらいしかかからないから、週に1回のペースでも写せる。この画像を印刷する場合でも、ホームプリントから簡単に画像枚数を選択して印刷できるし、画像の下にコメントも簡単に記入できる。しかし印刷時のカラーインク代がばかばかしいほど高い。

 今日はロケット(ごま風味のハーブ)の定植がこの後に控えていて、デジカメで写真を撮るなどの悠長な時間はなかったが、ブログを優先した。だから、この後のロケットの定植はまさに夕闇との戦いになった45分間だった。何で午後一番に定植を始めなかったのかと疑問を持たれるかも知れませんが、10月のこの時期の昼間はまだ暑い。植えている間に先に植えたのがひなえてしまう。まして自分の場合、黒マルチをしていて、それに手で植え穴を開けながらの定植作業だから、露地に定植より余計にひなえる。だから、まだ太陽の当たらない早朝か、太陽光線が弱くなる4時がまわらないと、定植作業に移れない。4時がまわってから苗床のロケットを抜き、定植に取りかかったが、それを中断してデジカメを持った。その画像が真ん中の画像である。デジカメで写し終えるとすでに5時が近くなっていた。今の時期は6時にはもう暗い。最後の15分はジョロで植え付け水をする必要があるので、5時45分頃までしか定植作業ができない。明日は出荷作業でできないし、明後日は、また別の作業の予定があるので、どうしても今日やっておく必要があった。

 今日は午前中にメタン菌液肥を6荷担いだ。もちろん、使用後はすぐに次の仕込みをした。液肥を施した画像が左の画像である。タマネギや春キャベツ、ニンニク、ラッキョ、ワケギの定植予定地である。液肥を施した後、井戸水をポンプアップして10倍ほどに薄め、あまり乾かないうちに(土に適度の湿り気があるうちに)黒マルチを張る。黒マルチは農業現場から出る多大な産業廃棄物であるが、黒マルチを利用すると、1ヶ月以上も前から準備しておくことができる。黒マルチを使わなかったら、1ヶ月以上も前に準備するとその間に草は生えるし、雨によって地表がたたかれ板のようになってしまう。そのためぎりぎりになってから準備しようとすると、雨天続きで、耕運や畝立てができなかったりする。

 チョウチョ、チョウチョ、菜の葉に止まれ・・・チョウチョは春に出てくるイメージの昆虫であるが、キャベツのあるところ、チョウチョありで、今の時期でもチョウチョがひらひら舞っている。たった数匹でも、一体何百個タマゴを産むんだろうと思うくらい、青虫がキャベツにさばっている。ダイコンサルハムシと違って青虫は図体が大きいので、手でつぶしてまわることができる。でもこれは150本ほどしか定植していないから手取りできるのであって、定植本数が200本を超えると、ちょっと手取りする気がしない。たった数匹だが捕っておこうと思って、午後は昆虫採集用の網を軽四に積んでおいたが、どこにいったのかもういなかった。

 午後、田んぼに行く前に、ふかし芋を作って、秋刀魚を焼いて、インゲンの煮付けを作った。秋刀魚は昨日の出荷の帰りにスーパーで、賞味期限が今日で2割引のを買ってきていたし、インゲンの煮付けはボクが作るものと暗黙の了解があるし、今日は真っ暗にならないと家に帰れないと思っていたので、昼間に作って台所のテーブルの上に並べておいた。マルミさんが、近所の○○おばさんみたい・・・と言う。してくれないのはわかっていたので、台所で重ならないように、先に自分で、今日晩食べたかった物を作った。


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焼きすくも(クン炭)

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 稲刈りが終わり、乾燥機で乾燥された米は、もみすり機でもみすりされると、玄米になりますが、もみすりの過程で、大量の籾殻が出ます。稲作農家の人は、これの処置に結構大変なようですが、野菜農家はこの籾殻(もみがら)がとても有効利用できます。ボクは籾殻を軽四に4~5ハイもらってきます。軽四の両サイドに畳1畳ほどの枠をつけると、1度にたくさん積めます。この籾殻は
(1)焼きすくもに利用する。
(2)トリ小屋のニワトリの下敷きにすると、水分の多い糞を籾殻が吸収して、地面があまり湿っぽくならないし、糞と籾殻が混じりあって、糞出しの時に扱い安い。
(3)冬越しのサトイモやヤーコンの防寒に利用する。
(4)春にサトイモやヤーコンを植えつけた時にも、防寒や強い雨によって地表がたたかれるのを防止するために利用する。


 籾殻を焼いたもの、つまり、焼きすくも(クン炭)はもっと利用価値が高い。
(1)ジャガイモやサトイモやヤーコンの植え付け時に、その周囲にクン炭を置く。
(2)カリ肥料として利用する。
(3)あらゆる育苗床にふって、雨で地表がたたかれるのを防ぐ。水分の蒸発も防ぐ。
(4)ダイコンやカブやニンジンの種蒔きをする時に、種を蒔いた畝にふり、雨で地表がたたかれたり、水分の蒸発を防ぐ。
(5)サツマイモの挿し木苗の芽だしをする冷床(温床でなく冷床でも5月25日頃、第1回目の挿し木苗が切り取れる)の全面をクン炭で覆い保温する。桜の花が咲く頃、冷床に芋を伏せ、その上からトンネル状のポリをかぶせて、芽が出始める5月連休の頃まで完全密閉しておく。
(6)キャベツやハクサイやホウレンソウのポット育苗には、市販の育苗土を買っているが、この土だけ使うと高くつくので、クン炭で増量する。土とクン炭の割合は半分半分くらいである。
 つまり、「すくも」で利用するより「焼きすくも(クン炭)」で利用した方がよい。ボクは年に2回だけ焼いている。1回に2山焼くので、計4山である。上の画像の左はクン炭2山であり、真ん中はクン炭を利用したタマネギの育苗床、右はニンジンの種蒔きをした後、その上からクン炭をふっている画像である。


 肥料は、メタン菌液肥と、このクン炭だけである。トリ小屋の鶏糞は、羽数が少なく量が知れているので、冬期間に果樹の根元に寒肥と寒さ避けを兼ねて置いている。


 稲作農家が稲を作り続けてくれることは、とてもありがたい。稲作農家のおかげで
(1)もみすり後に大量のもみがらがもらえる。
(2)もみすり後に出る玄米くず(こごめ)がもらえることがある。ニワトリのエサにとても重宝している。
(3)精米(コイン精米機)後に大量のぬかがもらえる。
(4)稲ワラがもらえることもある。
(5)我が家の場合、野菜の作れない残りの田んぼ70アールは稲作農家に作ってもらっている。小作料として4俵頂いている。これもとてもありがたい。田んぼを管理してもらい、その上、食べ量の米までもらっている。でもこの小作料は早晩なくなるだろう。田んぼを管理してもらえるだけで、とてもありがたい。現在の田舎では、田畑は「資産」ではなく「負債」という考え方に逆転している。
 近所に稲作農家があるということは、本当にありがたい。でも、この状態があと何年続くかは定かではない。我が家の田んぼを作ってくれている方もすでに70才を越えているので、長くても後10年くらいだろう。その後は、地域に誰も米を作ってくれる人はいない。どうしたらいいのだろう。荒らかして放っておくようになるかも知れない。我が家の田んぼの周囲がまだ米を作り続けるようだと、あぜ草刈や耕運などの田んぼの管理は必要になるが、隣の田んぼも荒らかした状態なら、自分も管理はしなくてもすむ。今まで資産だったものが負債になっているという状況がわかってもらえたでしょうか


 ボクが子供の頃には、このクン炭を稲の苗代(なわしろ)に利用していた。11月の末頃、もみすりが終わると、家々の門先で、籾殻(すくも)に煙突をさして、焼きすくもにしていた。そのくすぶった臭いと、鼻をさすような酸っぱい臭い、庭先の柿の葉の紅葉と色づいた柿の実、天空の抜けるような青空がとけあって、1枚の絵のような晩秋の風物詩として記憶の片隅に残っている。 


 焼きすくも(クン炭)も、何回か焼くとコツがわかってくる。
(1)最初の着火が、慣れないとうまくいかない。今は一発でできるようになったが、最初の頃は着火のやり直しを何回も繰り返していた。
(2)風の強い日には焼かない。もみがらが飛ぶし、ゆっくり時間をかけて焼かないと歩留まりが悪い。もみがらは湿りすぎていてもよくないし、乾きすぎていてもよくない。
(3)クン炭を焼く「クン燃器」は、最近はホームセンターで1300円ほどで売っている。
(4)最後に火を消す時は、水を何度もぶっかけるのではなく、焼きすくもを広げてタゴに1荷ほど水をかけた後、もとの小山に戻して、その表面にジョロで水をして、表面が湿っている状態の時に一気に薄いポリなどで空気(酸素)を遮断して消すと、出来上がりがさらさらして、長期保存する場合に都合がよい。それと、この方法で消すと確実に消えるので、翌朝行って見ると、かなり灰になっていたというようなことはない。この状態で2昼夜ほど置いて、完全に消えてから納屋に保存する。完全に消えていない状態だと、火事になる危険性がある。昔はこのクン炭で納屋(物置)がよく火事になったらしい。


