あめんぼ通信

春夏秋冬の野菜やハーブの生育状況や出荷方法、そして、農業をしながら感じたことなどを書いていきたいと思います。

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明日から新ブログに移行します。

 ブログの容量が80%を超えたため、明日から、新ブログに移行します。

 新しいブログは下記の通りです。

http://terayama2008.blog17.fc2.com/

 どうぞよろしくお願い致します。



セット野菜のワンパック宅配 みずた観光農園
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北風政策、太陽政策

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 タンポポが終わると藤の花が咲いてくる。どこへ花見に行かなくても、農作業をしながら花見ができる。これも農業の特権。


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 一昔前、ニワトリの最も怖い病気は「ニューカッスル病」だった。今、ニューカッスル病の発生をほとんど聞いたことがない。代わって登場したのが「鳥インフルエンザ」である。

 自分が飼っているニワトリも病気に縁がなかったわけではない。過去に「コクシジウム」という重病にかかり、飼っていたニワトリの半分が死んだことがある。エサを食べない、元気がない、血便をする、死に方が異常・・・だからすぐに家畜保険所へ電話した。そうしたら3人の係員が来てくれて、白装束に着替えてトリ小屋に入り、糞と1羽のニワトリを持ち帰った。

 翌日電話があり、「コクシジウム」という病名を告げてくれて、鶏舎の消毒液と、飲み水に入れる薬を持ってきてくれた。そうしたら、死ぬのがぴたりと止まった。

 係員に、病気の原因は、
(1)飲み水
(2)気象
(3)エサ
 の3つしかないと言われた。実際、考えられるのはその3つしかないが、長梅雨で1週間ほど晴れ間がなく、鶏舎の中がずっとじめじめしていたことと、購入エサが保存中に「腐っていた」のかも知れないと後で思った。

 
  ニワトリをたくさん飼っている友人たちは、鶏舎の前にニワトリの「遊び場」を作っている。太陽を浴びながら三々五々くつろぐ風景を見て、こんな牧歌的風景を自分のトリ小屋の前にも作りたいと思ったが、とにかく大工仕事が大の苦手で、ごく簡単な屋根のない金網の囲い(広場)なのに、それができなかった。

 日本で初めて鳥インフルエンザが発生して以降は、原因の一つとして「野鳥との接触」が言われ、遊び場(広場)に放すことができなくなった。これはニワトリにとっては大きなストレスであり、同時に牧歌的風景も見ることができなくなった。

 遊び場をわざわざ作っているのに、そこに放せないのは、さぞ無念だろう。自分の場合は遊び場を作ることができず、結果的に閉じ込めてきたので、そんな無念を意識することはなかった。ただ、戸外の青菜(雑草)をいっぱい収穫してトリ小屋に入れているのだから、野鳥の食いさしや付いた糞などを通して、結果的に野鳥との接触を持っているのと同じことになる。

 屋根のない遊び場でくつろいでいる風景をブログにアップしたら、家畜保険所のお咎めを受けるかも知れないが、戸外の雑草を与えることはニワトリが生きていくための「命」だと思う。

 鳥インフルエンザの原因はまだわかっていないが、対策としては、イソップ物語風に言えば、北風政策と太陽政策に別れると思う。

北風政策
(1)殺虫剤や各種抗菌剤の多用
(2)雑菌との接触を避けるために閉じ込める
(3)太陽にあたることもない集中治療室的空間
(4)大羽数を一箇所で

太陽政策
(1)土との接触を持たせる
(2)太陽の光を浴びた青菜をたっぷり与える
(3)身動きできないケージから開放して、動きまわれるようにする
(4)少羽数を多数の箇所に分散して