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1人でするか、2人でするか

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 農業を夫婦でしている人は、どんな気持ちでしているのだろう。配偶者を、かなりの「労力」として期待しているのだろうか。それとも、忙しい時に手伝ってくれるぐらいでいいと思っているのだろうか。
 ボクは農業を2人でしようと思ったことはない。もちろん、農業がひらめいた時にも、自分1人だけでする農業だった。2人でしていたら、しょっちゅう喧嘩になりそうな気がする。農業を始めてから今日まで、手伝ってほしいと思ったことは1度もない。たとえどんなに忙しい日でも、手伝ってもらおうという発想が自分の頭の中に生じなかった。
だから、2人で農業をしている人を見ると、仲がいいんだなあと思ったりする。マルミさんは、あんたと一緒の仕事はぜったいにしたくないと言っている。ボクもマルミさんと一緒にする農業はちょっとイメージできない。2人ですると相乗効果をもたらして、二乗つまり4倍になることも考えられるが、相殺効果、もしくは共倒れになることも背中合わせである。でも、ボクの知っている範囲で言えることは、2人でしている人の方がビジネスラインに到達しているという現実である。農業を1人でしている人で、ビジネスラインに到達している人をあまり知らない。2人でしている場合の共通項は、主体となる男の方に、かなりの技術力があるということである。それは、ニワトリでも、果樹でも、野菜でも言える。つまり、主体となる方に、もともと、もしくは数年で技術力を身につけるセンスがあると見受けれる。
 ボクは突然頭の中に農業がひらめいてから、数軒の先進農家を見学させてもらったが、自分も同じようにやってのけれるだろうとは全く思えなかった。そしてスタートする前から、自分は市場出荷(農協出荷)のように、規格や寸法、外観が問われる野菜は、よう作らない(向いていない)だろうということが漠然とイメージできた。かといって、他にどのような農業形態があるのだろうと試行錯誤していた時に、はっきりと形にして見せてくれたのが、坂根修さんの「都市生活者のためのほどほどに食っていける百姓入門」という本だった。それには(1)セット野菜、(2)少羽数のニワトリ、(3)ミニコミ紙という模範スタイルが書かれていた。これならできそうと初めてイメージできた農業形態である。その農業形態には有機農業が必要だった。つまり、ボクの場合は農業形態が先で、有機農業というのは後である。
 イメージどおりの農業はできたが、この16年間、そのイメージした農業から一歩も脱皮することができなかった。つまり、自分1人でする農業しか、スタート前にイメージできなかったのは、すでにその時に、自分は少量多品種型農業形態以外はすることができないだろう、そして、その農業形態を2人ですれば、到底食べてはいけないだろうということを意識下ではっきり認識していたからだと思う。
 今のボクなら、もっと具体的に数字をあげて、この農業形態では食べていけないと説明する。市場価格など関係ない超越した自己価格を、それぞれの野菜につけることができれば、成り立つかもしれないと説明する。


 2人ですると、主となる方が病気にでもなれば、とたんに立ち行かなくなるし、従となる方が病気をしても、やはり立ち行かなくなる危険性が高いと思える。この点1人なら共倒れは逃れることができる。でも、2人ですると2倍ではなく3~4倍できるということもよく聞く。ボクの知る範囲では、1人で農業をしている人、2人で農業をしている人、半々くらいである。 



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旬を食べる

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 今朝、新聞を見ていたら「秋の七草」のことが出ていた。秋の七草の中で知っていたのは2つだけだった。桔梗(ききょう)と葛(くず)の2つである。後の5つはわからなかった。で、「困った時のグーグル頼み」のグーグルで、「秋の七草」と検索して見ると、何と、きれいな画像とともに、秋の七草が目に飛び込んできた。辞書を引くより、グーグルで検索した方が慣れれば早いかも知れないなあと思った。パソコン教室の先生が、「困った時の神頼みではなくて、困った時のグーグル頼み」と何回も何回も言われるので、瞬間に頭にひらめいてグーグルで検索してみた。しかし、2つしか言えないとは農業人として恥ずかしいかも。でも、日頃使わないことは、日頃使わないパソコン機能と同じで、その時は覚えたつもりでも、日がたてばすぐに忘れてしまう。葛(くず)という草も、名前を覚えたのは農業を始めてからである。池の土手を覆いつくすくらい繁っているツル性の草で、これはなんという草なのかなあと思って、何かの本で見て、ああこれが葛(くず)という草なのかと覚えた次第。他の5つは、萩(はぎ)、撫子(なでしこ)、藤袴(ふじばかま)、女郎花(おみなえし)、薄(すすき)らしい。このうち、薄(すすき)はしょっちゅう見るが、萩(はぎ)と藤袴(ふじばかま)は、田んぼの近くに咲いていないので、あまり目にしないから名前が覚えづらい。農業をしていてこんな調子だから、都会の人はちょっと覚えれないと思う。春の七草も思い出せない。ナズナとカブ(このしろ?)の、これも2つしか思いだせない。まあ、どうでもよいけど。田んぼの畦草の名前も、正式名をほとんど知らない。


 今日は秋晴れで快晴の1日だった。明日は昼から集落の「祷組」の行事があり、お膳や酒が出るので4時頃までは仕事ができない。10月は雨は少ないが、いろんな行事があり、それに時間を取られる。とにかく、週に3日ほどしか農作業はできない(残りの3日は収穫、出荷作業)ので、効率よく、そして段取りよく仕事を進めないと、この時期の1~2日の定植の遅れは、収穫で10日以上送れる。寒さに向かう秋冬作は、早すぎると虫害にあい、ちょっと遅れると、収穫がぐんと遅れて、年明けになることもある。9月、10月は夜、昼、大きくなるが、11月に入ると、暖かい日中しか大きくならない。10月も中旬になると、草の伸びる勢いはかなり弱くなるので、タイミングよく中耕除草ができれば(出荷の関係でこれが難しい)、さほど手がかからず、先に野菜の方が大きくなって、株間の草を押えてくれる。


 夕方5時半をまわると、もう薄暗くなり農作業ができない。昨日は4時過ぎに出荷が終わったので、ちょっと間食した後、まだ1時間は農作業ができると思い、田んぼに行った。夕方、ただの1時間でも農作業をすることが、明日の段取りにつながる。特別になにかの作業をするということでなくても、ニワトリに草をやり、メタン菌液肥の容器(500リットル、2つ)を竹の棒で混ぜ、連結ポットで育苗中のホウレンソウにジョロで水をやり、サツマイモの電柵が漏電していないか見て周り、タマネギの苗床の草をちょっと抜き、柿にかぶりつき、イタリアンパセリとディル(どちらもセリ科)についたアゲハの幼虫を手でひねりつぶしてまわり、キャベツについた青虫を手でひねりつぶして、最後にサツマイモをコンテナに1ケース掘って終了。1時間でこれくらいの農作業が進捗する。とにかく、「少量多品種の農業形態」は目先の変わった多種多様の作業がいっぱいあるので、あっちのキャベツ、こっちのキャベツと飛んでいって卵(青虫)を産み付ける蝶のように、遊んでいるようなものである。


 タマゴはこの所、平均して1日3個ほどしか産んでくれない。もらっていた精米くずがなくなり、農協で飼ったエサを少量と、コイン精米所で無料でもらっているヌカと、サツマイモくずと、芋ズルや雑草しか与えていないので、体力を維持するのがせいいっぱいで、タマゴを産むエネルギーが残っていないのかもしれない。メンドリ30羽で3個だから産卵率は1割。でも食べ量には十分。田んぼから出るくず野菜をニワトリの腹を通してリサイクルしてもらうのが目的のリサイクル鳥だから、これでいい。


 昨晩は、インゲンの煮付けと、タマネギの炒めものと、レタスだった。マルミさんの帰りが遅かったので自分で作った。エンサイかツルムラサキの湯通し、もしくは蒸したピーマンにドレッシングをかけて食べるのは、少し飽きがきている時期なので、4日ほど前から食べれるようになったレタスが新鮮でおいしい。これからしばらくは毎日レタスが続く。インゲンも3日前の水曜日に初出荷をした。インゲンは6月中下旬と10月中下旬の2~3週間の間だけ食べれる年2回の期間限定野菜である。インゲンとアゲ少々を炒めて水、醤油、砂糖、みりん、だしの素を入れて煮付けたもの。
 炒め物は簡単なのでボクの定番メニューになっている。豚肉少々にタマネギとナスビを入れて炒めた。これだけあれば自分には十分なごちそう。30分ほどでできる。生産者だけがわかる旬のものを食べれる喜び。もちろんマルミさんにはわからない。生産者のボクだけがわかる深い喜びである。


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とりとめのないこと

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 太陽の出る方向は、夏と冬とでは大分違うんだということが、感じではわかっていたが、それなら、どれくらい違うんだと言われると、それはよくわからなかった。サラリーマンをしている時は、太陽がどこから昇って来ようが、そんなことはどうでもよかったし、大阪で暮らしていた時には、太陽を見るということさえしなかったような気がする。大阪での7年間は空をほとんど見ていなかった。空がなかったような気がする。地元に帰ってからも、空を見上げるような精神的余裕はなかった。サラリーマンをしていた時には、いつも何かに追い立てられているような気がして、ゆっくり、ぼう~っとする精神的ゆとりが持てなかった。農業を始めてからも、ゆっくりするゆとりなどはないが、お天道様が相手だから、空を見ようとしなくても、いつも空が目に入る。多分、多くのサラリーマンや、大都会に住んでいる人にとって、空はないんだと思う。


 野菜の「旬」も、父が家庭菜園をしていたにもかかわらず、全く自分にはわからなかった。これは、実際に自分で野菜を作ってみないことには、いつ、どんな野菜が旬なのかは知ることはできないと思う。農業を始める前は、タマネギとジャガイモが、収穫後、半年間も保存ができる野菜とは知らなかった。ナスビやピーマンみたいに、そのつど収穫するんだと思っていた。収穫期というのも全くわからなかった。ただタマネギは、軒下につるしてあったので、たくさんつるして青々しているのを見ると、今頃タマネギを収穫するんだなあと、なんとなく感じた。しかし、ジャガイモは目に触れることはなかったので、いつが収穫期なのかなど全くわからなかった。だいたいジャガイモは、収穫後1ヶ月の時と、4ヶ月が経過しているものとでは、一般の人にはあまり区別がつかないと思う。ナスビやキュウリやナンキンは夏にできて、ハクサイやダイコンは冬にできるんだなあというぐらいしか、サラリーマンの時には知らなかった。だいたい興味もなかった。