 北風政策が現在の飼い方。太陽政策は45年前頃までの飼い方。北風政策は高度資本主義的飼い方であり、太陽政策は自給自足主義的飼い方。

 もう元の飼い方には戻せない

 戻せない、だったら行き着くところまで行くしかない

 鳥インフルエンザの発生も回避できない

 世の中の多くのシステムが北風政策になっている

 雇用もそうなっている

 初めて就職する時のスタート時点で乗り遅れたら

 一生乗れない

 労働現場の人間は使い捨て

 全ての価値基準はカネ

 船の方向を変える必要があると思う

 でも、がんじがらめで変えれそうにない

 しかし、スタート時点で乗り遅れた以上

 そのまま、都会にとどまっていてもいいことにならない

 30代ならまだまだやり直しができる

 ボクが再スタートをしたのは37才目前

 どの方向も道がふさがれているように見えても

 一歩を踏み出さないと現状は変えれない

 しかし、どの方向も道がふさがれている

 何も見えない。薄明かりもない

 何も見えなくても

 土の上に戻るしか道はないと思う

 家のローンがあったり、配偶者や子供がいたり

 がんじがらめで動けない

 どれ一つ捨てることができない

 でも身軽にならないと、一歩も動けない

 どうしようもない絶望だけ

 救いの手はどこからもない

 自分で自分を救うしかない

 土に上に帰るしかないと思う

 しかし自分は、帰る方法を提示できない

 農業に未来を提示したかったのに

 農業にもスペードのエースしか見えない

 理想的な農業をしている自分が、農業にも、未来にも

 絶望を感じるだけ

 絶望を感じても自分には残された時間が少ないからいい

 現状をキープさえしていれば何とか生活はまわっていく

 農業という他のどんな職業より贅沢な職業に従事して

 土や草や山が自分の心身を遊ばせてくれる

 極めて恵まれた生活をしているが

 世の中の多くの人はそうではない

 

 2008_05022008年05月2日0087

(今日の夕飯) 
赤魚 
レタス
タマネギとエンドウの炒め物

 
 

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助成金なしでは作れない

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 朝、田んぼについたらまず最初に
(1)仕込んだばかりのメタン菌液肥を混ぜる
(2)定植した苗物の見回り(ネキリムシの被害チェック)
(3)ニワトリのエサやり
 

 朝日写真教室、結局止めました。4月、5月、6月の3ヶ月間で合計13回の講義だから、最後まで行こうと思ったが、講義内容がほとんど理解できなくて、3回行っただけで行けれなくなった。
 
 受講者はどなたも本格的カメラを持たれていたが、自分が持っているデジカメも安くつくわけではない。毎日使っていると、1年ほどでガタが来るように思う。バッテリーも1年ほどで消耗する。
 パソコンも4~5年で買い替えを迫られる。考えてみたら1年で、
デジカメ代・・・・・・約3万円
パソコン代・・・・・・・約3万円(12万円÷4年=3万円)
パソコン教室代・・・約4万円
 合計10万円。ブログを継続するには結構「維持管理費」がかかる。

 他に、朝日新聞、農業新聞はブログのために購読を始めたので、3007円+2550円=5557円。5557年×12ヶ月=66684円

 パソコン関連と新聞で合計166684円。年間でかなりの投資になっている。他に趣味も、無駄遣いも、取り柄もないから・・・それでも高い。でもこれくらいの自己投資は必要なのかもしれない。

 そのブログですが、現在、ファイルアップロードの使用率が80%を超えたので、ブログの右に出ている帯の「月別アーカイブ」等の表示方法を少し変更することになりそうです。もちろん自分ではできないので、パソコン教室の先生の指導を受けながら進める予定です。

 なお、最近のFC2ブログは、以前より格段に使いやすくなった。去年の12月10日に旧画面から新画面に移行したが、新画面になってから、入力中のデータが突然消えてしまうということがほとんど無くなった。以前の旧画面では、入力中に誤って他のキーボードに触れたりすると、画面が急に切り替わってデータが消滅することが度々あり、自分のブログにログインできなくなることも何度かあったが、新画面になってからそんなトラブルもなく、入力が随分と楽になった。

 

 5月の連休は農業を始めてからは、どこにも出かけたことがない。育苗期間中は、1日1回の水やりとポリのトンネルの開閉があるので外出できない。今年は育苗を依頼したが、スイートバジルとイタリアンパセリはその後、ポットに鉢上げし、その定植が終わっていないので、育苗から完全に開放されたわけではない。
 
 
 「日本の棚田百選」に選ばれている岡山県美咲町大併和西地区ではすでに田植えが始まったらしい。当地の田植えは6月に入ってからだから、1ヶ月早い。去年の11月に農家民宿に泊まってこの棚田のデジカメ撮影に行ったが、県下ナンバーワンの棚田と言われるだけあって、広大でまだほとんど荒れていない。

 棚田を維持するには、助成金なしでは維持できないと思う。

 「菜の花プロジェクト」として各地で取り組まれているナタネ栽培も 助成金なしでは維持できないようである。農家が受け取る1俵(50キロ)1万円のうち、国の助成金は4166円を占める。助成金を外すと手取りは5834円。生産費(約6500円)を下回り、採算割れだ(日本農業新聞4月30日)。
 1957年には26万ヘクタールの作付があったが、2000年には、たった476ヘクタールまで減った。2006年には循環型社会への関心の高まりや需要増加で800ヘクタールまで回復。それでも1957年に比べたら325分の1。つまり、外国産が圧倒的に安いのだと思う。

 助成金を打ち切られたら、赤字を出してまでナタネは作らないと思う。かといって、助成金を続けるなら「永遠に」なる可能性がある。

 大豆もナタネと同じである。国産は外国産に太刀打ちできないから、助成金がないと作れない。農作物もグローバル化しているので、常に外国産との値段の比較で作られたり作られなかったりする。これは市場原理である。



(1)国産を食べよう、国産は安全
(2)ご飯をもっと食べよう
 と、新聞紙上でさかんに報じられているが、ニンニクなどは国産と外国産では驚くほど価格に差がある。個人の家庭では国産が購入されるにしても、業務用ではほとんど外国産の購入になるのではなかろうか。

 
  外食産業、コンビニやスーパーなどの惣菜、冷凍食品等の業務用で使う野菜は、個人の家庭で使う野菜よりはるかに多いと思う。
 
 
 家で料理をあまり作らなくなったのではなかろうか。そういう我が家も、夕飯の一品は市販の惣菜(野菜以外の惣菜)であることが多い。 

 
 今は働いている女性が多いし、家で時間をかけた夕飯の支度ができる人が何割いるだろう。

 
 家庭菜園などをしていない限り、野菜を使って料理を作るという熱意は低くなる思う。

 
 家庭菜園で野菜を作るより、スーパーの野菜を買った方がはるかに安くつくのと同じ理由で、野菜を原材料で購入して調理するより、出来合いの惣菜を買った方が、時間もかからないし、おいしいし、かつ安くつく。それでも自分で作るのは、
(1)よほど賢明?な専業主婦か
(2)料理の達人か
(3)原材料から作る事に慣れ親しんだ高齢の人か

 
 野菜の安全性は自分で作ってみて、どんなものか初めてわかると思う。スーパーに並んだ野菜を見て、果たして国産だから安全、輸入品だから安全性が疑問と一概に言えるだろうか。それはあまりに大雑把な分類である。実際はよくわからないから、他の基準である高いか安いかで判断する人もいるはずである。
 
 
 牛肉や豚肉や鶏肉など、飼料の大半は輸入物なのに、国内で飼育しているから国産というのも、考えてみたらおかしい。

 
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(今日の夕飯)
タマネギとエンドウの卵とじ
イカフライ、チキンフライ・・・市販の惣菜
スナップエンドウの炒め物
レタス


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例えば あなたが

 例えば、あなたが55才だったら人生の終末点を意識し始めているかもしれない。

 
 例えば、あなたが35才だったら、人生の終末点どころか、これから人生が始まろうとしている。

 
 たった20年の違いだけれど、残された時間は、これだけの開きがある。

 
 例えば自分の場合、35才とは、農業が脳裏に突然ひらめいた頃だった。実際にスタートしたのはその2年後。

 
 ひらめいてから、早、20年が経過している。ひらめいた瞬間の衝撃を今でもはっきり覚えている。5月の連休、家でぼう~っとしていた時、何気なく手にした「農協だより」をぱらぱらと見た時だった。あの当時のことが、つい昨日のように思い出せるが、実際にはもう20年という歳月が経過している。

 
 今日の朝日新聞に出ていた正社員の壁

 大卒39才(男)、都内の有名私立大卒。就職氷河期の真っ只中に卒業。やっぱり、私のような人間では駄目なんです。ピシッとスーツを着て、ライフステージを踏んできましたと胸を張れないと正社員にはなれない。そういう厚い壁を感じてしまいます。

 32才(女)、高校卒業後3年間は正社員だった。その後はバイト、製造業派遣、日雇い派遣へと「坂道を転がるような日々」だった。昨年夏から生活保護を受けている。
 風呂の湯を再利用するため、空のペットボトルが並べられていた。トイレや洗濯に使うという。

 
 どちらの人も未来は見えないと思う。自分の中でのコペルニクス的転回、もしくは世の中のコペルニクス的転回がないと、人生を変えることはできない。

 
 そんな状態に追い込まれた時に自分は「農業」がひらめいた。ひらめいたのは、元々の農家であり、父が細々とながら家庭菜園を続けており、田畑も農具も全て揃っていたからひらめいたのである。背景に何もなかったら、農業などひらめくことはない。