 朝露(あさつゆ)と朝霜(あさしも)の区別もよくついていなかった。どちらかと言えば、朝霜の方が分かりやすい。寒い時にしか霜は降りないから。でも都会にいると、霜など見る機会もないことだろう。事実ボクも大阪にいた時は霜を見た記憶がない。まして、朝露といわれると、ほとんど誰も答えられないんじゃなかろうか。朝露を見る機会は朝霜を見る機会よりもっと少ないのではなかろうか。さすがにボクは、田舎育ちなので、夏の朝は、畦草や稲の葉が、雨にあたったみたいにぬれているということは知っていた。なぜ夏に朝露が降りるのかは今でもよく説明はできない。夏の朝には朝露が降りているということを初めて知ったのは、七夕の短冊に願い事を書くのに、ボクが子供の頃には墨で書いていたが、その墨をする時に使う水は、稲の葉っぱについた水滴を使うというのが決まりごとのようだった。その時に初めて、よく晴れた日の翌朝は朝露が降りているんだと言うことを知った。でもボクは、未だに自然現象には疎く、朝露が、ある日突然、朝霜に変わるのを、よく説明できない。朝霜が降りていない時期はずっと朝露が降りているように思う。農業をしているのに、まだこの辺の記憶がとても曖昧である。


 農業を始めた時、レタスに全く虫がつかないのが不思議だった。なぜレタスを虫は好まないのだろうかと思った。人間が生食で食べれるような葉っぱなのに・・・。今でも、なぜレタスには虫がつかないのか不思議な気持ちでいる。虫(害虫)がとても好むアブラナ科野菜に、レタスを掛け合わせて、虫のこないアブラナ科野菜ができないものなのだろうかと思う。植物に関するバイオの技術がこれほど発達しているのだから、これくらいわけなくできるように思うが、できないのだろうか。ボクの場合、農薬を使う可能性のあるのはアブラナ科野菜だけなので、これに虫(害虫)が来なければ、随分、のん気でおれる。。ホウレンソウも虫がこないし、シュンギクも虫がこないし、青シソにも虫がこないし、エンサイやツルムラサキにも虫がこない。全然こないことはないが、たとえ来ても放っておける密度である。年によっては、激しくくる年もあるが、虫害の茎葉を何回か強剪定しているうちに、1ヶ月ほどで虫はいなくなる 
 虫の来ない野菜もたくさんある(作付面積が小さい場合に限る)ので、何とかそれらのエキスをアブラナ科野菜に注入してアブラナ科野菜も虫がこないようにできないものなのか。でもこれをすると、自然界の生態系がおかしくなるのだろうか。でもすでに、遺伝子組み換えダイズや遺伝子組み換えトウモロコシのバイオで壊している。


  トマトをボクはワンパックに入れて送ったことがない。トマトは自分にとってはウルトラCの野菜である。成長途上でよく突然死(青枯病)が発生するし、少し赤みがかると、空からカラスが狙い、下からはタヌキが狙うので、油断もスキもならない。それに山際に田んぼがあるので、大きな蛾が夜間に出没して、トマトの実を刺して、そこから腐れが生じる。トマトの茎葉が雨にあたるのもよくないらしい。そんなこんなで、食べ量のトマトさえ満足に作れていない。ええ、まだそんなレベルなの、と驚かないで下さい。苦手作物もある。まあ換金作物は何とか普通には作れていると思う。一応、業務用のイタリア料理店にコンスタントに出荷できているわけだから。
 トマトを入れずに、個人客がよく野菜パックを買い続けてくれるなあと、一度友人に聞かれたことがあるが、答えようがなかった。作れない物は作れない。でも考えて見れば自分には苦手作物が多すぎる。どれも少量しか作っていないから、苦手でも毎年作ることができている。支柱作物はどうも支柱を立てるのが負担であるし、アブラナ科野菜はダイコンサルハムシという害虫のせいで、いつも失敗と隣りあわせだし、ワンパックの必須野菜であるタマネギとジャガイモに毎年必ずと言ってよいくらい収穫期前2~3週間くらいから病気が発生して、かなりの収量減になっている。


 16年前農業をスタートした頃には、自分の畑にシカやイノシシが出てくるとは想像もしていなかった。スタートした頃は、いろんな野菜を作るのが楽しみで、今より20種類以上、作付品目が多かった。だから、イチゴやマクワウリ(キンウリ)やトウモロコシも作っていた。でもこれらの作物は下からはタヌキが上からはカラスが狙っているのを悟ってから、防御するのがとても面倒に感じて、何年かして作ることをやめた。スイカだけ完全防御して作り続けてきた。最近では、シカやイノシシに比べたら、タヌキやカラスなどどうってことはないと感じている。何か、だんだん追い込まれているような気がする。


 農業は「カネにならない」というストレス以外は、あまりストレスを受けないですむ。多分、身に感じる多くのストレスは大地が吸収してくれているのだと思う。でもどう感じようと、もう今の仕事を続けていかざるを得ない。動けない。50代とはそういう年齢である。


 何か今日は、ごちゃごちゃととりとめのないことを書いた。


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田舎移住

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 10月12日。いい時候になった。暑からず寒からず。夕暮れが早くなったので、もう昼寝をする時間が取れない。田んぼにいると、いつの間にか時間が経過している。別にこの時間は、自分を高める時間でもないし、遊んでいる時間でもない。サラリーマンと違って、たいしてカネになっている時間でもない。1日1日が淡々と過ぎていくような1日である。でも農作業をする手と足だけは、せわしなく動かしている。体力は40才の時より今の53才の方が劣ってきてはいるが、農作業の勘所は、経験の積み重ねにより格段にわかってきているので、40才の時より多い作付量を、より短時間でこなしている。ただ農業は自分のペースであり、他人のぺースと比較したり、比較されたりすることはないので、自分のペースが速いのか遅いのかはわからない。スタートして12~13年くらいまでは、いろんなことを吸収していく余地が残されているが、農業歴16年くらいになると、もう新しいことを吸収していく素地が少なくなっている。だから、ここ数年は「田んぼ見学」ということをあまりしなくなっている。つまり、以前はちょっと時間が取れると、頻繁に他人の田んぼを見学させてもらいに訪問していたが、それが少なくなっている。技術的なことはもうこれくらいでいいかなと思っている。自分の技術が高いのではない。逆に友人よりかなり劣っている。技術があまりあがっていかないタイプだったような気がする。もし自分に技術力が多少とも身につけれたら、「ハウスでの集約栽培」のようなことをやっていたかも知れない。大規模栽培は向かなくても、ハウスを2つか3つ持って、特定の花とか、ハーブとか、野菜を専門的に作っていたかも知れない。ワンパック野菜(セット野菜)の宅配というのは、技術力のない人や、技術力が上がっていかないタイプの人の農業形態である。こんなことを言うと失礼なような気がするが、有機農業をしている人は農業技術の低い人、もしくは農業技術がアップしていかない人が自分を含めて多いような気がする。そして、独善的な農法やこだわりの農法を、環境保全的とか未来農法の先取りとかと勘違いして、多分、広がりはしないであろう自分独自の農法にこだわり続けている。農業技術を
アップできた人はワンパック野菜から専門作物系に移るようである。自分や家族の生活のために。


 結局自分は、サラリーマンの時もそうだったが、農業に転身してからも、農業で食っていく能力(主に技術力)がとぼしい。でも、仕事としてはサラリーマンより農業の方がはるかに楽しいし、自分に向いていると思う。これは1人社長であり、誰に気兼ねをすることもないから、田んぼは居心地がよい、ただそれだけであるが。
 この社会の中で多くのことを望んでいなくて、いや、望んでも自分には手に届きそうにないことを早々と悟らされて、つつましくてもよいから、1日1日が自分なりに充実して、そして最低限の文化的生活をしていくだけの収入になれば、それ以上のことは何も望まないというように、農業への転身と共にそう変わっていったが、その最低限のつつましい生活さえさせてもらえないというのが、今の資本主義社会である。とにもかくにも、生きていく為の最低限の必要経費というか、負担を強制される社会的経費が高すぎる。かすみを食って生きていけとでも言うのだろうか。余儀なくして社会的弱者の立場に陥った人にとって、今の社会の仕組みはどうしようもないほど逃げ場がない。田舎でも、自給自足できるものは何にもなくて、カネがないと何にもできないのだから。


 元々虚栄心などは少なくて、他人の持っているものをそんなに欲しいとは思はないし、うらやましいとも思わない。農業を始めてからは、ほとんどカネを使わない生活を心がけてきた。小遣いは散髪代くらいである。ストレス解消のために何かをしなくても、日々、土に接した生活をしていると、外の世界にそんなに刺激的なものを求めなくても、過ごして行けるようになった。農業は誰でもすることができなくなった「とてつもなくぜいたくな職業」ということがよくわかっていたので、農業を始めてからは、他の事は我慢するというより、あまり求めなくなった。
 能力のない人が「独立自営の仕事」をしたいと思えば農業ぐらいしか考えられないのに、元々の農家で、土地も農具も先生(父親もしくは母親)もそろっていても、今の社会は、農業では生活ができない時代である。まして、都市生活者が農業をしたいと思っても、そのハードルは余りに高すぎる。マスコミの論調にだまされて、田舎への移住を求めたりせず、できうるならば、都市に留まり続けた方がよい。定年まで待つという選択である。今の団塊の世代の田舎移住という一つの流れは、(1)彼らが元々田舎出身であること。(2)子供の時に農作業をよく手伝わされていたので、農業の原風景が残っていること。(3)古きよき時代の田舎の人間関係を知っていて、それを後生大事に持っていること、等が考えられる。しかし、現実の田舎暮らしは、都会暮らしより、より多くのカネがかかると思う。自給自足できる物は田舎でも何一つないし、田舎では冠婚葬祭費がつきものであるし、車は必需品であるし、自給野菜だけを作ることは、買うことに比べて3倍は高くつくだろうし、現在の田舎の人間関係は殺伐としていると思われる。つまり、田舎移住を選択することは、定年後も引き続いて都会暮らしをすることと比較して、かなりの投資と冒険になってしまうと考えられます。車が運転できて、いつまでも元気でいられるなら問題ないが、平均的にそれは定年後15年と考えると、その後はまた何かと便利な都市の方がいいようにも思えます。でも人は一定の年になると、自分の中に宿している太古のDNAが騒ぎだして、土に根付いた生活がしたいという欲求が強くなるのかもしれません。


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ブログ城

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 7月吉日、あめんぼ通信で「ブログ城」に進撃を開始致しました。来春の桜が咲く頃には、ブログ城を制覇しようと企んでいました。でも三日坊主で、あっけなく退散してしまいました。ブログのことをほとんど知らずにブログを始めたのが三日坊主の原因でした。その時にネットサーフィンして、「人気ブログランキング」というのがある事を知り、その画面で出会った、ペットブログ第一位「富士丸な日々」と、料理、飲食店ブログ第一位「生まれる前から不眠症」の2つのブログにすっかりはまってしまい、ブログって、こんなにおもしろいもんなんだと改めて認識し、1ヶ月ほど経過してまた続きを書き始めました。今度は不思議と現在まで1日も欠かさず更新しています。再出発してもうすぐ2ヶ月がきます。
 人気ブログランキングに登録して、画像も取り込めるようになったら、40軒ほどの顧客(イタリア料理店、及び個人客)に報告しようと思い、思いしながら、あれよ、あれよという間に2ヶ月が経過してしまいました。なんと2ヶ月ももたついて、昨日やっと、ランキングの登録と画像の取り込みが何とかできるようになりました。今月中には顧客と友人、知人に連絡して、1日1クリックのお願いをしようと思っています。早くしないと、先行している、画像のない言葉だけのブログを遡って読んでくれない恐れがある。毎日更新しているので、2ヶ月もたまると結構な量になる。この2ヶ月間、書いた内容の題名も入れていなかった。でも遡って読み直す時間は農閑期まで持てそうにない。FC2ブログの使い方もまだよくわかっていない。毎日更新をしようと思うと、とにかく、前へ、前へと、書き進むしかない。まあ、今までのは読んでもらえなくても、今後のを読んでもらえたらよい。逆に、顧客には読んでもらいたくないなあという、かなり赤裸々な部分もあるが、それはこのブログの目的が「30代後半の現役帰農志願者の役に立つように」ということを主眼としたブログだからです。
 なんだかんだ言っても、読んでくれる人は読んでくれるだろう
。でもこのブログ、まだまだ不備である。もっと見やすく、もっと内容をわかりやすくする必要がある。今後の課題である。
 
人気ブログランキングに登録したことをきちんと表示したら、いきなり90位あたりにランクインしてうれしい。カテゴリーは「エッセイ部門」にした。第一次産業(農業、林業、水産業)というカテゴリーがあれば、迷わずそれにしただろうが、ブログランキングに第1次産業というのがない。農業の中でもワンパック(セット野菜)をやっている人は、ミニコミを出している人も多いから、その人たちの競う場というか発表の場が、カテゴリーの1ジャンルに用意されていたらよいのに。
 だからボクも、あめんぼ通信をどのカテゴリーに登録したらよいのか、かなり迷った。考えられるのは、社会、経済部門の「起業・独立」、芸術、人文部門の「エッセイ」、アウトドア部門の「全般」、生活、文化部門の「花・ガーデニング」しかなかった。農業ブログはこの中の、アウトドア部門の「全般」に登録されている方が多いようである。アウトドアには違いないが、何かこのカテゴリーに農業を入れるのは抵抗がある。アウトドア部門は他に登山、キャンプ、釣り、自転車、サイクリング等で、ボクはどれも全く興味がない。結局、自分のブログが収まるようなカテゴリーが見つからず、それならと、エッセイ(農業エッセイ)にした。
 
それにしても、人気ブログランキングのカテゴリーにもジャンル表示されないくらい第1次産業(農業、林業、水産業)は衰退しているのだろう。でも現在、団塊の世代の定年帰農も、一つの大きな流れになっているようだから、この辺でカテゴリーに第1次産業を設けて欲しいと思う。


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ブログに3つの新展開

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 今日はブログに関してうれしい展開が3つあった。毎日このブログを訪問してくださっている数名の方にはもうおわかりだと思いますが、
(1)読者の訪問数を表示するカウンターの数字を見やすくした。
この数字が上がっていくことは励みになる。
(2)人気ブログランキングの表示を鮮明にした。これをクリックして頂くと、人気ブログランキングに飛び、自分のランキングが1ポイント加算される。
(3)画像を3枚入れた。今日、挿入方法を教えてもらったのであるが、やっぱり画像が入るとブログがきれいに見える。


 今日、上記の3つを教えてもらったが、(3)はこれから毎日やっていくつもりでいます。さっそくこれから練習に、新たな3枚を挿入してみます。画像と記事を一致させることはまだできそうにありませんが、とりあえずは、田んぼの画像をマイピクチャーからピックアップしながら毎日入れたいと思います。


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サツマイモ サトイモ 柿

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 当地では今日から稲刈りが始まった。米は10アール(1反)で8俵とれれば良い方なのに、1俵の生産者価格は現在12000円ほどらしい。つまり、10アールで96000円ほどにしかならない。1ヘクタール(100アール)では96万。100万にもならないらしい。これから肥料代や機械の減価償却費を引くと、一体いくら手元に残るだろうか。あまりに安すぎる。これでは生産者の意欲がなくなってしまう。


 10月はお祭りの季節でもある。当地でも、10月15日に集落内の「祷組」のお祭りがあり、お膳が出る。10月15日は「子供みこし」も出て磯上地域の4集落を練り歩く。10月18日と19日は秋祭りである。ボクが子供の頃には家でお寿司などをしていたが、今、我が家では何もしていない。10月22日には集落の農業祭がある。この秋の豊作を願う行事で、天王山(集落で祭っている山)にお参りした後、公会堂でこちらもお膳が出る。ボクが子供の頃には、この天王山にマツタケがたくさん生えて、学校から帰るとよく引きに行ったが、今は松が枯れてしまって、マツタケなど生えない。松は環境の変化に敏感な木であるらしい。マツタケを引きに行くと山ナスビ(ブルーベリーのような実)もたくさんあったが、今は山ナスビも全く見かけない。たった40年ほどの間になんでこんなに変わってしまったのだろう。それまで1000年以上の長きにわたって、毎年生え続けてきただろうマツタケと、成り続けてきただろう山ナスビが、全く消滅してしまった。自然環境の変化もあるが、もう一つの大きな原因は、ご飯やおかずや風呂焚きの「クド」が、プロパンガスや電気温水器に取って代わり、山の木や落ち葉が不必要になり、毎年してきた山の手入れを放棄したことに起因する。


 10月のワンパックはサツマイモとサトイモが支えてくれる。春夏野菜がそろそろ終わりに近づき、秋冬野菜はまだ生育途上のこの時期は、野菜の種類が少ない端境期である。10月上旬にキュウリ、ニガウリ、オクラが終わり、ナスビは成長がゆっくりに成り少し硬くなり、ピーマンも成長が遅くなる。エンサイやツルムラサキも成長が遅くなり、ツルムラサキは茎が硬くなる。新しくこの10月上中旬に出荷できるようになるのが、ツルナシインゲンとレタス(極早生品種のガーデンレタス。サカタの種)である。


 今日のワンパックの構成品目は、ジャガイモ(1キロ200円)、ナスビ(500g200円)、ピーマン(300g余り200円)、オクラ(15個150円)、エンサイ(350g150円)、ツルムラサキ(500g200円)、サツマイモ2種類(2キロ600円)、サトイモ(1キロ400円)、レタス2種類(200円)、サービス品として、レモングラスとスペアミント→ハーブティ用及びイタリアンパセリ。以上で3100円(送料800円を含む)。インゲンが少し小さく、今日は出荷しなかった。


 インゲンとレタスをこの時期に出荷しようと思えば、お盆明け~8月20日頃までに、ニンジンと同一日にインゲンとレタスを蒔くと、田んぼの耕運や畝立ても都合がよい。ボクは毎年、ニンジン、インゲン(つるなしインゲン)、レタス(極早生種と中生種)、秋ジャガイモの芽だし(仮植え)の4作物を同一日に同じ田んぼに植える。つまり4点セットと考えている。


 作物の中でも、この作物は身体にやさしい作物だなあと思えるものがある。それは今の時期のサツマイモとサトイモと柿である。サツマイモは「ふかし芋」が常時、台所のテーブルの上にあるようにしている。9月中頃から12月中頃まで3ヶ月間、毎日ふかし芋が食べれるというのは、百姓であることの大きな贅沢であり、ひとつの喜びでもある。ボクは間食に甘いものをよく食べる悪癖があるので、先にサツマイモで腹を膨らませておくと、市販の間食品が少なくてすむ。これが身体にいいと思って、3日ほどでなくなったら、すぐ次のふかし芋を作る。自然の物は食べ続けていても、飽きがこない。