 
 「農業では食えない」と自他共に認識していたが、ひらめいてからは、150万~200万になれば十分だと考えた。

 
 大阪、岡山と転職を繰り返していたので、その当時から自分の年収は「スズメの涙」だったので、150~200万は、そんなに少ない金額ではなかった。ただ、150~200万にはなるだろうと考えたのは、あくまで自分の「願い」の年収だった。現実はその半分にしかならなかった。

 
 転職を繰り返していた時も、当時はまだいずれも「正社員」としての雇用だった。

 
 自分と同年齢の人は今どれくらいの年収になるのだろう。あまり聞きたくはない。自分の気持ちが落ち込むだけだろう。

 
 今は職業の違う人との交際はなく、同業者としか付き合っていない。

 
 何か「住む世界が違う」ような気がする。自分の「農業世界」を充実させているので、相手が商工業の世界でどんな立派な肩書きの人であっても、臆することもないし、嫉妬などの感情は微塵もない。ただ、「住む世界が違う」と感じる。興味がない・・・。
 商工業の世界は砂上の楼閣と思う。ちょっと運がよかったり、ちょっと時流に乗ることができたり、ちょっと特定の能力があったり、ちょっと話術や人をまとめる能力があったり、ちょっとその会社向きだったり、ちょっと上司に恵まれたり、ちょっと盆暮れの歳暮を他人より多く贈ったり・・・そんなちっぽけな・・・これは失礼かも知れない、本人の隠れた努力も大きいだろう。まあ、それはどうでもよい。36才で卒業した世界のことは。

 
 上記の2人も、別の世界に進むことだと思う。ああ、でも現在の世の中には「別の世界」がない。逃げ場がない。農業が逃げ場になるのは、
(1)元々の農家で、田畑も農具も揃っている人
(2)資本力のある人(定年帰農者等)
(3)現役帰農者なら、特別の技術力や営業力が備わっている人
(4)Iターンなら、情報収集力、新しい土地でのよい出会いなども関係すると思う。

 
 農業は今、特別の才能の持ち主か、元々の農家か、年金の後ろ盾のある定年帰農者か、そういう人たちに特化されつつある。

 
 現実の農業は、自分がスタートした18年前より、状況がかなり悪化している。最も大きな悪化は「害獣のすさまじい進出」。

 
 害獣防御の不得意な人は農業ができなくなりつつある。

 
 商工業の社会は均質化されていて、一度レールを踏み外すと、もう元のレールに戻れない社会である。かといって農業も他の独立自営業も商工業の社会以上にきびしい経済状況にある。

 
 都会の片隅で悶々と生きていく社会

 狭いアパートの一室で、群集の中の孤独を感じる社会

 それでも生きていかざるをえない社会

 それが今の日本社会

 息苦しいんだけれど、どうすることもできない

 
 自分は転職を繰り返したのに、配偶者や子供には安定した職業生活を期待する自分の身勝手さ

 
 コースを外れたけれど田舎では生きていける・・・それはない。今は田舎でも大都会でも日常の生活費にほとんど差はないと思う

 
 田舎に行けば食べ物だけは何とかなる・・・それもない。自給用を作ろうとすれば買うことの数倍のカネがかかる

 
 田舎に行けば人のよいおじいちゃんやおばあちゃん・・・それもない。田舎の人はあまり単純ではないし、人間関係も複雑

 
 生きて行くための選択肢が限りなく少なくなっていると思う。

 
 学校を卒業した年にきちんとした企業に入社し、つつがなくその企業で勤め上げれるような人はいいが、そういうコースに乗れない性格の人も多い。

 
 これから人生が始まろうとしている35才前後の人に、自分はどんな助言ができるだろう。自分はサラリーマンが勤まらなかった。しかし農業という逃げ場があった。でも今の35才の人には逃げ場がない。

 
 何の助言もできない・・・

 

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 スイートバジルの現在。5月5日頃に定植予定。定植までに35日かかるが、定植後の成長は猛スピード。5月末には収穫が始まる。

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 ナンキンに元気がない。長雨で過湿が続いたせいかもしれない。今日、ナンキンの周囲をヨツメで打って(耕して)、空気を入れた。少しメタン菌液肥も施した。


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 今日は真夏日を思わせるような高温だった。だから井戸水が大活躍。