 ふかし芋にする品種は「高系14号」という品種で、日本有機農業研究会の幹事をしておられる、千葉県の林重孝さんから7~8年ほど前に送ってもらった芋で、晩生種である。一般にサツマイモは田んぼで作るとおいしくなくて、畑や山の斜面などで作るとおいしい。サツマイモは地形や土質を選ぶのである。でもこの高系14号は、どちらかと言えば粘土質の多いボクの「田んぼ」で作っても、それなりにおいしいので、気に入っている。9月の頭から掘れる早生品種の「ベニアズマ」も早掘り用の芋として作っているが、ふかし芋にすると高系14号よりかなり味が落ちる。ムラサキ芋とオレンジ芋はきれいだが、全く甘くないので、ふかし芋には適さない。


 今年は早生のベニアズマがあまりにもおいしくなかったので、どうしてだろうと考えていたが、近所のおばさんに「今年の芋はいつもの年より全然おいしゅうないんじゃけど、どうしてじゃろう・・・」と聞かれて、これは今年の気候によるところが大きいのかも知れないと考えた。7月に雨ばかり降って、7月の平均日照時間は例年の3分の1ほどしかなかったらしい。味の悪いのはひょっとして7月の日照不足によるものかも知れないと思い、それなら9月の好天続きでかなり味の取り戻しがあるかも知れないと考えた。


 サトイモの煮物も、ふかし芋と同じく自分で作る一品である。サラリーマンをしている時はどうという芋でもなかったのに、農業を始めて、自分で作り出してから、サトイモが大好きになった。サトイモを煮ておくと昼のおかずに困らないし、不思議とこの芋は身体にやさしく感じる。何かの本で、「サトイモは座布団のような大きな葉で、お日様の光をたっぷりと浴び、そのエネルギーを地下の塊根に送りこんでいるから滋養豊富な芋ができる」と言うようなことを書いてあったが、なるほどなあと思った。4月上旬に植えつけてから半年近くもかかって、ゆっくりゆっくり大きくなるのだから、その間にいろんなものを体内に溜め込んだのだろう。もし、最後の晩餐が10月になるなら、欠かせない一品である。しかし、サトイモは11月の中下旬頃から急速に味が落ちていくように思う。親芋に子芋、子芋に孫芋とつくので、子孫繁栄の意味から正月に食べる縁起物の芋でもあるが、正月の頃に食べるサトイモはさらに味が落ちている。多分、寒さにあたるのと、土中にあるため、成長点に達した後、いらぬ水分を吸って味が次第に落ちていくのだろう。でもワンパックは、市場出荷のようにその野菜が一番良い状態の時に一括出荷はできない。少しずつ少しずつ家庭菜園的な食べ方をするのと同じように出荷をしていく。10月、11月、12月、1月、2月の5ヶ月間、ワンパックを支え続けてくれる存在感いっぱいの芋である。料理にくわしくないので、ボクの作るサトイモ料理はアゲを入れて炊く煮物だけである。


 柿も10月上旬の少し黄みがかった頃から食べ始め、11月、12月と2ヶ月半ほど食べ続ける。田んぼでのどを潤す時に、そして間食代わりにとても重宝している。家ではあまり食べず、ほとんど田んぼで食べる。柿とふかし芋は本当にありがたい、自分の身体にやさしい食べ物だと思う。百姓をしている幸せはこんな所にある。多分、1世代前の人も2世代前の人も、柿とふかし芋に、この時期、こよなく癒されてきただろうと思える。それとも、柿とふかし芋しか他に食べるものがなく、毎日そればっかりでうんざりしていただろうか。ケーキは毎日同じ物を食べ続けると飽きがくると思えるが、柿とふかし芋は2ヶ月以上毎日食べ続けても、全然飽きない。


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なぜ、畝立てをするのか

 今日は昼から管理機で畝立てをして、その後、その畝にメタン菌液肥を施した。その後すぐに、新しい液肥を仕込んだ。4時頃から5時半頃まで続けて9荷も担いだので、夕食後、パソコンに向かうと疲労が出て、横になると、1時間ほど寝てしまっていた。


 液肥をすぐにまた仕込んだのは、10月に入り、昼間の温度も夜間の温度も下がってきているので、1日でも早く仕込んだ方が次の出来上がりが早くなると思ったから。メタン菌が活躍する最適温度は35度であり、今回の仕込みは今年最後の液肥散布であるタマネギ用地なので、今月末までには仕込みが熟成して使えるようにしたい。9荷、担いだが、種菌として、それぞれ300リットルほどずつ残した(500リットル入り容器)ので、3週間ほどで完成予定である。ヌカを1袋ずつと、ナタネカスを4キロ程ずつ2つの容器に入れ、水を8分目くらいまで(いっぱいまで入れると膨張して、ヌカが容器のふたを押し上げて、はみ出すので)入れて、よく攪拌して完了。


 管理機で畝立てする時にはいつも思うことであるが、この機械がまだ一般に普及していなくて、クワで畝立てしていた1世代前の人は肉体的にかなりハードであったろうなあと思う。カマが草刈機に変わって仕事量が格段に増えたように、クワが管理機に変わってから、これも仕事量が格段に増えた。


 ここで、農業を全く知らない人には「なぜ、畝立てをするのか」と言う素朴な疑問が湧いてくるかも知れないので、それを箇条書きで説明します。


(1)畝を立てると、雨がたくさん降った時でも野菜がつからない。


(2)収穫する時に、端(小口)から収穫できるものもあるが、先に大きくなったものから収穫する場合、畝と畝の間を通路にする必要があるため。


(3)畝を立てて平地より高くすると、それだけ、根の伸びる範囲が地中深くなる。


(4)作物の成長過程で1~2度、中耕、除草の必要な場合もあるので、その時に、畝立てしていると、畝と畝の間が通路として利用できる。


(5)畝立てしないで種蒔きや定植をしようとすると、列がゆがんでしまう。つまり、畝立ては、先に列を作っておくという意味もある。


(6)畝立てしていると、種蒔きや定植の時に、通路ができているので大変便利。


(7)畝と畝の間の通路は、人が1人歩ける程度の30センチくらいでよい作物もあるが、畝と畝の間の通路に収穫容器を置いて収穫する場合、例えばシュンギクやホウレンソウの場合、収穫容器が置けるくらいのスペースはいるので、その2~3倍の80センチほどに通路を広く取る場合もある。畝と畝の間を広く取ると、黒マルチを張る場合にも、とても便利である。


(8)実際に土の上で農作物を作ろうとすると、畝立てが必要であるというのは、第1回目の作物でわかります。これが、農業を机上で学習することと、実際に現場に立って身体を動かして見ることの違いです。机上で何回学習しても覚えれないことが、土の上で1回やってみると、な~んだ、こんなことかとすぐに理解できることが農業では多いです。


 ここ数日、草刈機を使うことが多いが、その最中にしばしば「カマキリ」に出くわす。今の時期、なんでこんなにカマキリが多いのだろうと考えるが、あまりカマキリの生態についてくわしくない。一般の人には、カマキリは姿恰好がグロテスクで、悪役のようなイメージで捉えられるかも知れませんが、畑では、カエル、クモ、テントウムシと並び、大いにボクを助けてくれる益虫です。1日に千匹もの害虫を退治して(食べて)くれると言われています。そのカマキリを草刈機の高速回転刃に引っ掛けて殺してしまうことが多いのです。あっ、カマキリだ、と思って瞬間、草を刈るのを止めますが、カマキリは逃げ足が速くありません。先を急ぐあまり、草刈ペースを一瞬たりとも乱すことはできず、カマキリを引っ掛けてしまいます。1匹引っ掛けると、千匹の害虫に生き残られたような気がします。カマやクワならすぐに止めれますが、草刈機や管理機を使っていると、どうしても機械のペースというものがあって、機械に合わさざるを得ません。コオロギやバッタはカマキリの5倍以上よく目にする害虫ですが、逃げ足が速く(すぐに飛ぶ)、草刈機の刃に引っ掛けることがほとんどありません。カマキリも飛べるのに、コオロギやバッタのようにすぐに飛んでくれません。


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六甲山を越えた

 ワンパック宅配は出荷作業に農作業の約半分の時間が取られるので、実際の農作業は週に3日間ほどしか取れない。だから、農作業がいつも忙しい。その農作業であるが、自分の場合は、同一の作業は1時間ほどしか続かない。つまり、一つのことをやりかけては次の作業をして、また次の作業をやりかけては、元の作業に戻ったりと、動作や身体の動かし方をしばしば変える。その方が同じ姿勢が長続きにならないので楽である。朝ちょろっと、昼からちょろっとと言う具合で1日が終わる頃には一つの農作業が終わっている。一つの農作業を長く同じ姿勢で続けるより、この方が能率が上がるような気がする。合間に、ニワトリに草をやったり、液肥を混ぜたり、苗床に水をしたり、柿にかぶりついたり、草刈機を使ったりする。今日は春キャベツの種も蒔いた。


 この忙しさも、タマネギを定植する11月中旬頃までなので、後1ヶ月少々である。しかし10月中下旬には、シュンギクの定植300本、ホウレンソウの定植1500本、ロケットの定植2500本ほどをする必要がある。つまり自分の場合は、9月よりも10月が忙しい。しかし、シュンギクとホウレンソウには害虫がほとんど来ないし、ロケットもすでにこの時期はダイコンサルハムシの活動が弱まってきているので、定植後は被害が少ない。だから、これより1ヶ月前に種蒔きや定植を終えなければならないアブラナ科四天王のように、失敗(壊滅)ということは少ない。 