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 左からオクラ、エンサイ、ツルムラサキ。オクラに元気がない。もう2~3日様子を見てみよう。エンサイとツルムラサキは元気。
 暑かったので、日中は織布を取り、水やりを何回かした。


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 今日のニワトリ



2008_04302008年04月30日0065

(今日の夕飯)
ハヤシライス
キャベツの三杯酢
レタス


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ハーブティ用ハーブ6種類

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 ふと見たら、サクランボが成っている。ただし、このサクランボは売っているようなサクランボではなく、色もさほど赤くならず、サイズもごく小さい。
 
 少し色づくと、カラスや他の鳥たちが狙うので、競争になり、ちょっと色づいたくらいで口に入れないと、まず食べさせてもらえない。
 
 網をかぶせるのも面倒だし、網をかぶせてまで食べたいと思わないし、まあ、花が楽しめたからよい。
 
 果樹でまともに収穫できるのは、
(1)ハッサク
(2)キーウイ
(3)ユズ
 の3種類だけ。
 
 柿は最近、害虫にやられて、2年続けて不作だった。
 
 イチジクは今年は網をかぶせようと思う(不得意だが)。



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 仕込む楽しみ。このメタン菌液肥に「くさい臭い」がなければ大いに勧めたいが、臭うので住宅の近くでは使えない。
 
 ヌカ5に対してナタネカス1くらいの割合で腐らせた?(発酵させた?)ものだから、どうしても臭う。
 
 雑草を入れるのは「天恵緑汁を取り込む?」ため。

 

 
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 左からレモンバーム、レモンバーベナ、レモングラス。
 レモングラスの株分けは6月梅雨入りの頃にしようと思う。早くすると活着が悪い。


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 左からタイム、ミント、セイジ。
 タイムは手前がコモンタイム、後方がレモンタイム。そっくりだが匂いが異なるし、花が異なるので、違いはわかる。
 

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 全体像。なお、右のミントはブラックミントであるが、注文の多いのは上記のスペアミント。


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 フキ。5月のワンパックに1度は入れようと思う。


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 キクイモ。ヤーコンよりはるかに強靭な作物。放任していたらどんどん伸びるので、50センチほどの高さになったら、中心部を止めて、脇芽を伸ばし、脇芽もまた高くならないうちに止める。早め早めに止めると、上に伸びずに茂る。上に伸びると台風で倒れる。
 
 秋のお彼岸頃に咲く黄色の花(菊のような花)をお墓に供えている。
 
 芋はこぶんこぶんしているが、洗って皮をむかずにそのままスライスして炒め物等に使う。
 
 雑草よりたくましい作物なので、一度作って食べてみて、気に入ったら出荷したらよい。皮はむきずらいが、やわらかい皮なので、むかずに調理可能。


 
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 ソラマメ。期待していなかった作物だが、今年はあまり病気が発生していないので収穫できるかも知れない。茶色のソラマメ。種は友人にもらった在来種。
 
 風で倒れないように、先を止めた。止めた方が、実の太りがよくなる。


2008_04292008年04月29日0007

 地床育苗。同じような画像を何回もアップしているが、これを覚えておくと便利。
(1)畝立てして(排水をよくするため)
(2)ヨツメのような農具で蒔く場所を水平にならし
(3)画像の右の方に見える板の切れ端を使って、より水平にし
(4)種を蒔いた後、種が隠れるくらいに、フルイを使って土を落とす(かぶせる)
(5)その後、籾殻かクン炭をふって、強い雨で蒔き床がたたかれるのを防ぐ。クン炭だと保温になるし肥料効果にもなる。
 
 地床育苗の作物は
チンゲンサイ、ネギ、レタス、タマネギ、シュンギク、ロケット、ディル、チャービル、秋蒔きの春キャベツ

 

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 ニンジンの初期成育はごく「か細い」。
春夏作(4月上旬蒔き)→6月20日~7月末の40日収穫
秋冬作(8月中下旬蒔き)→11月~3月末の5ヶ月収穫


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(今日の夕飯)
レタスと生ハム
タマネギとエンドウの卵とじ
スナックエンドウの炒め物



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プロフィール

Author:水田祐助
岡山県瀬戸内市。36才で脱サラ、現在55才、農業歴19年目。農業形態は野菜とハーブのワンパック宅配。人員1人、規模4反。少量多品目生産、他にニワトリ30羽。25年ほど農業とは無縁だったが、ボクが子供の頃は、家は葉タバコ農家だった。
yuusuke325@mx91.tiki.ne.jp


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