あめんぼ通信NO21(1992年3月)
 
堆肥の切り返しをしていて、イトミミズを見つけた。堆肥が完熟に近くなるとミミズが発生する。子供の頃、そのミミズでよく川魚を釣りに行った。昔はどこの家の門先にも、こんな堆肥の山があった。田んぼの耕運目的で黒い役牛を1頭飼っていたので、その前出し(牛の下敷きにしていたワラが糞尿で汚くなると、それを外に出し新しいワラと入れ替えた。外に出すのに前だしと言ったのは、多分、家の前に出すから前だしと言ったのだと思う)を門先にしていたのである。トラクタが普及してからも、役牛ではなく今度は肉牛としてしばらく飼われていたが、ボクが小学校高学年の頃には、集落から黒い牛はいなくなった。


 どんな堆肥にミミズがいるか、どこの子供でも知っていた。堆肥も完熟してくると、臭いは全くしない。だから、家の前にあっても、全く臭くはなかった。しかし、完熟するまでには、かなり臭ったに違いないが、こういう臭いは全く気にならなかったのだろう。かえって、香ばしい、いい香りのように感じたのではなかろうか。今同じ事をすると、近所迷惑である。香りに対する感じ方も時代と共に変化してしまうのだろう。そして、ミミズも必要なくなった。川に魚がいなくなったから。ミミズの他に、蜂の巣やアザミの花の中の虫もよいエサになったが、今、蜂は蜂の種類が昔より変わったみたいで、昔のような蜂の巣をあまり見ることができない。アザミという花も、最近は畦岸から消えた。多分、環境が合わなくなったのだろう。


あめんぼ通信22(1992年4月)
 
県下の高校、大学などの新規学卒就農者は昨春はわずか21人。全国でも2000人を割り、大企業1社の新入社員数と同レベルに落ち込んでいる。農業の若い担い手はなだれを打って減少。生産者の高齢化、後継者難の深刻化が叫ばれて久しい。昨年4月からこれまでに会社などを辞め、県下で専業農家となったUターン就農青年(35歳まで)は、34人。新規学卒者を13人上回っている(3月30日山陽新聞より)。


 百姓が増えようが減ろうが、米が自由化されようがされまいが、自分には関係ない。人の行く裏に道あり・・・裏街道に花が咲く?・・・。


あめんぼ通信28(1992年10月)
 
波を ちゃぷ ちゃぷ ちゃぷ ちゃぷ かきわけて~、す~い す~い す~い・・・。あめんぼ通信が六甲山を越えた事が本当にうれしい。今にして思えば、六甲山はもっと身近な所にあったように思うけど・・・このことに気がつかなかった。


 3年目の秋から、県外への宅配を始めた。それまで引き売りしながら、地元の野菜会員を増やそうと試みたが、結果的に40軒を越えることができなかった。だから、県外への宅配も考えた。家から片道30分以内で行ける団地を何回も引き売りしてまわったが、思うように顧客は増えなかった。それでも40軒近くにはなった。現在は地元の顧客は2軒しかない。顧客は5%ほどしか残ってくれないというのが厳しい現実である。多分あなたの顧客も、10年ほどの間に一新してしまう可能性がある。作ることも難しいのに、売ることはもっと難しい。ワンパック宅配の場合、常時、営業をし続ける必要があると思う。顧客が不安定=出荷ロスにつながる。市場出荷では寸法や重量、外観などの規格で多くの出荷ロスが出るが、ワンパックは顧客の不安定で多くの出荷ロスがでる。この点が解消されない限り、「有機野菜のワンパック宅配」に未来があるとは思えない。どちらの出荷方法を選択するにしても、出荷ロスとの戦いだと言える。              


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 あめんぼ通信 NO12(1991年6月)
 
6月6日夜、家のそばを流れている川へ蛍を取りに行った。例年、麦秋(農家では稲を刈る10月末~11月初めを稲秋というが、それと同じように、麦を刈る6月初めを麦秋という)になると蛍が出てくる。雨上がりの夜が特に好きらしい。30年ほど前には川のほとりを乱舞していたのに、今では数えるほどしかいない。川が三面コンクリートになったこと、上流に牧場(牧場がつぶれた後は森林公園のような形に改修された)ができたこと、家庭から出る合成洗剤等を使った家庭排水、農薬や化学肥料の河川への流出等が複合的な原因である。蛍の生存環境が全く好ましくない。それでも絶滅はまぬがれているらしい。ほ~ほ~ほたるこい、あっちの水はにがいぞ~、こっちの水はあまいぞ~、ほ~ほ~ほたるこい。30年前もそうであったように、竹ぼうきを持って取りに行った。6匹取った。小さなビンに蛍草(スギナのこと)を入れ、ビンの上に目の小さい網をかぶせて輪ゴムで止め、その上から霧吹きで少し水をかける。一晩、子供の枕元においてから、翌日の晩、逃がしに行った。来年もまた楽しませてくれますように・・・。


あめんぼ通信NO15(1991年9月)
 
真夏の盛り(8月15日)に蒔かなければならないキャベツ類は、虫除けと日除けのために寒冷紗(遮光率30%ほどの網のようなものです)被覆なしでは育苗ができません。しかし、それらを定植する段階では面積が広くなり、資材も多くいるし、とても手間なので、寒冷紗被覆はできません。9月中旬~9月下旬の頃は、害虫たちが、生涯の終わりを予期してか、子孫を残そうと懸命になる時期でもあるようです。だから食欲も猛烈です。そのため、露地への定植を1日でも遅らせようと、種蒔きの時期をぎりぎりまで遅らせます。しかし冬が早く訪れた年には、品種によっては結球が弱い場合も出てきます。寒さに向かう秋は、種蒔きの2~3日の遅れが、収穫で7日~10日の遅れにつながります。春夏野菜は育苗が3月~4月であり、害虫たちが活発でなく、ある程度成長してからは、虫に食われても壊滅することはありませんが、秋冬野菜の多くは、特に害虫の多い「アブラナ科野菜」であり、これらの育苗は、晩夏~初秋であり、苗半作、苗八分作と言われるほど、幼苗時代の虫害は、生育に致命的となります。育苗は寒冷紗で何とか防げますが、露地定植後の3週間が勝負になります。その3週間に致命的被害を受けなければ、その後は生育に加速がつくので、たいてい収穫までこぎつけることができます。


あめんぼ通信NO17(1991年11月)
 
「皆さんがよく私の仕事を努力のたまもの、と言われるが、割りに合わない仕事をあくことなく続けてきただけ。努力など本当に微々たるもので、これまでの人生を振り返って思うことはやはり環境であり、人との出会いに恵まれたことだと思っています。」これはつい最近の山陽新聞に出ていた木工芸の人間国宝、大野昭和斎さんの言葉です。
 野菜なんか誰でも作れるが、2年くらいでは「種蒔きの適期」がやっとわかりかけた程度である。本を読んだだけでは、かゆい所に手が届かない感じで、自分で1~2度作って見て初めて実感としてわかるような所がある。そのかゆい所を近所のおじさんやおばさんや父親に、ちょっちょっと尋ねる(教えてもらう)のであるが、それが技術の伝承である。父親のふとした言葉で、「あっそうか」と思うことがよくある。今までは、親から子へ、子から孫へ、そんな百姓の勘所は伝承されてきたのであるが、百姓は全く割りに合わなくなったので、肝心の孫が百姓を止めてしまった。「百姓なんか」でも、伝承が途切れてゼロからスタートすると、1~2年でわかることが、3~4年かかることもあると思う。軌道に乗せるときの1~2年の違いは貯金の食いつぶし期間でもあるから大きい。その分野で経験してきている先人の知恵を耳にする機会があるならそれは大いに助かる。農具類は、さび付いて使えなくなってしまうと、新たに調達するにはかなりの金額がかかる。ボクの村(45軒ほど)でも、野菜はお年寄りが自給用に少量作る程度であり、野菜を売っている変わり者は自分一人である。こんなに百姓をする人が少なくなっているのに、スーパーに野菜があふれているのが不思議である。


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スタートの頃の通信

 スタート時の3年間に書いたアメンボ通信NO1~NO36は、今読み返しても恥ずかしいような内容で、ブログで紹介できるようなものがない。でもその中に、5~10行ほど、これは自分の記念にもなるし、残しておきたいなあと思う、断片のようなものもあるので、それを紹介します。


あめんぼ通信NO2(1990年、8月)
 
田舎で生活しているのに、今何が「旬」の野菜であるか、全くわからなくなっていた自分・・・。自分の百姓生活はまず、種蒔きの時期と、その野菜の「旬」がいつであるかを暗記することから始まりました。ジャガイモは2期作ができるいうことも、2回目は8月下旬~9月上旬に植えるのだということも始めて知りました・・・


あめんぼ通信NO3(1990年、9月)
 
ヤマイモ、サトイモ、オクラ、キノコ類は、どれもねばねばしたり、ヌルヌルしていますが、こういう野菜は健康にいいそうです。今まで我が家の食卓に全く登場しなかった「オクラ」ですが、生まれて初めてオクラを口にし、そのオクラを堪能しました。最初は収穫の仕方がわからなくて、本で調べました。その次は食べ方がわからなくて、これも本で調べました。最初の食べ方は、生できざんで醤油と花カツオで食べました。それから味噌汁に入れたり、天ぷらにしたり、カレーに入れたり、煮物に入れたりと、どんな料理にも対応できるそのレパートリーの広さにも感心しました。


あめんぼ通信NO5(1990年11月)
 
今月は4ヶ月ぶりに(前回引き売りに出たのは7月中旬)引き売りに出ました。その間、引き売りに出なかったのは、売って歩くほど野菜がなかったことと、9月、10月は種蒔きや定植作業に忙しく、なかなか手が取れなかったためです。それがここにきて、あれよ、あれよと成長してきて、追い立てられるようにして引き売り(野菜の会員軒数がまだ少なく、余剰野菜がかなり出たから)に出ました。カリフラワーやサニーレタス、ターサイなどが一度に収穫期を迎えて、親戚や近所で食べてもらうのも限度があるし、農協や市場へ出すには、規格や寸法の基準が細かく、少量多品目生産方式では1ケースでさえ規格通りのものができないし、かといって腐らすのはもったいなくて、そんないろんな理由から、おしくらまんじゅうでおしだされるようにして、気乗りのしない引き売りに出ていきました。備前方面にしたのは、山越えしていけば15分くらいだし、行政区域が異なるので知った人も少なく、わりとリラックスできるからです。11月7日、11月8日、11月13日、11月17日、11月23日と、よく出て行きました。ポイントを絞って3回同じ所へ行くと、次は待ってくれるようになります。ただ「引き売りしながら野菜会員を探す」のが自分の目的なのですが、なかなかうまく事は運びません。引き売りの一番のネックは「売れ残り」です。そんな時は夜なべ仕事が出番です。いつのまにか、売れ残りで作る「カブの酢の物」が得意メニューとなり、あきもせず、朝、晩、副食につまみ食いしています。


あめんぼ通信NO11(1991年5月)
 
多くの野菜の中でもチシャは印象深い野菜である。多分今頃の時期だったのだろう、亡き母がよく「チシャもみ」を作っていた。あの酢味噌のすっぱい味が忘れられない。当時我が家では、チシャは酢味噌でもんで食べる食べる食べ方しかしなかった。そのチシャが今月下旬にはお届けできそうです。去年の秋と今年の春とで、これまで2回作りました。全く虫のつかない野菜です。
 
代が変わって今我が家では、チシャをドレッシングで食べたり、肉料理の添え物に使っています。今はそのチシャで焼肉を巻いたり、ハンバーグをはさんで食べるのがナウイ食べ方らしい。呼び名も「チシャ」でなく「サニーレタス」と言っている。「サニーレタス」は「チシャもみ」で食べるのがやっぱりおいしい。


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1990年7月、通信第1号

 さっきまで人のブログを見ていた。と言っても、見るブログは決まっていて「富士丸な日々」と「生まれる前から不眠症」の二つのブログである。ちょっと見ていたらすぐに30分ほど過ぎている。自分のブログに行く前の準備運動であるが、自分のブログはどうもおろしろくない。農業ブログだからだろうか。いや、やっぱり、ブログの管理人のせいなのだろう。
 
毎日更新するのも結構ハードである。ブログに向かうのは夜だけだから、昼間の農作業をさぼっているわけではない。雨の日でもない限り、昼間からブログに向かえるほど暇でもない。でも、日が暮れるのがだんだん早くなり、夜の時間が長くなっているので、少し楽になっている。


 パソコンが未熟で、まだブログの操作方法がよくわかっていない。できるだけ早く、
(1)人気ブログランキングに登録すること。
(2)画像を毎回3枚入れること。毎月50枚ほどデジカメでとってパソコンに保存しているが、ブログに載せる方法がよくわからない。
(3)カウンターの数字を見やすい数字に変えること。
(4)上記3つの処理ができたら、ブログを始めたことを友人、知人、顧客に報告するつもりである。でも上記3つに、かなりもたついて前に進んでいない。
(5)睡魔に襲われる日もあるので、過去の通信から、コピーアンドペーストをして、その日の更新を終わらせる方法も身につけること。この操作がまだできない。
(6)毎日更新するか、1日おきに更新するか、どちらにするか、自分の中にまだリズムができていない。3ヶ月ほど経過すれば、自然にどちらかに収まっているだろう。


 今日は1990年7月27日発行の、記念すべき「あめんぼ通信第1号」の記事を報告します。NO29号までは手書きでした。


あめんぼ通信NO1
 
月に1回、ミニコミ紙(B4版1枚)を出すことにしました。作物のこと、料理法のこと、百姓仕事のことなどを書いてみたいと思います。今日は第1号です。とりあえずは12号まで書き続けることが目標です。                                 <一口メモ>                                  エンサイはビタミンAがホウレンソウの5倍、Cは1.8倍、カルシウムは4倍という高栄養野菜で、青菜の少ない夏向には恰好の野菜です。生のままサラダ、サンドイッチに、手早く塩ゆでして浸し物に、細かく刻んだニンニクとショウガを入れての油炒めはエンサイのうまみが生きます。料理のコツは過熱を手早くすませて早めに食べることです。時間がたつと変色し、味も落ちます。ツルムラサキも栄養価はホウレンソウをはるかにしのぎ、鉄分で80倍、カルシウムが2.2倍、ビタミンAが2倍、Cが1.8倍。エンサイと並ぶ貴重な夏向きの野菜です。ぬるっとした柔らかい感触と歯切れのよさが、炒め物、汁の実にも合って、独特の味覚が楽しめます(徳野雅仁「自然流野菜づくり」より)。
 
8月に入ると秋冬野菜の種蒔きが始まります。            ハクサイ キャベツ カリフラワー ブロッコリー ダイコン(2期作) カブ ニンジン(2期作) シュンギク ホウレンソウ(2期作) ミズナ、ナバナ                                 ※種蒔きは年に2回、春と晩夏です。                    営農3本柱・・・提携(会員制) 引き売り イベント(年に4回位)


 書いている内容はこれだけで、最初に8月にお届けできる野菜と8月のお届け日を書いている。ミニコミの原型はこの時にできて、以後変わっていない。書く内容が増えていっただけである。B4版の裏表に書くようになったのはNO37号からである。


 この年の3月から農業をスタートして、2ヶ月ほど、行ったり、行かなかったりの研修をさせてもらっていたが、遠すぎて(片道50キロ)、研修は長くは続かなかった。5月の連休前頃から家の田んぼに出るようになり、その野菜が収穫できだした7月中旬頃から、近くの団地で引き売り(ボクが子供の頃にはリヤカーで引き売りというのよく目にしていた。駄菓子屋とか小間物屋とか)をした。7月2日に軽四を買ったので、その軽四に取れた野菜を載せて、団地を1軒、1軒、声かけしてまわった。恥ずかしいと思うのは始める前までで、いざ始めると3日目には慣れる。しかし、自分を知った人がいない団地にした。その時すでに37才になっていたので、もう後がない(サラリーマンには戻れない)という思いだったので、とにかく引き売りしながら、定期的な顧客(野菜会員)を1軒でもつかもうと必死だった。ごちゃごちゃ考えるより、1軒でも増やす必要があった。だから身体が動いた。野菜会員という発想がめずらしかったのか、案外すぐに7~8軒獲得できたように記憶している。1セット1500円で、毎週、もしくは希望日にお届けするという方法だった。当時は父が健在であり、自分が作ったというより、家庭菜園を続けていた父が作った野菜を引き売りした。スタートしてちょうど3年間は父が元気であり、草刈とか堆肥作りはほとんど父がしてくれた。これが大いに助かった。


 エンサイとツルムラサキのことを第1号に載せているのは、この二つの野菜は自分にとって、かなり衝撃的な野菜だったからである。それまで食べたことも見たこともなかったから。現在でもスーパーで見かけることはほとんどない。でもこの2種類は有機野菜のワンパックをする農家では必須野菜であり、市場流通の少ない隠れたヒット野菜である。


 この野菜を始めて知ったのは前述の徳野雅仁の「自然流野菜づくり」を読んでからだと思うが、隣村の篤農が薦めてくれたタキイ種苗の「園芸通信の通販カタログ」を見て種を購入した。初めて作り、そして食べて、もうびっくりした。父はこの2種類の野菜を知らなかったのだろうと思う。今でも近所の家庭菜園でこの2種類の野菜を作っている人を見たことがない。自分で食べてから、「この野菜はいける」と思った。この2種類は6月25日~11月10日頃の4ヶ月半もの長きに渡ってワンパックの一角を支え続けてくれている。(1)害虫がほとんどこない、(2)台風にもびくともしない、(3)収穫期間が長い、(4)炒める、茹でるなど料理のレパートリーが広い、(5)黒マルチをして1度植えると、後は追肥をすることもなく収穫だけを続けることができる、(6)摘めば摘むほどわき芽が伸びて収穫量が増える、(7)そして高栄養価(これは関係ないか?)と、まさに7拍子そろった野菜。でも同じワンパックをしている人で、ツルムラサキは癖があって好きでないという人もいるので、味覚は人それぞれ違うのかも知れない。自分の好きでない野菜はワンパックには入れづらい。 


 これからちょくちょく、スタート時からのあめんぼ通信を抜粋しながら報告する予定です。


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宅急便、送料について

 宅急便の送料は800円負担してもらっている。全国一律、どこへ送っても800円である。全国へ送るといっても、神戸、大阪、京都で95%を占める。クール宅急便は使わないので、午前中指定で届く範囲が望ましいと思っている。東京に2軒あるが、東京だと午前中に届かないし、夏場は鮮度が保たれているか、ちょっと不安である。春、秋、冬は東京でもさほど鮮度は落ちないと思う。


 送料800円の内訳は


クロネコ送料→616円(120枚の回数券を74000円で買う)
120サイズ箱代→126円(消費税込み)
箱を閉じるガムテープ代→1箱につき10円ほど
ポリ袋→2円(ミニコミや振込用紙、納品書を入れる)
ミニコミ紙→50円(A4版、デジカメ写真、カラーコピー)
だから、616円+126円+10円+2円+50円=804円


 振込手数料→100円(入金時、差し引き入金)


  振込手数料というのは、顧客から入金があった時に振込手数料として差し引かれる金額である。青色の振込用紙だと振込手数料は先方負担だが、赤色の振込用紙にしているので、振込手数料は当方負担である。この振込手数料であるが、平成17年度が21850円、平成16年度は27160円かかっている。これを自分の負担としてしまうと、この金額はばかにならない。ワンパックを送っている人は普通は青色の振込用紙を入れているようである。ボクの場合は赤色の振込用紙であるが、郵便局が民営化された今年の4月から、1万円以下の入金の振込手数料が70円から100円にアップしたこと。この30円のアップは大きい。民営化と同時にアップだったから、何か腹立たしかった。赤色振込用紙はやめて、青色振込用紙にしようかと、今、思案中である。


 今までに2回、クロネコの営業所と、回数券の購入価格について値段交渉をした。値段交渉というより値下げ交渉である。送るパック数が多くなれば多くなるだけ、回数券は安くなる。それは当然だと思う。月に1回しか荷物を持ち込まない客と、ボクのように月に80パックほど送る客とでは、送料は当然ボクの方が安くなるはずである。そこで値段交渉するわけであるが、月に60パックほどになった時に1回めの値段交渉を、月に80パックほどになった時に2回目の値段交渉をして、現在のように120枚の回数券を74000円で買えるようになった。その前は84000円で買っていたから、1万円ほど安くなったわけである。スタート時は96000円だった。96000円だと1枚が800円であり、84000円だと1枚が700円であり、74000円だと1枚が616円である。
 
74000円で回数券が買えるようになった時、送料を、それまでの900円から800円に値下げした。


 お客様に送料を負担して頂く場合、1000円を超えると、負担感が大きすぎると思う。送料が1000円も取られたら、自分だったら買えない。900円が限度だと思う。900円でも高い気がする。送料を900円も取られたら、自分だったら買えない。しかし、送料を900円負担してもらっていた時代は長かった。
 
平成15年の春に回数券が74000円になってから、送料を100円値下げして800円にした。800円にしてから、送料としてこれくらいが限度だろうなあと感じた。
 
でも2~3品のサービス品は常時入れているので、お客様から見た送料負担分は正味400円~500円になっているはずである。


 最近ワンパックを始めた人で、スタートからいきなり、ボクが現在買っている回数券より、もっと安く買っている人もいるので、これは交渉次第だと思う。
(1)今はガソリン代が高いので、値段交渉の時期が悪い。


(2)送るパック数が月間で15~20パック増えた時が値段交渉のチャンス。


(3)宅急便の営業所長は2~3年おきに移動する。自分と相性の悪い営業所長と思える時は、所長が移動するまで時期を待つ。


(4)新しく営業所ができた場合などは、荷物を欲しがっている場合もあるので、多少遠方でも、そういう営業所は狙い目である。


(5)他の宅急便の営業所が近くにある場合などは、お互いに競合しているので、両方の相見積もりを取る。


(6)大体の世間相場を知るためには、3~4箇所の宅急便の営業所を回ってみるのがよい。


(7)今は荷物を取りに来てくれる営業所もあるが、ボクは宅急便の荷物を持参したついでに近くのスーパーで買い物をしたりすることが多いので、営業所まで持参している。


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種代

 全経費に占める種代の比率はかなり高い。種代は高いなあ、もっと安くならんのだろうか。
平成17年度実績  46548円
平成16年度実績  50091円
平成15年度実績  37494円
平成14年度実績  69167円
 
種は主にタキイ種苗(京都)の通信販売を利用している。農業を始める前まではタキイ種苗など名前も聞いたことはなかったが、農業を始めてから地域の篤農が「タキイの通信販売で買ったら、品種がきちんと表示されているし、1度買えば年に2回通販のカタログを送ってくるから、それを読めば野菜の作り方なども詳しく載っている」と薦めてくれてから買い始めた。今はタキイ種苗の他に、サカタの種、ナント種苗 雪印種苗からも通信販売で買っている。
サカタのタネ・・・ガーデンレタス、スナップエンドウ、花の種
ナント種苗・・・ナンキンの種 ロケットの種
雪印種苗・・・麦類(敷き藁、飼料)の種
 
タキイとサカタが大手の種苗会社である。一般に野菜はタキイ種苗、花はサカタのタネと言われているが、くわしいことは知らない。最初はタキイ種苗だけだったが、種のことが少しわかりかけてから、他の会社の種と比較するために、他の会社のも買い始めた。値段はどこもほとんど同じである。


 以前は「野菜」と「花」が別々の冊子だったのに、いっしょになってから、とても見ずらくなった。


 平成17年度種苗費46548円の内訳は、
春夏作
タキイ種苗      6107円
ナント種苗      2510円
ジャガイモ種芋代  3550円(16キロ)
果樹苗        1960円(ユズの木2本。増やすため)
サカタのタネ     3788円
市販の苗       2030円(ピーマン25本、トマト10本)
サツマイモ苗     260円(ベニアズマを10本買った)
ハヤトウリ2株    996円(種用瓜が腐ったため)
市販の種       1133円(発芽失敗の時、市販の種を買う)


秋冬作
ナント種苗      2670円
市販の種       1576円
市販の苗       754円
タキイ種苗      16554円
サカタの種      1380円
果樹苗        1280円
 
以上の合計が46548円。列挙してみると、何にどれくらいかかっているのかがわかる。


 家庭菜園でも種代は結構かかっていると思う。自分が第一線を退いて家庭菜園だけにした時、最低限、これくらいは買うだろうと思う種代をタキイ種苗を例にとって次に列挙してみた。


 ダイコン1袋(367円)、カブ1袋(367円)、ニンジン1袋(262円)、タマネギ早生1袋(525円)、タマネギ晩生1袋(525円)キャベツ早生1袋(525円)、キャベツ中生1袋(525円)、春キャベツ極早生1袋(525円)、春キャベツ中早生1袋(525円)、ブロッコリー1袋(525円)、レタス1袋(262円)、不結球レタス1袋(262円)、ハクサイ早生1袋(525円)、ハクサイ中生1袋(525えん)ホウレンソウ1袋(367円)、シュンギク1袋(262円)、エンドウ1袋(262円)、スナップエンドウ1袋(262円)、グリンピース1袋(262円)、ソラマメ1袋(252円)、以上合計で7912円。


 やばい!高すぎる。これは最低限の1袋だけ買うことにして、しかも秋冬作だけの合計金額である。家庭菜園でも秋冬作の種代だけで8000円ほど買うことになるのである。ハクサイ、キャベツは品種を中生品種1種類だけにしてもよいが、早生品種は1ヶ月早く食べれるので計上した。種ではなく苗を買ってもよいが、苗は1本が50円ほどするので各10本しか買えない。これは種代だけですよ。野菜を作るにはこの他に、農機具代、寒冷紗やポリ資材、作業用衣料費、肥料費、水代、土地を借りていれば借地料などがかかってくる。これに自分の人件費を入れると、作るより買った方がはるかに得という「厳然たる事実」が浮かび上がってくる。


 秋冬作を食べるのは、11月、12月、1月、2月の4ヶ月だから、秋冬作の野菜を1ヶ月平均2000円(週平均500円)買うとすると、4ヶ月で8000円である。これは種代だけに匹敵する金額である。実際に作れば上記のように、農機具代、各種資材代、水代等の合計経費が種代の少なくとも2倍くらいにはなるし、そして野菜作りに費やした時間(自分の人件費)を考えると、作ることは買うことより、軽く3倍以上の値段がかかることになる。あんたアホか・・・家庭菜園の人は楽しみで作るんじゃから、そんな細かい計算はせんし、なんぼうかかってもええんじゃ、と言われればそれまでだが、田舎でも、貧乏人は家庭菜園も作れない。


 団塊の世代の人の退職後の田舎移住がブームになっているようですが、自分や家族の自給野菜を作ることは安く上がるのではなく、買うことより3倍ほど高くつくということを把握しておいて下さい。そして、田舎の人はあまり人がよくありません。2代も3代も4代も前からその地に住み続けているのですから、田舎特有の複雑な人間関係も引きずっています。「都会暮らしの人は、そういう点でもまれていないから単純だ・・・」と言うと、お叱りを受けるかもしれません。都会の人は「サラリーマンという組織で40年ももまれてきているから、田舎の人なんかより数段複雑だ」と言われるかも知れません。


 会社組織と田舎組織では、その中の組織の中身が違うように思います。会社組織は上下の関係ですが、田舎組織は左右の関係です。田舎組織は学校の同じクラスの仲間の関係のようにも思えます。嫌いな人もいるし、会っても会話が続かない人もいますが、見慣れた関係です。つまり、都会から田舎暮らしにあこがれて移住してくる人は、新しくクラスに入った「転校生」のように見えます。


 定員割れで統合されそうな農業高校のようなクラス(廃村になりそうな過疎地の集落)もあれば、比較的都市部で私立の受験校のようなクラス(集落が集落として機能している集落)もありますが、同じ転校生でも過疎地の集落の方がはるかに歓迎されると思います。そして風光明媚で晩年のひと時を送るには適した環境と思いますが、必ずイノシシが出没します。でも定年後の田舎移住には、やはり歓迎される地域(集落)の方がよいと思います。ボクが住んでいるような集落が集落として機能している集落は、決して、お勧めできません。


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プロフィール

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園

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